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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:蓮月風雅 一途な笑顔の恋物語
303/410

#14

「おい……楠原」


 放課後のF組の一角、4人組で勉強をしている人物の一人、滝本が斜め前に座る芽榴に低い声で呼びかけた。


「滝本くん、どーしたの?」


 芽榴がキョトンとした顔で問いかける。すると滝本はガタリと立ち上がった。


「どうしたもこうしたもねーよ! 隣のやつが終始ニヤニヤしてて気持ち悪いんだよ! 集中できねー!」

「な…っ、隣って……オレ!?」


 滝本が自分の隣の席に座る風雅を指差して告げると、気持ち悪いと言われた本人である風雅が心外と言わんばかりに声を上げた。


「お前だよ! さっきから楠原見て何笑ってんだよ! 気持ちわりーな!」

「きも…!? 微笑んでるんだよ! 芽榴ちゃんは今日もかわいいなあって和んでるとこなの! 邪魔しないでよ、滝本クン!」


 目の前で口論が始まった。それ自体はもともと想定の範囲内の事態だが、口論内容が滑稽すぎて、前に座る芽榴と舞子は呆れ顔をしていた。


「蓮月くんはくだらないこと考えてないで、勉強に集中しよーね」

「風雅くんがにやけてても顔が崩れないからって、ひがまないの」


 芽榴と舞子が風雅と滝本のそれぞれに冷静にコメントすると、風雅は「くだらなくないよ!」と真剣な顔で返し、滝本は「ちっげーよ!」と舞子に怒鳴った。


 今日はバレンタインの次の次の日。バレンタイン明けは前日チョコを渡し損ねたからとまだ少し呼び出しがあったようだが、さすがに2日経った今日は風雅も落ち着いていた。


「芽榴ちゃん、ほんと可愛いなぁ」


 昨日も今日も風雅の口からはその台詞ばかり漏れる。頬杖をついて芽榴のことをまじまじと見つめ、ウットリした表情で言ってのけるのだ。


「蓮月くん……」


 風雅に見つめられるだけでも視線のやり場に困るのに、こんなふうに「可愛い」を連呼されるのは恥ずかしすぎる。


「見るのはこっち」


 芽榴はそう言って、風雅の顔を机の上の参考書へと向けさせる。風雅は芽榴に顔を動かされながらも、赤くなった芽榴の顔を上目で見て嬉しそうに笑った。


 バレンタインの日、2人に何があったかを知る人はいない。けれど風雅のここ一番のテンションと芽榴の対応を見れば、分かる人にはだいたい察しがつく。


「……はあ。私、飲み物買ってくるわ」

「俺も行く」


 空気を読んで、舞子が席を立つと滝本も一緒に席を立った。さすがに桃色オーラを醸し出す2人の隣に1人で座ってはいられない。


 舞子と滝本が言い合いをしながら仲良く教室から出て行く。それを風雅はニコニコした顔で見ていた。


「いい感じだね、植村さんと滝本クン」


 風雅がそのまま芽榴に視線を向けてニコリと笑う。風雅の発言に一瞬驚く芽榴だが、風雅ならそれも分かることだとすぐに納得した。


「うん。……うまくいくといいよね」


 芽榴が微笑みながら言うと風雅も同じように微笑む。そして風雅は机に転がっている芽榴のボールペンを手に取った。


「芽榴ちゃんがいなかったら、こんなことも思わなかったんだろうけどね」

「え?」


 芽榴が首を傾げると、風雅はノートの隅に絵を描きながら口元を緩めた。


「オレ、今まで役員以外にまともに男友達なんていなかったからさ。滝本クンは新鮮で、嬉しいんだ」


 風雅は本当に嬉しそうに笑った。

 常に女の子を周りにつれていた風雅からは、その分男子が離れていった。だからこそ役員以外の男友達――滝本の存在は風雅の中で、大きくなり始めていた。


「芽榴ちゃんと話すようになってから、滝本クンとも関わるようになって……いいこと尽くしだよ、ほんと」


 そう言って、風雅は芽榴に自分のノートを見せた。そこに描かれているのは、風雅の目に映る可愛らしい芽榴の姿。もちろん似顔絵ではなく、小学生でも描けそうな芽榴に似たチビキャラだ。

 

「私、こんなに笑ってないよー」

「オレの前では笑ってくれてるよ?」


 風雅は再びノートにサラサラと絵を描き、もう一度芽榴に見せる。今度は芽榴の隣に花束を持った男の子の絵が描かれていた。おそらくその男の子は風雅だ。


「これで完璧」


 幸せそうに笑う風雅を見て、芽榴は困ったような顔をする。芽榴は「……バカ」と小さな声で呟くけれど、どこか嬉しそうで、風雅は満足げに笑った。





 そのあと舞子と滝本が帰ってきて、やはり風雅と滝本は口論を始める。それさえも楽しいのだろうな、と思うと芽榴も自然と楽しかった。


 下校時刻が近くなり、4人も帰る支度を始めた。


「今日も風雅くんが芽榴を送るんだよね?」

「うん! だから植村さんは申し訳ないけど、滝本クンと一緒に帰ってあげて」

「何が申し訳ねーんだよ!」


 風雅は舞子に冗談っぽく言って、滝本がやはりそれに食いかかった。風雅はおそらく舞子の気持ちを知っている。知っていてこんな冗談を言えるのだから「すごいな」と芽榴は感心する。


「じゃあね」

「また明日なー」


 最後まで口論をしていたものの、最後はやはりスッキリした様子で帰路につく。分かれ道で舞子と滝本を見送り、その姿が小さくなると風雅が芽榴のことを見下ろした。


「芽榴ちゃん」

「んー?」

「手、つないでいい?」


 風雅の問いかけに、芽榴は薄く頰を染めた。

 昨日の帰りもそう問いかけられた。風雅を特別にすると決めた芽榴は、とりあえず風雅が恋人のように振る舞うことを許した。風雅の提案ではあったが、芽榴もそうしたほうが自分の気持ちをはっきりできると思い、納得したのだ。


 芽榴がゆっくり恥ずかしそうに頷くと、風雅は嬉しそうに笑って芽榴の手を握った。

 けれどやはり、芽榴の手を握る風雅の手は少し不安げだ。


「へへっ、やっぱ緊張するなぁ」


 芽榴の手を握った風雅はだらしなく笑う。嬉しいけれど照れくさくて、芽榴は可愛げなく唇を尖らせた。


「手つなぐくらいで、緊張しないでしょー。蓮月くんは」

「……その発言は禁止だって」


 風雅は困り顔をする。あれほどたくさんの彼女がいたのだ。手をつなぐのが初めてのはずはない。むしろ風雅にとっては何もかも慣れたことのはずだ。


「芽榴ちゃん相手じゃ、全部初めてと同じ。すごく緊張するよ? ほんとに」


 それが嘘か本当かは、風雅にしか分からない。この場合嘘だと思う方が正解。けれど風雅の言葉だから、芽榴はそれを信じたくなる。


「……私のほうが緊張してるよ。全部……初めてなんだから」


 芽榴がボソボソと呟く。 恥ずかしそうに呟いて、芽榴が上目で風雅の様子をうかがうと、風雅の視線と絡んだ。

 風雅の頰も芽榴と同じように薄く染まっていて、その視線は熱い。風雅の手に力が少しだけこもる。同時に風雅の顔がどんどん近づいてきた。


 ――キスされる。直感的にそう思って、芽榴は肩を強張らせた。


「……っ」


 けれど、風雅が触れてくる気配はない。おずおずと目の前にいる風雅に視線を向けると、彼は俯いて大きく深呼吸をしていた。


「蓮月くん……?」

「ごめん。芽榴ちゃんが余りにも可愛いくて、つい……。落ち着かないとね」


 風雅は綺麗な笑顔を向けた。それが嘘だと芽榴はすぐに気づく。けれど「なぜキスしなかったの?」などと聞けはしない。

 だから風雅の言葉をそのまま受け取ることしか芽榴にはできなかった。


 本当はキスするつもりもなかったのかもしれない。そう思うと、まるで自分が期待していたみたいで芽榴は恥ずかしくなった。





 その次の日も同じようなことは起きた。


 風雅はこういう関係になる前も芽榴にキスをしてきそうになったことがある。だからこそ今の関係上、風雅なら早速芽榴に手を出してしまいそうなものだった。恋人として振る舞うなら、それをすることも許される。けれど風雅はそれを躊躇していた。


 風雅はいまだ手をつなぐことしかしない。

 正確に付き合っているわけでもなく、そういう関係になって数日。だからそれは普通のことかもしれない。

 けれど相手が風雅だからその不自然な行動が気になった。


「芽榴ちゃん」


 その呼び方も、向けてくれる笑顔も変わらない。芽榴への愛しさで溢れている。


 けれど芽榴の心に引っかかっている。手をつなぐ時、芽榴に触れる瞬間風雅がためらうように手を強張らせる。それがずっと気になっていた。


「芽榴ちゃん、今日元気ないね」


 学校から帰りながら、風雅が心配そうに問いかけてきた。芽榴は「え?」と頓狂な声をあげて、ぎこちなく頰をかいた。


「そーかな?」

「うん。……寝不足? 勉強のしすぎとか?」

「あはは、体調壊すほど勉強してないよー」


 風雅が心配そうな顔をするため、芽榴は「大丈夫だよー」と笑ってみせた。


「本当?」

「うん。蓮月くんのほうこそ、せっかく頑張ってるんだから体調崩さないよーにね」


 芽榴がそう気遣うと、風雅は「もちろん!」と笑った。芽榴に教えてもらった成果は出す、と風雅は自信満々に言ってみせる。


「芽榴ちゃん。オレ、頑張るから。……芽榴ちゃんの隣にちゃんと並べるように。だから、オレのこと見てて」


 風雅は真面目な顔で、でも少しだけ笑みを携えて芽榴に宣言した。その顔はすごくかっこよくて、思わず芽榴もドキドキしてまう。


「……見てるよ」


 そう言って芽榴は顔をあげる。まっすぐ風雅のことを見つめていた。こんなにかっこいい人が思ってくれて、自分を追いかけるためにもっと自分を磨こうとしている。その事実はよくよく考えてみると、夢みたいな話だった。


「時々夢みたいに思うよ。蓮月くんが私を好きでいてくれること」

「……いきなり、どうしたの?」


 突拍子もない芽榴の言葉に、風雅は少し焦り顔だ。その様子が風雅らしくて、芽榴はカラカラと声に出して笑った。


「ううん。しみじみとそう思っただけー」


 芽榴はつないだ風雅の手を引く。けれど風雅の歩幅は大きいため先を行こうとする芽榴に風雅は簡単に追いついてしまう。


「脚の長さ自慢しないでー」

「してないよ!」


 そんなことを話して、笑っていた。どうでもいいことも、風雅と話しているだけで楽しく思える。芽榴にとって風雅はずっとそんな存在だ。


「でも確かに、翔太郎クンとオレの腰の位置変わんないからなぁ」

「それ葛城くんに言ってやろー」

「嘘! やめて! 怒られるから!」


 そんなふうに会話を弾ませていると、後ろから車がこちらへ向かってくるのが分かった。2人が歩く道は広くない。だから歩行者が道路の端に寄らなければならない。


「芽榴ちゃん、危ない」


 そう言って風雅が芽榴のほうに寄ってくる。けれど思っていたより車のスピードが速くて、風雅は半分倒れこむようにして芽榴のほうに寄ることになった。


 ちょうど芽榴の真後ろにあるブロック塀に手をついて、風雅は自分の体を支える。おかげで芽榴と風雅の身体は限りなく近づいた。


 でもそれは、ほんの一瞬のこと。


 風雅は飛び退くようにして芽榴から離れた。一瞬見た風雅の瞳は揺れていて、焦った顔で芽榴を見下ろしていた。


「あっぶないなぁ。芽榴ちゃんケガしたらどうすんの」


 風雅は走り去った車を目で追いかけながら、何事もなかったかのようにして言う。


 今のは完全に、意図的だった。いつもの事情は偶然とか、互いの関係性とか、いろいろな理由が思いついたけれど、今回は言い訳のしようもない。


 風雅は意図的に芽榴のことを避けたのだ。


「芽榴ちゃん……どこかケガした?」


 うつむく芽榴に、風雅が心配そうな声で問いかけてくる。

 風雅がそこまでして芽榴を避ける理由が、分からない。


「ううん。……大丈夫」


 芽榴と風雅のあいだにある溝は、芽榴が変わろうとしている今でもそこに深く残っていた。

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