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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:蓮月風雅 一途な笑顔の恋物語
302/410

#13

「じゃあまた放課後、よろしくね!」

「うん。……クラスで、待ってるねー」


 図書室の前、そんなあいさつを交わして、芽榴と風雅はそれぞれ自分たちの掃除場所へと向かった。


 教室には立ち寄らずそのまま掃除場所へと向かう。だから芽榴は今、手提げ袋を持っていて、その中には数冊の教科書とノート、そして2つのチョコが入っていた。


 1つはまだ会えていない有利へのもの、そしてもう1つは――。


「何やってるんだろ……」


 結局あのまま風雅にチョコを渡すことはできなかった。一度機会を逃したらどんどん渡しづらくなるだけ。それを分かっているのに、芽榴は渡せなかった。


 けれど風雅もそのことについて何も言わなかった。


 金曜はあれだけチョコを欲しがっていたのに、さっきの昼休み、風雅は芽榴にチョコをねだることもしなかった。

 きっと風雅も前原奈子にチョコを渡された直後で、芽榴にチョコの話題を振れなかったのだと思う。


「……もらいすぎて、やっぱりいらなくなったかな」


 風雅に限ってそんなことはありえない。それなのにそんな考えがちらついて止まらなかった。




 掃除場所で悶々と考えながら、中庭に散らばる枯れ葉を掃く。意識を別のことに飛ばして黙々と掃除をしていたため、ハッと気づいたときには勝手に辺りが綺麗になっていた。


「……午後の授業、集中できるかな」


 午後もこの調子でずっとボーッとしていそうで、気を引き締めようと芽榴は自分の頬を叩く。

 そして集めた枯れ葉をゴミ袋にいれていると、ちょうどその人が通りかかった。


「ゴミ捨てに行くなら、一緒しませんか?」


 背後からそんなふうに問われ、芽榴が振り返るとゴミ袋を抱えた有利がそこに立っていた。


「藍堂くん」

「もう、掃除終わりですよね?」


 有利が周囲を見渡して尋ねる。この場所にはもう枯れ葉が残っておらず、綺麗に掃除された後だ。芽榴は頷いてゴミ袋の中に枯れ葉を押し込んだ。


「ちょっと待ってねー。あと、縛るだけだから」


 そうしてゴミ袋をしっかりと結んだ芽榴は、それを抱えてベンチに置き去りにした手提げも抱えた。


「みんな疲れてるみたいだけど、藍堂くんは大丈夫?」


 ゴミ捨て場まで向かいながら、芽榴は有利に問いかける。疲れの原因は一つしかない。ピンポイントに尋ねられ、有利は「そうでもないですよ」と頰をかいた。


「僕はあまり呼び出されることはないですから、疲れはしませんよ。ただ、帰りにロッカーを見るのは怖いですけど……」


 有利は少しだけ困り顔をしてみせた。無理やりロッカーに詰められ、入りきらなかった分は机の引き出しに入っていたり、鞄に突っ込まれていたり、有利が使っている、ありとあらゆる空間に突っ込まれているらしい。


「だから、ロッカーにも大量、呼び出しも大量の蓮月くんは大変だと思います」

「……うん。さっきも、後輩に渡されてたよ」


 芽榴はそう言って少しだけ視線を落とした。自分で口にして、微かに表情を曇らせる。そんな芽榴を有利は横目に見ていたけれど、何も言ってはこなかった。


 そのままたどり着いたゴミ捨て場にゴミ袋を投げ込み、芽榴と有利は近くの水道で手を洗った。ハンカチで手を拭き、芽榴は綺麗になった手で手提げの中を漁った。


「はい、藍堂くん」


 そして有利にチョコを差し出す。たった一つを手提げの中に残し、芽榴は有利に笑顔で渡した。


「ありがとうございます」


 有利は特に表情を変えることなく、芽榴からチョコを受け取る。でも少しだけその顔は喜んでいるようにも見えた。


 他の人にはこんなにも簡単に渡せるのに――。心の中で自然に漏れた言葉は芽榴の心を切なく締め付ける。


「楠原さん……」


 どうしても表情が曇ってしまう芽榴を見て、今度こそ有利は口を開いた。


「蓮月くんにチョコ渡しました?」


 役員みんながそれを気にする。理由は風雅が一番それを欲しがっていたから。でもそれだけではない気がした。きっとみんな、ここ数日の芽榴の変化に気づいている。だからこんなふうに気遣ってくれているのだと芽榴は薄々感づいていた。


「あんなにチョコもらってたら……やっぱりあげにくいよ」


 それは言い訳にもならない。有利も颯もみんなチョコをたくさんもらってるのに、あげることができた。だからそれは風雅にあげられなかった理由にならない。


「嘘……。蓮月くんの反応が怖くてあげられなかったんだ」


 芽榴は続けて本当のことを口にした。

 風雅は芽榴のチョコを喜んでくれる。誰がどう想像してもそうだ。けれど自分の想像が大きすぎて実際の風雅がそれほど喜んでくれなかったら、そのショックは大きい。


 自分の想像と現実のギャップを知るのが怖い。逆に言えば、それくらい芽榴が風雅の喜ぶ姿を想像していたということだ。


「ただの友達がこんなこと思うのは……間違ってるよね」


 視線を下げる芽榴の前で、有利は悲しげに口元を緩めた。


「やっぱり……少しこくですね」


 小さな声で有利が呟いた。少しだけ寂しそうな声音が小さく響く。けれど芽榴が顔をあげたときにはすでに有利は柔らかい表情で芽榴のことを見つめていた。


「楠原さんにとって……本当に蓮月くんは、ただの友達ですか?」

「え……」


 有利の質問に芽榴は言葉を詰まらせる。答えはすぐ頭に浮かんでいた。けれど、それを認められない自分がそこにいた。

 有利は校舎のほうへと歩き始める。その視界に動揺する芽榴の姿は映っていない。


「蓮月くんは今もずっと楠原さんのことしか見てないです」


 それは風雅だけの話ではない。有利だって、同じだ。けれど芽榴はそれを知らない。有利がどんな思いで芽榴の背中を押そうとしているか、これから先も芽榴に分かることはない。


「楠原さんは……どうですか?」






 午後の授業はまったく頭に入ってこなかった。

 視界に黒板は映っていたから記憶には残っている。けれどもそれを頭が理解するようには受け付けていなかった。


「芽榴、風雅くんと勉強するんでしょ?」


 気づけば放課後になっていた。舞子にそう問われ、芽榴は驚きつつもぎこちなく頷く。

 後輩の前原奈子や有利の言葉を思い返して頭をぐるぐる回していたら、容易に時は過ぎていた。


「でも、放課後すぐは来られないから……教室で待っててって」

「一日中大変だねぇ。それでも会いに来るところは偉いというかなんというか……」


 舞子はこちらへとやってくる滝本を見つめながら言う。そして「本当にあいつは暇そうね」と付け加えた。その顔はどことなくホッとしている感じがした。


「なあ楠原ー。今日お前らどこで勉強すんの? 教室なら一緒にやろうぜ」


 やってきた滝本がそんなふうに言い、芽榴は困り顔で笑った。


「今日はたぶん図書室。明日からは教室だから一緒にできると思うけど」

「風雅くんは絶対嫌がりそうだけどね」


 滝本に対して文句を言う風雅の姿は容易に思い浮かぶ。そんなことを話して笑っていると、舞子のスマホにメールが届いた。


「あら、風雅くんからだ」


 舞子は「芽榴への伝言かしらね」と言いながらメールを開く。風雅が舞子に連絡をとるのは芽榴関連でしかありえない。


「蓮月、なんだって?」

「保健室にいるから、こっちに来るのもう少し時間かかるって」


 舞子は風雅からのメールを読み上げる。案の定芽榴への伝言だった。


「保健室って……何かあったの?」


 芽榴が眉を寄せて舞子に問いかけるが、文面には『保健室にいる』としか書いていないのだから舞子にも何とも言えない。


「気になるなら行ってくれば?」


 心配そうな顔をする芽榴に、舞子がそう告げた。けれど滝本は風雅が怪我や病気で保健室にいるとは思っていないらしく、大きなため息を吐いた。


「保健室に隠れてんだろ。もしくは見つかって保健室で告られてるとか」


 滝本には無縁の話だが、風雅になら多分にありえる話。滝本のもっともらしい意見に、舞子は感心している。そんな彼女の目の前にいる芽榴は変わらず無表情だった。





 保健室のベッドに横たわる風雅は、スマホを枕元に放って深く息を吐いた。さっき保健医が部屋を出て行ったため、今の保健室は風雅の貸切だ。


「あと30分くらいしたら、だいたい探すの諦めて机とかロッカーに置いてくれるかな」


 現在自分を探しているであろう女生徒たちのことを考えながら、風雅は一人呟く。

 今ごろ舞子が芽榴にメールの内容を伝えているだろう。そんなことを考え、風雅は保健室の天井を眺めた。


「芽榴ちゃん……。昼休み、チョコくれなかったな」


 風雅は気づいていた。昼休み、芽榴は図書室にちゃんとチョコを持ってきていた。けれど風雅に渡さなかった。風雅自身も「ちょうだい」と言うことはできなかった。


「芽榴ちゃんの目の前で渡さないでしょ……普通」


 後輩である前原奈子の行動に対して、自然と不満がもれる。チョコを渡すだけならまだしも、彼女の場合は発言も問題だった。

 奈子のせいで、芽榴に「彼女ではない」と即答され、風雅の甘い考えは打ち砕かれた。


「彼女、ね……」


 もう半年以上『彼女』という存在がいない。けれど前までいた『彼女』も実際の意味合いとは違うものだ。風雅にとって『彼女』とは順番で回ってくる存在だった。


「オレにとっては『彼女』なんて大きな存在じゃないけど」


 風雅は自嘲ぎみに笑う。

 すると、保健室の扉が開く音がした。舞子のメールを見て、芽榴がやってきたのかもしれない。一瞬そんな考えが頭をよぎったが、その願望はすぐに打ち消される。


「風雅くん……いるよね」


 風雅のベッドの前、カーテン越しに女の子がそう言った。声も、カーテンに映るシルエットも、芽榴とは違う。


 ここで狸寝入りすることも可能だ。けれど寝ているのをいいことに何をされるか分からない。


「うん、いるよ」


 だから風雅は女生徒に返していた。こういうところがダメなのだろう。けれど風雅が他に何をしても次に起こる事態は対して変わらない。それが経験上の現実だ。


 風雅の返事を聞き、女生徒はカーテンを開けた。それにあわせ、風雅もベッドの上に座る。


 入ってきた女生徒の名は、吉沢さくら。今はA組で、それほど過激派ではないが元風雅ファンクラブの一人。そして――風雅の元カノの一人だ。


「体調、悪い?」

「大丈夫だよ。眠かっただけ」


 彼女は風雅の体調など心配していない。最初から風雅の体調が悪くないことくらい分かっている。分かっていて保健室まで風雅を探してきたのだと、風雅は知っていた。


「よかったぁ。毎年バレンタインは大変だもんね、風雅くん」


 見え透いた安心の振りも慣れたものだ。心が読めるのは、便利だけれどこういうとき虚しい。


「さくらちゃんと付き合ってるときも、バレンタイン時期だったね」

「覚えててくれたんだ? 嬉しいなぁ」


 さくらはふわふわな髪を触り、照れたように笑った。こういう仕草は風雅も素直に可愛いと思う。芽榴は滅多にしてくれないけれど。


「風雅くん」


 さくらはゆっくりと近づいて、ベッドに座った。ベッドが軋む音が静かな保健室に響く。ベッドの上に2人で座る。さくらとの、この光景は初めて見るものではなかった。


「あたしやっぱり、風雅くんが好き。……もう一回付き合お?」


 上目遣いで、さくらは告白してきた。第2ボタンまで緩めているシャツのせいで、風雅の位置からはシャツの中が少しだけ見えてしまう。


「ごめん。オレ……好きな子いるから」

「楠原さんでしょ? ……知ってる。でも楠原さんは付き合ってくれないよ」


 さくらはそう言って、風雅の手を自分の胸元に持って行った。


「楠原さんのこと好きでいたって……風雅くんが辛いだけじゃん」


 さくらの言っていることは間違いじゃない。好きな子はいても別の子と付き合う人間は少なくない。その考えについて風雅は肯定も否定もしない。浅はかかもしれないが、そのほうが健全だ。


「……好き」


 もう一度そう言って、さくらは風雅に顔を近づける。

 さくらは可愛い。付き合っていたときも風雅はそう感じていた。そんな子にここまで言われて、断る男のほうが少ないだろう。


「……っ」


 しかし、風雅はさくらの唇を手で覆って彼女がしようとしていたことを止めた。


「……ごめんね。気持ちだけでいいや」


 風雅は苦笑いをこぼす。正直、女の子にここまでされて何とも思わないことはない。けれど風雅はそこで止まることを選んだ。

 そんな風雅の選択に、さくらは納得できていないようで、眉を寄せる。


「なんで……キスくらい、風雅くんにとっては……っ」

「今はそれも大事」


 風雅はさくらの言葉を遮ってそう言った。さくらの発言を聞いていると、いかに過去の自分が最低だったかを思い知らされる。

 過去の自分はファンの子たちに振り回されているようで、同じくらい風雅も彼女たちを利用していた。


 そんな過去も変えることはできない。だからこそ芽榴と出会ってからの自分は変えたいのだ。


「今は……好きな子以外にそういうことする気ないから」


 風雅は真っ直ぐさくらの目を見てそう言った。そしてさくらの胸元にあった風雅の手はいつのまにかさくらのシャツの第2ボタンを止めていた。


「あんまり開けすぎると見えるよ。気をつけないと」


 風雅は笑顔で気遣う振りをした。さくらは普段第2ボタンまで開けるような子ではない。彼女がここへ来る直前に、意図的に開けたことも、その理由も風雅は分かっていた。


 指摘されたさくらは顔を真っ赤にして、ベッドから立ち上がる。そうして泣きそうな顔でカーテンの外へ出て行った。


「はあ……」


 一気に疲れが押し寄せ、風雅は再びベッドに寝転がろうとする。けれど、次に聞こえた声で風雅は固まった。


「楠原、さん……っ」

「あ、あの……」


 芽榴の名前を呼ぶさくらの声と、間違いようのない芽榴の声が保健室の扉のほうから聞こえた。






 気づけば芽榴は保健室の前にやってきていた。まったく気にしていない振りをしたけれど、芽榴は滝本の推測にかなり動揺していた。


「様子見に来るのは……不自然じゃ、ないよね」


 こんなことを考えている時点ですでに不自然なのだが、芽榴は誰に意見を求めるでもなく、そんなふうに呟いて納得していた。


 本当に体調が悪いようなら、勉強は中止にして早く帰るように告げればいい。もし滝本の言うとおり、隠れているだけなら一緒に待ってから図書室に行けばいい。

 ここに来るまでの間、風雅の状態に応じて自分のとるべき行動を芽榴は考えていた。


 それでも、風雅が告白されていたとき、自分がどうすればいいのかは分からなかった。

 だから、それだけは滝本の推測で終わってほしい。

 そう思いながら、芽榴は保健室の扉に手をかけた。


「失礼しま……」

「楠原さんでしょ?」


 女の子の声で自分の名前が呼ばれた。芽榴はすぐに扉を開ける手を止める。

 けれど見える範囲に人の姿はない。つまりその問いが芽榴に対するものではないということ。


 芽榴は自然とカーテンに囲われた場所に視線を向けた。どうやらゆっくり開けた扉の音は向こうにまで聞こえなかったらしい。


「……知ってる。でも楠原さんは付き合ってくれないよ」


 聞こえてきた言葉に芽榴は目を丸くした。驚きはするけれど、どういう話の流れでそんな発言が出てくるのか、冷静に考えれば簡単に分かることだった。


「楠原さんのこと好きでいたって……風雅くんが辛いだけじゃん」


 今が告白の最中だと言うことを悟るのに時間はかからなかった。

 一番避けたかった事態が起きている。実際にその場に遭遇して分かることは、芽榴がこの場にいてはいけないということ。


「……好き」


 けれど女生徒の声が芽榴の足をその場に縫い付けた。ベッドの軋む音が保健室に小さく響く。今ここで立ち去ればこのあと何が起きても、芽榴が傷つくことはない。


 それなのに、足が動かない――。


「ごめんね。気持ちだけでいいや」


 次に聞こえた風雅の声が、救いだった。不謹慎だけれど、芽榴は風雅の返事に安心していた。


 こんなふうに思うときが来るなんて考えてもいなかった。風雅に彼女がたくさんいた事実は変えられない。それが風雅の望んでいなかったことだとしても、それが事実だ。


 芽榴自身、それを責める気はなかった。それを嫌だと思ったことはなかった。


「キスくらい、風雅くんにとっては……っ」


 いつからだろう。風雅が他の子に優しく触れていた過去を、嫌だと思うようになったのは。

 明確には分からない。けれどそれが最近のことであるのは確かだ。


「今は……好きな子以外にそういうことする気ないから」


 突然の変化。けれど違う。それはゆっくりと確実に芽榴の中で起きていた変化だった。


 カーテンから女生徒が出てくる。彼女は泣いていた。

 目をこすり、前を見て、扉に立ち尽くす芽榴の姿をその目に映していた。


「楠原、さん……っ」


 隠れるべきだった。芽榴が盗み聞きしていたことは明らかで、申し訳なく思いながらも芽榴の口からは間抜けな声だけがもれた。


 女生徒は顔を真っ赤にしたまま、芽榴の横を通り過ぎて保健室から出て行く。肩がぶつかって、芽榴は少しだけよろけた。


 女生徒がいなくなった今、芽榴はカーテンの向こう側に行ける。けれどすぐそこにいるはずの風雅を、芽榴はとても遠く感じていた。


「芽榴ちゃん……?」


 風雅が少しだけ不安げに芽榴の名を呼んだ。本当に芽榴が保健室の中にいるのかどうか、確かめるように。


 芽榴はゆっくりカーテンに近づく。そしてカーテンの縁を握った。


「開けていい?」


 芽榴が確認をとると、風雅は「うん」と小さな声で答えた。

 そのままカーテンを引けば、ベッドの上に座ったままの風雅の姿が芽榴の目に映った。


 芽榴と目が合うと、風雅は困り顔で笑いかけてくる。その笑顔に、やはり芽榴の心はキュッと締めつけられた。


「保健室にいるって聞いて、様子見に来たんだけど……。ごめんね」

「なんで謝るの。芽榴ちゃんが心配してくれて、オレ嬉しいよ?」


 風雅は優しい声で言った。その笑顔はさっきまでの告白の名残りを感じさせない。

 けれど、さっきの女生徒が座っていた跡はベッドの皺となってそこに残っている。


 歪む表情の理由も、渦巻く感情の理由も、答えはもう分かっていた。


「私のこの気持ちは、蓮月くんの言うとおりヤキモチなんだろうね」

「え……?」


 妙に心が落ち着いていた。淡々と告げる芽榴に対し、目の前にいる風雅のほうがよほど驚いていた。


「芽榴ちゃん……やっぱりさっきの、聞いてた?」


 芽榴がこんなことを言い出す理由はそれしかない。風雅に問われ、芽榴は静かに頷いた。


 風雅が誰かにチョコを渡されるのも、誰かに告白されるのも、嫌だ。その気持ちは嫉妬以外のなんでもない。


「蓮月くん、ごめんね……。蓮月くんのこと好きかって聞かれると……まだ正直よく分からないの」


 恋などしたことがない。だから芽榴にはこの感情が恋愛感情なのか分からない。ただの独占欲としか思えない。

 この気持ちを恋と呼ぶには、あまりにも芽榴の感情は醜くて、風雅が向けてくれる綺麗な気持ちとは全く逆だった。


「でも、私にとって蓮月くんは――」


 恋では、ないかもしれない。けれど「風雅はただの友達か」という有利の問いかけに、芽榴の心はすぐに答えを出した。


「もう――ただの友達なんかじゃないよ」


 芽榴はまっすぐ風雅の目を見て言った。それを告げたら、芽榴の心のモヤモヤが一気に晴れた気がした。


「芽榴、ちゃん……?」


 風雅は目を丸くしたまま、その瞳は揺れていた。芽榴の突然の言葉に、思考が追いついていないのだろう。


「じゃあ、私……先に図書室行ってるね」


 本当は一緒に行く予定だった。けれどこのまま、ここに留まるのも気まずくて、芽榴は風雅に背を向ける。そしてカーテンの外へ出ようとした。


「ま、って」


 そんな芽榴の手を風雅が掴んだ。風雅の声はうまく出ていなかった。芽榴が振り返ると、風雅は顔を薄く染めていた。


「それ、本当?」


 風雅の確認する声はやはり不安げだった。改めて聞かれると恥ずかしい。芽榴が照れ臭そうにぎこちなく頷くと、風雅は大きなため息を吐いて芽榴の手に自分の額をのせた。


「蓮月く……」

「芽榴ちゃん。オレのお願い、聞いて?」


 芽榴の手に触れる風雅の手は震えていた。まるで壊れ物に触れるかのように不安げだった。


 それでも思いだけは揺るがない。気持ちだけは彼の心に深く根を張っているから。


「ちょっとでも気持ちがあるなら、オレと一緒にいて。明確な好きじゃなくていいから……」


 風雅はゆっくりと顔をあげた。


「オレを芽榴ちゃんの1番にして」


 風雅の瞳は芽榴しか映していない。風雅の頰は芽榴のことだけを思い、赤く染まる。それを嬉しいと思う芽榴は、やはりずるいのだろう。

 ――それでも、いい。


「うん。……蓮月くんが、1番だよ」


 どんなにずるいと蔑まれても、芽榴は風雅にそばにいてほしいと思った。

やったね、風雅くん!

と言うにはまだ早いですが、風雅くんの一途な想いが着実に芽榴ちゃんを動かしてきてますね。


今回の話はボリュームと話の流れにより芽榴ちゃんが風雅くんにチョコを渡すシーンが書けませんでした。


なので、ここで簡単に描写します↓



「はい、蓮月くん。遅くなったけど……チョコ」

 下校時刻も近くなり、勉強道具を片付けている途中で芽榴は風雅にチョコを渡した。

「やっと、欲しいチョコがもらえた」

 大喜びの風雅は受け取ったチョコをその場で開封する。けれどここは図書室で、飲食は基本厳禁だ。

「蓮月くん……っ」

「大丈夫大丈夫。図書委員からじゃここ見えないし」

 風雅は愉快そうに言って、芽榴の手作りチョコを見て感嘆する。

「おいしそう……」

 しかし風雅はチョコをジッと眺めているだけ。食べようとはしない。その様子を不思議そうに見ていると、風雅がニタァと笑った。

「……な、何」

 風雅がこういう顔をするときはだいたいろくなことを考えいない。

「あーんってして」

 想像に難くない。以前にも何度かこの光景を目にしている。芽榴は困り顔で「嫌だよ」と答えた。

 いつもならそこで風雅も「なんで!」と涙目で抗議するのだが、今回は風雅も強気だった。

「オレ、芽榴ちゃんの1番なんだよね?」

 風雅が小首を傾げて問いかけてくる。その発言で、芽榴は一気に顔を赤くした。1番だからといって、そういうことをする約束にはならない。けれど今の芽榴はその発言に弱いのだ。

「こーいうときにそれ言うのやめて……」

「へへっ、だって嬉しいんだもん」

 風雅は無邪気に笑う。だから芽榴も強く責められない。

「はい、あーん」

 口を開ける風雅に芽榴は――。



チョコを食べさせたのか、それとも頰をつねるのか、はたまた邪魔が入るのか……。この後の芽榴ちゃんの行動はご想像にお任せします。

やっと芽榴ちゃんに振り向いてもらえて、蓮月くんデレデレモード全開でしょうね。



ちなみに帰りは風雅のロッカーや机の中のチョコを整理してまわり、風雅のもらったチョコの量に芽榴ちゃんは絶句します。

両手にチョコ満タンの大きな紙袋を持っているため、芽榴ちゃんと手を繋いで帰れず、風雅は大きなため息を吐き続けるのでした。



円満なようで、まだまだ問題ばかり。風雅ルート後半戦もよろしくお願いします!

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