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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
体育祭編
30/410

22 左頬とストレート

「芽榴ちゃん」


 トイレを出た芽榴は固まった。待っていたかのように衣装替えをして学ランになった風雅がそこに立っているのだ。


「え。さすがにこれはセクハラの域では……」


 芽榴が言い終わらぬうちに風雅は芽榴を抱き寄せた。


「ちょ、蓮月くん! 何す……」

「芽榴ちゃん、なんで一人で抱え込むのさ……」


 風雅が切なそうに言う。芽榴は足の怪我がバレてしまったのかと焦りをみせた。


「蓮月くん、気づいて……?」

「当たり前じゃん」


 風雅はギュッと芽榴を抱きしめた。風雅の勘の鋭さに驚きが隠しきれない。もしかして心を読んだのだろうか。しかし、芽榴の心は読めないと言っていたはずだ。芽榴の頭の中にはいろいろな考えが浮かぶ。


「芽榴ちゃんは頑張ったよ……。だからトイレで悔し涙を流すなんて水臭いじゃんか……。オレの胸ならいくらでも貸すから」


 芽榴は今、すごく間抜けな顔をしているだろう。しかし、それも仕方ない。風雅の発言は予想もしていないことだ。


「あの…蓮月くん。私が3位で悔しくてトイレでシクシク泣いてた、と思ってるの?」


 芽榴が乾いた声で風雅に尋ねると風雅はしっかりと頷いた。


 そう。風雅は芽榴の怪我など分かっていないのだ。


 芽榴はどっと疲れが押し寄せてくる感覚に襲われた。よく考えてみればわかることだった。風雅が気づいたならもっと他の対応を見せたはずなのだから。


「芽榴ちゃん?」

「あー、うん。面倒だからそーいうことにしとく」

「……?」


 風雅はワケが分からず困惑していた。しかし、突然風雅の目がカッと見開き、芽榴は風雅に腕を引かれるまま、トイレの建物の影へと隠れることになった。


「そろそろ私仕事に……」

「ごめん。ちょっと我慢して」


 芽榴は建物の壁を背に、前を風雅に塞がれている状態だ。芽榴の顔のすぐ横に風雅の手が置かれる。完全に芽榴の逃げ道は絶たれた。


「れんげ……」

「風雅くん、どこぉ?」


 突如聞こえてきた甘ったるい声に芽榴は自分で自分の口を塞いだ。


「今、声聞こえたよねぇ?」

「もぉ見逃しちゃったじゃぁん。サヤが髪の毛セットしてるからだよぉ」

「そっちだって手鏡見てたじゃない」


 聞こえる声と雰囲気からして3、4人の女子だ。そして確実に風雅ファンである。

 他の役員のファンと違って、どうして風雅のファンはこうも気の強そうな雰囲気の女子が集まっているのだろうかと芽榴は小さく息をはいた。


「でも、さっきの百メートル走。楠原芽榴ってば……ざまぁみろって感じよねぇ」

「本当、ウケたぁ! 1位とるとか言ってたくせに3位だったし」


 予想外に自分の悪口が始まるため、芽榴は少し驚いた。しかし、こういうことが初めてではない芽榴にとってはたいしてショックはない。

 どちらかといえば1位をとると無駄な宣言をしたのは滝本あたりだろうと訂正したいくらいなのだ。


 しかし、芽榴の目の前にいる男の子はそうもいかないようで、今にもファンの前に出て行こうとしている。芽榴は力一杯風雅の腕を引くことでそれを制した。


「芽榴ちゃん、でも……」

「気にしない、気にしない」


 芽榴が肩を竦めながら言う。思わず悪口を言われているのがどちらなのか考えたくなる光景だ。


 風雅は腑に落ちない様子であるが、ともあれ、芽榴の願い通り留まってくれた。


「風雅くんもなんであんな子に構うのかなぁ?」


 続いて風雅の話も混ざりはじめた。


「それ言えてるー。あんなブス釣り合わないしぃ」

「どうせすぐ飽きるよ」

「飽きると言えば、あの噂聞いたぁ? 『風雅くんの彼女予約制度』が無くなったって話」


 芽榴は聞いたことのない制度名に眉を寄せる。そんな芽榴の様子に対し、目の前の風雅は明らかに動揺していた。


「蓮月くん?」


 芽榴が視線を向けると、風雅はいつもの数倍ぎこちない笑みを見せた。


「えぇ、うっそ。ショック!」

「あたし、9月で回ってくる予定だったのにぃ」

「でも、風雅くんって押しに弱いから告白すればいけんじゃん?」


 ファンの会話は背後で進んで行く。会話の内容と風雅の表情からして、風雅にとっていい話ではないのだろう。


「聞こえない」


 芽榴は自分の耳を塞いだ。風雅は突然の芽榴の行動に驚いているようだった。


「芽榴……ちゃん?」

「ね、聞こえない」


 そう言って芽榴は笑う。その姿を見た風雅は自分の中の張りつめた何かが緩んでいくのを感じた。

 風雅は芽榴に倣って自分の耳を塞ぐ。


「うん。聞こえない」






 しばらくして風雅ファンもそこからいなくなった。芽榴はフーッと息をはいて建物の影から出た。


「蓮月くん。団長がこんなとこに長居して大丈夫だったのー?」

「……。まぁ、それを言ったら芽榴ちゃんのほうこそ颯クンに怒られるんじゃない?」

「あー……。何とか言い訳する」


 芽榴は少し焦りぎみに笑った。


「芽榴ちゃん」

「ん?」


 振り返った芽榴が見た風雅は少し寂しそうな顔をしていた。


「芽榴ちゃんはあの制度知ってる?」


〝あの制度〟というのは先ほど風雅ファンが言っていた『風雅くんの彼女予約制度』のことだろう。

 芽榴は首を横に振った。しかし、その名からどんな制度なのかは把握できた。


「でも、オレ……!」

「いいよ。言わなくて」


 芽榴は思いつめた表情の風雅を見ながらそう言った。


「もうその制度ないんでしょ? だったらそれを追求するのって意味のないことじゃん」


 風雅の言いたいことなら言えばいい。でも言いたくないことなら言う必要はないと芽榴は言った。


「私の目の前にいる蓮月くんは顔はいいのにちょっとバカで、でも真っ直ぐな人。それだけ分かってれば十分」


 その言葉に、風雅は目を見張った。


「じゃ、私もう行くねー」

「芽榴ちゃん!」


 芽榴は思いきり風雅に手を引っ張られ、後ろに倒れそうになる。右足を軸にしたため、少し痛みが走った。


「い……っ!」

「ちゅっ」


 痛みはどこかへと飛んで行く。

 リップ音とともに芽榴の頬に柔らかな感触だけが残った。

 芽榴は風雅から離れ、自分の左頬を触った。


「蓮月くん……」

「真っ直ぐだから、オレ」


 背景にキラキラが見えるほどの笑顔で風雅は言った。芽榴は前言撤回して『ただのセクハラ馬鹿』にしてやろうかと考えた。

 しかし、これ以上構えば風雅はもっと調子に乗りかねない。芽榴は風雅をおいてさっさとグラウンドに向かった。

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