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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:蓮月風雅 一途な笑顔の恋物語
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#08

 土曜日の朝、芽榴は家のリビングでお菓子作りの本を読んでいた。開いているページにはチョコレートの特集記事が書かれている。

 例のごとく真理子がその目の前で楽しげにお茶を飲んでいた。


「芽榴姉、お菓子作んの?」


 部活の準備を終え、部屋から降りてきた圭が2人のもとに歩み寄る。前にも文化祭前に芽榴はお菓子作りの本を読んでいて、そのこともあってか圭が不思議そうに問いかけた。


「うん。バレンタインチョコー」


 芽榴がそう告げると圭は一層不思議そうな顔をした。


「チョコなら、本なんか見なくてもいつも美味いの作ってんじゃん」


 圭は以前と同じようなことを言う。すると真理子はチッチッチッと人差し指を揺らした。


「今年はあげる人も多いから、芽榴ちゃんの気合いも違うのよ」


 真理子がそう言うと、圭は「ああ……」と少しだけ目を細める。


「役員さんと、東條さんにもあげるんだっけ?」


 圭に問いかけられ、芽榴は照れくさそうに頷いた。明日は東條と会う約束があり、バレンタインの1日前だがその日に東條にはチョコをあげようと思っているのだ。


「それに期待されてる分、美味しいの作らないとだし」


 芽榴はそう言って昨日のことを思い出す。




 ――月曜、芽榴ちゃんのチョコ楽しみに待ってるから――




 あのあと、勉強をしている途中で風雅に言われた。だから、というのは少し憚られるものの、芽榴は真剣にチョコの本を読んでいた。


「期待、ねぇ……。芽榴姉にチョコ欲しいなんて堂々と言いそうな人、俺が知る限りでは1人しか浮かばないんだけど」

「私も誰か分かるー」


 圭の発言に真理子が賛同する。おそらく2人が思い浮かべている人と芽榴が今思い出した人は一緒。


 家族公認というのも恥ずかしくて、芽榴は困ったように笑った。






 そのあと一通りチョコのイメージを頭に描いて、芽榴は街に買い出しに出かけた。部活に向かう圭と一緒に家を出て、現在は芽榴一人だ。


「ラッピングとかも考えないとだよねー……」


 一人つぶやきながら芽榴は歩く。けれど歩いている途中で芽榴はハッと目を見開いて立ち止まった。


「カップルがうようよしている時期に街を一人歩きとか、寂しいやつだな〜」


 からかうような声が後ろから飛ぶ。その言葉は紛れもなく芽榴に向かって投げられていて、振り向かずとも声と発言だけで相手が誰か分かった。


「会ってすぐに嫌みですかー」


 半目で後ろを振り返り、芽榴は言葉を告げる。けれど芽榴の後ろに現れた簑原慎を見て、芽榴は少し驚いた顔をした。芽榴の視線に気づいて、慎はケラケラと笑った。


「髪、いい色だろ?」


 以前までは明るい髪だった。少なくとも修学旅行で会った時まではそうだった。けれど今芽榴の目の前にいる慎は髪を暗めの自然な茶色に染め直していた。


「ほんと、だったんですね」

「疑ってたのかよ」


 別に彼が簑原家の人間として振る舞い始めたことを疑っていたわけではないのだが、その髪の色を見て彼の本気を確認したというのが正しい。


「で、あんた何やってんの? 明日東條さんとこ行くんだろ。聖夜が言ってた」


 芽榴からしてみれば、なぜ慎こそここにいるのだという感じなのだが。聞いたところではぐらかされるだろうと思い、芽榴は慎の問いかけに素直に答えた。


「それもあって、チョコの材料買いに来ましたー」

「へぇ……」


 芽榴の答えを聞き、慎は目を細めて笑う。その反応から慎の考えていることは分からず、対する芽榴もまた目を細めていた。


「バレンタイン、義理チョコあげまくるわけ?」

「日頃の感謝をこめてるんです」


 慎の言うとおり、役員とその他にも義理チョコをあげるのだから「あげまくる」という表現は正しい。けれども彼の視線と発言の響きはあまり肯定的なものでもないため、芽榴はそんなふうに返した。


「まあ、聖夜にちゃんとあげるならなんでもいいけど」

「言われなくても渡します」


 慎にとって優先順位が彼自身より聖夜にあることは変わらないらしい。そんな慎のことを見て、芽榴は肩を竦めた。


 今日は特に用事があって芽榴の前に現れたわけではないらしい。だからといって偶然と思うには白々しいのだが。

 とにかく慎と話すことはそれ以上ない。けれど慎は芽榴の隣を一緒に歩き始めていた。


「まだ用があるんですか?」

「別に。ただ、チョコたくさんもらってる側からのアドバイスは参考になるんじゃねぇの?」


 つまり一緒にチョコの材料選びを手伝うと慎は言い出しているのだ。普段ならそんな慎の提案は跳ね除けるところなのだが、今の芽榴にとってその提案は実に心強いものだった。


 去年のバレンタイン、役員と関係がなかった芽榴は彼らのチョコの数など興味もなかった。それでも芽榴の耳には彼らのもらった異様なチョコの数が届いている。

 その中でも特に、ファンクラブ絶頂期にあった風雅のチョコの数はデパートのバレンタインフェアに並べてあるチョコの数と変わらないのではないかと思うほどだった。


 おそらく今芽榴の目の前にいる簑原慎という人物も彼らと似たような数のチョコをもらってきた男だ。


「やっぱりいっぱいもらうと、甘いのって嫌ですか?」


 芽榴は素直に慎に尋ねる。慎のほうもさすがに素直な芽榴の反応には驚いたらしく、面食らっていた。

 けれどすぐに慎はいつものヘラヘラした態度に戻って「まぁな」と言った。


「まあ、一番欲しかったチョコから先に食うだろうからあんたのチョコが甘くても美味けりゃ関係ねぇだろうけど」

「ってことは一番に食べられなかったら……やっぱりウンザリしますよね」


 芽榴はそんなふうに呟いた。けれど芽榴のことを好き嫌いに関わらず、芽榴ほどの料理人のチョコを後回しにする馬鹿はいないだろうと慎は思う。


「でも、甘いの好きだから……甘いほうがいいよね」


 芽榴が続けた言葉は完全に独り言だ。けれど慎にはちゃんと届いていて、慎は今度こそ笑みを消して目を細めた。


「それ、誰の話?」

「え?」


 慎に問われ、芽榴は不思議そうな顔をする。

 慎は芽榴の発言が役員の誰かに向けたものであることを即座に理解した。そして彼の想像の範囲で甘いチョコを好みそうな役員は多くない。皇帝会長と無愛想副会長に関しては確実にビターチョコのほうが好みそうだ。


「全員のこと考えてチョコ作ろうとしてんのかと思ったら……。誰のこと考えてチョコ作ろうとしてんの?」


 慎の直接的な問いかけに芽榴は眉を下げた。


「別にみんなのこと考えてますけど……一番多くチョコもらう人が美味しいって思うものを作るのって大変じゃないですか」

「へぇ……やっぱりあの馬鹿のこと考えてんの」


 慎の視線が鋭く光る。役員の中で一番多くチョコをもらうとすれば、それは風雅だ。芽榴が風雅主体でチョコを考えていたことは慎にも容易に分かる。


「楠原ちゃん、趣味悪いのな」

「どーいう意味ですか、それ」


 慎が嫌味な笑みを携えて、芽榴を見下ろす。慎を見上げる芽榴は眉を寄せた。


「別に。とうとう本命が決まったか〜と思って、聖夜のこと考えて残念がってるだけ」


 慎は芽榴から視線をそらし、余裕そうな笑顔で告げる。あくまで聖夜のことを考えて、と言い残すのは慎の逃げだ。

 けれど芽榴にそんな慎の心中など分かるはずもない。そんなことよりも芽榴は慎の言った「本命」の意味を理解して頬を赤らめた。


「違…っ! 本命とか義理とか、そんなのは……」

「あー、はいはい。まだ鈍感突き通すつもりならご勝手に」


 慎はそう言って店の中に入っていく。芽榴はその後ろを追いかけて、慎とともにバレンタインフェアのところへ来ていた。庶民のバレンタイン事情まで把握しているところからして、慎はラ・ファウストの生徒以外からもチョコをもらっているのだろう。


「あの馬鹿のことだからどうでもいいけど、思わせぶりなことしといて『本命じゃない』とか言ってんなら問題だと思うぜ?」


 慎はそう言って「あんたの場合今始まった話じゃないけど」と言葉を付け加えた。


 芽榴自身、自分のしていることが風雅にとってよくないことだという自覚はある。だから芽榴は困り顔で視線を落とした。


「分かってます……」


 それでも風雅はいいと言ってくれる。だから芽榴はそれに甘えてしまっているのだ。

 シュンと元気をなくす芽榴の姿を見て、慎は小さく溜息を吐いた。


「バーカ。あいつのこと考えてそんな顔すんな。ムカつく」


 慎はそう言って芽榴の頭をペシッと叩き、良さそうなラッピング袋をホイホイと芽榴の手に乗せていく。

 約束通り、慎は芽榴の買い物に付き合っていた。


 慎の言葉に嘘はない。慎は芽榴を甘やかすだけの言葉をかけたりはしない。だから芽榴の心に慎の言葉が引っかかってしまう。


「思わせぶり、なんですかね……」


 芽榴はさっき慎に言われたことを思い返し、呟く。風雅に対しての行動は確かになそうなのかもしれない。けれど芽榴もそれを意図してやっているわせではないのだ。

 ただ風雅にそばにいてほしい。それがすでに思わせぶりというなら、もう芽榴にはどうすることもできない。


「ああ……あんたはすごく思わせぶり」


 慎は芽榴のことを見ずに、そう告げる。その言葉の本当の意味が芽榴に伝わることはない。


 2人の買い物はそのあとも続いたけれど、あいだに流れる空気は少しだけ寂しくて切なかった。

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