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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:蓮月風雅 一途な笑顔の恋物語
295/410

#06

 その日の放課後、芽榴は生徒会室でいつものように淡々と仕事をこなしていた。放課後になってある程度時間が経っているが、芽榴の隣の席は空いている。どうやら補習が長引いているようだ。


「るーちゃん」


 仕事を途中で切り上げた来羅が息抜きがてら紅茶を持って芽榴の隣、風雅の席に座った。

 来週からテスト期間に入るということで、生徒会も明日まで。仕事も仕上げの段階に入っているため、颯も今は職員室を行き来している。その目を盗んで来羅は休憩中だ。


「るーちゃんも休みましょうよ。紅茶飲む?」


 来羅は優しい声音で言ってきた。男バージョンでになっても、来羅と紅茶はよく似合う。


「ううん、私はいーよ」


 芽榴はニコリと笑って、有利と分け合っている書類に手をのばす。いつも通りにちゃんと与えられた仕事に手をつける芽榴のことを、翔太郎は訝しげに見ていた。


「翔ちゃん、何ボーッとしてるの? 珍しい」


 来羅が翔太郎に告げると、翔太郎は「別に」と愛想なく返す。そんな翔太郎らしい反応に、来羅は肩を竦めた。


「それにしても蓮月くんは遅いですね」


 来羅が休憩をしたために、ふと時計を見て時間を確認した有利はそんなふうに呟く。もう補習が終わってもいい時間帯だった。


「前までなら、風ちゃんが遅れる理由なんて簡単だったけど」


 来羅はそう言って懐かしむように頬杖をつく。以前の風雅は補習の有無にかかわらず、生徒会に来るのは遅かった。いつも周りをファンに囲まれ、愛想笑いでやり過ごして時間がかかっていた。


「今はそんなこともないみたいですし、単に長引いてるだけですかね」


 有利の言葉に、芽榴は少しだけ反応する。有利の言うとおり、風雅はファンの前で愛想笑いを浮かべなくなった。ちゃんとありのままの自分でいようとしていた。

 その姿を芽榴は目の当たりにしたのだ。


「結構本気で勉強してるから、質問でもしてるのかもねー」


 芽榴はそんなふうに返す。モヤモヤした気持ちを隠して、もっともらしい言葉でみんなに相槌をうった。


「風ちゃんが先生に質問なんて、かなり衝撃的だけど。ねえ、翔ちゃん?」

「……ああ、そうだな」


 来羅の呼びかけに翔太郎は適当な返事をする。翔太郎は芽榴と視線がぶつかると、すぐに芽榴から目をそらした。


「蓮月くん、補習の成果はありそうですか?」


 芽榴は翔太郎の反応を不思議に思いながら、有利の質問に答えるために有利へと視線を返した。


「うん。ばっちりって本人は言ってたよー」


 芽榴がそう告げると、来羅は楽しげに笑う。


「じゃあ、次のテスト楽しみねぇ。その調子で結果が出たら、るーちゃんも時間削った甲斐があるし」

「そうですね。確か、来週からのテスト期間も一緒に勉強するんでしたっけ?」


 昨日風雅とそういうふうに約束したため、芽榴は頷く。おそらく風雅は芽榴から許可をもらってそのまま有利に話したのだろう。


「喜んでましたよ。蓮月くん」

「勉強優先なのか、るーちゃん優先なのか分からないわねぇ」


 来羅は「確実に後者よね」と言って笑った。


 みんなが知っている風雅の想い。目に見えない不確かなものでも、風雅のそれだけは誰も信じて疑わない。


 芽榴の心に鈍い痛みが走る。風雅の想いが離れていく、そんな不安を感じたことはなかった。


 この期に及んでそんなことを感じ始めてしまったのは、みんなと離れる寂しさのせいか。その理由は分からない。


「ははっ、今の蓮月くんは勉強優先だよー」


 自分で言っておいて、虚しくなる。今の風雅は昔の風雅とは違う。風雅が世間でいう「いい男」に様変わりしていくほど、芽榴との距離は開いていく気がした。


 作っていたからこそモテていたのだと風雅は言う。けれど素のままでどんどん風雅が自分を磨いていけば、以前よりもモテてしまうことは目に見えていた。


「楠原、貴様……」


 どうしようもない気持ちを抱いたまま笑う芽榴に翔太郎が声をかける。けれど、次の瞬間には生徒会室の扉が大きく開いた。


「ごめんなさい! 颯クン! 遅刻の理由は補習が長引いたからとオレが理解力なくて先生に質問していたからです! 怒らないでください!」


 慌ただしい様子で生徒会室の扉を開けた風雅は、まず第一声でそれだけの謝罪文を口にした。

 今この部屋に颯はいない。だから芽榴の隣に座る来羅が面白おかしそうに声に出して笑った。


「あ、あれ? 颯クンいない?」

「はい。生徒会も明日までなので、今は職員室巡りですよ」

「よかったぁ」


 風雅はホッと胸を撫で下ろす。そしていつもの場所に自分の荷物を置いて、今現在来羅が座っている自分の席へと歩み寄った。


「来羅、席交代」

「えぇー、別に私の席使ってもいいのよ?」

「何言ってんの。芽榴ちゃんの隣はオレの場所!」


 来羅は楽しげに風雅のことをからかう。風雅は意地でも芽榴の隣がいいらしく、しばらく来羅に文句を言った後やっと席を交代してもらった。といっても来羅が紅茶休憩を終えたから自分の席に戻る、というだけの話なのだが。


「あ、芽榴ちゃん」


 席に座ると、風雅はまず先に芽榴のほうを見た。自分に与えられている仕事を確認せずに芽榴へと視線を向ける。そんな風雅の様子にため息やら笑い声やらが飛び交った。


「んー?」

「参考書の答え、ありがと。持ってきてくれたって聞いて」


 風雅にそう言われ、芽榴は眉を下げて笑った。

 そのことを思い出すと、自ずと他の女子と楽しげに話す風雅の顔が浮かぶ。


「蓮月くんが帰るときに気づけばよかったんだけど、ごめんね」


 芽榴が申し訳なさそうに言うと、風雅は「とんでもない!」と首をぶんぶん横に振った。


 返しそびれた挙句、人を介して返してしまった。そのことを芽は気にしていて、おそらく風雅もそれが気になっていたのだろう。


「やっぱオレのクラス入りづらかった?」


 風雅が遠慮がちに聞いてくる。事実、風雅のクラスに入りづらかった。けれど風雅に手渡しできなかった本当の理由はそうじゃない。


 風雅の問いかけに、その場にいる全員が反応した。芽榴がB組に行きづらい理由なんて一つしかない。


「オレ、芽榴ちゃんが来たの気づかなくて……ごめん」


 風雅がシュンとなって謝る。風雅のせいではない。芽榴はB組に行ったけれど、扉が開いたのはわずかの間だけ。その一瞬で風雅が芽榴を認識していたなら、逆にすごいとしか言いようがない。


 でも風雅は自分を責めるだろう。そうやって芽榴は風雅に、みんなに気を使わせてしまうのだ。


「ううん。そーいうわけじゃないよ。掃除時間になったから、急いでてクラスの人に頼んじゃった。ごめんね」


 だから芽榴は精いっぱい明るく笑って、答えた。






 しばらくして颯が帰ってくると、みんな仕事に気合をいれ直す。優雅に紅茶を飲んでいた来羅もパソコンと向き合ってひたすらキーボードをカタカタと打っていた。


「よし、じゃあ今日はこれくらいで。残りは明日に回そうか」


 下校時刻が近くなった頃、颯が机の上を綺麗にして今日の仕事終了の合図を送る。


「あぁーーーっ、終わったぁ!」


 颯の合図に風雅が真っ先に反応した。遅くにやってきてもちろんこなした仕事量も一番少ないのだが、誰よりも疲れてしまったようだ。


「おつかれさま」


 ヘトヘトになって机に伏す風雅に、芽榴は優しく声をかける。すると風雅は顔を横向けて、芽榴のことだけを見てヘラッと笑った。


「ありがと」


 風雅のその仕草は今日はじめてのものでも稀なものでもない。芽榴に対してはいつもそう。

 それなのに、幸せそうな風雅の笑顔を見て、芽榴の胸は大きく跳ねた。


「あ…」


 自分が一番驚いていた。風雅の笑顔を見て、こんなにもドキドキしたことなんてなかったはずだ。それがただ単に今日という日のせいなのか、それも分からないまま体が熱を帯びる。


 自分の体がどんどん火照っていくのを感じて、鏡を見ずとも自分の顔が赤くなっていることは分かった。


「え、芽榴ちゃ…」

「えっと、今日は私、一学年棟の見回りだよね。行ってきます」


 みんなに、特に風雅にこんなだらしない顔を見られたくなくて、芽榴は慌てて立ち上がる。今から各自教室の見回りをすることになっているため、芽榴は誰より早く生徒会室を出て行った。





 慌ただしい様子で見回りを終え、役員も下校することになる。今日芽榴を送る担当になっていたのは翔太郎だった。


「翔太郎クン、ちゃんと芽榴ちゃんのこと送るんだよ!」

「貴様に言われずともそれくらいのことは分かっている」


 帰り際念を押すようにして風雅が言い、翔太郎は風雅を睨みつけながらそう返す。

 さすがの翔太郎でも芽榴を送っている途中で帰るなんてことはしない。


「貴様は向こうだろうが! さっさと帰れ!」


 芽榴と離れたくないがため、分かれ道で会話を引き延ばそうとする風雅に、最終的に翔太郎が怒鳴った。


「いいもん……。来週からはオレが芽榴ちゃん送るし」


 風雅がすねて唇を尖らせると、翔太郎はすこぶる面倒だと顔にかいた。


「楠原、貴様も蓮月に帰れと言え」

「え? あ、あー……」


 まさか自分に話が振られるとは思っていなかったため、芽榴はその場でどもった。


「……じゃーね、蓮月くん」


 うまく風雅の顔を見れない。芽榴はぎこちなく風雅に挨拶して、すぐに自分の帰路へと足を向けた。


「……芽榴ちゃん?」


 風雅の訝しむような声が聞こえる。それもそのはずだ。どうしてもっと上手に隠せなかったのだろうと後悔しつつ、芽榴は後ろを振り返らない。


「芽榴ちゃん、また明日!」


 けれど、そのまま歩き出した芽榴に、いつもの元気な声が聞こえる。それは予想もしていなくて、芽榴は慌てて後ろを振り返った。


「明日もオレの勉強見てね!」


 ニカッと歯を見せて笑い、風雅はそのまま軽い足取りで自分の家までの道のりを歩いていく。


 先に背を向けたのは芽榴だった。けれど風雅の声に引き戻されて、背中を見つめるのは芽榴のほうになっていた。


「楠原」


 風雅の後ろ姿をジッと見つめる芽榴に、翔太郎が声をかける。

 芽榴は翔太郎のほうに向き直り、再び帰路へと足を進めた。


「何かあったか?」


 隣を歩く翔太郎がどこか心配そうに問いかけてきた。


「昼から、様子が変だ」


 翔太郎には昼休みの情けない姿も見られている。誤魔化したところで嘘は簡単にバレるだろう。


「……特に何があったってわけじゃないよ。ほんとに」


 誰かに何をされたわけでもない。それは本当に芽榴自身の問題だった。


「だが明らかに、蓮月への態度がおかしいだろう?」


 翔太郎は回りくどい言葉を使わない。芽榴の変な態度の理由が風雅にあると分かって、それを直接的に聞いてきた。


「誰にも、言わないでくれる?」


 芽榴が苦笑しながら尋ねると、翔太郎は「ああ」と静かに答えた。

 翔太郎の返事を聞くと、芽榴は身勝手な思いを彼にぶちまけていた。


「蓮月くんがね……。ファンの子の前で自然に、楽しそうに笑ってたんだー」


 芽榴は言いながら表情を曇らせる。口にするとやはりそれは喜ぶべきことだと実感する。それでも喜べない自分は最低だと思った。


「……それは確かに、貴様にとってはあまり嬉しい話ではないだろうな」


 翔太郎はまっすぐ前を向いて、芽榴の言葉に返す。風雅のファンが芽榴にしたことを思えば、風雅がそんな彼女たちに優しくするのは嫌だろう。そう翔太郎は受け取っていた。


 芽榴の心が揺れる理由がそうだったならどれだけよかっただろう。


「きっとね、それが蓮月くんのファンの子じゃなくても……嫌だったんだと思うの」


 芽榴がそう告げると、翔太郎は驚いたように目を見張って芽榴のことを見返した。


「蓮月くんが今まで私を好きだって言ってくれてたのは、私の前では気を使わなくてよかったからだと思う」


 芽榴の言葉に翔太郎は反論しない。芽榴の意見は翔太郎が知る限りでも正しかった。


「でもこれから先、どんどん蓮月くんはみんなの前でも自分らしくいられるようになって……。そう願ったのは私なのに、嫌だって思ったんだ」


 口にすればするほどその感情は増していく。醜い思いが増して、翔太郎にもきっと呆れられているだろう。芽榴はそう思って、翔太郎の顔を見れなかった。


「あの事件以降、蓮月くんに気を使わせてるのはファンの子でも誰でもなく……私だから」


 芽榴は視線を落としたまま儚げに笑った。みんなが風雅に近くなればなるほど芽榴は風雅から遠のいていく。


「でもこんなこと言ったら余計に気を使わせるだけで……どうすればいいのかなって分かんなくなった」


 芽榴は今分かっている気持ちのすべてを翔太郎に伝えた。

 芽榴の言葉のすべてを受け止めた翔太郎は呆れるように息を吐く。予想していた反応に、芽榴の肩が少しだけ強張った。


「取り越し苦労だな」

「え?」


 けれど翔太郎から返ってきた言葉は意外なもので、芽榴はマヌケな声をもらした。


「あいつの行動は貴様に気を使ってるのではなく、尽くしているというほうが近いだろう」


 翔太郎は眼鏡を押し上げながら淡々と告げる。風雅の芽榴に対する行動すべてに、嫌気がない。風雅は自ら進んで芽榴のために動いているだけだ。

 もはや芽榴のためというより自分のためというほうが正しい。


「思ってることがあるなら、ちゃんと言うべきだと俺は思う」


 暗がりの道で翔太郎の声が鮮明に響く。


「蓮月だからあんなふうに返したけれど、普通は貴様のさっきの態度で関係がギクシャクするものだ。貴様がここにいる時間もそう長くはないのに、変なわだかまりなど作りたくないだろう」


 翔太郎は正論を述べる。

 帰り際のあれは、風雅だからこそ芽榴のぎこちない対応にめげずに挨拶を返せただけだ。あれが他の相手なら絶対に気まずくなっている。


 だからといってそのまま風雅に甘え続けても、風雅だって常に全部を受け止めれれるとは限らない。


「……私、蓮月くんの優しさに甘えてばっかりだ」


 今さら芽榴は実感する。ずっとそうだったのに、当たり前のように受け取っていた。

 しかしそれはお互い様だと翔太郎は言葉を重ねた。


「俺からしてみれば、貴様も蓮月を甘やかしすぎだ。2人して甘やかしすぎている」


 そうは言うけれど結局「そのバランスがちょうどいいから、それでいいのではないか」と翔太郎は芽榴に問いかける。


「俺の知る蓮月なら、貴様のどんな言葉も聞き入れるだろう」


 そう言って翔太郎は夜道をスタスタと歩いた。


「それと、これは俺個人の意見だが……」


 先を行く翔太郎が横目に芽榴を見る。芽榴は少し駆け足で翔太郎の隣に並び、彼の顔を見上げた。


「貴様が俺に言ったことを蓮月に告げたら、あいつは呆れるどころか喜ぶと思うが」

「まさか……それはないでしょ」


 芽榴が信じられないという顔をすると、翔太郎は不機嫌な顔で「一個人の意見だ」とすねた。

 それでもそんな意見までくれるのだから翔太郎が真剣に相談にのってくれたのは事実だ。


「でも、ありがとー。なんか元気出たよ」


 だから芽榴は翔太郎にお礼を言って笑ってみせる。一人で考えているよりずっと楽になった。


「別に。たいしたことはしていない」


 翔太郎はそう言ってスタスタと芽榴の前を歩いていく。それでも芽榴が追いつけるペースで歩いてくれていた。


 芽榴の笑顔を見た翔太郎は嬉しそうに、でも少しだけ複雑そうに頰を緩めた。

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