21 百メートル走と怪我
芽榴と舞子は編成場所へと向かった。
すでに百メートル走の選手は集まっている。見る限り、運動部が勢ぞろいしていて帰宅部の芽榴は気後れしてしまう。
まして、同じレーンで走るのは同級生が2人と他は後輩と先輩だ。同級生も廊下ですれ違ったことがある程度の認識の人だ。
記録を狙う運動部員たちの空気に近寄り難い芽榴はギリギリまで舞子にしがみついていた。
「あ、芽榴。滝本から伝言」
「やだ」
聞く前に拒絶するのは芽榴らしい反応だ。しかし、それでも結局はちゃんと聞くのが芽榴だ。
「2位以下だったら1ヶ月マドレーヌ奉仕しろだって。ちなみに松田も」
滝本はこのあいだ作ったマドレーヌを余程気に入ったとみた。芽榴は舞子に伝言を頼む滝本と松田先生の顔を思い浮かべて、すぐに振り払うように首をブンブンと振った。
「ほとんど自分たちが食べたいだけじゃん、それー」
芽榴が唇を尖らせると舞子は「ま、一位とればいいのよ」と他人事のように言った。実際舞子にとっては他人事だ。
「百メートルの選手は定置について」
担当教師の声があがり、芽榴は渋々舞子に手を振り、自分の場所へと向かう。
その時だった。
ドサッ
「きゃっ!」
「うわ……っ!」
同じ選手であろう女生徒が飛びかかってきた。人混みで躓いてしまったのだ。芽榴は反射的にその女生徒を支えた。
「あ、ごめんなさい。く、楠原先輩!」
女生徒は後輩だったらしく、芽榴の顔を見て何度も頭を下げてきた。芽榴は少し驚いたが、役員になった芽榴は学園有名人の一人なのだから当然のことだった。
芽榴が大丈夫だと告げると、その女生徒はもう一度謝ってから自分のコースに駆けていった。
その姿を見送り、芽榴は自分もコースに行こうと一歩踏みだす。
「……っ!」
芽榴の足に激痛が走った。
芽榴は女生徒を支える際に足を捻ったのだ。かなり激しく捻らせたようで、痛みが尋常ではない。
「ちょっと、楠原さん。大丈夫? その汗」
隣のコースにいる同学年の女生徒が心配そうな顔で芽榴を見ていた。話したこともない相手から心配されるほどに芽榴の額には汗が滲んでいる。
「あはは。暑いね、今日は」
芽榴はそんなふうに返した。スタート目前というのに呑気に笑えるのだから大丈夫なのだろうと女生徒はそれ以上芽榴を心配することはなかった。
「ちょっと……ヤバイかも」
芽榴はポツリと呟いた。
そして、その呟き通りの結果が導かれた。
芽榴の百メートル走の結果は僅差で3位だった。1位は陸上部エースの3年生。2位はバスケ部キャプテン。相手が相手だったということで皆納得し、芽榴の順位を褒めた。ただし、滝本と松田先生は容赦無くマドレーヌ一ヶ月の権利を受け取ったのだった。
芽榴は一通りクラスメートと会話するとトイレに行き、右足の様子を確認する。
「うわ……これ腫れるかも」
芽榴は自分の足を見て顔を引き攣らせる。
患部が赤くなっていた。もしかしたら骨に響いているかもしれない。
水でしばらく足を冷やし、芽榴はトイレから出た。
芽榴は最後の代表リレーまでは極力足を使わないようにしようと心に決めた。
体育祭はまだ始まったばかりだ。




