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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:神代颯 すれ違いの先の遠回りな恋物語
285/410

#16

 遊園地のデートで、芽榴と颯は実質的に別れていた。


 けれどわざわざ自分たちから別れたことを言うつもりはなかった。互いに気まずくならないように少しの間だけれど付き合って、別れることを決めたのだ。


 みんなが変な気を使わなくていいように、芽榴も颯もそれを黙っていた。


「2人仲良く1位キープかぁ」


 芽榴が学園にいるあいだに、テストの結果も発表された。いつもと変わらない、芽榴と颯が満点首席という結果だ。周囲からはそんなふうに言われ、芽榴は笑った。


 けれど成績表をジッと見つめる芽榴の姿はとても小さくて頼りない。

 その結果から颯は芽榴がいなくても、本当にもう大丈夫なのだと思い知らされたから。


 それは喜ぶべきこと。だから芽榴はすぐに心を偽って隣に立つ彼に笑いかけた。


「神代くん、1位おめでとー」

「芽榴こそ」


 颯と自然に会話をすることはできていた。もう互いに想いが通じているから、思い残すことがないから、気まずくならずに済んでいるのだと芽榴は実感していた。


 少しの間でも付き合っていたことに意味はあった。





 付き合っている頃より、颯が芽榴のそばにいる時間は減っていた。

 といっても生徒会が始まった時点から颯が芽榴をクラスに迎えにくることはなくなっていて、生徒会業務が終わればいまだに颯が芽榴を家まで送っている。すべて不自然にならないよう、颯は徹底していた。本当に最初から最後まで。


 けれど気づく人はそのことに気づいていた。


「神代くんは芽榴断ちの練習?」


 舞子はそんなふうに聞いてきた。あと3日も経てば、芽榴は学園からいなくなる。急にいなくなられたときの反動に備えているのか、と舞子は考えているらしい。


「ははっ、そうかもー」


 芽榴は苦笑しながら答えた。

 舞子には本当のことを言おうか迷っていた。けれどそれを言ったら、舞子が颯にガツンと文句を言ってしまいそうな気がして、だから芽榴はそのことを言わずにいた。




 このまま誰も気づかずに、芽榴と颯はサヨナラをしたまま、すべてが終わるのだと、思っていた。




「るーちゃん、留学頑張ってね!」


 芽榴がアメリカに行く前日、生徒会室では芽榴のお別れ会が開かれていた。

 役員はもちろん、舞子と滝本を始めとするF組の生徒数人も呼んでのお別れ会だ。


「絶対、一緒に卒業しような!」


 滝本はそう言って、ジュースを片手に芽榴の肩をバシバシと叩く。芽榴は「痛いよー」と笑いながら滝本の言葉に頷いていた。


「まあ、大変だろうが……頑張れ」


 翔太郎が眼鏡のブリッジを押し上げながら照れくさそうにして言う。翔太郎が遠回しにではなく、ちゃんと芽榴に「頑張れ」と言ったことにみんな驚いていた。


「翔太郎クンが……っ! 芽榴ちゃん応援したよ! 来羅、録音した!?」

「な……っ」

「もちろん、バッチリよ」


 来羅がスマホを掲げてニコリと笑う。すると翔太郎は来羅のスマホを取り返そうと、慌てた様子で来羅に襲い掛かった。

 そんな変わらないみんなの様子を見て、芽榴はカラカラと笑った。


「でも、なんでまた明日なのよ? 平日だから見送りに行けないじゃない」


 舞子がジュースを飲みながらむくれた様子で告げる。今日は木曜日で明日は金曜日だ。どうせなら土日に行けばいいものを、と言う舞子に有利も賛同した。


「本当ですよね。僕もお見送り行きたかったです」


 有利にまでそう言われ、芽榴は苦笑する。適性試験の日程などを考えて、ギリギリまでこっちにいようとしたらどうしても明日までが限度だったのだ。


「みんなにお見送りされたら行きたくなくなっちゃうからー」


 芽榴はそんなふうに言って笑う。すると滝本が「ふーん」と言って目を細めた。


「滝本くん?」

「どうせ、神代には見送ってもらうんだろ?」


 滝本の言葉に芽榴と颯は、どちらも肩を揺らして反応する。委員長や来羅は「じゃあ私たちがお見送りなんて野暮ですね」などと言って楽しそうに会話を弾ませる。 

 けれど颯はその会話に、苦笑まじりの言葉を挟んだ。


「僕は、学園の式典に参加しないといけなくて……見送れないんだ」


 颯の言葉が室内に響く。みんな「え?」と不思議そうな顔をしていて、芽榴が表情を曇らせた。


「えぇ、神代くん……真面目すぎでしょ。芽榴の見送りくらい式典より優先しなよ?」


 舞子が眉を寄せて颯に言う。翔太郎と有利も自分たちが交代する、と言い出し始めるが颯は断った。


「芽榴の見送りに行きたい気持ちはみんな一緒だろう? 僕だけ我儘を突き通すわけにはいかないよ」


 颯がそう言い、芽榴も「頑張ってね」と颯に笑いかける。

 芽榴が了解しているのだったら仕方ない、と周りもそれ以上の詮索はしない。


 芽榴の表情が少しだけ曇りそうになると、風雅が慌てたように口を開いた。


「オレは、学校休んでお見送り行くから!」


 そう言って、芽榴に笑いかける。すると翔太郎が「貴様が休んでどうする!」と風雅を叩いて、またいつもの空気に戻った。





 そうしてお別れ会は終わりを迎える。芽榴は明日の準備のために、生徒会業務をせずに今日は早く帰ることになっていた。


「じゃあ、みんな……また」


 芽榴は最後のあいさつをみんなに残す。みんな「頑張ってね」と最後まで芽榴を応援してくれた。


「応援してるよ」


 それが颯の言葉だ。歪みのない綺麗な笑顔で、颯は芽榴に告げた。


「ありがと。……さよなら」


 芽榴の顔は笑っていた。

 心に残る想いはまだあるのに、それを伝えずに逃げようとする芽榴はいつかと同じ、弱虫に戻っていた。





 一人で帰る、学園からの帰り道。最近はずっと颯が隣にいてくれた。そう思うと、思い返すと切なくて、芽榴は唇をかみしめる。逃げたのは自分なのに――そう分っていても、分っているからこそ切なかった。


「また……会えたら……」


 1年後、ここに戻ってきたとき、また寄り添えるだろうか。それまで颯が想ってくれていたら――――。そう考えて芽榴の足が止まる。その腕は、誰かに掴まれていた。


 この手を芽榴は知っている。颯とは違う、けれど芽榴の好きな手だ。


「芽榴ちゃん」


 風雅が、芽榴を追いかけてきていた。芽榴は驚いた顔をして「どーしたの?」と問いかける。すると風雅は芽榴の首にマフラーを巻きつけた。


「忘れ物」


 風雅はそう言って笑った。芽榴もマフラーを忘れていたこと自体に気づいていなかったため、困った顔で笑っていた。


「わざわざごめんね。ありがとー」


 芽榴は何事もなかったように、いつもののんびりした態度で風雅に向き合う。風雅と顔を合わせるのだって、これが最後なのだ。情けない顔は見せたくない。けれど、そんなふうに笑う芽榴を風雅はそのまま帰そうとはしなかった。


「本当は、颯クンに持っていってもらうつもりだったんだけど」


 風雅は颯の名を出す。芽榴はその名に少しだけ体を反応させた。芽榴は動揺を隠すように風雅の視線に返す。風雅の探るような視線にまっすぐ返した。


「神代くん、忙しそーだったもんね」


 きっと、普段の自分ならこう言っただろう。芽榴は冷静に普段の自分を装って、風雅に笑いかける。


 前の自分と同じように平気なふりができるようになっている。颯と付き合っていたときもその前も感情が抑えきれなくなっていたのに、すべて終わった今、心の制御は容易かった。きっと自分の中で折り合いがついている証拠だ、と芽榴は自分に言い聞かせる。


 けれど、そんな芽榴を見て風雅は悲しそうな顔をした。


「芽榴ちゃんは隠すの上手だけど……上手すぎて逆に分かるよ」


 風雅の言葉は矛盾していて、芽榴は「え」と小さな声をもらす。


「颯クンと離れちゃうのに、寂しくないわけないでしょ? なのに、なんでそんなふうに笑うの?」


 風雅が小さな声でそう問うと、芽榴は声を詰まらせた。

 普通、寂しさが先行するはずだ。それは当然のことで、もし芽榴が今でも颯の恋人なら、颯の話が出て喜ぶだろうが、どこか切ない顔をするはずだった。


 けれど今の芽榴は当然の切なさすら隠して、ただ颯との関係を疑われないように幸せそうなフリをしている。


 どうして風雅は、そんなことを見透かしてしまうのだろう。どうして颯ではなく、他の人が芽榴の気持ちを見透かしてしまうのだろうか。


「……寂しいけど……どーせなら笑ってたいと思っただけだよー」


 風雅は気づいている。そう分かっていても芽榴はまだ誤魔化そうとしていた。

 風雅は、本当のことを知らないから――。


「そうやって笑って……最後まで隠すの? 颯クンと別れたこと」


 芽榴は断言された言葉に、目を丸くする。「どうして」と問おうとした芽榴に、風雅は言葉を続けていた。


「圭クンに、聞いたんだ」


 それは芽榴が予想にもしていない人物だった。

 あの日、芽榴は圭の前で泣いてしまった。芽榴と颯がいずれ別れてしまうことは、あの日の芽榴の発言で圭には簡単に分かったことだ。

 そして遊園地から帰ってきた日、芽榴は部屋で1人泣いていた。次の日から笑えるように、最後に泣き尽くした。何があったかも全部圭なら分かり得ることだった。


「なんで……わざわざ……」

「圭クンなら、何か知ってるかなって思って……」


 風雅は以前に圭と連絡先を交換していて、わざわざ圭に尋ねたらしいのだ。そして圭はそれを知っていた。


 けれど圭は大事な話を安易に他言するような人ではない。風雅に教えたということは、それだけ圭が風雅を信頼していたということだ。


「芽榴ちゃんは、本当にそれでよかったの?」


 そして風雅は圭の信頼どおりに、芽榴のために動いた。

 風雅の問いかけに、芽榴は答えない。黙って俯く芽榴に、風雅はもう一度問いかけた。


「離れるならなおさら、颯クンの彼女でいたかったんじゃないの?」


 風雅の言う通りだった。

 離れるから余計に颯の恋人でいて、颯が誰のものにもならないように、縛っていたかった。

 けれどそばにいられない自分が颯を縛るなんて、颯のことを想うと余計にできなかった。重荷には、なりたくない。


 颯が「芽榴を縛りたくない」と言って、別れる道を選んだ理由は今の芽榴なら分かるのだ。


「これが、最善のことだって……お互いに納得したの。……次会ったとき、まだお互いに気持ちがあれば戻ろうって……」


 芽榴がそう言うと、風雅はすかさず言葉を挿む。


「気持ちが変わっていたら、戻れないんだよ?」


 風雅はその事実を、しっかり芽榴に突きつける。芽榴が考えないようにしていた、逃げていたことを、風雅はちゃんと芽榴の目の前にかざした。


「……芽榴ちゃんも颯クンも、気持ちが揺らぐこと前提じゃん」

「そんなこと……っ」

「お互いのためって言って、芽榴ちゃんも颯クンも、離れても想われていられる自信がないだけだよ」


 風雅は芽榴に反論の言葉を言わせない。風雅の意見は苦しいほどに正しくて、芽榴は泣きそうな顔で風雅のことを見た。


「縛りたくないって……そういうことでしょ?」


 結局、芽榴も颯も自分たちが傷つかないようにしているだけ。別れて遠くに行って、気持ちが離れてしまったなら「別れたのだから仕方がない」と、言い訳が浮かぶ。

 お互いの傷が最小限になるように、最初から気持ちが離れることだけを考えていた。


「だって、神代くんは……」


 颯を想う女子の姿はすぐに浮かぶ。芽榴がいなくなった後も、その姿は後を絶たない。綺麗な女の子、可愛い女の子、いろんな女の子に言い寄られて、それでも颯が想い続けてくれる自信なんてなかった。


 涙が、こぼれる。芽榴は慌てて目を覆った。風雅に文句なんてないのに、自然と口からは嫌な言葉が出て行く。


「なんで……私と神代くんが決めたことだから……っ。蓮月くんには関係……っ」


 芽榴が言おうとしたのは、自分が颯に言われて悲しかった言葉だ。「関係ない」と、そう言って風雅は絶対に傷つく。途中で途切れても、ほとんど口にしたのと同じだ。


 大切な友人を傷つけて、本当に最低だ。


 芽榴の頭の中で冷静な芽榴が告げた。芽榴の涙が質量を増す。


 風雅といられる日々もこれが最後なのに、最後にこんな酷い言葉を突きつけたくなんかなかった。


「芽榴ちゃん」


 けれど、風雅はそんな心無い一言も全部理解して、芽榴に優しく笑いかけた。


「関係なくは、ないと思うよ。だって2人の思い出のどこかには、必ずオレがいるでしょ?」


 芽榴と颯が出会ったことも、芽榴と颯の仲直りにも、いつだってそこには風雅との思い出があった。芽榴と颯を繋いでくれたのは風雅だ。


 そしてそれを告げることが風雅にとってどれほど酷なことか、芽榴にも分かる。分かるから余計に、罪悪感で芽榴の涙は止まらなかった。


「オレ、本当はね……芽榴ちゃんが颯クンのこと好きだって気付いたとき邪魔してやろうと思ってたんだ」


 涙を流す芽榴の前で、風雅は視線を落として自嘲ぎみに言った。

 それ以上風雅を傷つけたくないのに、風雅を止めたいのに、芽榴にはそれができなかった。


「だから颯クンと芽榴ちゃんが気まずいの知ってて、芽榴ちゃんに会いに行ってた。辛い時に一緒にいたら俺のこと見てくれるかなって……」


 だから風雅は颯の様子がおかしいのを知っても、知らないフリをして、ずっと芽榴のそばにいた。そうすれば、颯がいないあいだに芽榴の心を動かせれば、自分にも可能性があるかもしれない、と。


「そんなこと、あるわけないのにね」


 そう言った風雅は笑っていた。けれど、その瞳には涙が溜まっていて、風雅は涙がこぼれないように、必死に笑っていた。


「蓮月くん……」

「芽榴ちゃん。オレは……芽榴ちゃんが遠くに行っても、芽榴ちゃんのこと好きでいる自信あるよ」


 もう何度言われただろう。風雅は本当にずっと、芽榴を想い続けてくれている。だから風雅のその言葉だけは絶対に本当の言葉だった。


 そうだと、分かっていても――。


「それでも芽榴ちゃんは、オレを好きにはならないでしょ?」


 堪えきれなかった涙が風雅の瞳からこぼれ落ちて、跡を残す。

 風雅がどんなに想っても、どんなに想い続けても、芽榴の気持ちは変わらない。


「芽榴ちゃんが颯クンを選んだのは、気まぐれなんかじゃないから……。どうしたって、オレのことは好きにはならないんだって……」


 だからせめて、想いを貫いて幸せになってほしい。それが風雅の願いだった。


「オレの好きになった芽榴ちゃんは……全部貫いて、何も諦めないよ」


 風雅は芽榴の手を握る。風雅の手は温かくて、颯の冷たい手とはまったく違った。


「まだ間に合うから、だから……」


 そうしてすぐに風雅は芽榴の手を離した。それは風雅の片思いの終わりの合図。


「最後の最後まで、芽榴ちゃんに惚れさせて」


 涙で濡れた顔で風雅は笑った。それが彼の精いっぱいの後押しで、苦しいくらいに大きな芽榴への想いだった。

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