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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:神代颯 すれ違いの先の遠回りな恋物語
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#13

 芽榴と颯が付き合い始めたことは、そう時間も経たないうちに学園中に広まった。


「芽榴、いる?」


 下校時間になり、颯がF組に芽榴を迎えに来る。荷物をまとめていた途中の芽榴は慌てた顔をした。


「神代くん、ごめん。今、滝本くんにノート貸してて……あとちょっと時間かかりそう」


 芽榴の席へと歩み寄ってくる颯に、芽榴は申し訳なさそうな顔で返事をした。すると颯は「謝らなくていいよ」と優しく笑って芽榴の頭を撫でる。その光景に、F組の女子数名が同時多発貧血を引き起こしてふらついた。


「早く勉強したいでしょー? 先に図書室行ってていいよ」


 テスト期間中のため、芽榴は颯にそう伝える。滝本が今日寝ていた授業のノートを写し終わるのにはあと少し時間がかかりそうだった。


 芽榴としては颯を気遣って言ったつもりなのだが、颯は残念そうに肩を竦めた。


「僕としては、できるだけ芽榴と一緒にいたくて迎えに来たんだけど……そばで待ってたらいけない?」


 眉を下げて、わざわざそんなことを聞いてくる。颯の発言に先ほど貧血を起こしたF組女子は、机の上に頭をうちつけて倒れ伏した。男子のほうもサラッとそんなことを言ってのける颯に尊敬の眼差しを向けている。


 颯があからさまに行動しているため、芽榴たちが付き合い始めたことはすぐに広まったのだ。


「……いけないとは言ってないでしょ」


 颯への気持ちを自覚して付き合い始めたからといって、芽榴がみんなの前で「そばにいて」などと可愛らしく言うはずもない。颯はそれを分かっていて、わざと尋ねてくる。


 前までなら颯の言葉を適当に流していた。そんな芽榴が恨めしそうに頬を染めるのだから、颯としてはそれが見れるだけで満足なのだろう。

 

「滝本……」


 そんな2人の前で勉強をしていた舞子は、隣で音楽を聴きながらノートを写している猿の肩を参考書で叩いた。


「ってぇ! 何すんだよ?」

「私のノート貸すから、芽榴にノート返して」


 舞子が困り顔で告げる。

 すると滝本は「今さらなんだよ」となぜか頬を染めた。おそらく今の滝本の脳内では「芽榴のノートじゃなくて私のノートを使ってよ」と都合のいい嫉妬発言に変換されているところだろう。舞子はなんとなくそれを悟って半目になった。


「気持ち悪いこと考えてないで、後ろ見なさいよ」


 舞子は冷静に言う。すると滝本は「え?」と後ろを向き、芽榴と颯の姿を確認した。イヤホンで耳を塞いでいたために滝本は颯の登場に気づかなかったのだ。


「あのカップル見てると、こっちまで照れくさくなるから……さっさと図書室行かせてあげて」


 舞子がそう言うと、滝本は文句ひとつ言わず即座に芽榴のノートを閉じる。そして芽榴に急いでノートを返した。


「あれ……もう書き終わったー?」

「いや、ま……もう書き終わったぜ! サンキューな! んじゃ!」


 途中から滝本の顔が青ざめて早口になる。同時に芽榴の隣から異様な空気が放出されていた。


「神代くん……」

「ノートも返ってきたし、行こうか」


 黒い笑みを浮かべ、颯は芽榴の手を握ってF組を出て行く。


 そのあとのF組では女生徒が「神代くんかっこよすぎ!」と叫び、男子生徒は「楠原にちょっかい出したら殺されるな」などと物騒なことを口にしていた。






 学年棟の図書室に行くと、芽榴たちと同じように勉強をしに来ている人たちが何人かいた。

 芽榴と颯は図書室の隅の席を選んで、向かい合って座り、互いに机の上に勉強道具を広げた。


 そして特に何を言うでもなく、2人は勉強を開始する。颯は最初から何をするのか決めていたらしく数学の問題を解き始め、芽榴は早く終わるものから順に手をつけようと日本史の教科書を取り出した。


 テスト範囲のページを確認し、芽榴は教科書をジッと見つめてパラパラとページをめくっていく。2、3分ほどかけて範囲のページを最後まで見終わり、芽榴の日本史の勉強は終了。軽く息を吐いて芽榴が顔を上げると、颯と目があった。


「え?」


 芽榴が不思議そうに首をかしげると、颯はクスクスと笑う。


「僕の知る限りでそんな勉強法をとるのは、後にも先にも芽榴だけだろうね」


 颯は頬杖をついて、楽しげに言った。

 確かに1ページあたり5秒程度じっくり見つめるだけでその内容が頭に入ってなおかつ暗記もできる、などという人間はそうそう世の中にいないだろう。


「あ……」


 昔はそれを「ズルい」と言われ、嫌われていた。そのことを思い出して芽榴は「まずい」と顔に書いて視線をあちこちへと彷徨わせた。


「……ごめん。私と勉強するの、ストレス溜まるかも」


 芽榴が小さな声で頼りなく言うと、颯はまたクスリと小声で笑った。


「まさか。芽榴がいると、余計にはかどるよ。負けられないってね」


 颯はそう言って新たな問題に手をつけ始める。颯のノートには綺麗に計算式が書かれていて、とても見やすい。


「それに、こんなすごい記憶力持ってるなんて……自慢の恋人だよ」


 颯は恥ずかしげもなく、そう口にする。

 颯に「恋人」と言われて、その言葉を実感し、芽榴は嬉しそうに頬を緩めた。


「じゃあ、今回のテストはいつも以上に頑張らなくちゃ」


 芽榴が照れ笑いを浮かべて言うと、颯は困り顔で笑った。






「颯とるーちゃんは図書室でお勉強かぁ」


 生徒会室で勉強している来羅は休憩がてら紅茶を口にして、そんなふうに呟く。

 今日の放課後の生徒会室には有利と翔太郎も勉強しにやってきていた。


「そんなに楠原と一緒が羨ましいなら貴様も混ざってくればいいだろう」

「私がそんな野暮なことすると思うわけ?」


 来羅はそう言って翔太郎のことを睨んだ。もちろんではあるが、役員もみんな颯と芽榴が付き合い始めたことを知っている。そしていろんな気持ちはあるけれどちゃんと応援はしているのだ。


「有ちゃん、どうしたの? ボーッとして」


 来羅と翔太郎が話している隣で、有利が正面を向いてボーッとしている。問題を考えているというわけでもなさそうなため、来羅がそんなふうに声をかけると、有利は少しだけ困り顔になった。


「……蓮月くんは、補習の後こっちに来るって言ってましたか?」


 有利の問いかけに来羅が「うん」と苦笑まじりにこたえる。


「るーちゃんに心配かけないように、いい成績とりたいから勉強教えてって」


 風雅からの伝言を口にすると、有利も翔太郎も少しだけ複雑そうな顔をした。

 みんな、芽榴が颯を好きになったことに辛さを抱えている。それは最初から覚悟していたことで仕方のないことだ。それでも――。


「あいつは……一番辛いはずだが」


 一番近くにいて、誰よりも先に彼女に惹かれた彼は、来羅たちよりももっと辛いはずだ。想いの大きさには差がなくても、芽榴との距離感を変えなければならない風雅は一番堪えてしまう。


 けれど風雅は、役員のみんなの前ですら「颯クン、羨ましいなぁ! 芽榴ちゃんが彼女なんて今死んでも悔いないよ!」などとバカみたいにはしゃいでみせた。

 みんなが下手な気を使わないように、誰より先に風雅が芽榴と颯を祝福したのだ。


「蓮月くんは……強いですよ」


 有利の言葉に、来羅と翔太郎はゆっくり頷いた。






 下校時刻ギリギリまで勉強して、芽榴と颯は一緒に帰る。付き合い始めてから数日経つが、芽榴と颯はずっとそうしている。できるだけ、長く一緒にいようとしたら自ずとそうなっていた。


「明後日テストで、それが終わったらまた生徒会業務始まるねー」

「テスト明けてしばらくは例のごとく大変だと思うよ」


 校門を出ると、颯が芽榴に手を差しのべる。


 最初の頃は校舎の中で差しのべていたのだが、さすがに校舎の中で手を繋ぐのは恥ずかしすぎて芽榴は拒否してしまった。芽榴が耳まで赤くして断ったため、颯は2、3日くらいそうやって芽榴をからかった。


 今は、こんなふうにちゃんと校舎を出てから手を差し出してくれる。それでもやっぱり気恥ずかしくて、芽榴は赤くなる頬をマフラーで隠して颯の手を握った。


 颯の手は冷たい。芽榴の手も冷たいけれど、手を繋いだら自然と2人の手は温かくなっていた。


「来週から芽榴の仕事量は減らすべきなのかな?」


 颯が呟いて、芽榴が首を傾げる。「どーして?」と尋ねると、颯はクスリと笑った。


「だって手が疲れたら……こんなふうに握り返してくれないだろう?」


 颯が目を眇めて、挑発的に笑う。芽榴は目を丸くして、マフラーでは隠しきれないくらいに顔を赤くした。


「な……っ」

「今でさえ、手を繋ぐのは遠慮がちだし?」


 颯がそう言って、繋いだ手を肩のところまで持ち上げる。颯は芽榴の手をしっかり握っているけど、対する芽榴の握りは甘い。


「だ、だって……人が見てるし」

「恋人同士なんだから見られても困らないだろう? というか、僕は見てほしいくらいなんだけど」


 颯の爆弾発言は止まらない。颯が止まらない以上、芽榴の白い顔は赤くなったまま、元に戻せないでいる。


「……神代くんのバカ」


 芽榴が上目で言うと、颯は今日何度目か分からない困り顔をする。そして芽榴の手を引いて細い脇道に入った。


「芽榴は僕を煽るの特技だよね、本当」

「別に煽ってな……っ」


 芽榴の声は途切れる。芽榴の口は颯の唇によって塞がれていた。付き合い始めて、キスを交わすのはこれで何度目だろう。2人きりになると、颯の歯止めが効かなくなって人の目を忍んで芽榴の唇を奪う。


「帰り際は……特に帰したくなくなるよ」

「……そーいうこと言わないで」


 体を密着させた状態で言われると、本当に恥ずかしくて芽榴は弱々しい声を出す。壊れそうなほどに脈を打っている心臓の音はきっと颯にも聞こえているだろう。


「こういう僕は……嫌い?」


 颯が優しく笑んで聞いてくる。「好き?」と聞かないのはそう聞けば芽榴が頷くことしかしないから。「嫌い?」と聞けば首を横に振っても「じゃあどうなの?」と颯は聞き返してきて、結局芽榴はそれを声に出して言わなければならない。


 全部颯の思惑通りだ。


「……好き」


 でもいつまでも颯の思うツボで終わるのは嫌で、芽榴は颯の腕を引いて彼の頬にキスをする。

 すると颯は目を丸くして、そして嬉しそうに笑った。


「本当、君には敵わない」


 そう言って颯は芽榴の髪の毛を優しく梳く。芽榴の柔らかい髪に手を滑らせると、颯は芽榴に再びキスをした。


 帰り道は一緒にいられる残りの時間が惜しくて、芽榴は颯がそばにいることを感じるように、彼の手を強く握りしめる。


 長い長い寄り道の後、ゆっくりと帰り道を歩いた。

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