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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:神代颯 すれ違いの先の遠回りな恋物語
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#12

 午後の授業が終わり、あっという間に放課後がやってくる。

 テスト期間に入る今日は、部活生も教室に残って勉強したりそのまま帰宅したり、いろいろだ。もちろん今日に限っては、バレンタインのチョコを渡しに行く生徒もいる。


「舞子ちゃんは、勉強して帰るのー?」


 ホームルームが終わって、机の上に教科書やノートの類を広げ始めた舞子に、芽榴はそう問いかける。すると舞子は「うん」と芽榴のほうを振り返った。


「芽榴は今から……?」


 舞子が薄く笑って、芽榴に尋ねてくる。芽榴が頷こうとすると、その前に滝本が騒がしい様子でやってきた。


「お前らテスト勉強するなら俺も混ぜろ! 今回はやべえ!」


 芽榴が舞子と一緒にテスト勉強をすると思い込んだらしく、滝本がそんなふうに言ってくる。すると舞子はウンザリした顔で「空気読めないわね、ほんと」と口にした。


「はあ? 何がだよ」

「野暮なこと聞かない。ていうか、あんたのテストがやばいのは今回だけの話じゃないでしょ」


 舞子がやれやれと顔を両方向に振ってみせると、滝本は例のごとく文句を言い始める。結局、なんだかんだ言い合ったものの舞子と滝本は放課後一緒に勉強することにしたらしい。


「じゃあ、私は行くねー」


 芽榴はいまだ何かもめている舞子と滝本に声をかける。気を利かせようとしたのももちろんだが、もうそろそろ芽榴もそこへ向かわなければならない。


「うん。頑張って」


 舞子が芽榴にガッツポーズをする。それを見て滝本は不思議そうに首を傾げるが、芽榴は「また明日ー」と笑って、そのまま教室を出て行った。






 芽榴が向かう先はA組ではない。そこに目的の相手がいないことを、芽榴はなんとなく分かっていた。


 颯が確実に現れ、なおかつ誰にも邪魔をされない場所。それは芽榴が知る限りこの学園ではたった一つしかない。


「失礼します……」


 一応の挨拶をいれ、芽榴は生徒会室の扉を開ける。案の定、そこには誰もいない。テスト期間中で生徒会の仕事が休みになった今、役員も生徒会室にくる理由はない。


 たまに、勉強をするために有利や来羅が訪れていることもあるが、今日は2人もここに来ない気がした。敏い人たちだからこそ、芽榴が放課後ここに現れて何をするのかまで分かっていてくれそうだった。


「……まだ、来てないか」


 芽榴は生徒会室の中に入り、会長席の前まで歩み寄った。そこには颯のコートやマフラーなどの私物が置かれている。勉強道具が置いてあるところからして、放課後ここで勉強する予定だったのだろう。


 けれど颯はいない。その理由はすぐに思い当たる。


「何個、もらってるんだろうね」


 きっと颯は放課後の呼び出しに応じているのだろう。昼休みも応じていただろうに、と考えて芽榴は苦い笑みをこぼした。


 机の上に置いた手提げ袋から颯に渡すチョコを取り出し、芽榴はそれをジッと見つめる。


 颯はこのチョコを受け取って、どんな反応をするのだろうか。きっと喜んでくれる。


 爽やかな笑顔で「ありがとう」「嬉しいよ」と、難なく言ってのけるはずだ。今も他の女の子からチョコをもらって、そう告げているのだろう。


 そう思うと胸がキュッと苦しくなる。

 他の子と同じ反応は嫌だと感じてしまう。


 今まで当たり前のように受け取っていた颯からの『特別』を今の芽榴はこんなにも求めていた。


 芽生えた感情は、留まることを知らない。芽榴の中でどんどん膨らんでいく。


 胸がトクン、と一際大きな音をたてた時、芽榴は後ろを振り返っていた。


 間違うはずのない独特の空気を感じた、その先には颯の姿があった。


「そのチョコ、僕にくれるの?」


 颯は静かに扉を閉めて、芽榴に問いかけた。


「……うん。神代くんに、あげる」


 芽榴は近づいてきた颯にそう言って、チョコを渡す。颯はそれを受け取ると、目を細めて微笑んだ。「ありがとう」と言って、すぐに袋の紐を解く。


「え」

「今食べたら、ダメかい?」

「ダメじゃ、ない、けど……」


 颯がその場で食べようとするなんて思わなかった。だから芽榴は驚いた顔をするのだが、颯はそれも気にしない様子で袋の中から美味しそうなトリュフを一つ取り出した。


「……さすが」


 トリュフを眺め、そう呟くと、颯はそのままそれを口に入れる。甘さの中にほろ苦さがあるトリュフを、颯は満足げに食べた。


「美味しいよ。ありがとう」


 颯は「芽榴が作ったものに限って美味しくないわけないけど」と付け加える。

 芽榴の前にいる颯は、ここ最近の切羽詰まった様子の颯とは違っていた。以前の颯の姿と変わらない。その変化に芽榴は少しの不安を覚える。


 前のように気楽に話せる仲に戻りたいとは思っていた。けれど話せるようになると、途端に颯の中で何かが吹っ切れてしまったのではないかという不安にかられてしまう。


 けれどそんな芽榴とは違って、颯は本当に穏やかな顔をしていた。


「放課後になったから、もうもらえないと思ってた」


 颯は残りのチョコが入っている袋を紐で丁寧に結び直しながら苦笑する。チョコを会長席に大事そうに優しく置いて、再び芽榴と向かい合った。


「……いっぱいもらってるだろうから、私のチョコなんていらないかもって、少し思ったよ」


 芽榴は颯の顔を見て寂しそうに言う。本当は、こんな遠回しに嫉妬丸出しの発言なんてしたくなかったのに、言葉が口から勝手に出て行った。


 そんな芽榴の可愛くない発言に、颯は驚いた顔をする。けれどすぐにクスクスと彼らしい笑みをこぼした。


「なんで笑うの……」

「芽榴から、そんなこと言ってもらえるなんて……思ってもないだろう?」


 颯がそう言って、嬉しそうに芽榴を見つめてくる。芽榴は気恥ずかしくて颯の整った顔から目をそらした。


「仕方ないでしょ……」


 芽榴が小さな声で反論してみせると、颯は芽榴の頭を優しく撫でてくれた。よく知る、その優しい手つきに芽榴の心は穏やかになる。


「言っておくけど……芽榴以外からもらってないよ、チョコ」

「……。嘘!」


 颯の言葉を理解するのに時間がかかって、芽榴の反応が遅れる。するとその反応に、颯はまた笑うのだ。


「逆に、僕の手にもそこの私物にもチョコなんてないのに、どうしたらいっぱいもらったなんて思うの」

「あ……」


 颯に言われ、即座に颯の体と会長席に目を向ける。確かに目のつく場所にチョコらしきものは見当たらない。


「でも、神代くんに渡すって……いろんな子が……っ、それに今だって神代くんは、呼び出されてたんでしょ?」


 芽榴は自分がそう思い込んだ理由を思い出し、颯に告げる。実際今の今まで女生徒に呼び出されていたのは事実らしく、颯は苦笑した。


「呼び出されたよ。でも、全部断った……」


 颯の答えに、芽榴は目を見張る。「なんで……」と問いかける芽榴に、颯は困ったような顔をした。「まだ、言わないと分からない?」と呆れるように、けれどどこか照れ臭そうに颯は口を開く。


「好きな子のチョコ以外、欲しくなかったから」


 そう言われて、芽榴の胸はどうしようもないくらいに音を立てて跳ねる。心臓の音がうるさくて、部屋中に響いているのではないか、と思ってしまうくらいだった。


「芽榴から、もらいたかったんだよ」


 颯は芽榴の柔らかい髪を一房すくって、薄く笑む。その瞳はあの時と同じように、熱を帯びて濡れていた。


「……神代くん」


 颯は芽榴の求めた『特別』を何の躊躇いもなく与えてくれた。そんな颯に返せる気持ちが、伝えられる気持ちが、今の芽榴にはある。


「私、神代くんのことが……好きだよ」


 芽榴がやっとの思いで見つけた気持ち。それを聞いて、颯は驚いたように目を大きく開けていた。


「神代くんが他の子に優しくしたり、笑いかけたり……仕方ないことなのに嫌だって思った」


 胸が苦しくて、颯が誰かのものになるのは嫌だと思った。


「こんなの、わがままで……神代くんは、こんな私なんか嫌なんじゃないかって……。でも、一回そう思ったら嫌な気持ちがどんどん膨らんで……どうしようもなくて……」


 嫉妬なんてしたくない。颯が好きになったのは、こんなみっともない自分じゃない。そう思うのに、後戻りできないところまで思いは膨らんで、芽榴にはどうすることもできない。


「他の女の子みたいに、神代くんの前で可愛げあることなんて何もできないけど……それでも神代くんは……」


 泣き出しそうな芽榴の声が、そこで途絶える。そのとき芽榴の顔は颯の胸の中にあった。


「芽榴」


 颯は芽榴の頭を撫でて、優しく芽榴の名を呼ぶ。心地いい声に芽榴はもっと泣きそうになる。


「もう十分。それ以上可愛くされたら……僕が困るよ」


 颯は苦笑まじりにそう言った。けれど芽榴には、こんな嫉妬だらけの自分のどこが可愛いのか、まったく分からない。


「芽榴……ごめんね」


 颯はそう言って、芽榴の腰を抱く。そして自分の胸に埋め込んだ芽榴の顔を支え、上を向かせた。


 颯が芽榴を見下ろしている。あのときと同じ熱い視線は、その次に颯が何をしようとしているのかを教えてくれた。

 だから芽榴はそれを受け入れるために、今度はちゃんと目を閉じる。


 すると腰を抱く颯の腕に力がこもった。


「どうしようもないくらい……僕は君が好きだよ」


 そう告げて、颯は芽榴にキスをする。

 最初のときとは違う、触れるだけの優しいキス。


 唇が離れて互いに薄く目を開ける。すると視線が絡まって今度はどちらともなく口付けを交わしていた。


 幸せが、気持ちが、溢れて止まらない。芽榴の頬には涙がつたう。けれどその涙は初めてのキスのときと意味が全然違っていた。


「私も、好きだよ」


 キスの合間に芽榴は、自然とそう囁く。すると颯はそれに応えるように、芽榴を強く抱き寄せた。


 2人の想いは通じ合った。互いに好きという気持ちが溢れて、それですべてがうまくいく。


 そう思う芽榴に、唇を離した颯は切なげに笑いかけた。


「神代くん……?」

「……本当に、どうするのが一番いいのかな」


 颯は芽榴の肩に額をのせる。芽榴は不思議そうに肩にのる颯の顔をうかがった。


「きっと、僕は際限なく芽榴を求めて……手放せないんだ」


 芽榴の肩で颯はポツリポツリと言葉を吐く。


「――――。……だから」


 肩越しに告げられた言葉に芽榴は言葉を詰まらせる。颯はどこまでも不器用で、けれど芽榴には何も言えない。それが今の2人にとっての最善で――。


「だから、僕の恋人になって」


 どういう形であっても、確かに想いは届いているのだから。

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