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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
Route:神代颯 すれ違いの先の遠回りな恋物語
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#04

 颯に「関係ない」発言をされて、芽榴は生徒会室を出て行った。芽榴が事務室で不備書類を確認してから生徒会室に帰ってくる頃には、有利も生徒会室に戻っていて、それからすぐ「来羅と翔太郎も委員会から帰ってきた。1時間後には補習を終えた風雅も戻ってくる。

 おかげで颯と2人きりになることもなく、芽榴は内心ホッとしていた。


 みんなは颯とあったことを知らないため、いつも通りに芽榴に話しかけてくれる。だから生徒会室に変な沈黙が流れることもない。ただ、いつも静かな颯がより一層静かになっているだけ。それもみんなからすれば連日の颯の不機嫌の延長としか思わないのが幸いだった。


 今日は無事に終わる。明日になれば颯も、芽榴自身も少しは頭が冷えているだろうから、今日さえ無事に過ぎればよかった。

 でもまるでそんな芽榴の考えを見透かしたように、神様はイジワルをしてくるのだ。


 生徒会の仕事も終わり、最終下校の見回りも済んだ。よって役員も帰らなければならない時間だ。

 そこで風雅が各役員を指差して「えっとー…」と何かを考え始めた。


「昨日は来羅が送ったから、今日芽榴ちゃんを送るのは……颯クンだっけ?」


 その言葉で一瞬空気が凍りつく。芽榴と颯があからさまにビクッと反応し、その場にいた全員がそれに気づいた。


「あ……あはっ、なんなら私が送ってもいいのよ?」


 瞬時に場の空気を読んだ来羅がそう言ってぎこちなく笑う。短い髪を揺らして冗談っぽく言ってみせたのは来羅にとって精いっぱいのサポートだったのだろう。


 けれど、他でもない颯がそんな来羅の肩を叩いて「問題ないよ」と静かに言った。


「僕が送る。それでいいよね、芽榴」


 颯のそれは答えなど求めていない。ほとんど断定系のものだ。さっきみたいに「いや」ということはできる。喉のすぐそこまで言葉は出かけていた。でも頷いたのは、これ以上みんなに気を使わせられないと思ったからだ。





 門を出て、しばらくは同じ方向をみんなで歩く。学校を出て少しの距離はみんな通学路は同じだ。けれど徐々に現れる分かれ道でみんなが自分の帰路の方向へと向かっていき、そう時間も経たないうちに芽榴と颯は2人だけになってしまう。


 予想通りの沈黙が訪れる。互いの靴音だけが響いて、気まずさは度を超えていた。


 道の途中で立ち止まったのも、口を開いたのも、どちらも芽榴が先だった。


「……ここでいいよ」


 芽榴は静かに言う。颯は芽榴の5歩くらい先で立ち止まってゆっくり芽榴のほうを振り返った。2人の立っている場所はまだ芽榴の家に近くない。けれどそこから遠いわけでもなかった。


「1人で帰れる。走ればそんなに時間もかからないし」

「そうだとしても、夜道は危ないから送る」


 芽榴の意見に颯は冷静な口調で返す。颯の言葉が正論だからこそ余計に腹が立った。他人が聞けば芽榴のそんな考えを「横暴」だの「ひどい」だの思うのだろうが、芽榴が颯にそんな感情を抱いてしまうのも今は仕方ないのだ。


「いい。もし何かあっても自分でなんとかできるから」


 芽榴は颯を避けるようにして、歩き出した。颯の横を通り過ぎようとして、芽榴はその腕を掴まれる。腕を掴む颯の手を振り払おうとしたが、颯の手は離れない。しっかり掴まれている分、芽榴の腕には少なからず痛みが走った。


「離して」

「自分でなんとかできるんだろう?」


 颯の目は笑っていない。芽榴をからかうわけでもなく、その目は真剣だった。芽榴の手をつかんで離さないことで、力で敵わない相手に会ったらどうするのか、と暗に問いかけているのだ。


 普段ならその颯の意見に従う。というより最初から「1人で帰る」とすら言いださない。すべての元凶は颯にあるのだ。

 そう思うと余計に苛立って、芽榴は颯を睨んだ。


「……芽榴が僕にそんな顔をするのは、初めてだね」


 当たり前だった。颯はいつだって芽榴のことを肯定してくれて、颯に不満も文句も今までほとんど感じたことがない。だから怒る必要なんてなかった。


「……こんな顔にもなるよ」


 芽榴だってこんな顔をしたいわけではない。できることならずっと颯の前では笑っていたい。でもその思いすら全部颯が壊してしまった。


「なんで……関係ないとか、勝手に決めつけるの。神代くんが大変そうにしてても、私は心配しちゃダメなの?」

「そういう意味じゃないよ」

「じゃあ、どういう意味?」


 芽榴の視線は鋭い。中途半端な颯の答えを受け流してあげられるほど今の芽榴に余裕はなかった。完全に怒っている芽榴の前で颯に逃げ道などない。颯お得意の誤魔化しも今はできない。


「……アメリカに行ったら――離れたら、もう関係ないの?」

「だから、そうじゃな……」

「関係ないって言うなら、なんであのとき『何も変わらない』なんて言ったの」


 畳み掛けるようにして芽榴は颯に言葉を放つ。芽榴たちの関係はずっと変わらない。芽榴はそう信じていたのに、颯の言葉はそれすら全部嘘にした。

 再び訪れる沈黙は冷たい。今にも2人の仲を引き裂いてしまいそうな冷たい空気。けれど颯の腕にはさっきよりもずっと力がこもっていて、芽榴を手離そうとはしなかった。


「何も変わらないわけ、ないよ」


 颯の言葉は正しい。何も変わらないなんて、それは嘘でしかない。それを言うのも信じるのもただの気休めでしかない。


 芽榴だって、全部変わらないでいて、と願っているわけではない。ただ何が変わっても、芽榴たちの根底にあるものが変わらないことを芽榴は信じていたいのだ。


「……私が何を変わらないでほしいって言ってるかくらい、神代くんは分かるでしょ」


 芽榴たちの関係は今までのまま、信頼しあえる仲間として、変わらないでいてほしい。


 芽榴がそれを願っていることも信じていることも、颯は分かっている。分かっていたから、修学旅行の最後の夜「何も変わらない」と言ってくれたはずだった。


 それなのに今度は「芽榴には関係ない」と言い放った。相反することを言う颯の気持ちが芽榴には分からない。


「――なら、僕も聞くけど」


 落ち着いた颯の声は怖くて、でも芽榴は颯と目を合わせて逸らそうとはしない。颯と向き合う芽榴の瞳はまっすぐだった。


「僕があのとき『変わる』って言ったら……君がいなくなったら僕がダメになるって、そうかせをつけたら……君はここに留まるの? 違うだろ」


 芽榴の中で答えは決まっていた。あのとき颯が何を言っても芽榴は答えを変えられなかった。ただみんなの言葉が後押しになるか、芽榴の重い足枷になるか、それだけの違いだった。


「だから……それならせめて後押しをしたいと思ったんだ」

「……思ったなら、最後まで嘘を吐き通してよ。神代くんならできたでしょ?」


 自分でひどいことを言っている自覚はあった。

 颯に何もしてあげられない。颯の言葉の通りで、芽榴が颯のためにできることなんてなくて、関係ないと言われても仕方がない。

 でもどこかでそれを認めたくなくて、その辛さも全部、芽榴は身勝手に颯のせいにしようとしていた。


「吐き通すつもりだったよ。……でも、僕だって限界なんだ」


 颯の弱音なんて聞きたくない。でも芽榴には耳を塞ぐこともできない。


「芽榴は僕を過大評価するけど、君の前にいる僕はいつだって余裕なんてなかったよ」


 颯の言葉を芽榴は信じられない。芽榴の前にいる颯はいつも凛としていて、優しく笑いかけてくれる人だった。


 どうして今さら颯がそんなことを言うのか。颯の気持ちは何一つ掴めない。何を思い何を考えて、颯は今芽榴の前に立っているのか。考えたこともなかった。


 颯はいつだって無条件に芽榴のそばにいてくれたから。


「……神代くんが、何考えてるのか私には分からないよ」


 分かりたいと思うのに、颯の気持ちは分からない。颯が向ける視線の意味も、言葉も、全部分からなかった。だって颯はいつも誤魔化して本心は何一つ教えてくれなかったから。


「芽榴が本当に分かりたいって言うなら、教えてあげるよ」


 颯はそう言って、芽榴の手を引く。芽榴はそのまま颯の胸に抱きとめられていた。


 すべては息つく暇もない、一瞬のことだった。


 颯の胸の中で芽榴は顔をあげる。上を向いた芽榴の顎には、颯のもう片方の手が添えられていた。


「神代く、ん……っ」


 芽榴の声は途切れる。

 芽榴の唇には颯の唇が重なっていた。それを頭で理解して、芽榴は慌てたように颯の胸を押すけれど、颯の体はビクともしない。


「……ん、んんーっ!」


 芽榴の揺れる瞳には颯だけが映っている。これ以上ないくらいに芽榴は目を見開くけれど、颯は芽榴の動揺を視界に入れないように目を瞑った。


「ふ……ぁっ」


 顎に触れていた手は芽榴の後頭部に回っていて、口づけは一層深くなる。抵抗は試みるものの、颯にされるがままでいるしかなかった。


 颯の整った顔が目の前にあって、形のいい唇が自分の唇と重なっていて、それを感じるだけで、芽榴の心臓は壊れそうなほどに脈をうった。


「……っ、はあ、ぁ」


 芽榴の息が苦しげに漏れ始めた頃、やっと颯から芽榴の腕を離してくれた。腕が解放されるとすぐに、芽榴は颯の胸を押す。けれど颯を自分から突き放したところで、ふらついた芽榴の体は颯に抱きとめられてしまう。


 芽榴は颯の胸の中で顔を真っ赤に染めていた。耳まで赤くなっていて、きっと颯にもそれは伝わってしまっている。それが余計に芽榴の羞恥を倍増させた。


「なんで……」


 颯に奪われた唇を押さえて、芽榴はか細い声をもらす。芽榴の小さな声も颯はしっかり聞いていた。


「なんでキスしたのか、なんて聞かないよね」


 颯の困ったような声が芽榴の耳に届く。その声で颯がどんな顔をしているかくらい、芽榴には分かる。それくらいずっと一緒にいた。


 一緒にいたのに、分かろうとしなかった。

 颯のキスの意味なんて、聞かなくても分かっていた。


「僕は君が好きだよ。……たった一人、君だけが好きなんだ」


 芽榴にそう告げる颯は、今度こそ逃げ道を作らなかった。

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