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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
修学旅行編
269/410

244 芽榴の答えと分岐点

修学旅行編最終回です!

 あの日見た光景は美しすぎて言葉にもならない。


 雪の白さも、街を包む美しい輝きも、大切な人たちの笑顔も、あのときの思いも全部、すべてが芽榴の宝物だった。


 それは、綺麗な夜。芽榴が「忘れられない」ことを嬉しく思った、長いようで短かった――修学旅行の最後の夜のこと。







 夜の11時を過ぎた頃、芽榴はロビーの支柱に背中を預けて立っていた。一応先生が通りかかったときのことを考えて、廊下側から見えないよう柱の影ぴったりに体を収めている。

 目の前にかけてある時計と睨めっこをして、芽榴は周囲の音に耳をすませた。


 点呼時間はすでに過ぎている。けれど廊下の奥からは微かに楽しそうな笑い声が聞こえていた。ロビーにまで聞こえてくるのだから、廊下のほうはもっとはっきり聞こえているはず。

 舞子の言っていたとおり、先生たちも今日は本当にすべてを容認しているようだ。


「最後の日……」


 そう呟いても実感は沸かない。どこかでまだこの時間がずっと続くのではないかと思っている自分がいた。


「楠原、だけか?」


 小さく息を吐いた芽榴に誰かが声をかける。「誰か」といっても、芽榴はその声でその人物の姿を容易に頭に浮かべられるのだが。


「うん。そーみたい」


 芽榴はゆっくりとやってきた翔太郎に声をかける。コートの下に私服を着ている翔太郎を見て、芽榴は少し驚いた顔をしていた。


「私服着るときなんてないのに、持ってきてたんだ?」


 修学旅行中は基本的に制服での行動で、宿泊施設では基本みんなジャージだ。だから私服など普通持ってこないのだが、翔太郎がそれを持ってきていることに芽榴は少し驚く。


「神代がいつものメンバーでどこかへ行くと提案しないはずがないからな。念のために……そういう貴様も私服だろう」


 翔太郎に指摘され、芽榴は苦笑する。夜に街へと出るのだから制服より私服のほうが断然いい。芽榴もそう思っていた。そしてちょうどよく、芽榴は修学旅行初日、とある人たちから私服を渡されていて、今はそれを身につけているのだ。


「ははっ。でも夜に制服でうろちょろしてたら補導されるし、私服がいーよね」


 芽榴は誤魔化すようにして笑いながら、膝丈のスカートの裾を揺らす。すると、翔太郎は小さく溜息を吐いた。


「貴様みたいに見た目が子どもみたいなやつは私服でも補導されそうだが」

「あらー。逆に私と一緒にいる葛城くんは職質されるんじゃない?」


 翔太郎の言葉に芽榴は平然とそう返す。芽榴はどちらかといえば童顔なほうで、翔太郎はどちらとも言わず老け顔だ。私服になると特に実年齢より5歳くらい上に見える。


「誰が老け顔だ…」

「葛城くんは性格も老けてますよ」


 芽榴に突っかかろうとした翔太郎の後方から有利が現れる。有利は自分より上にある翔太郎の顔をジト目で睨みながら、彼の襟首を引っ張った。


「藍堂くん、こんばんはー」

「遅くなってすみません。……まだ2人ですか?」


 現れた有利に芽榴は手を振る。ふわりと笑った芽榴に有利も薄い笑みを返して、辺りをきょろきょろ見回した。


「うん。3人はまだ点呼終わってないのかなー?」

「終わってるよ。遅くなってすまないね」


 その声は有利が先ほど現れた方向から聞こえてくる。そちらに視線を向けると、提案者の颯とその後ろに疲れ顔の風雅と拗ねた顔の来羅がいた。


 爽やかな笑みを浮かべて芽榴の元に歩み寄る颯はいつも通りだが、残りの2人の様子は明らかにおかしい。


「……2人してその面構えはなんだ」


 翔太郎が面倒そうに尋ねる。それへ芽榴も聞きたかったことだ。けれど誰より無愛想な顔をしている翔太郎が尋ねるとなんとも言えず、芽榴は苦笑した。


「部屋に他の班の女子が押し寄せてきてて、足留め食らっちゃったの」

「来羅と同じく……」


 短い髪を左右に振りながら来羅が告げると、疲れた声で風雅も付け加える。風雅に関してそんなことはだいたい予想していたが、来羅にまで女子が押し寄せてきたというのは想定外で芽榴も少し瞠目していた。

 けれど男バージョンの来羅なら、女子が押し寄せるのも不思議ではないなとすぐに納得してしまう。


「神代くんも?」


 芽榴は隣に立つ颯に尋ねる。すると颯は「まさか」と肩を竦めて笑った。


「明日、宿泊施設の管理者に挨拶するから、中井先生とその打ち合わせしてきたんだ。……僕は2人と違って、あまり女子に言い寄られないから」


 颯が平然とした顔で芽榴にそう言い、そんな颯を見て役員が全員半目になった。旅行中にもしっかり告白された男が言うことではない。芽榴まで颯のことを半目で見ると、颯は困ったように笑った。


「さあ、あんまり遅くなってもいけないから……行こうか」


 気を取り直して颯が言うと、各々楽しそうに笑って宿泊施設を抜け出した。







 外は雪が降っていて寒い。けれど街に溢れるイルミネーションの明かりはほのかに心を温かくして、不思議な感覚だった。


「函館の夜景は綺麗だと聞いてましたけど、本当にすごいですね」


 白い息を吐きながら、有利が感心したようにつぶやく。6人が歩く坂道はイルミネーションでライトアップされて歩いても歩いても美しさが途切れることはない。

 後ろを振り返れば、下に見える建物も木々もすべてが光を放っていて、それはまるで街に星が降っているかのようだった。


「るーちゃん、こっち向いて」


 ボーッと後ろの景色を眺める芽榴に、来羅がそんなふうに声をかけた。言われたとおり、芽榴が前方に顔を向け直すとまばゆい光とともに「カシャッ」とシャッター音が鳴った。


「え」


 芽榴が驚いたように声を出すと、来羅が「るーちゃんの写真ゲット」と嬉しそうに言って、風雅にそのデジカメを見せびらかし始めた。


「来羅、ずるい! オレも撮るし!」

「風ちゃんのスマホより、私のデジカメのほうが性能いいに決まってるでしょ」


 目の前で風雅がギャーギャーと騒ぎ始める。風雅をからかっては来羅が楽しそうに笑った。


「風雅、暴れるのはいいけど滑って転けないようにね。対処しないから」


 芽榴の隣を歩きながら颯が言う。すると、風雅は「そこは対処してよ!」と涙声で訴えてきた。


「蓮月くん、元気だなー」

「馬鹿丸出しだが」

「それはいつものことです」


 芽榴の一言に対し、辛辣なツッコミが二方向から飛んでくる。後ろを歩く翔太郎と有利に視線を向け、芽榴は「言い過ぎー」と笑った。


「まあ、風雅がいきなり知的な男になってもそれはそれで嫌だろう? 翔太郎」


 颯がククッと喉を鳴らしながら言い、3人で「頭のいい風雅」を想像してみる。インテリな発言をする風雅は非常に似合わない上にどこか腹立たしい。翔太郎は「うんざりだな」と言って深いため息を吐いた。


「来羅、そのデジカメちょうだ……」

「はいはい、そんな駄々こねてるとー……みんな、こっち向いて」


 風雅にデジカメをねだられている来羅が再び芽榴たちのほうにカメラを向ける。同時に芽榴たちも来羅のほうを見つめ、シャッター音がなった。


「ほら、みんなとの写真まで逃すわよぉ?」


 来羅が目を眇めながら今撮った4人の写真を見せびらかす。すると風雅は「オレもみんなと写真撮りたい!」と言って、すぐに来羅との会話を切り上げ、少し道を下ってきた。そして颯とは逆側の芽榴の隣に並ぶ。そんな風雅の様子を全員が「単純だな」と思いながら眺めた。


 それから夜景をバックに会話を弾ませながら来羅がひたすらシャッターを切る。その途中で芽榴は「あれ」と声をもらした。


「どうしたの?」


 その声を聞き取った風雅が首をかしげると、芽榴は「うん」とよくわからない返事をして早足で坂を上る。芽榴たちよりも少し上のほうを後ろ歩きしている来羅に近づいて、芽榴はその隣に並んだ。


「るーちゃん? どうかした?」


 来羅が優しく首をかしげると、芽榴がヒョイっと来羅の手からデジカメを奪った。


「来羅ちゃんと写真撮ってないよー」


 芽榴はニコリと笑い、来羅の隣にピタリと並ぶ。そして頑張ってデジカメで自撮りなるものに挑戦しようとするのだが、慣れないゆえにうまくできる気がしない。

 カメラを持つ位置に困っていると、来羅がすぐに芽榴のカメラを構えている手に自分の手を添えた。


「もうちょっと、こっち。そう」


 来羅の優しい声を耳元で聞きながら、芽榴はシャッター音を押す。うまく撮れているか確認すると、来羅の指導があっただけあって綺麗に2人が写真に入っていた。


「へへっ、来羅ちゃんとの写真ゲットー」


 芽榴はそう言って嬉しそうに笑う。その顔を見た来羅は少し驚いた顔をしたけれど、すぐに「やったぁ」と小さく両手を挙げて喜んでくれた。







 そんなふうに歩いていたら坂道も終わりを迎えていた。本当に楽しいとすぐに時間は過ぎていくものだ。

 芽榴たちは6人で並んで、街の様子を見下ろす。


 真っ白な雪に包まれた世界。舞い降りる雪は街に輝く星のような光に反射してまばゆい華を咲かせていく。


 本当に綺麗で、芽榴は無意識に息を止めていた。


「来て、正解だったね」


 そんな芽榴の顔を覗き込んで颯は嬉しそうに笑う。芽榴は「うん」と笑った。芽榴が笑うと、やっぱりみんなも笑ってくれる。この笑顔の中にいれる時間を好きだと思うようになったのはいつからだっただろう。


「この景色を、またみんなで見たいですね」


 有利がそう告げると、翔太郎は眼鏡の縁を押さえてぶっきらぼうに口を開いた。


「今まだ見ているのに、気が早いだろう」


 そう告げる声はどこか優しくて「嫌だ」と言わないことが翔太郎の答えなのだ。


「次来るとしたら、いつかなぁ? 来年は受験で忙しそうだし」

「忙しいのは蓮月だけだろう」


 来羅が唇に人差し指を添え、考えるようにして言うと翔太郎がそんなふうに付け加える。もちろんそれを聞いた風雅は「ひどい!」と騒ぎ出すのだが。


「芽榴ちゃん、みんなのオレの扱いひどすぎるんだけどっ!」


 風雅が涙声で芽榴に抗議してくる。そんな風雅の姿は可愛くて、芽榴は風雅の頭をよしよしと撫でながらカラカラと笑った。


「好かれてる証拠だよー」

「芽榴ちゃん……っ!」

「芽榴、甘やかしすぎだよ」

「そうです」


 芽榴と風雅をそれぞれ颯と有利が自分のほうに引っ張って引き離す。芽榴は苦笑するが、芽榴に頭を撫でられていた風雅は「邪魔しないでよ!」とやはり暴れるのだ。


「次ここに来たときは、こんなこと言ってたねって懐かしむのかな」


 来羅は街の風景を見下ろしながら静かにつぶやく。


 今はもう過去になって、未来だったことが今になって、それを繰り返していくだけ。それは大切なことなのだけれど、とても切なくて、願っても無駄だと分かっても時が止まってほしいと思う。


「どうかな。でもきっと変わらないよ」


 けれど、颯は目を細め、まぶしい光を見つめながら微かに笑みを浮かべた。


「そうだな。どうせ蓮月の馬鹿はそのときも変わらない」

「予想でくらいオレのバカは治しておいてよ!」


 風雅のバカが治っても治らなくてもきっとみんなで風雅をいじって遊んでいるのだろう。それは何年経ってもずっと変わらない気がした。


「僕も大切なことは、何も変わらないと思います」


 有利もそう言って薄く笑う。

 景色を眺めるみんなの瞳は綺麗に輝いていて、きっとその輝きは何度ここに来ても変わることはない。


 ――大切なことは変わらない。


「私も、そう思うよ」


 芽榴は静かな、夜の空気に澄み渡るような声で言う。目には涙が溜まっていたけれど、声は不思議なくらい震えなかった。


 今日の日を思い出すたびに何度も泣きそうになるのだろう。それくらい幸せで、この時間が終わるのが悲しい。


 でもこの涙は絶対に悲しみの涙ではないから。自然とこぼれていく涙は、芽榴が幸せでしかたないから。


 ――大好きなみんなと一緒に未来を約束できたから。


「みんなに出会って、みんなと笑って……みんなといる毎日が楽しくて」


 涙で視界がぼやけ、光が幾重にも重なって広がる。まぶしいけれど、そのまぶしさもすべて目にしていたかった。

 今見えているものすべてを、視界に収めていたかった。


「きっと、これからもその気持ちは変わらないよ」


 だから前に進もう。その気持ちがなくなるわけではない。ただ少しだけ、ほんの少しお別れをするだけ。


「次は本当の本当にすごい女の子になって……みんなとこうやって並ぶんだ」


 最初に並んだときは嘘で固めた姿で、次に並んだときはみんなを信用した本当の姿で、今は前に進むことを決めた前向きな姿でみんなの隣に並んでいた。


 だから次は今度こそ誰にも負けない、自分が自分を好きだと言えるような、そんな女の子になって、ここに戻ってこよう。


「だから、私はアメリカに行くよ」


 ゆっくりと降る雪は冷たくて、でも優しい。

 涙は止まらないけれど、笑顔も消えなかった。


 みんな驚いた顔はしていなかった。どこかでそれを分かっていたような、そしてそれを応援してくれるように、笑っていてくれた。


「みんながいて、よかった」


 こぼれた気持ちは音を立てず、弾ける。


 ただ一つ、心に残る想いを知らないまま、芽榴はみんなとサヨナラをすることを決めた。


 

活動報告にて

修学旅行編のあとがきと完結編の告知をしますので気にかけてくださる方はぜひ!でも完結編の告知は人によってはネタバレと思われるかもなので閲覧は注意してください!

いつも拙作に目を通していただきありがとうございます!

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