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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
修学旅行編
268/410

243 クラス写真と最後の先約

 修学旅行7日目が始まる。今日はだいたいクラス単位での行動が主体で、函館の各所でクラス写真を撮ることになっていた。


「はあ、今日で修学旅行も終わりか。明日よ、来るな」


 F組のバスはそんな懇願の声で溢れている。芽榴自身、修学旅行が終わってほしくない人の1人だ。


「てか、聞いた? 沢口とユナが付き合うことになったらしい」

「ええ? マジか!」

「告白したってのは昨日聞いてたけど……っ」


 F組のバス内は他クラス間でできたカップルが話題にあがる。どうやらこの旅行中で何組か新しいカップルが成立したらしい。もちろんF組はゼロだ。


「でも楠原さんは山本に告られてるし!」


 なぜか女子がそんなふうに言い出し、芽榴は「いや、それは……」と介入しようとするのだが聞き入れてもらえない。


 誰に対抗しているのか分からないが、F組女子は「芽榴は告白された」と誇らしげに言う。まるでF組女子代表とでも言わんばかりだ。


「これはまた、どーいう……」

「芽榴が告られてなかったら、F組女子の告白された率ゼロになるし。そんなの、他クラスから相手にされてませんって言ってるようなもんじゃない」


 舞子が平然とした顔で説明すると「舞子、おだまり!」とクラスの女子からの喝が入る。

 F組女子の中には、好きな人に告白した人はいても告白された人はいないのだ。


「あたしもふられちゃったしなぁ……」


 宮田あかりが小声でボソボソと言う。宮田といえば、有利だ。宮田がいつ有利に告白したのかと疑問を浮かべる芽榴だが、すぐにまくら投げ事件のことを思い出す。宮田の告白自体は聞いていないため、まくら投げ事件の直前、叫んでいたあれが告白だったのだろうか、などと芽榴は考えた。


「宮田は相手が悪い」

「あたしはお前を勇者と思ってるよ、宮田」


 F組女子がそんなことを言って宮田を励ます。芽榴と有利が同じ空間にいる状態で告白し、フられた直後に芽榴と有利の信頼関係を見てしまったのだ。そこまで不憫だといっそ宮田のことを「勇者」と呼んでしまいたくもなるだろう。


「他にも勇者はいたのかねぇ?」

「そういえば、風雅くんと神代くんに告ったって話、結構聞くよ。もちろん惨敗らしいけど」


 初めて聞く話に芽榴はまたもや驚いてしまう。颯とも風雅とも旅行中何度か顔を合わせているが、一度もそんな話は聞いていない。


「皇帝様はともかく……風雅くんに告白する人はまだ絶えないのかあ。さすが」


 隣の席で舞子がそう呟く。風雅ファンクラブが活動を自粛して以降、ファンクラブのメンバーはおとなしくなった。けれど風雅のことを好きなことに変わりはないらしく『風雅くんの彼女予約制度』が回ってこなかったメンバーからの告白はいまだに後を絶たない。


「みんな、いろいろあったんだ……」


 芽榴の知らないところで、みんな違う時を刻む。芽榴にはその時を知ることができない。この先はもっとその時間が増えていくのだ。


「……っ」


 また「寂しい」と思い始めてしまう。だから芽榴は両頬を押さえて「簑原さんに笑われる!」と自分に言い聞かせた。するとほぼ無理やりだけれど、寂しさが和らいだ気がした。


「芽榴?」


 そんな芽榴の行動を舞子は不思議そうに見つめてくる。いきなり隣で顔を押さえて唸れば、さぞ気持ち悪かったことだろう。想像して申し訳なくなり、芽榴は「なんでもないよー」と言いながら両手を横に振った。


「……そんなことより、芽榴。あのこと、いつ役員に言うの?」


 舞子が芽榴の耳元に唇を寄せ、小声で尋ねてきた。その様子からしても『あのこと』というのは芽榴の留学のことだろう。

 昨日、聖夜と慎と電話したときに決めた。寂しさが募らないうちに、迷わないうちに伝えようと。


「今日、のつもりだけど、みんなと一気に会える気しなくて……学校始まってからのほうがいいのかなって……」


 芽榴はいろいろ考えながら舞子に伝える。各個人に話していくという手もあるが、1人1人話していったら、最後は芽榴の精神がもたなくなりそうだ。このことは何回も話したくなるような話題ではない。


「なら、自分から誘いなさいよ」

「へ?」


 舞子がそんな提案をする。しかし「誘う」の意味がいまいちよく分からない。


「だって、今日は自由行動もそんなに多くないし……」

「昼は、でしょ?」


 舞子がそう付け加える。つまり、夜があるだろうと言いたいのだ。舞子の言うとおり、夜はずっとフリータイムだ。

 でも「どこの部屋に集まればいいだろう」などと芽榴が考えていると、舞子が「違う違う」と芽榴の考えを否定した。


「みんなでどっか行きなさいよ。函館の夜景って綺麗だし」


 舞子は平然とした顔で言うが、もちろん夜の外出は禁止だ。芽榴がそう答えると、舞子は「知ってるわよ」と笑った。


「部活の先輩から聞いたの。最終日の夜は結構抜け出す人多いって。さすがに最後だからって、先生も気づいてて容認するみたい」


 舞子がつらつらと昨年修学旅行に行った先輩からの話を口にする。できることなら規則違反をせずに、宿泊所のどこかで話したい。けれどいい場所もないため、舞子の意見が一番いい。


「……誘えるかな」


 芽榴は大きな溜息を吐いた。






 バスが到着したのは函館の観光名所だ。星型の要塞として知られる有名観光地を背景に、各所でクラス写真を撮ることになっている。

 A組が1番の地点から回るならB組は2番の地点から回る、というような仕組みになっているため、クラスが違うと行動が全然違ってくるのだ。


 かろうじて前後のクラスと一緒になることはあっても、本当にすれ違い程度だ。到底、今日の夜のお誘いをする暇などない。


「まあ、宿泊所に帰ってからでも誘えるから……そう気張らないでいいんじゃない?」


 今からクラス写真を撮るというのに、芽榴の肩は怒っていて顔も「どうしよう」と書いてあるほどに焦り顔だ。


「そーなんだけど」

「そんなブッサイクな顔を写真に収める気なの?」


 舞子が呆れ顔で告げると、芽榴は慌てたように背後にある池の水面で自分の顔を確認する。


「うわー、これはひどいね」


 心底自分の顔を軽蔑するように、芽榴は目を細める。実際は言うほど変でもなかったのだが、芽榴が真に受けてしまっているため、舞子は額を押さえた。


 そういうわけで、クラス写真と舞子との写真、それから滝本や委員長といったクラスメートとの写真を撮りながら芽榴は観光を進めた。いまだ頭の隅で「どうしよう」とは考えているのだが、それでも芽榴はクラスメートと過ごす時間に集中する。


「楠原さーん、写真撮ろーっ」

「うん、撮るー」


 1年前の芽榴にはこんなこと想像もつかないだろう。クラスメートの輪の中に混ざって素直に笑えている自分など、想像ですら存在しなかった。

 でも今は描くことすらできなかった自分の姿を、現実にしている。


 それを実感して喜んでいると、自然に「今日しなければならないこと」が頭から抜け落ちていた。

 だから芽榴はその人物から腕を引かれたとき、ひどく驚くことになったのだ。


「う、わっ」


 撮影とその場所での観光時間が終わり、次の場所へと移動する。クラス単位で円状に回る観光も次の次で最後。次の場所へ向かおうと足を踏み出したそのとき、芽榴の腕が強く引かれた。


「芽、榴……」


 そこには息切れしている颯がいて、白い息が何度も口からこぼれていた。


「神代くん?」


 芽榴は驚いた声でその名を呼ぶ。颯は芽榴の次の班で、次の観光場所がここなのだ。移動時間になって、全力疾走してきたのだろう。颯にしては珍しく、息がまだ整わない。


「芽榴、先に行ってるね」


 舞子はウインクとともにそんな言葉を残して、次の場所へと歩いていく。おそらくあのウインクは「今誘え」という意味のものだろう。


 颯がわざわざ来てくれたのは芽榴にとってはありがたいことなのだが、まずは颯の用件を先に聞いた方がいいだろう。


「どーしたの?」


 芽榴がそう問いかけると、颯は小刻みに吸って吐いてを繰り返していた息を、深く吸い込んで吐き出した。まるで一発で息を調整するように。


「ごめん。少し……走り過ぎた」


 先ほどよりはマシだが、それでもまだ少し息が切れたまま、颯はそんなふうに言って掴んでいた芽榴の腕を離した。


「芽榴には早く言っておかないと……先約をいれられたら困るから」


 颯がそんなことを言う。おそらくそれは芽榴への用件の内容に関連しているのだが、芽榴はうまく意味を理解できない。


「今日の夜、役員全員で夜景でも観に行こうかと思って……抜けれる?」


 首を傾げる芽榴の前で颯は丁寧にしっかり説明してくれた。今まさに芽榴が颯にお願いしようとしていたことを言われ、芽榴は驚いてポカンと口を開けていた。


「うん……抜けられる」


 芽榴は願ったり叶ったりで呆然としながら颯の質問に答えていた。芽榴の肯定の返事を聞くと、颯は安心したように息を吐く。


「よかった。芽榴はもしかしたら植村さんと予定入ってるかも、と思ってね」


 だから颯はさっき「芽榴には早く言っておかないと」と口にしたらしい。けれど今の話の流れからして、颯はまだ他の役員に許可をとっていないということだ。


「みんなも早く言わないと予定入っちゃうんじゃ……?」

「それならそれで、僕と芽榴が2人で夜景観に行くだけだよ。そうなると思えば、あいつら全員他の予定なんか全部蹴ってやってくるさ」


 颯は笑顔で告げる。他の役員の予定についてはまったく気にしていないらしい。風雅なんかは特に今日の夜誰かに誘われていそうだが、彼の場合は颯の言うとおり、芽榴が颯と2人きりになる状態は許さないだろう。


「じゃあ今日の夜、点呼が終わったらロビーに集合で」

「りょーかい」


 芽榴が返事をすると、颯は芽榴の頭を優しく撫でてそのままゆっくり踵を返す。

 そんな颯の後ろ姿を見送って、芽榴はF組のみんなを追いかけた。

次回、修学旅行編最終回です!

次回更新時には活動報告にて、完結編の告知もしようと思ってますのでお楽しみに!

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