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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
修学旅行編
267/410

242 スパルタと奪取

 慎と電話を始めてから10分近く経った。そろそろスマホの持ち主のために通話を終わらせるべきだと思うのだが、慎に止められて通話を切れないでいる。彼の意見を無視して切ればいい。簡単な話だ。けれど芽榴は終了ボタンを押せずにいた。


『なんだかんだ言っても、通話切らねぇし? 俺のこと好きだろ、楠原ちゃん』


 そんな減らず口を叩き続ける慎をどうにか言葉で負かしてやりたい、と芽榴は思うのだ。それすらも全部簑原慎の思い通りなのではないかと思うと腹立たしくて仕方ない。


「どの口が言ってるんですか? それ」

『え? そりゃあー……』

『誰と電話しとんのや、お前』


 慎の声の後、他の声が聞こえる。その声も芽榴がよく知っているものだ。けれど慎が芽榴の文句に答える前に、後からやってきたその男がどんどん慎に言葉を放っていった。


『アホか、お前。何遊んでんねん』

『え? ああ、えっとこれは……』


 慎が言い訳をする前に、その独特な喋り方で怒鳴り始めるのは琴蔵聖夜だ。聖夜と慎が一緒にいるということから考えて、2人はラ・ファウストにいるのだろう。

 こんな夜中にあの学園にいるのはおそらく2人くらいだ。


『そんな暇あるんやったらさっさと簑原家から回ってきた仕事済ませろや。お前後継ぐの、なめとるやろ』


 どうやら聖夜はまだ慎の電話の相手が芽榴だと気付いていない。

 スマホ越しに2人の会話を聞いてみると、慎は簑原家からノルマとして預かっている仕事があるようで、今はそれをやっている途中だったらしい。慎が本気で簑原家に戻ろうとしているのだと知り、芽榴はホッと息を吐く。


『んなことねぇよ。つか、今日分のノルマは終えたって』

『せやったら明日分の手付けはじめろ。そんなん常識やぞ。加えてお前は今まで遊んどった分取り戻さなあかんねやろ。遊んどる暇あると思うな』


 仕事のことになり、聖夜は相当なスパルタぶりを発揮している。おそらく聖夜は聖夜なりに慎のことをサポートしようとしているのだろう。ただ、聞こえる限りでもかなり厳しい。


『大口叩いといて、甘えたことぬかすなや。しばくぞ』


 そこまで一気に言われて、慎は『分かったよ』とヘラヘラした態度で答える。今でも聖夜に従順な慎に、芽榴はクスリと笑い声をあげた。


『ん……お前、誰と電話しとる』


 その笑い声に反応したのか、聖夜の声が近くで聞こえる。それと同時に珍しく慌てた様子の慎の声もかぶさった。大きく響く雑音からして聖夜が慎のスマホを取り上げたところか。


『いや、これは……ちげぇから!』

『は? 川田サキ? 誰や? 新しい女か』


 聖夜は慎のスマホに書いてある通話相手の名前を読み上げる。このスマホは芽榴のものではないのだから名前は本当の持ち主のものだ。


『芽榴の声に似とる思うたけど、気のせいか』


 聖夜は『そうとう疲れとるな』などと言っている。きっと北海道から帰って、また仕事詰めだったのだろう。

 芽榴は疲れた聖夜の顔を思い浮かべて、自然に口を開いていた。


「琴蔵さん」


 芽榴が電話の向こう側にいる人物に声をかける。すると、今の今まで響き渡っていた向こう側の雑音がすべてかき消えた。

 一瞬の沈黙の後、慎が『……ああ』と苦笑しているのが聞こえる。そしてそのすぐ後には異常に低音な聖夜の声が続いた。


『慎、今のは誰の声やろうな?』

『さあ〜……急に相手変わったんじゃねぇかな? 俺、知らね……分かった分かった! ほら、楠原ちゃんに話しかけろよ。俺と口論するよりいいだろ?』


 慎の発言から、だいたい聖夜がどんな顔をして何をしようとしたのか察しがついた。聖夜が怒るのを分かっていて、それでも慎は戯けた態度をとるのだから芽榴には不思議でならない。


『当たり前や、アホ。……芽榴か?』


 慎に放った声と、続けて芽榴に呼びかけた声はほぼ同じ時に放たれた声なのにまるでトーンが違った。面倒くさそうなトーンから一変し、すごく優しい声が聞こえる。もちろん、聖夜のそばにいる慎がそのことに気づかないはずもなく、彼が堪えきれずに吹き出すのが聞こえた。

 ついでに言うなら続いて何かが壊れる音も響いた。


「私ですけど……。あの、何か壊れませんでした?」

『ああ、お前は気にせんでええよ。慎……お前が避けたのが悪いんやさかい、ちゃんと片しとけな』

『うわっ、ひっで〜』


 芽榴も思わず苦笑してしまうくらいに横暴な発言が聖夜の口からもれた。おそらく聖夜は特務室にある無駄な骨董品の何かを慎に投げつけたのだが、それを慎が避けて壊してしまった、というところだろう。容易に想像ができて、芽榴は困り顔で笑う。


『なんや、元気そうやな』


 聖夜が慎と同じような反応をする。それがなんとなく面白くて芽榴はカラカラと笑った。


「それ、簑原さんにも言われましたー」

『……ほんなら、今のなしや』


 聖夜は心の底から嫌そうな声で言う。慎と同じ発言は嫌だったのだろう。代わりになる別の言葉を考えてるのか、少しだけ聖夜が黙った。


「琴蔵さんも、お疲れみたいですね」


 けれど聖夜は他にいい言葉を見つけられなかったようで、芽榴のほうから聖夜に最初の挨拶を放った。


『ん、ああ……まあいつものことやからな』


 聖夜はそんなふうに言う。たぶんすごく疲れているのだろうが、聖夜にとってその疲れは日常的なものだ。だから彼は慎と違って、芽榴に労わりの言葉すら求めない。


『せやけど、お前がはようこっち側来てくれたら……この疲れも半減するやろ。……そう思うとるからか、最近はあんま疲れへんのや』


 聖夜はどこか照れ臭そうに言った。

 聖夜の寂しい世界に、芽榴は向かうことを決めた。ついでに言うなら慎も来てくれる。独りの孤独の世界に、信頼できる人たちが来てくれるのだと思うと、それだけで聖夜が抱える重りは軽くなるのだ。


「待ってくれる人がいるなら、私も頑張れます」


 芽榴もそんな聖夜の言葉に優しく返した。今から進む辛い道の先で、聖夜は待ってくれる。もしかしたらもうそこには慎だっているのかもしれない。


『……なあ、芽榴』


 聖夜が静かに芽榴の名を呼ぶ。どこか寂しげな声に、芽榴は困り顔で応答した。


『俺もお前と一緒にアメリカ行きたいわ……』

「え? あー……勉強になりますもんね」


 芽榴が的外れな返事をし、聖夜は電話越しに大きな溜息を吐く。その溜息すら芽榴は「そんなに行きたいのか……」という解釈になってしまう。本来の意味でとれたなら赤面してもおかしくないところなのだが。


『慎……お前、ほんまぶっ殺すで』

『いや、だって……今のは完全に楠原ちゃんが悪りぃだろ〜。笑いたくもなるぜ?』


 聖夜の声の後ろから慎のケラケラ笑いが聞こえる。芽榴はその笑いの理由が分からないため、また慎が聖夜の逆鱗に触れているのか、と思うだけだ。


「留学なら、琴蔵家も推奨しそうですけどねー」

『あ? ああ……せやけど5年くらい前に1回短期留学しとるし、今はいろいろ請け負っとるからな。……留学するなら時期ずらされて、お前とは別で行く羽目になる』


 聖夜は『それやったら行く意味ないやろ』と言って、拗ねてしまった。

 次に何と声をかけたらいいものか、芽榴は考えていたのだが、ふいに廊下の突き当たりの窓に目が向かう。窓の外から見える暗い夜空を見て、芽榴の口は自然に言葉を紡いだ。


「琴蔵さん」

『なんや』

「そっち、雪降ってますかー?」


 芽榴がそう尋ねると、聖夜が席を立つ音がする。窓の外を見に行ったのだろう。少しして聖夜は『パラパラ降っとるな』とどうでもよさそうに答えた。


「こっちも雪降ってます」

『……北海道やからな。そうやろ』


 聖夜はあからさまに、何が言いたいんだオーラを出してきた。だから芽榴はもう言うのをやめようかとも思うのだが、言いかけたことを言わないのは、それはそれで聖夜の機嫌がますます悪くなるため、芽榴は肩を竦めた。


「別の場所にいても、天気とか一緒だったら『近いな』ってなんとなく思いません?」

『……あんま、思わへん』


 そこは『思う』と言ってほしかったのだが、素直な聖夜の答えに芽榴は苦笑する。でもそれならそれでいいのだ。


「私は、そう思うんですよ」


 芽榴は目を閉じて、聖夜の顔を思い浮かべながら言う。脳裏に映る聖夜はなぜかいつも不機嫌そうな顔をしているのだ。


「同じ空の下で琴蔵さんが……みんなが『近くにいる』って思ったら……アメリカでも私は笑顔でやっていけます」


 そう告げると、芽榴の脳裏に映る聖夜は優しい笑みを浮かべた。


『みんなは余計やろ。俺だけでお前笑顔にすんのは十分や』


 自信ありげな声で聖夜は言う。それを聞いて芽榴はカラカラと笑った。そして心の底から笑った後、一気に意識を改めて口を開く。


「……だから、私はもう寂しくないです」


 その言葉は今この会話を隣で聞いているであろう慎にもあてたものだ。

 2人はここにいない。けれど同じ空の下で近くに感じる。2人がそばにいる気がしたら、今抱えている不安はどんどん和らいでいくのだ。


「明日、みんなに留学のこと言います」


 その決意に繋がる。電話の向こう側で2人が薄く笑みを浮かべている気がした。


「電話できて、よかったです。ありがとうございました」


 なんとなく不安を取り除いてもらえた気がして、あと一歩の後押しをされた気がして、芽榴はそんなふうに感謝する。すると聖夜が『気にせんでええ』と答え、慎がその近くで笑っていた。


『電話したの聖夜じゃなくて俺なんだけど』

『うっさい。どっちでもええやろ』


 聖夜と慎の口論はいつも通り。しばらくして、落ち着いた頃にその電話は終了した。


 押した終了ボタンを見て、芽榴は大きな深呼吸をする。そしてそのスマホを返すために足を一歩前へ踏み出した。

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