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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
修学旅行編
265/410

240 友だちと友だち

「春って……は? 卒業してから、だよな?」


 芽榴の言葉を聞いて、滝本は驚いた顔のまま尋ねてきた。芽榴たちのあいだに訪れる沈黙のせいか、周りの楽しげな声がやけに大きく聞こえる。


 芽榴は滝本の疑問に対し、首を横に振った。


「今年の春だよ。あと2ヶ月後には、私はアメリカに行く」


 唐突なことで滝本の思考は追いついていない。けれどその隣に座る舞子は冷静で、聞いた瞬間は驚いた顔をしていたものの、今は視線を落として思案顔になっていた。


「芽榴が新学期入ってから、進路のことで悩んでるのはなんとなく気づいてたよ」


 舞子は静かに言う。一番近くにいたからこそ、舞子にはそれが分かっていた。それでも急すぎる進路はさすがに予想もしていなかったらしい。


「でもなんで、卒業してからじゃねーんだよ? そんなに急いで行く必要なんかねーだろ」


 滝本の疑問はもっともだった。舞子も同じことを思っていたようで、芽榴に答えを求めるように視線を向けてくる。

 その理由を話せば長くなる。簡潔に伝えたところで、その根底にある理由は簡単に他人に話せるようなものではない。


 けれど芽榴はそれをもう役員には話してしまっている。今の芽榴があるのは役員だけのおかげではない。舞子と滝本の助けもあったからこそだ。


 これから先、芽榴が本気で前に進もうとするならその事実は少なからず露見すること。それを2人に伝えずに誤魔化すことはきっと間違いだと芽榴は思った。


「東條グループの後を継ぐって……決めたから。その条件としてすぐにでも留学しなきゃいけなかったんだ」


 周りを確認し、芽榴は小さな声で言う。みんなトランプに夢中になっていて部屋の隅にいる芽榴たちの会話などまったく気にもしていない。


 芽榴の言葉を聞いて、ますます舞子と滝本は疑問の色を濃くした。


「芽榴……ごめん。話についていけないんだけど。……芽榴がなんで東條グループ? だって、東條グループってあの東條……え、文化祭でキングとったから?」


 そんな単純なことで決まるわけがない。そう思っていても舞子には芽榴と東條グループとの接点がそれだけしか思いつかない。

 けれどそれについて詳しく話すには他の場所が必要だった。


「明日の自由行動の時間、もらえる? あんまり堂々と話せることじゃなくて……」


 芽榴は舞子と滝本に確認をとる。すると、2人は「もちろん」と首を縦に振った。東條にも重治にも許可はとっていない。


 けれどいつだって芽榴のことを助けてくれた2人には伝えておくべきだと芽榴は判断した。


「このこと……留学のこと、役員は知ってんのか?」


 そこで話を打ちきろうとしたが、滝本が最後にそれを尋ねる。この旅行期間で、役員それぞれと過ごす機会はあった。だからそのことを伝えていてもおかしくはない。


 でも、芽榴はそれを伝えられていない。


「ううん。……まだ」


 首を横に振って芽榴が答える。すると、舞子も滝本も少しだけ驚いた顔をした。けれどその答えを聞くと、舞子は嬉しそうに笑って「よかった」と口にした。


「え?」

「芽榴の優先はやっぱり役員なのかな、とか少し思ってたから……先に聞けて、嬉しいよ」


 舞子は目を閉じて微笑む。いつだって舞子は芽榴にとって大切な友達だ。それでも芽榴が役員に向ける信頼は舞子への信頼とは少し意味が違っていた。


 いざというとき、芽榴が頼るのは自分ではないのだろう、と舞子は思っていたのだ。だから芽榴が役員よりも先に伝えてきたことは舞子にとって何より嬉しいことだった。


 それを聞いて、やっぱり今告げたのは間違いではなかったと芽榴は確信する。


「私の方こそ……急で勝手な話なのに、ちゃんと聞いてくれてありがと」


 芽榴が笑うと、舞子と滝本も少しぎこちないけれどちゃんと笑顔を返してくれた。





 それからまもなくして、男子は自分の部屋に帰って行き、はしゃぎ疲れてそのままみんな眠りについた。


 そしてまた朝がめぐってくる。6日目が始まりを告げ、修学旅行の終わりが近づいていることを感じつつ、芽榴たちは街へと繰り出していた。


「芽榴」


 班の子たちと街をぶらぶら歩いていると、舞子がスマホを見ながら芽榴に声をかけてきた。


「なにー?」

「滝本が、15時くらいから抜けれそうって」

「あ……うん。りょーかい」


 それが何の連絡かを察し、芽榴は思わずしんみりした声を出してしまう。すると舞子は芽榴の頬をぎゅっと引っ張った。


「はひっ!?」


 いきなりのことに芽榴は目を丸くして舞子のほうを見る。すると舞子は呆れたように息を吐いて「あのねぇ…」と説教顔になった。


「一緒にいられるのがあと少しって分かったんだから、なおさら今楽しまなきゃでしょ」


 舞子はそう言って、滝本と合流するまでに芽榴とすることをつらつらと口にし始めた。


「写真もいっぱい撮って、おそろいのもの買って……アメリカでできた友達になんか負けないわよ」


 まだ見ぬライバルに対して、舞子は鼻を鳴らす。その姿に芽榴は唖然としていて、でもすぐに目頭が熱くなるのを感じて下を向いた。


 こんなふうに思ってくれる友達ができたのに、離れなければならないことが辛い。分かっていたけれど、それでも泣いてしまいそうになる。


「……負けるわけないよ。舞子ちゃんは強いから」

「当たり前でしょ」


 舞子は芽榴の頭をポンポンと撫でて、優しく笑った。




 それから舞子の計画通り、芽榴と舞子は訪れた場所で班員にひたすら写真を撮ってもらい、ガラス細工のお店でおそろいの小物を買って、ひたすら思い出作りに励んだ。


 楽しい時間はすぐに過ぎていく。

 15時になる頃、舞子のうまい言い訳により、芽榴と舞子は班員と別行動をとることになった。

 舞子と滝本が連絡を取り合い、なんとか合流する。あまり他人に話を聞かれないところがいい、という芽榴の願いを聞き入れて、3人は個室のあるカフェに入った。


「とりあえず飲み物頼もうぜ。さみー」

「そうね」


 滝本が手をこすりあわせながら言う。店内は暖かいのだが、外が寒すぎて体が冷えたままなのだ。3人とも温かい飲み物を注文し、飲み物がきて店員がもうここに来ないと分かると、すぐに本題に入った。


「それで、昨日の続きだけどさ……」


 単刀直入に滝本が話を切り出す。前振りの雑談をいれないところが彼らしい。

 なぜ東條グループと芽榴が関係するのか、それを滝本が問いかける。舞子は芽榴が口を開くのを静かに待っていて、芽榴はゆっくり深呼吸をした。


「えっと……なんていうか、いろいろ事情はあるんだけど。簡潔に言うと……私、本当は東條グループの社長の娘、で……」


 役員に話したときよりそれを口にしやすくなった。その理由が一度他人に話したからなのか、それとも東條との関係が修復したからなのか、あるいはどちらも理由なのかもしれないが、芽榴は東條の娘だと2人に告げた。


 もちろん2人の思考は追いついていない。さすがに東條の娘ともなると、舞子も驚きを隠せないらしい。


「えっと、え? 芽榴のご両親って、え?」


 混乱状態の舞子はひたすら疑問符を頭に浮かべている。舞子は一度重治たちと挨拶をしているのだから、特に混乱してしまうのだろう。


 さすがに話が重苦しくなってしまうため、詳しくは話せない。芽榴は諸事情で楠原家に引き取られることになったのだと2人に告げた。そして冬休み中にその諸事情がどんどん解決していって、東條家との関係が修復しつつあるのだ、とそこまで説明した。


「でも今の私じゃ、権限は譲れないっていうことで……譲る条件としてアメリカへの早期留学が決まったの」


 本当に簡潔に事情を説明しきった。けれど簡潔すぎて、舞子と滝本は口をぽかんと開けている。その反応は仕方ないのだが、芽榴にもこれ以上いい説明はできない。


「要するに……楠原は本当はすごいやつって、ことだよな?」


 おそらく滝本はまったく理解できていない。それでも芽榴が東條の娘だということは文字的に理解して「すごいやつ」という解釈に至っているのだろう。


「ちょっと滝本、黙って。今、頭の中整理してるから」


 対する舞子はしっかり理解しようとしているため、頭をおさえている。芽榴の言ったことを理解して、きっと余計に考えを巡らせてしまっているのだろう。


 それからしばらく沈黙と2人の思案顔が続く。芽榴はそんな2人のそばでゆっくり温かいカフェラテを飲んでいた。


「なんとなく……飲み込めたけど、でも全然実感わかない」


 舞子はやっと口を開くと、困り顔でそう告げる。本来の反応はそれだ。案外あっさり受け入れてくれた役員がすごいのだ。今さらながら彼らの順応性の高さに芽榴は感嘆する。


「でも、なんかそれで分かった気がする」

「え?」


 舞子が何を分かったのか、芽榴は首をかしげた。その言い方的に、芽榴が話したことを単純に理解したという意味ではないのだろうと察した。


「あんたはあんまり人を頼らないけど……そんなすごい事情を抱えてるなら、仕方なかったのかなって」


 舞子が頭を押さえながらキャラメルラテを飲む。まさかそんな言葉が返ってくるとは思っていなかったため、芽榴は飲んでいたカフェラテが気管に入ってむせてしまった。


「おい、楠原!」

「ご、ごめ……ゲホッ」


 目の前で芽榴が咳き込むため、滝本が慌てる。もともと芽榴の話で混乱状態なため、滝本の慌て方は異常だ。


「大丈夫。その、びっくりして……」


 芽榴はハンカチで口元を拭い、軽く息を吐いて舞子に視線を戻した。すると舞子は困り顔をしながらも優しく笑ってくれた。


「でも、もう私は事情知ってるんだから……遠慮しないで頼りなさいよ? 留学先での愚痴とかなんでも聞くんだから」

「舞子ちゃん……」


 まだ現実味のない話だからこそ、言えることなのかもしれない。嘘みたいな話だから聞いた後も今まで通りに接していられるのかもしれない。


 それでも芽榴は嬉しくて、舞子が友だちでよかったと思う。


「俺も、話聞くし! 手紙くれよな!」


 話をちゃんと飲み込めていない滝本でさえも、芽榴にとってはやはり大切な友だちだ。


 今話したことがすべて、あまり公言してはいけないことなのだと伝えれば、この2人は安易に他人に話したりはしない。


 芽榴が嫌がらせを受けていたときも最後の最後まで芽榴との約束を守って黙っていてくれた人たちだ。大切な友だちだ。


「2人とも、全部話すのが遅くなって……ごめんね」


 芽榴は心の底から思う。信用していても話してはいけないことだった。けれど、役員に話したとき2人に話さなかったのは謝らなければならないと思う。


「結局話してくれたんだから、それでいいんじゃねぇの」


 滝本はのんきなことを言って笑う。舞子も「次からはちゃんと報告してよ」と軽く息を吐きながら言ってくれた。


 それからしばらくカフェで話を続ける。それはいつもの日常で何の変哲もないことなのだが、それでも芽榴はこの旅行中で一番有意義な時間だった、と思った。


 

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