239 王様ゲームと三角関係
自由行動も終わり、芽榴たちは新しい宿泊施設にやってきた。今まで泊まっていた宿と造り自体はあまり変わらない。部屋の広さも同じくらいで、特に新鮮な感じはしなかった。
前の宿泊部屋はC組の鈴木先生の部屋と近かった芽榴たちだが、今回はいずれの先生たちの部屋からも遠い。といっても、前回のまくら投げ事件のように、偶然廊下を歩いている先生に気づかれる、というケースもあるため、それほど大騒ぎはできない。
「あれ、滝本くん?」
けれど夜になり、そんなことを考えていた芽榴たちの班に、訪問してくるバカたちがいた。
「おーいっ! 遊ぶぞーっ」
部屋の戸がノックされ、芽榴が扉を開けてみるとそこには滝本たちF組男子の一班が立っていた。
そして扉を開けたことを許可だと勝手に解釈した滝本が堂々と女子部屋に乗り込んでくるのだ。
「まだ許可してないじゃん。入ってくんな、滝本」
「イケメン連れてこーい」
入ってきた滝本に宮田たち女子がブーイングをとばす。それはF組の教室でよく見る光景なので、今さら「滝本かわいそう」などと思う人は誰もいない。
「許可とかめんどくせーこと言うなよ! どうせお前らも暇だろ?」
「せっかくだし、遊ぼうぜー」
滝本の後ろに並んで他の男子もぞろぞろ部屋の中へ入ってきた。芽榴は苦笑しながらも男子全員を中に入れ、みんなが部屋の中に入りきると廊下に顔を出す。今のところ廊下に先生の姿はない。それを確認して芽榴は扉を閉めた。
「遊ぶって、何すんのよ?」
芽榴が舞子の隣に戻ると、ちょうど舞子がそんなことを滝本に問いかけているところだった。芽榴も部屋の中心に立っている滝本たち男子に視線を向けると、滝本は「そうだなー」と考え始めた。
「予定なく、来たのかよ」
「滝本帰れ帰れー」
「うっせーよ」
宮田たちが笑いながら滝本のことを茶化す。
何も考えずに「ただ遊びたい」という思い一つで班の男子全員引き連れてやってきてしまうところは滝本らしい、と芽榴は思った。
「計画性なさすぎ。柊さんを見習ってほしいわ」
「なんか言ったか? 植村」
ボソッと舞子が低い声でつぶやくと、滝本がすかさず反応した。「別に」と舞子が半笑いを浮かべて答えると、滝本はギャーギャー騒ぎ始める。なんだかんだ言っても仲がいい2人を見ていると、芽榴は思わず微笑んでしまう。
「滝本くん、あんまり騒ぐと廊下まで響くから落ち着いてー」
芽榴がそう言うと、滝本は「あ、わりぃ」と素直に謝ってきた。
女子も文句を言ってみせてはいるが、せっかく滝本たちが出向いてくれたのだから何かをして遊びたいらしく、何をして遊ぶかを考え始めた。トランプはあるが、女子10人、男子10人でやるのには向いていない。まくら投げも男女間でやるのは現実的ではない。
そういうわけで、延々何をしようか考えていると、滝本たちの班の男子が「俺、女子と一回やってみたいことあったんだけど」と切り出した。
「お、なんだよ?」
「さすが彼女いない歴=年齢! なになに?」
男子と女子が食いつく。けれど女子の辛辣な発言に提案者男子は出だしから挫けそうになっていた。彼は滝本と同じく楽しい人なのだが、なかなかご縁がないらしいのだ。
「気にすんな、後藤! こいつだって彼氏いない歴=年齢だ!」
「あぁぁあ、聞こえませーん」
そんなやり取りが目の前で繰り広げられる。F組の恋人いない率からして、彼氏彼女がいるほうが珍しいのだ。
そしてしばらく言い合いを続けた後、提案者後藤が「一度やってみたかったこと」を口にした。
「王様ゲーム!」
後藤がそう口にした瞬間、男子側が異常に盛り上がり始めた。どうやら滝本たち男子班は王様ゲームを女子としたい願望が強かったらしい。
「王様ゲームって……あれだよね?」
芽榴は自分の考えている「王様ゲーム」が正しいものなのか不安で、隣の舞子に尋ねる。テレビで見て聞いた知識でしか芽榴はそれを知らない。
「王様選んで、王様が指定した番号を引いた人が罰ゲーム」
罰ゲーム、という響きがなんとも恐ろしい。芽榴に王様ゲームの説明をした舞子は呆れ顔でため息を吐く。
「ほんと、うちのクラスの男子はアホばっかね」
舞子の視線の先には後藤たちとはしゃぐ滝本の姿がある。どうやら滝本も王様ゲームには興味があったらしく、楽しそうに会話を弾ませていた。
「ま、楽しければなんでもいいよ」
「過激な罰ゲームはやめてよね、男子」
そんな感じで女子側も拒否はしない。周りが「いい」というなら、芽榴もそれには逆らわない。ある程度の条件付きで王様ゲームをすることが決定した。
割り箸がすぐには用意できなかったため、いらない裏紙をちぎって王様と番号を書いて折りたたみ、クジを作る。そうして王様ゲームがスタートした。
「んじゃあ、6番! 3回まわってワンって言ってー」
「うわっ、6番俺じゃん!」
みんなでくじを引き、王様になった人が番号と罰ゲームを指定する。最初こそ、こんな感じでデコピンや尻文字といった罰ゲームで済んでいたのだが、だんだん罰ゲームの内容が濃くなっていく。
「じゃあ、次くじ引こうぜーっ」
罰ゲームが終わると新たにくじを引き直す。もう何度くじを引いたか分からない頃になっても、いまだ芽榴は王様のくじも罰ゲームの番号のくじも引いていなかった。
王様になったところでろくな罰ゲームも考えられないのだから、当たらないに越したことはない。そんなことを考えながら芽榴は3番と書かれたくじを引き当てる。
王様も決まって例のごとく罰ゲームのお題が発表されるのだが、少しずつ濃くなり始めたお題がそこからもっとハードなものに変わった。
「じゃあ次、3番と13番、チューしろ!」
テンションMAXの男子がそう告げる。芽榴はポカンとした顔のまま自分の番号を二度見するが、何度見ても芽榴の番号は3番だ。
「芽榴、当たったの?」
「……うん」
芽榴が半目でくじの紙を見つめながら答える。それとほぼ同時に13番を引き当てた人物が騒いだ。
「お題おかしいだろ! バカか、お前!」
どうやら13番を引き当てたのは滝本らしく、彼は自分の番号を言われた瞬間に、王様の男子に向かって怒鳴る。
それにより、3番が芽榴、13番が滝本ということが一気にみんなに伝わった。みんなとしてはこれ以上の面白いことはない。
「いけいけーっ!」
「滝本やったなー」
諦めた、とはいっても滝本が芽榴を好きなのはF組のみんなが知っていることだ。そのため冷やかしにも拍車がかかる。
「ふざけんな、お題変えろ!」
「聞こえませーん」
滝本の反論はもちろん聞き入れてもらえない。周りは楽しそうだが、本人たちは動揺するしかない。特に芽榴にいたっては、恐る恐る舞子の様子をうかがっているくらいだ。
芽榴が心配そうに舞子を見つめていると、舞子も芽榴の視線に気づいて、彼女にしては珍しく苦い笑みをこぼした。
「どんまい、芽榴。あんなバカ猿となんて同情するわ」
「舞子、そんなズバッと言っちゃ滝本かわいそーだってー」
舞子が芽榴の肩をポンポンと叩くと周りの女子は楽しそうにはしゃぐ。言葉自体はいつもの舞子が言いそうなもの。でも芽榴は舞子がそれを無理やり口にしているのだと分かっていた。
「舞子ちゃ……」
「んじゃあ、2人とも立ってー!」
けれど芽榴の心境は無視して、事はどんどん先へ進んでいく。
周りに言われて、一応芽榴と滝本は部屋の中心に立つのだが、芽榴は滝本の顔を不安げに見ていた。
「……本当にするの?」
「仕方ねーだろ。そういうゲームなんだから」
滝本は小さな声でボソボソと言う。顔は赤く、目は完全に芽榴からそらしていた。みんなからの「早くしろー」という声で滝本は意を決するように大きく息を吐く。
そして滝本は芽榴の肩に手をかけた。芽榴の瞳はこれ以上ないくらいに揺れていた。
「滝本くん……ちょっと、待っ」
滝本の顔が近づいてくる。芽榴は咄嗟に目を瞑った。目を瞑った視界の奥、滝本に告白されたときと同じ人影がちらついた。
けれど次に、芽榴が感じたのは肩にかかる重さ。薄く目を開けると、滝本の顔が芽榴の肩に乗っていた。
「滝本くん?」
「滝本何してんだよー!」
「滝本のチキン!」
周囲から、今日一番のブーイングが飛ぶ中、滝本は芽榴の肩の上で再び大きくため息を吐いた。
「お前らな……。楠原にしてもいいけど……そのときは全員役員に殺される覚悟しとけよ!」
「「「あ……」」」
滝本の言葉に反応したみんなの声はとてもマヌケなものだった。首を傾げる芽榴の前で、滝本たち男子班が怯え始めた。
「風呂の事件聞いたか?」
「ああ、聞いた……。きっとあんなんじゃ済まねぇぞ」
なにやら男子がヒソヒソと話しているが、女子組には分からない。けれど女子は女子でよく分からない発言で荒れ狂い始めていた。
「こんなこと強要したとかなったら、役員に嫌われるよ、うちら」
「それだけは避けたい」
というわけで男女一致で芽榴と滝本のキスは取り消しになった。
そのせいか、王様ゲームも打ち切りになり、そこからはいくつかの輪でトランプやウノをすることになった。
「滝本くん」
罰ゲームでだいぶ疲れたらしく、滝本はどこのカードゲームにも参加せず一人畳の上に転がっている。ここは女子部屋だというのに、遠慮がないところはさすがだ。
そんな滝本のところに、芽榴もやってきた。
「楠原。トランプしねーの?」
「私がすると、あんまり楽しめないから」
芽榴が寝そべる滝本の隣に座ると、滝本は納得したように「あー」と声を漏らした。
「トランプ大会優勝者だしな。全部できんの?」
「ババ抜き以外は基本的に」
芽榴が苦笑まじりに告げると、滝本は「すげーな」と笑った。そして滝本は反動をつけて体を起こし、芽榴の隣にちゃんと座った。
「滝本くん」
「あー?」
「ありがとね。私、あーいうの流すことできなくて」
芽榴はそう言って滝本に感謝する。相手が滝本じゃなかったら本当にキスさせられていたかもしれない。それでも滝本が結局あんな感じで止めてくれたのではないかとも思ってしまうのだが。
「別に楠原のためだけじゃねーよ」
滝本はまっすぐ前を見ながら呟く。その視線の先にはみんなとトランプをしている舞子の姿があった。
「舞子ちゃん?」
「俺のこと好きなんて言う希少なやつがあんな顔してたら、さすがにできねーよ」
滝本は少し恥ずかしそうに言った。舞子が滝本を好きなのは事実だが、自分でそれを言ってしまうと照れ臭いのだろう。
けれどそれを聞いた芽榴は嬉しそうに目を大きく開いた。
「滝本くん、もしかして舞子ちゃんのこと……?」
「そんなんじゃねーよ。……お前にそんな嬉しそうな顔されると地味にショック受けるくらいには未練あるからな」
クリスマスに「諦める」宣言はしたが、そんな簡単に諦められるものでもない。滝本に半目で睨まれ、芽榴は反応に困って苦笑した。
「でも、あいつが他のやつ好きになんのは嫌だって、自己中な考えはあるんだよな」
滝本は真面目な顔でそんなことを言ってまっすぐ前を見る。その先にいる人を芽榴も優しい顔で見つめた。
それは、ほんの少しの変化。けれど明確に、2人の関係は変わり始めていた。
「2人して、そんなところで何してんの?」
芽榴と滝本、2人の視線を感じ取ったらしい舞子がキリがいいところでトランプを抜け、やってくる。
「何もねーよ」
「あっそ。あんたには聞いてないわよ」
口を開けばやはり口論。けれど滝本も舞子も楽しそうで、それを聞いていると芽榴まで楽しくなる。
「舞子ちゃん、滝本くん」
2人が変わっていくことを、芽榴は祝福できる。きっと同じように2人も芽榴が変わっていくことを喜んでくれるはずだから。
「あのね。ずっと言わなきゃって、思ってたんだけど……」
明確に告げるタイミングがあるのなら、きっと今だろうと芽榴は思った。
「私、春からアメリカに留学することにしたんだ」
伝えた瞬間、芽榴の心に広がったのは不安でもなんでもなく、ちゃんと言えたことの安心感だった。




