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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
修学旅行編
262/410

237 麗人と欠点

 起床時間は6時半。現在の時刻は5時半で起床時間まで約1時間近くあるが、芽榴は明るい部屋の中で目を覚ました。もう一眠りする時間は十分あるが、芽榴はゆっくりと起き上がり、静かに布団を畳む。物音をたてないように注意しながら支度を整えると、芽榴は洗面具を持って部屋から出て行く。手だけを扉のすぐ横にあるスイッチにのばし、部屋の明かりを落として芽榴は洗面室へと向かった。




 一方、別室にて、起床時間の30分前に布団からむくりと起き上がったのは髪の短い柊来羅だ。

 眠い目を擦り、少し肌寒いのか、腕を数回さすっている。班員が起きる頃には制服に着替えてウィッグもつけていたいため、来羅はだいたいこの時間に起床しているのだが。


 とりあえず部屋から出て来羅はウィッグを片手に洗面室に向かう。地毛のさらさらした髪を一房掴んで来羅は何かを考えていた。


「違和感ないなあ……」


 一人ポツリと呟く。女装をするのは来羅の日常で、今こうしていることに何の違和感もない。芽榴のおかげで母と少し和解している今もなお、来羅は女装を続けている。

 周囲の目を考えてのことだが、結局それは来羅自身の問題。


「自由行動ができるのは残り3日か」


 修学旅行は7泊8日。といっても8日目は東京に帰るだけで特に行動はできない。今日は5日目で、もし北海道でしたいことがあるならこの3日間のうちに済ませなくてはならない。


「頼み込むなら今日がいいかな」


 来羅はそう呟くと、持ってきたウィッグをかぶることなく洗面室を出て行った。洗面室を出た来羅は部屋には戻らない。部屋とは逆の方向へと歩いていった。





 洗面室で身だしなみを整えた芽榴は、そのまま広間にやってきていた。あと30分くらいすれば班員も布団から起き上がって支度を始めるはず。そのころに部屋に戻って制服に着替えれば時間がぴったりだ。

 というわけで、芽榴は広間で一人温かいお茶を飲む。室内は暖房が効いているけれど、それでもなんとなく寒い気がして、芽榴は冷たい手を湯呑みで温める。


「……そろそろ、話さないといけない頃かな」


 楽しいときは思い出すことがない。けれど1人でボーッとしていると、どうしても考えてしまう。忘れようと思えば思うほど意識してしまうものなのだから、それは仕方がないこと。

 あと2ヶ月も経てばもうここに芽榴はいない。その事実を芽榴はみんなに伝えなければならない。でも誰かに一番に伝えるというのは、なんとなく嫌で、役員にはできれば全員一緒に伝えたいと思っていた。

 果たしてこの残りの旅行期間で、全員が揃う時があるのか。そんなことを考えながらも、先行するのはもっと身近な人のことだ。


「タイミングが難しいなー……」


 舞子は芽榴にとって大切な友だちだ。だから彼女には絶対にこのことを伝えなければならない。でも彼女の場合は役員とは別で、常に一緒にいる。ならばいつでも伝えられるじゃないかと思うところだが、そうでもない。ずっと一緒にいるからこそ言うタイミングが分からない。


 難問にぶちあたり、芽榴は大きな溜息を吐く。こういうとき一番いいアドバイスをくれるのは風雅だろうが、事情的に風雅にも相談はできない。


 そうしてもう一度溜息を吐く。

 すると、広間の入り口のほうで足音が聞こえた。反射的に時計を確認するが、まだ起床時間ではない。基本的にはしゃぎ疲れのせいか、起床時間前に起きる人は少なく限られている。だから芽榴は広間にやってくる足音に意識を傾けた。


「……あ、来羅、ちゃん」


 入ってきたのは来羅だ。けれど来羅の姿を見て、芽榴は「ちゃん」と呼ぶ声を一瞬詰まらせた。この旅行中で芽榴がその姿を見るのは初めてだった。


「るーちゃん」


 まるで芽榴がいることを分かっていたかのように、来羅は芽榴の姿を見つけると安心したように笑ってそのまま芽榴のほうに歩み寄ってくる。

 短い紫がかった髪にジャージ姿。普段の来羅とは全く違う、それは来羅本来の姿だ。


「びっくりした?」

「うん、少し。今日はウィッグつけないのー?」


 来羅は笑顔で尋ねながら、芽榴の前に座る。芽榴はそんな来羅の問いに答えつつ、来羅の分のお茶も用意し始めた。


「そのつもり」

「じゃあ今日は男子の制服着るのー?」


 芽榴は少し興味津々な様子で尋ねる。来羅の男の子らしい姿は度々見ているが、麗龍の男子制服を着ているところは見たことがないのだ。楽しそうな芽榴を見て、来羅はくすりと笑った。


「そう。今の私に、あの制服似合うと思う?」

「似合わないわけないでしょー」


 芽榴はすぐにそう答える。白を基調とした制服は、女子でも着る人を選ぶが、男子だと特に選ぶ。滝本なんかはブレザーを羽織ることを極力避けているくらいだ。

 けれど女子の制服が誰よりも似合っていた来羅に限って男子の制服が似合わないはずがない。


「ずっと今日着るって決めてたのー?」

「ううん。本当は旅行中に着るつもりなかったけど、今日は特別」


 芽榴は来羅の答えに首を傾げながら、お茶の入った湯呑みを来羅の前に置く。来羅はそれを受け取って「ありがと」と言うと、少し身を乗り出してきた。


「特別っていうのもね、るーちゃんにお願いがあるの」

「お願い?」


 芽榴はもっと不思議そうな顔をする。少し間抜けな芽榴の顔を見て、来羅は優しく笑った。


「今日の自由行動、るーちゃんの班と私の班で一緒に回りましょう?」


 来羅はそんな提案をする。なぜ合同で、と考える芽榴だが、すぐ昨日の動物園観光も来羅の班は翔太郎の班と同じだったということを思い出した。来羅の班は合同での行動が好きなのか、などと考えながら芽榴は頰をかいた。


「来羅ちゃんの班の人は、私たちの班と一緒でいーの?」


 来羅の班は男子班だ。一方芽榴の班は女子班で、おそらく来羅の班の男子と特に仲がいいわけでもないため、この合同案には賛成しづらい。


「逆に一緒がいいんじゃない? 今日は私、この格好だし。みんな、女の子と一緒がいいだろうから」

「あー……」


 確かに来羅の班の男子は、女装している来羅と歩くことでよく分からない満足感を得ている。よって今の来羅との行動は彼ら的に物足りなくなるわけだ。だとするなら女子班との行動は嬉しいはずだ。


「……分かった。じゃあ、一応班の人に聞いてみるね」

「うん。よろしくね」


 芽榴の答えを聞くと、来羅は嬉しそうに頷いた。

 芽榴はその顔を見て、男子の制服を着ることが本当に嬉しいんだろうな、などと思う。


「今日は来羅ちゃんの制服姿見放題なんだねー」

「ええ。というか、そのためにるーちゃん誘ったんだもん」


 来羅は可愛らしい口調で言って、湯呑みを手に取り、まだ湯気の出るお茶にふーふーと息を吹きかける。その仕草はいつもの来羅がすればかなり可愛いのだろうが、今はただただ綺麗だな、と芽榴は見惚れてしまう。


「ん、なぁに?」

「来羅ちゃんって、本当に欠点のつけどころがないよねー」


 芽榴が感心したように言うと、来羅は目をぱちくりと瞬く。そしてすぐに「そんなことないよ」と苦笑した。


「ダメなところ多いじゃない? まず男としては失格よね」


 頬杖をつき、来羅は視線を落とした。男の子として振る舞うことがなかったのだからそれは仕方のないことなのだが、来羅は自分に厳しい判定を下していく。


「有ちゃんみたいに強くないし、メンタルも弱いでしょ。それから……」

「も、もういいよー」


 来羅がどんどん自分の欠点をあげはじめるため、芽榴は困った顔で止めに入る。来羅に欠点を探させるつもりで、そんなことを言ったわけではないのだ。


「来羅ちゃんは自分に厳しいから…」

「少なくともるーちゃんよりは厳しくないわ」


 来羅にそう指摘され、芽榴は言葉に詰まる。自分に対する厳しさで言えば、芽榴が一番だろう。以前にも誰や彼やにそう言われたことがあるため、あえて否定はしない。


「……とにかく、他の人から見たらそれも欠点に入らないよー」

「でも、颯たちも欠点という欠点は……ああ、あるわね」


 言いかけて来羅は止める。

 颯はたまに横暴だったり極度の負けず嫌いだったりと欠点という欠点をあげられる。翔太郎も女嫌いに関連する諸々のことと口の悪さ、有利についてはブラックモードが欠点にあたるだろう。風雅に至っては散々それで芽榴に迷惑をかけてきたくらいだ。今は直そうとしているところだが、やはり完璧と言われる役員たちにもそれぞれ欠点がある。


 けれど来羅の欠点はない。メカオタクも生徒会と学園に貢献するものであるし、女装も男子からの絶大な指示を得るほどだ。来羅の欠点になりえるものは、周りに必要とされて欠点にはならない。


「だからすごいなーって。憧れるよ」


 芽榴はお茶を飲みながら薄く笑う。芽榴の肩からさらりと流れ落ちる髪を来羅はジッと見つめていた。


「誰より欠点のない子に言われると、複雑だわ」

「へ? 私の欠点はいっぱい……」

「いいわ。聞いても納得しない自信があるから」


 芽榴が語り出そうとすると、来羅が片手でそれを制する。来羅の対応に芽榴が不服そうな顔をすると、来羅は楽しそうに声に出して笑っていた。


「本当にカワイイわ、るーちゃんって」


 学園1可愛いと称された来羅に可愛いと言われてもお世辞としか思えない。けれどたとえお世辞だとしても、来羅に言われるのは悪い気がしない、と芽榴は思った。

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