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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
修学旅行編
261/410

236 のぼせ男子と狸寝入り

 芽榴たちの班は今日の入浴時間が一番目だった。班の人たちと仲良く湯船に浸かって体を温め、次の班がやってきた頃に大浴場から出て行く。

 脱衣室では、体を拭いてジャージに着替えたり、あるいはバスタオルを体に巻いて髪にドライヤーをあてたり、とさまざまに行動が始まる。けれど大浴場に設置されているドライヤーは4つ。同時に入浴するのは2班であるため、それぞれの班で2つのドライヤーを回し合うのだが。


「いーよ。私、髪長くないから最後で」

「楠原さん、いつもごめんね!」


 そんな感じで芽榴は基本的に班の中で一番最後に髪を乾かすことになるのだ。

 ジャージを着て、芽榴は隅っこの椅子でタオルドライする。ドライヤーの音を聞きながらボーッとタオルで髪の水気を払っていると、突然耳に入る雑音が増えた。ボーッとしていた意識を元に戻すとドライヤーの音がうるさい脱衣所にまで大浴場の騒ぎ声が響いてくる。大浴場ににいるのは委員長たちのF組班とD組の班だ。あまり騒ぐイメージのある女子たちではないのだが、耳を澄ましてみると「あれ、風雅くんの声かな!?」などと騒いでいるため、芽榴は目を細めた。


「男子は風雅くんたちがお風呂入ってんの?」

「そーみたいだねー」


 しばらくして髪を乾かし終えた舞子が首にタオルをかけて、芽榴の隣に座る。どうやら舞子も大浴場の騒ぎに耳を傾けていたらしい。


「男場の声が聞こえるって、よっぽどだよね。蓮月くん、大きな声で叫びすぎなんじゃないかなー」

「……案外、壁が薄いって可能性もあるわよ」

「え」


 舞子がそう言い、芽榴は半笑いする。壁が薄いのなら、少し声を張れば向こう側に声が聞こえるということだ。


「今までの私たちの会話が聞こえてたら恥ずかしいわよね」

「あはは…」


 浴場での芽榴たちの会話はなんとも生々しいもので、あまり男子には聞かれて欲しくないものだ。芽榴たち、と言っても芽榴と舞子はほぼ受け身で話に参加していたのだが。

 胸の大きさがどうとか、ウエストがどうとか、その手の話が飽くことなく常に出ているため、どこかの班の男子に聞かれている可能性はあるかもしれない。


「舞子ちゃんはスタイルいいって褒められてたんだから大丈夫だよー」

「ある意味、大丈夫じゃないけど。ていうか、他人事じゃないでしょ? あんたも意外に胸あるとか言われてんだから……どっかの班に聞こえてたら死人が出るわよ」


 舞子の物騒な発言に芽榴は目を丸くする。みんなにまな板だと思われていたため意外に胸があるとは言われたが、特にスタイルを褒められたわけではない。それなのにどうして死人が出るのか、いまいちピンとこない。けれどもそういう話を男子に聞かれるのが好ましくないことくらいは芽榴も分かっているため、舞子とともに大きな溜息を吐く。

 良くも悪くも芽榴と舞子の心配と推測はそこで止まった。


「楠原さん、ごめん! 遅くなったーっ」

「いいよー」


 そしてやっと芽榴にドライヤーが渡った。もうすぐ入浴交代の時間であるため、今大浴場にいる人たちが出てきて、新たにまたこの脱衣所に次の班がやってくる。50人近い人数がいられるほど広い空間でもないため、芽榴は舞子をはじめとする班員に先に行くよう告げ、さっさと髪を乾かし始めた。


 いつも通りの時間に髪を乾かし終え、芽榴は洗面具と着替えの入ったトートバッグを持って大浴場から出て行く。その頃には同じ時間に入浴した生徒はもう誰も脱衣所に残っていなかった。

 女湯とかかれた暖簾のれんをくぐり、廊下に出ると、わりとすぐ近くに背中合わせで置いてあるソファーに友人が2人寝そべっていた。


「あれ……珍しい」


 1人に関しては想像に難くないのだが、もう1人のその姿は少しばかり芽榴を驚かせる。

 そのまま無視して帰るのもなんとなく嫌で、芽榴は目元にタオルを乗せる颯と、うつ伏せになっている風雅の両方に声をかけた。


「湯冷めしちゃうよー」


 2人は逆向きに寝ているため、芽榴の眼下には颯の頭と風雅の足がある。けれど芽榴の声を聞くとすぐに、颯はタオルを目から外し、風雅は仰向けに戻ってスクッと体を起こした。


「芽榴ちゃん!?」

「……芽榴」


 芽榴の顔を見た瞬間、颯の顔は不機嫌に、風雅の顔は青くなった。芽榴にはまったく意味が分からないため、苦笑まじりに首をかしげるしかない。


「さっきお風呂だったんでしょ? のぼせた?」


 芽榴はそんなことを問いかける。颯の目元が赤くなってるところからして、颯の手にしてるタオルが冷たいものだということは分かる。加えて風雅のうつ伏せにお風呂上がり。2人がお風呂でのぼせたのだろうということくらいまですぐに察しがつく。問題はどうしてのぼせるまでお風呂に入っていたか、だ。風雅はともかく颯ならそのあたりの自己管理は完璧のはずだ。


「少し騒ぎすぎて、ね」

「神代くんも騒いでたの? 蓮月くんのことしか聞こえなかったから騒いでるのは蓮月くんだけかと思ってた」


 芽榴は何も考えず、ただ思いのままを口にする。けれどそれを聞いた風雅がいきなり大きな声をあげた。


「聞いてたの!?」

「何言ってたかは知らないけど……女子の大浴場まで聞こえて……」

「うあーーーーっ!」


 芽榴が言い終わらぬうちに風雅が叫び出す。もちろん、いつものことながら芽榴にはその叫びの意味が分からないため、目を細めるしかない。


「芽榴ちゃんが、大浴場にいたとか……いやだぁぁあっ!」


 ただ風雅と同じく颯までソファーの上に座り込んで考え始めるのだから只事ではないのだろう、とやはりどこか他人事のように芽榴は思う。


「ああ、やっぱりもう少し……厳しく咎めるべきだったかな」

「芽榴ちゃんがーっ! オレの芽榴ちゃんがーっ!」


 2人の言ってることはまったく共通性がないのだが、どちらにしろ、芽榴が大浴場にいたことが問題なのだということは分かった。でもその理由を「私に聞かれたくない話でもしていたのかな」ということで芽榴は終わらせてしまう。


「大浴場にいた子たちも、蓮月くんの声が聞こえるーって騒いでただけだし、内容は聞こえてないんじゃないかな? 私には分からないからなんとも言えないけど」

「「え」」


 芽榴の言葉に、今度は颯と風雅が目を丸くする。思わずつられて、芽榴も「え?」と間抜けな疑問の声を口にしていた。


「もしかして、そのとき芽榴は……大浴場にいなかった?」

「うん。脱衣所でドライヤー空くの待ってたー」


 颯の問いにサラッと答える。すると、颯はハァーッと大きな溜息を、風雅は再びバタリとソファーの上に寝転んだ。まるで何かに安堵したかの様子だ。


「よかったあ……。それ聞いたからオレ安心して今日眠れる」


 風雅はソファーに顔を埋めたまま、モゴモゴとそんなことを言う。しみじみとそんなことを言われても芽榴には意味が分からないままだ。


「お風呂で何があったの」

「まあ……芽榴は気にしなくていいよ」


 颯はそう言って、困ったような顔で芽榴のことを見上げる。どちらかといえば困っているのは芽榴のほうなのだが、颯にそんな顔で見つめられ、芽榴は気恥ずかしくなって目をそらした。


「そんなふうに言われると、逆に気になるよー」

「それもそうだね。でも、ごめん。……これは言えないかな」


 颯は少しだけ申し訳なさそうに笑う。その笑顔はいつもの颯のもので、いまだ大浴場での事情を気にしていたものの、芽榴の表情は自然と柔らかくなっていた。


「芽榴?」


 そんな芽榴の顔を見て、颯が軽く首を傾げる。芽榴は安心がそのまま顔に出ていたことに自分で呆れながら頰をかいた。


「えっと、その……ね、昨日のことで神代くんに呆れられたかなって思ってたから」

「呆れ?」


 颯は一瞬、意味が分からなそうに眉をひそめたが「昨日の件」ということで、何のことかは理解できたらしい。


「だから、そうでもないみたいで……少し安心した」


 芽榴ははにかむようにして笑う。すると反射的なものか、颯はそのまま隣のソファーに横たわる風雅へと視線を向ける。けれど風雅はうつ伏せのまま何も言わない。それどころか、不自然なくらい身動き一つ取らないのだ。


「……お前の言うとおりだよ」


 颯が小さな声で告げる。その顔は湿り気の残る前髪で見えないが、視線の向かう先が芽榴ではなく風雅であるのは確かだった。


「神代くん?」

「僕が芽榴に呆れるわけないよ。逆に、できるものならそうしてほしいくらいだ」


 颯は肩を竦め、戯けたような素振りでそんなことを言った。芽榴としては颯に呆れられる場面がありすぎて逆に分からなくなる。だから颯は相変わらず自分に甘いな、と思うのだ。


「僕が僕自身に呆れても、芽榴に呆れることはない」


 颯はそう断言して芽榴の髪に手をのばす。ギリギリ毛先に触れ、颯は薄く笑った。けれど芽榴は颯の言葉を簡単に納得することはできない。


「でもそれなら、神代くんが自分に呆れる原因がやっぱり私にあるからでしょ?」

「そうじゃないよ。そうじゃない、から……」


 颯が珍しく端切れ悪い言葉を口にする。颯は眉間にシワを寄せて風雅に視線を送るが、風雅はいまだうつ伏せたまま。だからなのか、颯はヤケクソと言わんばかりに芽榴へと視線を向けた。


「だから……っ」


 芽榴は不安そうな顔で颯を見下ろす。湿り気のある瞳には颯だけが映っていた。

 すると颯が言葉を言いかけて詰まる。同時に芽榴の髪の毛先を握る手に力がこもった。


「神代くん?」

「……っ、だから、そんな顔で僕を見ないで」


 颯はソファーから腰をあげながら毛先を握っていた手を芽榴の目元へと滑らせる。一瞬見えた颯の顔は彼にしては珍しく、頰が赤く染まっていた。


 颯はソファーから立ち上がり、芽榴の目を自分の手で覆うと、そのまま芽榴の横を通り過ぎていく。芽榴の目を自分の手から解放するのは一番最後。颯が芽榴の横を通り過ぎてからだった。


「僕は先に戻る。そこの狸寝入りはあとで覚悟しておきなよ」


 颯は畳み掛けるようにして言い、慌ただしい様子で廊下を歩いていく。颯の珍しい態度に、芽榴は唖然としていた。


「……私、どんな顔で見てたんだろ」


 芽榴は自分の両頬を抑え、首を傾げる。けれど自分がどんな顔をしていたかなど、颯にしか分からないため、考えるのをやめる。

 そして颯の言った「狸寝入り」をしている男子に視線を向け、芽榴は彼の隣、先ほどまで颯が座っていたソファーに腰掛けた。


「颯クン、行った?」


 うつ伏せのまま、風雅が芽榴に問いかけてくる。芽榴が「うん」と答えると、風雅は顔を上げて寝転んだままソファーに頬杖をついた。


「オレ、しばらく颯クンに会いたくないなぁ……。殺されそう」


 風雅は遠い目をしてつぶやく。盛大なため息を吐く風雅を見て、芽榴は苦笑した。


「なんで狸寝入りなんかしてたの?」

「したくはなかったけど……オレは颯クンと違って正々堂々だから」


 風雅はニッと笑ってみせる。ただ、その笑顔はどこか寂しげな気がした。


「颯クン、何も怒ってなかったでしょ?」

「え?」


 風雅の問いかけに芽榴は今度こそ首を傾げる。どうして風雅がそんなことを聞いてくるのか、芽榴が考えていると、風雅は頰をかいて「えっとさ……」と言葉を続けた。


「昨日小樽観光したとき颯クンのことで悩んでたから」


 小樽観光の最後、芽榴が口にした不安を風雅は覚えていて、芽榴のためになんとかしようとした。その結果、今のように颯とちゃんと話せるように風雅は途中からバレバレの狸寝入りをしたらしいのだ。


「別に、だからって、颯クンとのこと応援してるとかじゃないよ! あくまで芽榴ちゃんをもらうのはオレだから!」

「……何言ってるの」


 風雅が慌てたように訂正するも、その訂正を芽榴は半目で聞き流す。今さら芽榴が照れたり喜んだりといった反応を示さないことくらい風雅は分かっている。だから風雅は笑顔のまま楽しそうに芽榴への言葉を紡いだ。


「芽榴ちゃん、スッキリした?」


 無邪気に、自分のことみたいに嬉しそうに風雅は問いかける。だから芽榴は肩を竦め、はにかむように笑った。


「うん。ありがとー」


 ソファーの背越しに2人は笑いあった。こういうときは、さすがの芽榴でも風雅のことをかっこいいと思う。だからやっぱり風雅は顔だけの男の子ではない。


「だから芽榴ちゃん、オレともまくら投げしよ」

「は?」


 けれど、かっこよく終われないのも、また蓮月風雅という男の子だ。


「有利クンとしたって聞いて……あーーーっ、オレも芽榴ちゃんとまくら投げしたい!」

「それ……本当にまくら投げをするのー?」

「う……っ、じゃあオレの班の部屋に来てください」

「いやでーす」


 結局風雅が泣き目で懇願するも、芽榴が却下して風雅の意見は通らない。

 途中までかっこよくキメられても、最後の最後でだらしない。芽榴はそんな風雅と、しばらくそのソファーに座って話を続けていた。

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