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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
修学旅行編
260/410

235 膝詰めと覗き見事件

 動物園と街の観光を終えた麗龍学園御一行は、来た時と同じ貸切バスで宿泊施設へと戻ってくる。

 真冬なだけあって、日が暮れるのも早く、日中よりも寒さが厳しい。生徒たちは冷たい体を早く温めたいがため、班ごとに回ってくる入浴時間を待ちわびていた。


 そして現在、男子の大浴場には皇帝様を班長とするA組の一班と学園1のイケメンを班員に持つB組の一班が合同で入浴していた。

 決められた時間内で入浴を済まさなければならない上に、約20人で大浴場を使うのだから少しばかり窮屈になるはずなのだが、皇帝様は1人優雅に温泉に浸かっている。というのも、颯の入浴の邪魔をしてはいけないと本能的に察した他の生徒たちが彼の半径1メートル以内に侵入しないようにしているからなのだが。


「颯クン」


 その空気を分かっていて、あえて風雅は颯の真隣で湯に浸かった。風雅にとっては、颯を敬遠して周囲に人がいない状況は好都合だった。


「こんなに広い浴槽で、わざわざ僕の隣に浸かって……何か用かい?」


 颯は気持ちよさそうに肩を揉みながら、そう問いかける。目を閉じていつもの余裕そうな顔をしている颯を、風雅はやはり「カッコイイなあ」なんて考える。颯の雰囲気や様になる落ち着いた仕草を、風雅はいつも羨ましく思うのだ。


「たまには昔みたいに颯クンの金魚のフンになろうかなって」

「そんなこともあったね」


 おどけた風雅の言葉に、颯はフッと笑う。初等部のころ、風雅はいつも颯の周りをうろちょろしていた。中等部にあがって風雅の彼女予約制度が始まって以降はそうでもなくなったが、それまでは本当に颯と風雅はほとんどいつも一緒にいた。


「あのころは颯クンが翔太郎クンばっかり構うのに怒ったりもしたなあ」

「ああ。僕としては誰よりお前に構ってあげてたと思うけど、お前は『贔屓だ』とか言って、翔太郎に突っかかってたっけ?」

「おかげで今は翔太郎クンからああいう扱いだよ」


 風雅は溜息を吐く。懐かしい話をして、颯と風雅は薄く笑んでいた。あの頃の風雅は颯に従順で、とにかく颯のようになりたかった。颯を追い越して、颯の前を行きたいと思うようになったのは、いつからだろうか。


「颯クンは昔から、オレの憧れだったよ」


 目にかかる湿った前髪を払って、颯は苦笑まじりに風雅のことを見た。風雅自身、自分が何を言いたいのか、いまいち分からない。否、言いたいことは決まっているのだが、その切り出し方が、言葉が浮かばないのだ。それを分からないまま、それでも風雅の口から紡がれる言葉は途切れない。


「だから……オレはずっと颯クンと同等になりたかったんだ」


 風雅の頰は湯気で紅潮していた。冷えた体はもう十分温まっていて、熱いくらいだった。けれど颯に伝えたいことが言い終わらない以上、風雅は湯船から上がることもできない。


「颯クンが芽榴ちゃんに本心を隠すのは……余裕があるから? オレなんかライバル視してないから?」


 結局言葉を包むことなんてできなかった。風雅の言葉を聞いて、颯の瞳が微かに揺れる。珍しい、けれど芽榴のことならば常である颯のその反応に、風雅は苦い顔をするしかない。


「やっぱり……好きなんじゃん」


 風雅の言葉に、颯は熱い息を吐く。そうして颯はゆっくりと、冷静にその薄い唇を開いていた。


「好きなら、絶対に想いを伝えなきゃならないなんて決まりはない」

「ほらそうやって颯クンは……っ」

「芽榴は僕にそれを伝えられることを望んでないよ」


 颯の瞳は鋭い。その奥に見える悲しみが風雅の口を閉ざした。


「……だから隠した。それだけの話だよ」


 颯はそれで話は終わりだとでも言うように浴槽の縁に手をかける。けれどそんな颯を風雅が引き止めた。


「まだ何か僕に言うことがあるの?」

「颯クンは、それでいいの?」


 風雅の問いかけに、颯は眉を寄せる。いいはずがない。一瞬でも芽榴を欲しいと思ったから、颯は芽榴に思いのままを吐き出してしまったのだ。


「お前には関係な……」

「うわっ、見える、かも!」


 颯が風雅の手を勢いよく払い除けようとする。ちょうどそのとき、颯の声に被さるようにして大浴場の隅にいる男子の声が響いた。


 颯と風雅は反射的にその声の方に視線を向ける。大浴場の隅には不自然に2人以外の男子が固まっていた。


「バカ、声でけぇよ」


 と、少し大きな声を出してしまった男子を咎めながら男子たちがコソコソ壁に張り付いて何かをしている。その「何か」がどんなことであるか、颯も風雅も察したものの、今はそんなことを咎める気も軽蔑する気も起きない。


 第一、壁に顔を押し付けたところで、隣の大浴場が見えるわけもない。


「風雅、そろそろ離してくれないか」

「オレの話はまだ終わってないよ!」


 颯と風雅のあいだで話は進む。けれど同時に、隅の男子たちの盛り上がりも度を増していた。


「なあ、ここの板、ずらせそう」

「俺たちの前に同じことしようとした客がいるんじゃね?」

「そういう恩恵はありがたく受け取ろうぜ」


 男子たちがそんなことをコソコソ話しながら壁を漁り始める。彼らがどうしようが、今の颯と風雅には関係ない。彼らの次にとる行動がバレたところで2人には関係ない。


「あー、惜しい。頭のほうだけ見える……。あれって……」


 その瞬間まで、2人はそう思っていた。


「F組女子じゃね?」


 ほとんど耳に入っていなかったはずの声が、そのときだけとても大きく大浴場に木霊した気がした。

 F組女子、その中に位置づけられる人物を頭に過ぎらせた颯と風雅は硬直する。断定してその子の名前が出たわけではない。けれども2人は万が一の可能性を考えて、目を大きく見開いた。


「風雅。今はこんな話をしてる場合じゃないと思うんだけど」

「同感!」


 風雅はすでに颯の手を離し、浴槽からも出て行っている。颯は両手に洗面器を持ち、誰も浸かっていない湯の中にそれを突っ込んだ。


「あぁ、あとちょっと下のほうが見たいんだけど……っ」

「ちょ、それ以上見るなーっ!」


 隣の大浴場をさらに詳しく覗き込もうとしている男子たちに向かって、風雅は叫びながら割り込んでいく。


「わっ、蓮月! 何すんだよ!? もうちょっとなのに!」

「お前は事足りてんだから、俺らに見せるくらい許せよ! いきなり真面目になんな!」


 男子たちが順番で食い入るように張り付いていた、板と板の隙間のほんの少しの穴を、塞ぐようにして風雅が立ちはだかった。もちろん、邪魔すぎる風雅に男子のブーイングが飛び交う。


「ダメに決まってんでしょ! 好きな子の裸見られてたまるかーっ!」


 けれどそんなブーイングの嵐に負けない勢いで風雅が叫ぶ。すると途端に男子は頭にはてなマークを掲げて首を傾げた。

 風雅の「好きな子」は芽榴だ。どうして芽榴の名が浮かんだのかを考えて男子は慌てた顔で手を振り始めた。


「いやっ、顔わかんねーし! たぶんF組女子だけど、見えるのは楠原じゃねーよ! たぶん!」

「馬鹿野郎! 断定しろっ!」


 慌てすぎて1人の男子が不確かな曖昧発言をする。「たぶん」ということは万が一にも芽榴の可能性があるということだ。そうとなれば風雅の暴走は止まらない。それどころか度を増す。


「見たもの忘れろーっ! 誰か翔太郎クンを呼んできてよ!」

「落ち着け、蓮月!」


 叫び散らす風雅を男子たちは必死に止めようとする。ここまで叫ばれたら向こう側の浴場に聞こえてしまうかもしれないのだ。

 その心配で、彼らは肝心な背後の殺気に気づいていない。


「蓮月! 頼むから黙っ……」

「まあ、過ぎたことはどうにもならないしね」


 優しい口調なのに、その声は冷たい。男子たちはブルッと身を震わせて背後を見る。すると同時に、彼らはお湯を顔面からバシャッとかけられた。


「う……っ、ぷっ!?」


 颯が浴槽から汲んだ湯を覗き見男子集団にぶちまけたのだ。両手に持っていた洗面器を下ろすと、彼の足元に置いてあるお湯満タンの洗面器を両手に持ち直す。彼の周りにはお湯を汲んだ洗面器がたくさんあった。


「え、ごめんなさい。神代会長、許してください」

「楠原さんのは見てないです。見てたとしても忘れますから許してください」


 これから起こる事態を想像し、男子たちは一気に平謝りし始めた。颯に本気で許しを求めている姿は真剣だが、颯の冷酷な「うるさいよ」という言葉に、その真剣な顔も一気に青ざめる。


「うっ、ぷはっ、うわっ!」


 颯による問答無用のお湯攻めが始まった。もはや男子たちに言い訳をさせる隙すら与えない。

 けれど1人、覗き見もしていない、加えて颯と共に男子の諸行を止めに入ったのに、お湯攻めを食らってしまっている男子が再び暴れ始めた。


「は、颯グ……っ! なんで、オレまで……っ、やめろーーっ! ゴホッ、すびばぜん、助けてく、ださい!」


 最初は颯に文句を言ってみたものの、聞きいれてもらえなかったため、風雅は周囲の男子と一緒に謎に謝り始めていた。


 颯による罰はそれから入浴班が入れかわる時間帯まで続くのだった。

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