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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
体育祭編
26/410

18 御重箱と会議

 梅雨があけ、太陽がジリジリと照りつける夏が来た。今日はいよいよ体育祭だ。


「芽榴姉」


 台所でお弁当と朝食を作る芽榴は振り返った。


「どしたのー?」

「あの……ごめん。体育祭見に行きたいけど、俺部活だから……」


 圭の部活と芽榴の体育祭が被ってしまったのだ。罰が悪そうに言う圭に芽榴は目を丸くする。


「去年も来てないじゃん。なんでそんな顔するの?」

「だって去年と今年は違うじゃんか。芽榴姉が生徒会役員になって初めての……」

「あー、別に役員になってもあんまり変わらないからいーよ」


 芽榴は少し背伸びをして残念そうな顔をする圭の頭をよしよしと撫でた。


「芽榴姉……」

「まぁ、そう悲しむな、圭。お前の分も父さんたちが芽榴の勇姿を見届けてくるさ」


 寝癖がついた頭で登場した重治が自慢げに言う。圭はイラッときたようで舌打ちをしていた。どちらにせよ過保護すぎるだろうと芽榴は苦笑する。


「で、芽榴。父さんはお弁当の量が不思議でならないんだが」


 重治は弁当に目をやる。自分と真理子が体育祭を見に行くことを事前に告げていなかったのだから、今食卓に置いてある弁当は芽榴の分と圭の分だろう。

 しかし、圭の弁当箱はいつもと変わらないが、芽榴の弁当箱がいつもの小さなものではなく御重箱なのだ。


「あー、昨日の会議で決定したからー」

「何が決定したんだよ……?」


 圭の質問に対し、芽榴は味噌汁の鍋に火をかけながら、大きなため息をついた。


 芽榴は昨日久々に役員全員が集まった生徒会室を思い出していた。








「じゃあ、今ので当日の係分担は決定でいいかい?」


 生徒会室では体育祭のそれぞれの配置について話し合われた。風雅と来羅は主に生徒会の係には入れないため、ほとんどが4人での役割分担になった。

 颯は会長ゆえに、翔太郎は選手を放棄したため、役割は多めだ。よって芽榴と有利は均等に残りの役割を分けた。


「じゃあ、今日はもう解散でいいよ」

「芽榴ちゃーん!」


 颯の合図を機に風雅が芽榴を抱きしめる。芽榴はしまったと思うが時すでに遅しで目を細める。


「朝も昼も放課後も練習で会えなくて……オレ、完全なる芽榴ちゃん欠乏症だよ!」

「うわー、そんな迷惑な病があるんだねー」

「せめて同じクラスだったらよかったのに! なんで違うクラスなのかな!?」

「それは先生方にお尋ねくださいー」

「芽榴ちゃん! 冷たい!」

「私は暑いよー」


 芽榴がそっけなくすればするほど、風雅は芽榴を強く抱きしめる。芽榴は苦しくて「ぐえっ」と何かが出てきそうな声を出した。


「風雅。いい加減離れないか? じゃないと翔太郎の二の舞になるよ?」


 言われて風雅は翔太郎に目を向けた。翔太郎は話し合いの時からずっと書類と向き合っている。風雅は顔を青くして芽榴から離れた。


 しかし、翔太郎の仕事が三倍になっている事実は少なくとも風雅と来羅には気になるところだ。


「翔ちゃん、何したわけ?」


 来羅が紅茶を飲みながら尋ねると、翔太郎は眼鏡を押し上げながら不機嫌に答えた。


「俺が聞きたいくらいだ」

「よく言いますよ」


 有利がゲテモノを見るような目で翔太郎を見た。


「おい、楠原。貴様も誤解を解け」

「そーいうの面倒だからパスー」

「な、貴様……!」


 珍しく怒っている有利と、翔太郎と芽榴の会話から来羅はある程度の事情を察し、「青春ねぇ」などと楽しげに呟く。

 よく分からない風雅はその後も追求し続け、最終的に翔太郎の毒舌マシンガンによって駆逐された。


「そういえば、るーちゃん。このあいだのマドレーヌ美味しかったわ。ありがとう」


 来羅が思い出したように言うと、駆逐されてドンヨリしていたはずの風雅がすぐに反応した。


「マドレーヌ?」

「うん。るーちゃんがこのあいだ差し入れで持ってきてくれたの。手作りを」

「……。芽榴ちゃん。オレ貰ってないんだけど!」


 風雅が涙目で芽榴の肩を揺らす。余りの揺れに吐き気を催してしまうほどだ。


「だって、蓮月くん、ファンの子に、囲まれ、うっぷ…」

「それでも欲しかったよ!」


 風雅は一心不乱に芽榴を揺らす。芽榴はファンの子に怖気付いて風雅に作った分のマドレーヌを滝本にあげた過去の自分を後悔した。


「蓮月くん。そろそろ楠原さんがミイラ化してしまいます」


 揺れが止まったのはそんなふうに有利が風雅を宥めたときだった。


「でも、確かに芽榴の手作り料理は僕も興味があるよ」


 颯が来羅の注いだ紅茶を飲みながらポツリと呟いた。


「いや、別にそんな大したことは……」

「すごく美味しかったわよ。友達の植村さんによれば、るーちゃんは3歳から包丁を握っていてその腕前は高級レストランのシェフ並みだそうよ!」


 来羅が豆知識のように語る。芽榴はそこまで誇張した舞子がどれほど楽しげだったかを想像して目を細めた。


「それは食べてみたいですね」


 来羅の言うことを鵜呑みにした有利が呟くと、風雅は何かを思いついたように目を輝かせた。


「芽榴ちゃん! 明日、オレのお弁当作って!」








 そして全会一致で役員全員分を作ることが決定し、今に至る。


「天下の生徒会役員がそんな会議してるとか信じらんねぇ」


 圭が呆れぎみに言う横で重治はゲラゲラと笑っている。


「圭。お母さん起こしてきて」


 芽榴はガスの火を止め、茶碗を手に取りながら圭にそう言う。圭は素直に言うことを聞いて台所から出て行った。


「相変わらず芽榴の言うことは素直に聞くなぁ、あいつは」

「お父さんも、体育祭くる気ならその寝癖直してー」


 芽榴は重治を洗面台へと押しやる。「そんなに酷いか?」と重治が髪の毛を梳く仕草をしてみせれば芽榴は素直に頷いた。


「芽榴」


 台所に戻ろうとする芽榴を重治が呼び止めた。


「楽しいか? 学校は」


 以前なら絶対に尋ねなかったことだ。芽榴は少し驚いた顔をして、すぐに微笑んだ。


「うん。とっても」


 朝日が眩しい。いい日和だ。

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