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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
修学旅行編
256/410

231 怖がり少女と責めたがり少年

 野田に「意外と面倒なタイプ」と言われ、肩を叩かれた芽榴は、不思議そうに首を傾げた。


「面倒……?」


 その言葉の響きからして自分がよくないタイプの人間であるのだと判断した芽榴は、野田にその言葉の意味を問おうとする。しかし、そんな芽榴の言葉は宮田の声にかき消された。


「あ、藍堂くんは……十分男らしいよ! いつもいつも本当にかっこよくて!」


 宮田が有利の前でそう告げている。周りの目も気になっていない様子で、宮田はただ想いのままをぶちまけようとしていた。


「宮田、声大きすぎじゃね?」


 野田が芽榴の隣で危惧する。しかし、宮田の声は止まらない。そして事件は起きた。


「あたし、藍堂くんのことが」

『こらーーーっ! 点呼終わってんのに騒いでる班はどこだぁーーっ!』


 先生の声が聞こえ、みんなが慌て始める。芽榴の隣にいた野田は咄嗟に立ち上がって隠れ場所を探し始めた。


「楠原、お前も隠れろ!」


 そう言って野田が芽榴を立ち上がらせる。芽榴もこの状況が問題だということは分かっているため、野田とともに急いで隠れ場所を探すのだが、そんな芽榴の耳にやけに大きくその言葉が響いた。


「おい、電気消せっ!」


 電気を消す。明かりが落ちて部屋の中が暗くなる。頭の中で正常に変換がなされると、芽榴の体はピタリと固まって動かなくなった。


「楠原? 何やってんだよ! 隠れるぞっ!」


 野田がそう言うと、部屋の明かりが落ちた。


 暗がりでいまいち野田の姿が分からない。おそらく野田のほうも芽榴の姿を確認できていないのだろう。


「の、野田…くん……待っ」


 視界が真っ暗になり、芽榴は「待って」という、ただその一言さえ言えなくなっていた。


 体がまったく動かない。ゾワリと泡立つ恐怖心に、芽榴の体は震えてしまう。このままではいけないと頭で分かっているのに、どうしようもない。


「や……だ……っ」

 芽榴にできたことは、恐怖のままに叫んでしまいそうな自分の口を塞ぐことだけ。


「ふ……っ、うっ」


 廊下の外で聞こえる先生の声はもう隣の部屋まで近づいていた。

 片手で口を押さえたまま、芽榴はなんとか周囲を探るように手を伸ばす。すると、その手は何かを掴んだ。


「楠原さん」


 掴んだ手は逆に掴み返される。暗闇は怖い。でも芽榴の手を握り返すその手は暖かくて、ほんの少しだとしても確かに芽榴を安心させた。


「あいど、くん」

「すみません。本当に……すみません」


 有利は何度も謝りながら、落ち着かせるように芽榴の背中を撫でてくれる。芽榴は有利の胸にすがるようにしがみついて、涙の滲む顔を押し付けた。


「楠原さん……すみません。あともう少しだけ、我慢してください」


 そう言って、有利は芽榴のことを腕に抱いたまま、布団の中へと隠れる。恐怖でうまく頭も体も働かない芽榴はそのまま有利に体を預けた。


「……あい、どう、くん。こ、わい……」


 2人きりの布団の中で芽榴は有利にしがみつく。男女で一つの布団に横たわっているのだから、普通はドキドキの展開になりそうなところ。でも今の芽榴は他のことなんか考えられないくらい、いっぱいいっぱいだった。


「大丈夫です。……あと、ちょっとですから」


 そう言って、有利が芽榴のことを強く抱きしめる。有利の体が温かくて、有利の少し早い心臓の音を聞きながら芽榴は深く息を吐いた。


 そうして部屋の扉が開く。


「ここの部屋、さっき騒いでなかったかー?」


 入ってきた先生は真っ暗な部屋の中に尋ねる。少し小声でいったのは、もしも生徒が本当に寝ていたときのためなのだろう。床板が軋む音で、先生が部屋に足を踏み入れようとしているのが分かる。


 布団の中を見られたら終わりだ。

 それを誰よりも先に悟ったのであろう有利は、芽榴を抱きしめたまま、顔だけ上布団の外に出した。


「……先生? どうかしたんですか?」

「おぉ、ここは藍堂の班だったか。すまん、ここあたりの部屋が騒がしかったんで、見に来たんだが……」

「ああ……確かにどこか(・・・)の班は騒がしかったですね。僕たちの班は、みんな疲れて早々に眠ってしまいましたよ」


 有利が淡々とした声で嘘を吐いた。有利は役員で、しかも通常真面目な生徒として先生に認識されている。そんな彼の言うことを先生が疑うわけもなく、まして彼の班に女子がやってきていて、さらには今、有利が芽榴を抱きしめて横たわっているなどと思いもしない。


「起こして悪かった。ゆっくり休め」


 そう言って、先生が去っていく。バタンとドアが閉まり、先生が隣の部屋と移動したのを確認すると、布団の中の至る所から安堵のため息が漏れた。


 けれどまだ先生は近くにいる。今はみんな迂闊に動けないし、女子も部屋には帰れない。

 暗い部屋の中、しばらくはみんな布団や押し入れの中に隠れたままでいた。





 それから5分くらい経っただろうか。やけに長く感じられる時を経た頃、見回りの先生の気配が完全に廊下から消えた。

 みんなが小声で喋り始める中、芽榴はいまだ動けないでいる。部屋が暗いままではどうしても芽榴は動くことができない。


 早く明かりをつけてほしいけれど、すぐにでもそうしてくれるであろう有利の胸を、芽榴はがっつり掴んでいる。


「……っ。す、すみません。あの、誰か……電気をつけてもらえますか」


 有利がコソコソ話を始めている周囲に、そう告げる。


「電気? 今、先生来たばっかだし、さすがに消しとこーぜ?」


 別の男子がそう反論してきた。彼の言うことは通常時では正しいのだが、今に至っては例外だ。そのことに気がついたらしい女子メンバーは慌てたように声を上げた。


「楠原さんって、暗いのダメだったんじゃないっけ?」

「だった! あれ……でも楠原さんは……」


 そうしてみんなの言葉が止まる。息が止まったような空気と、上布団越しにも伝わるほど周囲の視線が、芽榴と有利の布団に刺さっていた。


「電気な! 了解!」


 そのせいか、1人の男子がノリノリで部屋の明かりをつけにいった。すると、眩しいくらいに部屋の中が明るくなる。布団の中にいる芽榴と有利にも、その眩しさは伝わっていて、途端に芽榴の震えは収まっていった。


「楠原さん、明かりつきました」


 そう言って、有利が自ら上布団をはがし、芽榴を抱きしめたまま布団の上に座った。


「……っ、ま、マジか!」

「きゃーーっ」


 予想はしていただろうが、実際に同じ布団から、しかも抱き合った状態で芽榴と有利が出てくればみんなが驚くのもしかたない。さすがにさっきの先生の見回りのこともあって大騒ぎはしないが、静かに男子も女子も騒ぐ。


「……藍堂くんと、布団……」


 宮田に至っては卒倒して、一緒に隠れていた女子に体を支えられている始末だ。


 けれどみんなの視線を浴びていても、芽榴はまだ呆然としたまま。周囲のことは認識できても理解には及ばない。


 芽榴の様子がおかしいことに、さすがに周りも気づき始めた。


「すみません。みなさん、ちょっとだけ僕たち抜けますから……あとは好きに解散していてください」


 有利は静かに告げると、無気力な芽榴の腕を引っ張る。一連の事件のせいで、うまく体に力が入らない芽榴は、有利に引っ張られるまま部屋の外へ出て行った。





 見回りの先生がいないか、十分気配に注意しながら有利は前を進む。


 そうしてしばらく歩くと、着いたのは寝具室だった。確かにこの時間にこんなところへ来る人はいない。さすがに先生もここを見回ることはないだろう。


 有利は寝具室の明かりをつけ、芽榴を中へ導くとすぐに扉を閉めた。


「楠原さん」


 有利の声が鮮明に聞こえる。少し外の空気を吸ったからか、芽榴の頭も徐々にうまく働き出していて、芽榴は有利にゆったりとした声で「ごめんね」とまず一言謝った。


「こちらこそ……すみませんでした」

「なんで藍堂くんが謝るの」


 芽榴を見つけてくれたときも有利は何度も謝っていた。けれど明かりを消したのは有利ではなく、あのときは明かりを消さなければならない事態だった。誰のせいでもなく、芽榴の思慮が浅かったことが悪いのだ。


「それに、藍堂くんが支えてくれてたから……怖かったけど、大丈夫だったよ」


 有利がいなかったら、あのまま動けずにいた。芽榴は本当に心から有利に感謝している。だから有利に自分を責めてほしくはなくて、芽榴は赤い目を細め、頬に涙の跡を残したまま、有利に笑いかけた。


「……大丈夫なんかじゃなかったですよ、楠原さんは」


 けれど有利は芽榴の言葉をはねのけて、涙の跡をたどるように芽榴の頬をなでた。


「肝心なときに……僕はいつも何もできないです」


 芽榴の視線と有利の視線は、変わらない場所にあるのに、絡まらない。有利が落とした視線を芽榴は追いかけ、小さく首を横に振った。


「……何もできてないわけない。もし本当にそうなら……今ごろみんなでお説教されて反省文書かされてるころだよ」


 有利が芽榴のためにどれだけのことをしようとしていたのか、それはわからないけれど、それでも有利は確かに芽榴のことを助けた。


「でも……葛城くんならもっと早く楠原さんを探したんじゃないかって、思うんです」


 有利は明かりが消えてすぐには芽榴の心配に至らなかった。先生が見回りに来るということが頭を先行してしまって、宮田を隠す拍子に、有利は芽榴のことを思い出しただけ。

 前から芽榴の暗所恐怖症を知っていた翔太郎なら、明かりが落ちてすぐに芽榴のことを心配できたのではないかと有利は思っているらしい。


「……そうかもしれないね」


 芽榴はそう返す。けれど、おそらくそんなことはない、と芽榴は心の中で思っていた。


「でも葛城くんはあの場にいなくて、だからどんなに考えてもあの場で葛城くんには何もできない。事実は、藍堂くんが助けてくれたって…それだけだよ」


 芽榴は比べること自体が間違っているのだと告げる。

 それでも有利が浮かない顔をするため、芽榴はさらに言葉を重ねた。


「あのね……。私、藍堂くんが宮田さんのところに行ってから……ずっと藍堂くんのこと気にしてた」

「……え?」

「私は下手くそだから……あんな言い方じゃ、藍堂くんに早くどこかへ行ってほしいみたいで……ひどかったなって。それに、宮田さんのことだって藍堂くんの気持ち何も考えてなくて、ただ私が宮田さんのために何かしたいっていう自己満足のお節介だったのかもって……」


 有利から突き放された理由を芽榴は芽榴なりに考えていた。突き放された後でなければ考えられなかった自分を情けなく思いながら芽榴は言う。


「でも、反省しても遅すぎて……藍堂くんは宮田さんと楽しそうに話してて……怒る気もなくすくらい私のこと気にもしなくなったのかなって……もしかしたらこのまま藍堂くんは私のことなんか気にかけてくれなくなるんじゃないかって……そう思ったらすごく怖くなって」


 そんなことを考えていたら、あの事件が起きた。元々の心の中が不安でいっぱいになっていたのに、暗闇が一層芽榴の心を不安定にした。有利が来なかったら、本当に自分がどうなっていたかも分からない。


「だから、電気消えたとき、藍堂くんが私のこと探してくれて、私のこと忘れないでくれてたんだって……。それが本当に嬉しかった」


 ただ単に嬉しかったわけではない。理由はちゃんと深いところにあって、その喜びを芽榴は有利に知ってほしかった。


「藍堂くん。自分のことじゃないなら、簡単には気づかないよ。暗所恐怖症なのは私で、藍堂くんは暗い部屋の中が怖くないのに、それでも私には怖い場所なんだって気づいてくれた。それって本当にすごいことだと思う」


 芽榴の言葉はまっすぐに、有利へと伝わる。


「だから、ありがとう。それと……さっきはごめんね」


 芽榴はそう言って有利に仲直りを求めた。ふわりと笑う芽榴の目にもう涙は溜まっていない。


「……僕が怒った理由は微妙にあってないですけど、そこまで言われたら許すしかないです」


 有利はほんの少し拗ねたように言って、薄い表情でなんとなく困った顔をしていた。芽榴にそんなことを言われたら、有利はとことん芽榴から離れられなくなる。


「ずるいですよ……楠原さんはいつも」


 有利の額が芽榴の額にコツンと優しくぶつかる。芽榴がカラカラと笑う声が寝具室には響いた。


「楠原さん。あともう少しだけ、そばにいさせてください。……ちゃんと落ち着くまで」


 有利は付け加えるようにしてそうお願いする。

 実際のところを言えば、もう十分芽榴は落ち着いていた。けれど芽榴もまだ有利と一緒にいたい気がして、体が勝手に肯定するよう頷いていた。


「じゃあ、あと少しだけ……お願いするね」


 照れ臭そうな芽榴の声は静かに部屋に響いて、有利の耳に届く。


 そうして芽榴と有利はまだしばらく、2人きりで規則違反を続行していた。

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