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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
修学旅行編
254/410

229 まくら投げとブラックモード

 点呼が終わった後、明かりがついたままの芽榴たちの部屋は異様に静かだ。それもそのはずで、芽榴たち女子部屋には誰一人として班のメンバーは残っていないのだ。

 カモフラージュのために上布団の中に毛布を丸めて突っ込み、まるでみんな静かに眠っている風を醸し出して、芽榴たちは有利たちの班部屋に足を運んでいた。


「お邪魔しまーす」


 芽榴の班員は小さめのはしゃいだ声をあげながら有利たちの部屋にあがっていく。何の躊躇もなく男子部屋に入っていける班員たちにある意味の尊敬の眼差しを送りながら、芽榴は舞子の後ろについて部屋の中に足を踏み入れた。


「楠原さん」


 舞子までの班員が部屋の奥に進む中、一番最後に部屋の中に入った芽榴はそこで誰かに呼び止められた。


「藍堂くん。お邪魔するねー」

「どうぞ、お邪魔してください」


 芽榴が苦笑すると、有利は薄く笑む。他の事情を差し置いても芽榴と有利は互いに役員であるため、有利が芽榴にだけ特別に声をかけるのも仕方のないことなのだが、それを後ろ目に宮田が羨ましそうに見ているのを芽榴は感じとった。


「どうかしました?」

「え? あー、あはは!」


 有利がドアを閉めながら芽榴に尋ねるが、芽榴は誤魔化すように笑う。宮田のことを言っていいものなのか悩みながら「なんでもないよ」と手を横に振った。




 有利の班の部屋に来て、数分が経った頃。

 まくら投げという名目で男子部屋にやってきたものの、実際にまくら投げなるものが始まる気配はない。


「マジで! じゃあ修旅終わったら遊ぶか?」

「てゆーか、明日の自由行動一緒に回るのもありだよね!」


 男子10人、女子10人がそれぞれ2人か4人の組を作って楽しげな会話を弾ませている。女子メンバーはそれぞれ部屋で話していた、狙い通りの相手をしっかり捕まえていた。


「植村は去年俺の名前まったく覚えなかったよな」

「まあ1年越しに覚えたんだからいいじゃない」


 元々誰狙いでもない舞子は1年のときに同じクラスだった男子と余り物同士で雑談を繰り広げている。


「宮田はどう……って、宮田?」

「……うーーー」

「ああ、男子。宮田のことは放っておいて」


 そして唯一狙いの人物を捕まえられなかった宮田あかりは狙いの人物をしっかり視界にいれながら別の男子と渋々会話をしている。

 もちろん宮田の狙いの男子、有利の隣にいるのは――。


「えっと、さ……藍堂くんたちの班は昨日、一昨日も女子が来てたんだっけ?」


 部屋の隅、有利の隣に座る芽榴はなんとなく思いついた話題を有利に投げかけていた。


 いくら恋愛面に疎い芽榴でも、ここに来ることになった本当の理由を考えれば、今このポジションを宮田と変わらなければならないことは分かっている。


「まあ、どちらのときもこんな感じで話のほうが弾んでいましたけど」

「そーなんだ」


 芽榴はどうにかして他の女子のところに混ざる機会をうかがう。そのせいで、有利との会話には全然集中できない。


「せっかくだし、私も他の人と話を…」

「楠原さんは他の班に行ったりしたんですか?」


 と、こんな感じで芽榴が動こうとするのを有利に遮られている。有利が意図的に自分を引き留めていることはなんとなく芽榴にも分かっていた。


 けれどそこまでちゃんと分かっているのに、芽榴はその理由を「単に有利も喋り慣れた自分と一緒にいたほうが気が楽なのだろう」などというもので済ませてしまうのだ。客観的に見て、有利が班の男子に放つ威嚇的な視線はそんな単純な考えでは語りきれないだろう。


 宮田が有利の様子をうかがっているように、先ほどから有利の班員の何人かが芽榴の様子をうかがっている。もちろん芽榴は宮田を気にしすぎて、そんな視線には気づいていないが、代わりに男子の芽榴への視線に勘付いている有利が芽榴の隣をキープしているのだ。


「行ってないよー」

「そうなんですか? 蓮月くんや柊さんが誘ってるんじゃないかと思ってましたけど。そういえば、今日の観光は蓮月くんと一緒だったんですよね」


 有利にしては冗舌だなと思いながら、芽榴は有利の質問に答える。


「うん。蓮月くんがいてくれたおかげで、今日はいろいろ助かったかな」

「山本くんの件ですか……」


 有利にズバリ指摘され、芽榴は苦笑する。昨日の山本の告白から、今日の惨めな顛末まで、それらすべては山本や山本の班員によってすでに学年中に広まっている事柄だ。この期に及んで有利がそれを知っていることに驚きはしない。噂の伝達する速さにある種の感動を覚えながら芽榴は苦笑するのだった。


「まー、私にも非があったから。山本くんが一方的に悪いわけじゃないよ」

「楠原さんが気にしていなければ、それでいいですけど」


 もし気にしていたらどうするのかと芽榴は問いかける。すると有利は真顔で「もちろん藍堂流で山本くんの根性を叩き直します」と言ってのけた。

 来羅と風雅の発言ですでに山本の精神はズタズタだというのに、有利の身体的攻撃までくらえば、あまりにも山本が可哀想すぎるだろう。芽榴は少し青い顔をしてハハハと乾いた笑いをこぼした。


「そ、そんなことより……藍堂くんもあれ混ざってくれば?」


 芽榴が話題を変えるように前方を指差す。それにつられるようにして有利も前を向いてくれた。

 芽榴と有利の視線の先には冗談を言い合いながら各組で男子がふざけあって枕をぶつけあい、女子もそれを避けたりして楽しそうな笑い声が響き始めていた。


「僕が混ざると、いろいろ危ないかな……と」

「ははっ、確かにそーだね」


 有利が少し困り気味に言うと、芽榴は楽しげに笑う。


「あんまり騒ぎすぎて、先生が来なければいーけど」

「そのときは2人で逃げましょう」


 有利が真面目な声で言う。有利の顔を見ても声音を思っても、それが彼の冗談なのか、芽榴には判断しきれなかった。冗談はもう少し冗談らしく言ってほしいものだと、芽榴は眉を下げた。


「楠原さん?」


 芽榴の困ったような顔を見て、有利が優しく声をかけてくる。芽榴としては、有利の班に仲良い男子などいないのだからできればこのまま有利の隣にいたいところだ。舞子のところに言ってもいいが、せっかく弾んでる会話の骨を折りたくもない。


 けれどこのままでは、先ほどからずっとこちらを気にしている宮田が不憫でならないのだ。上から目線でもなんでもなく、それは純粋な意見。

 実際、女子メンバーの何人かからは「いい感じに宮田と場所代わってあげてー」というお願いのアイコンタクトも受け取っているくらいだ。


「藍堂くん」

「はい」

「私とは生徒会とかでよく喋ってるんだし、せっかくなんだから別な子と喋ろーよ」


 意を決し、芽榴がそう言うと、有利の眉が微かに上がった。


「ほら、あそこにいる宮田さんとか、暇そうだし」


 畳み掛けるようにして芽榴は宮田の名を口にする。芽榴にしては自然に提案できたほうだ。


 けれど有利が宮田のところに行けば、今度暇になるのは芽榴のほうだ。自分が暇になってまで、宮田という女子のところに行くよう促す。その不自然な行動の理由が有利に分からないはずがない。


 そこに流れた一瞬の沈黙は周りの楽しそうな声にのまれた。


「あれ……藍堂くん?」


 有利がいきなり黙り込んだため、芽榴は首を傾げる。特別有利の気に障るようなことを言ったつもりもないため、芽榴はただ不思議そうに有利の顔をのぞきこんだ。


「……ふざけんな」

「へ? ……っ!?」


 のぞきこんだ有利の目が鋭く光る。咄嗟に芽榴が体を引くと、有利は自分の近くにあった枕を掴んで楽しげな輪のほうへと勢いよく投げ込んだ。


「ぐえっ……げほっ!!」


 その有利の暴投の餌食になった有利班の男子の一人が咳き込みながら倒れる。それを見て一気に有利班の男子が部屋の中を逃げ惑い始めた。


 言うまでもなくブラック有利モード突入だ。なぜ彼のスイッチが入ったか分からない芽榴はただ戸惑ってしまう。


「あ、藍堂くん!」


 立ち上がったブラック有利は足元に転がる枕をまた掴んで投げる姿勢に入ろうとしていた。冷静なときは自分の投げる枕の危険性を自覚していた有利だが、今の暴走モードではその自覚が残っているのかも分からなければ手加減ができるかも不安だ。これ以上犠牲者を増やすのは避けたいため、芽榴はそれを止めようと有利の腕を引く。


 しかしその芽榴の手は有利によって引き剥がされた。


「え……」

「うるせぇよ。望み通り他のとこ行ってやる」


 有利は芽榴に顔を向けることなく、枕を持って気が済むまで班員の男子に投げ当て始めた。

 芽榴は引き剥がされた手をそのまま動かせずに、唖然とした顔でそんな有利の姿を見ていた。

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