228 後味と生贄
小樽観光を終え、夕食時間が訪れる。
結局山本たちの班から流出した話により、芽榴と風雅が今日の自由行動時間のほとんどをともに過ごしていたことは学年の多くの人にバレることになった。
けれど芽榴と風雅が一緒にいたからといって今さら騒ぐ人もいない。例の事件のこともあり、元風雅ファンクラブのメンバーも思うところはあっても口には出さないというところだ。
そして、そんな噂の張本人である風雅は今、一人黙々とご飯を食べている。
芽榴と2人きりのデート。いつもの風雅ならうるさいくらいに浮かれているはずなのに、静かすぎるくらい静かな風雅に周囲も不審げに風雅に視線を向けていた。
風雅の班員が「どうしたんだ」と疑問を浮かべる中、風雅にその疑問をぶつけられる人物の一人が彼の前に食事を持って現れた。
「風ちゃん、一緒に食べていい?」
可愛らしい出で立ちの来羅が小首を傾げながらそう尋ねる。静かに食事をしていた風雅は目の前に立つ来羅を見上げ「うん」と短い返事だけを残した。
そんな風雅の不自然な態度に、来羅は何も尋ねることをしないまま彼の目の前に座って「いただきます」と手を合わせた。
「あ、そういえば聞いたわよ。風ちゃん」
「何を?」
「今日の自由行動、るーちゃんとデートだったんだって?」
来羅がそう尋ねると風雅は小さな声で「うん」とだけ返す。風雅が自らデートの詳細を離す気配もない。たとえ芽榴にあしらわれるだけのデートであっても風雅は喜ぶはずなのだが。そんなことを思いながら来羅は話を続けた。
「植村さんが気を利かせてくれたんだって?」
「うん」
「いいなぁ。私もるーちゃんとデートしたーい」
「……うん」
来羅の発言にすべて風雅は「うん」で返す。これ以上話していてもそれは変わらないのだろうと察し、来羅は大きな溜息を吐いた。
「ねぇ、風ちゃん。その明らかに何かありましたって態度はわざとなの?」
「え!?」
来羅がうんざりした顔で尋ねると、風雅は目を丸くする。予想はしていたが、やはり風雅は無自覚に不自然な態度をとっていたらしい。あまりにも素直すぎる風雅の態度に来羅は笑い声をあげた。
「何で笑うの」
「風ちゃんらしいと思って」
来羅はそう言って咳払いを挿み、改めて風雅の悩みの種を聞き出すことにした。来羅に何があったのかを尋ねられると、風雅は何度か口を開いて閉じてを繰り返し、やっとそこから声を出した。
「颯クン……芽榴ちゃんに『好き』って言ったのかな?」
ピンポイントで聞かれ、来羅の動きが止まる。手にしたコップを落としそうになったが、なんとか中身をこぼさずにすんだ。来羅の動揺を見て、風雅は再び視線を落とす。
「やっぱり来羅は知ってるんだ?」
「まあ……。近いことは言ったって颯から聞いたわ」
来羅がそう言うと、風雅の表情がかたくなる。自分でそうなのではないかと危惧していても、実際に肯定されるのはきついものがある。再び溜息を吐く風雅を来羅は困った顔で見つめていた。
「それ、るーちゃんから聞いたの?」
「はっきりそう言われたわけじゃないから、微妙……。それに来羅の答え聞いて余計にワケ分からなくなった」
頭の中がグルグルして、風雅はまともに夕食の味も分からない。全部食べ終わって空の椀の中を見ても、その中に何が入っていたか思い出すのが難しいレベルだ。
「芽榴ちゃん、颯クンの好きな人が自分なんじゃないかって勘違いして恥ずかしいやって……そう言ったんだ」
颯の「好き」に近い言葉を本当に受け止められていたなら、芽榴がそんなことを言うはずがない。その芽榴の考えが事実で、勘違いになることはないはずだ。
考えられるとすれば、颯がそのあとで自分の発言を取り消したということだけ。
「せっかく『好き』って言ったのに取り消すとか、颯クン何やってんだろ」
いつだって『好き』という言葉を躊躇しない風雅には何度も誤魔化し続けている颯の行動の意図は分からない。颯のその方面に関する不器用さは風雅の素直さの対極にあるものだ。
「私のせいかな……」
少なからず颯が芽榴から逃げた理由は自分にあるだろうと思い、来羅は苦笑した。颯からその話を聞いたとき、来羅は自分の中の複雑な感情を隠しきれなかった。今は有利の言葉のおかげでいつもの来羅に戻れているが、あのときは本当に情けないくらい不安な顔をしていたはずだ。
「抜け駆けとか、まだそんなことを気にしてるのかしら」
颯の無駄な考えを想像しながら、来羅は頬杖をつく。けれどその一方で、来羅の言葉を耳に入れた風雅は目を細め、少しばかり頬を膨らませた。
「風ちゃん?」
「……抜け駆けって違くない? そうなら、颯クンはオレのことまったく相手にしてないってことになる」
颯が芽榴に思いを伝えることが他の役員を差し置いてという意味での抜け駆けなら、常に思いを伝え続けている風雅を除外していることになる。
風雅の思わぬ指摘に、来羅は瞬きをくりかえし、次の瞬間にはクスリと笑った。
「そうね。じゃあ今の発言は撤回しておくわ」
来羅はそう言って、目の前の夕食に手をつける。
「まあ、颯は自業自得のそれでいいとして……」
来羅は箸を唇に当てて怪しくニヤリと微笑む。その笑顔に、風雅が首を傾げると、来羅は小さな声で呟くようにして口を開いた。
「るーちゃんがそういうこと意識するようになったってことは……チャンスかな」
「え? な…っ、来羅!」
「明日は私がるーちゃんを攫っちゃおうっとー」
来羅の発言で、さっきまでおとなしく座っていた風雅が一気に騒ぎ始めた。
周囲で風雅のことを心配していた生徒たちも、いつもの風雅の様子に安堵して自分たちの会話に戻っていく。来羅が風雅に何を言ったのか、彼らにはよく聞き取れなかったが、何はともあれ「さすが柊さん」で落ち着くのだった。
美男美女のやりとりはそれだけで絵になり、周囲を和ませるのだった。
どの班も夕食・入浴をともに終えた頃、芽榴たちの班は来たる点呼のときを前にソワソワし始めていた。
「きゃーーっ! もうどうしようっどうしようっ!」
枕をバンバンッと布団に叩きつけるのはラブ有利の宮田あかりである。テンションMAXな彼女を見て、芽榴は困ったように微笑む。けれど宮田と親しい友人たちは彼女の異常な行動にしっかりツッコミをいれるのだ。
「キモいし、うるさい」
「どうしようも何も、お前が期待してるようなことは起きないから落ち着け、宮田」
宮田がこうもはしゃぐ理由。それは至って簡単で、これから開催される有利の班との枕投げ。もっと詳細に言えば、有利と同じ部屋の中で過ごすひと時に、鼻息荒く喜んでいるのだ。
「そんなの終わってみなきゃわかんないじゃん!!」
「分かる分かる」
「あんたに傾くくらいなら、今ごろとっくに彼女いるって」
こんな辛辣なことを言い合えるのは仲がいい証拠だ。宮田をいじる友人らを見て、芽榴は少しばかり羨ましさを感じる。
「うちらは宮田と違って藍堂くんという高望みはしないよ」
「そうそう。安定に園田あたりを狙う」
宮田以外のメンバーは有利という不可能に近いターゲットは狙わない。けれども、無難に有利の班のメンバーと友好関係を築く予定はあるらしい。
もはや枕投げなどそのための名目にすぎない。本気で枕投げに挑もうとしていた芽榴は、一人間抜けな顔をしている。
「バカね、芽榴。男子と枕投げなんて力加減からしても現実的じゃないでしょ」
唖然とする芽榴の顔を見て何事かを悟ったらしく、舞子がボソッと芽榴の近くでつぶやいた。完全に芽榴と舞子だけが周りの雰囲気に混ざれていない。
「舞子ちゃんも行く、よね? 藍堂くんたちの班の部屋」
枕投げの開催場所は男子部屋に決まった。芽榴たち女子部屋は明かりをつけたままでいられる分、女子担当の鈴木先生の部屋と近い場所にある。
よって先生の部屋から遠い男子部屋のほうがいいという結論に至ったのだ。
「一応行くわよ。頃合いを見て抜けるけど」
「じゃあそのときに私も……」
「そんなことしたら私が藍堂くんに嫌われるでしょ」
舞子がバッサリと断る。芽榴が「そんなことない」と否定しようとするが、舞子は「あああ」と耳を叩いて芽榴の意見を聞き入れない。
「ほら、芽榴は枕投げ初めてなんでしょ。初の試みは最後までちゃんとやり遂げなきゃダメよ」
ついには笑顔で最もらしいことを言う舞子に、芽榴は半目で抗議する。
波乱の枕投げはもうあと数十分後に迫っていた。
20時に間に合わなかったので、明日まで伸ばそうかと思いましたが、適当な時間に更新しました!
新連載と同時並行で執筆頑張ります!
次回は有利推し必見☆波乱の枕投げです!




