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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
体育祭編
25/410

17 停電と弱点

 梅雨は続き、今日も朝から大雨だ。


「あ、あの、これ調理実習で作ったんですけど……食べてもらえませんか?」


 生徒会室に向かう芽榴は背後で行なわれる微笑ましい状況に自然と顔を向けた。しかし、背後に向けた視線はすぐに憐みを含んだものに変わる。


「いらん。俺を蓮月と一緒にするな。俺は女からの貰い物など一切受け取らん。他のヤツから聞いていないのか? 情報も得ずして向かってくるなど愚か極まりない。分かったら俺の半径2メートル以内から立ち去れ」


 芽榴の背後にいるのは可愛くラッピングされたお菓子を持った女生徒と不機嫌な顔の翔太郎だ。他人からの好意に対してここまで嫌悪感を露わにする人間も彼くらいだろう。当然のことながら女生徒は泣きそうになる。しかし、翔太郎にとってはそれさえもウンザリせずにはいられないようだった。


「どうして泣く? 泣きたくなるほど不愉快なのはこっちのほう……」

「葛城くん、ストップー」


 泣きじゃくる女生徒に更なる追い打ちをかけようとする翔太郎を止めたのは芽榴だ。翔太郎はその声に驚いて目を見開いて振り返った。同時に目を赤くした女生徒も芽榴のほうを見る。潤んだ瞳で見つめられ、芽榴は少し困って頬をかいた。


「あー、葛城くんってば最近便秘でイライラしてるから言い方きついけど気にしなくていいよー」

「楠原、貴様……」

「うっさいよ」


 芽榴の発言に反論しようとする翔太郎を芽榴がギロッと睨む。さすがの翔太郎も颯並みの鋭いまなざしを向けられ、黙ってしまった。


「あ、あたし、そんなの知らなくて。ご、ごめんなさい。それじゃあっ」


 女生徒は涙声で一気にそこまで言って走り去った。翔太郎はいなくなった女生徒のことは気にも留めず、芽榴のことを睨んでいた。


「余計なことを……」

「人の好意を無碍にするの反対ー」


 芽榴は片手をあげて抗議を示した。翔太郎は「嫌いなものは仕方ないだろう」と大きなため息をつき、芽榴に歩み寄ろうとする。しかし、翔太郎が一歩前に踏み出せば、芽榴は一歩後ろへ下がった。


「……何をしている?」

「さっき言ってたじゃん。『俺の半径2メートル以内から立ち去れ』ってー。私も一応女子だし」

「楠原……!」

「あー、そうカリカリしないで。そういうときは甘いものでも……」


 芽榴は言いながらいつもの飴を取り出す。しかし、これまた翔太郎の発言を思い出した芽榴は手の平の飴を見て苦笑した。


「あー、ごめん。女子からの貰い物は受け取らない主義だったねー。今のナシ」


 芽榴は飴をポケットに戻そうとする。しかし、芽榴がそんなことをしているあいだに距離をつめていた翔太郎に無理やり腕を引っ張られ、飴を取られてしまう。


「え」

「貴様のことは認めていると言ったはずだ。……そ、それから、この飴は俺も好きな飴というだけの話だ!」

「はぁー……」


 語尾になるにつれて怒気の混ざった声音になり、発された言葉とその声色との違和感に芽榴は首をかしげるが、面倒なのでツッコミはいれなかった。


「じゃ、ばいばーい」

「待て。今日は俺もこっちだ」


 芽榴が翔太郎に手を振りながら歩き出すと、翔太郎は早足で芽榴の隣に並んだ。


「あれ? 葛城くんは設営担当じゃなかった?」


 翔太郎は有利と体育祭設営担当だ。つまり、仕事は生徒会室ではなく体育館倉庫や空き教室で行うのだから、彼の行くべき方向は逆だ。


「神代が騎馬戦の戦略について学年の騎馬戦参加者とミーティングするらしいからな。設営は藍堂一人で何とかなるということで、手伝いにきてやった」

「おー。それはありがたい。じゃあ、仕事量は……」

「言っておくが半分以下しかノルマは受け取らん」


 芽榴が言う前に翔太郎がバッサリと告げる。芽榴は大袈裟にため息をついてみせた。


「頑固だねー」

「当然のことを言ったまでだ」


 フンと鼻を鳴らす翔太郎の歩調に合わせ、芽榴は少し早歩きをした。








「それにしても……雨、やまないかなー」


 生徒会室。書類に向けていた目をふと窓の外に向けて芽榴が呟く。雲は黒く、先ほどから雷も鳴り始めていた。


「葛城くんって、苦手なものとかある?」


 突然、芽榴がそんなことを尋ねる。その理由に思い当たった翔太郎はフッと鼻で笑った。


「雷が苦手なのか?」

「まさか」


 芽榴がケロッとした顔で否定すると同時に空が光り、僅かな時差をもって落雷音が響いた。まったく動じない芽榴を見て、翔太郎はつまらないと言わんばかりの顔をする。芽榴は抗議したい気持ちが沸き起こるが、何とか抑えた。


「俺の苦手なものを唯一挙げるとすれば女だ」

「聞き飽きたよ、それー」

「……。楠原はあるのか?」

「あったとしても自分から弱点をさらしたりしないからー」


 芽榴がニコリと笑う。自ら弱点をさらした翔太郎は眉を寄せ「理不尽だ」と愚痴る。


「でも、本当鬱陶しいから雨やんでほしいな……」


 芽榴は小声でボソボソと呟く。その顔からも本当に雨が止むことを願ってることが伝わった。


「梅雨も明日明後日には過ぎると言っていた。杞憂もそれまでなのだから我慢しろ」

「厳しいねー。葛城先生は」


 芽榴はいつものように戯けて言う。窓の外では再び雷が光っていた。









「一旦書類を提出しに行く」


 仕事は思ったより捗り、翔太郎は席から立ち上がり、積み重なった山を抱えた。


「え……。私が行くよー」


 芽榴が翔太郎の書類を奪おうとする。書類作成を続けるより息抜きも兼ねて職員室に赴きたいという考えは両者ともに同じらしい。


「貴様は自分の仕事をしろ」

「葛城くんだってまだ残ってるじゃん」


 終いには途方もない口論を始める。口論をしている暇があるのならどちらも息抜きをすればいいのに、二人で一緒に行くという案が出ないのが不思議だ。


「いい加減にしろ、楠原……!」


 ゴロゴロゴロゴロ……ガッシャーン


 翔太郎が怒鳴ると同時、物凄い音を立てて雷が落ちる。音の大きさからして落下地点からの距離は近い。そして落雷して妙な点滅を始めた電気が消えた。


 明かりはない。まだ夕方ではあるが曇った空から射し込む光はなく、部屋は薄暗くなってしまう。


「停電か……。まぁ、すぐに直るだろうが…」


 暗いといえど、何も見えないほど真っ暗なわけではないため、翔太郎はさほど気にしていない様子だ。

 しかし突然、翔太郎の抱えていた書類が支えられていた片方の力を失い、バランスを崩して落ちかける。何とか翔太郎がバランスを変えて持ち直すが、いきなり手を離した芽榴に翔太郎が怒るのは当然だ。


「楠原、いきなり手を離すな! ばら撒く気……。……楠原?」


 翔太郎の瞳に映る芽榴の様子は薄暗く不明瞭な線でも分かるほどにおかしかった。


「い、いや……。う、あ……」


 途切れた声を少しだけ漏らし、芽榴は床にしゃがみ込む。驚いた翔太郎は急いで資料を机に起き、芽榴の前に自分もしゃがむ。その肩は小刻みに震えていた。


「楠原? 腹でも壊したのか?」


 芽榴は両手で顔を覆い、ブンブンと首を横に振る。


「く、暗いのは、ちょっと……」


 涙声の芽榴に翔太郎は驚いていた。


「楠原。貴様、暗所が苦手なのか?」


 先ほどの意味深な芽榴の質問と漏らした言葉から導き出した答えを翔太郎は口にする。しかし、芽榴はそれに頷くことはしなかった。


「暗所、っていうか……暗所かつ閉所、かな」


 暗い部屋の中が見えないように視界を完全に閉ざした芽榴はゆっくりと告げる。


 芽榴は暗い部屋の中が唯一苦手だ。夜道は平気でも、部屋で寝る時は電気をつけたまま寝なければならないほどだ。


 いつもより小さく頼りない芽榴の姿は儚い。翔太郎は徐に眼鏡を外し、床に適当に放り投げ、芽榴の両手を掴んだ。


「や、やだ……」


 再び顔を覆おうする芽榴の両手を翔太郎がガッシリと掴んでそれを許さない。そうすれば芽榴の震えは先程よりも増してしまった。


「楠原、目を開けろ」

「む、無理」

「いいから、開けろ」


 翔太郎の言い聞かせるような声に芽榴は渋々頷き、ゆっくり、ゆっくりと目を開ける。


 翔太郎が見た芽榴の目には涙が溜まっている。怯えを含む瞳は薄暗い部屋の中でも光を宿していた。


「大丈夫だ。怖くない。貴様の怯えるようなことは何もない」


 翔太郎は芽榴の目を見てハッキリと言った。掴まれた両手からは翔太郎の力強さが感じられる。催眠誘導を引き起こす瞳は確実に芽榴の瞳を捕らえていた。


「う、あ……」


 それでも芽榴の震えは止まらなかった。やはり翔太郎の催眠術は芽榴には効かないのだ。


「どうにかしてやりたいと思うときに使えない能力など、無能に等しいな……」


 翔太郎は目を伏せ、自嘲気味に呟く。芽榴は言葉を返したいのに暗い部屋の中が目に映って上手く声を出せない。


 そんな芽榴の視界が完全に真っ暗になる。同時に芽榴は温もりに包まれた。翔太郎自ら芽榴を抱きしめたのだ。芽榴はこの状況下において目を見開いた。


「葛城く……」

「今だけだ。明かりがついたらすぐに離れろ」


 翔太郎はぶっきらぼうに言うが、芽榴を抱く腕は優しかった。


「ありがと……」





 それほど時間が経たないうちに電気がついた。生徒会室は明るくなり、瞼を閉じていた芽榴もそれを察した。


 芽榴は今度はすぐに目を開ける。間近に翔太郎の顔があった。眼鏡をかけていない彼の顔に見惚れつつ、彼が間近にいることに思考が移り、芽榴は申し訳ない顔をした。


「……女子に、触るの嫌だったでしょ? ごめんね」


 芽榴を抱きしめたのは翔太郎の意思だ。そして事態が事態であったために翔太郎自身、普段は気持ち悪いと思ってしまう異性への接触が気持ち悪いとは思わなかった。それなのに取り乱してまだ穏やかな精神ではないにもかかわらず自分の心配をする芽榴に翔太郎は苦い顔をした。


「すまん。何もできなかったな」

「……ううん。ありがと」


 芽榴は笑って、近くに投げ捨てられた翔太郎の眼鏡を拾う。


おまじない・・・・・、ちゃんと聞いたから落ち着けたんだよー」


 震えが収まらなかったのだからそんなはずはない。反論の声をあげようとする翔太郎の口を芽榴の手が塞いだ。


「この話は終了。不本意だけど、私の弱点は葛城くんだけの秘密にしておいてー」


 芽榴はペロッと舌を出した。芽榴の戯けた仕種も今の翔太郎にとっては苦しい。翔太郎は渋い顔をしたまま頷いた。


「二人とも大丈夫です……か?」


 芽榴と翔太郎の会話が終了してすぐに有利が生徒会室にやってきた。役員である彼が部屋にくることはなんら問題ない。問題があるとすれば、今の芽榴と翔太郎の格好だ。


 翔太郎はすでに芽榴のことを抱きしめてはいないが、二人ともしゃがみ込み、顔の距離は不自然なほど近い。

 有利自身、それが気になっているようで用をいいかけてドアの前で停止している。


「お取り込み中、失礼しました」


 機械的棒読みかつ早口で告げ、有利は生徒会室の扉を閉めようとする。しかし、急いで芽榴から離れた翔太郎は有利を引き止めた。


「あ、藍堂! 誤解だ!」

「あぁ?」


 振り向いた有利はまるで別人だ。武道スイッチの入った彼に会うのはトランプ大会前以来だ。

 しかし、彼に武道スイッチが入ってしまった理由は芽榴には分からない。


「あ、藍堂くん?」

「葛城ィ。てめェ、女嫌いとか言っておきながら、停電に乗じて楠原に手ェ出してんじゃねェかよ。神代に報告されるか、今ここでぶちのめされるか選べコノヤロォー!!!」


 荒れ狂った有利が背中の辺りから木刀を抜き出した。サーッと色を無くした翔太郎は生徒会室から立ち去る。有利はその顔に似合わない暴言を吐き捨てながらそれを追いかけて行った。





 一人取り残された芽榴は一連の出来事にクスッと笑う。

 すると今度は颯が生徒会室に戻ってきた。


「芽榴。停電は大丈夫だったかい?」


 颯は入るや否や芽榴の心配をしてくれた。もちろん颯は芽榴の苦手なものなど知ってはいないのだ。


「うん。葛城くんがいてくれたからー」

「それは気に食わない話だね」


 颯は笑ったまま言うが、コメカミの辺りに筋が浮き出ている。


「翔太郎は仕事三倍だね」

「……? でも、葛城くんは武道スイッチ入った藍堂くんに追いかけられている最中だよー。そこまでしたらさすがに可哀想じゃない?」

「有利のスイッチが入ってしまうようなことをしたなら尚更だよ」

「へぇー……」


 やはり意味が分からない芽榴は気にせず、翔太郎の置いて行った資料を抱えた。


「あ、神代くん」

「何だい?」


 扉の前に立った芽榴はニコリと笑って振り返った。


「やっぱり生徒会に入ってよかったー」


 芽榴はそれだけ言って生徒会室を出た。


 窓の外を見れば、雨はすっかり止み、太陽が顔を出していた。

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