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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
修学旅行編
248/410

223 理想像と通行止め

 班に合流した芽榴は、班メンバーに聖夜と慎とどこで何をしていたのかを根掘り葉掘り聞かれつつ、残りの自由時間をのんびりと過ごした。


 そして宿泊施設に戻ってきた芽榴は舞子と一緒に部屋へ戻る。部屋の中には早めに自由行動を終えた宿泊班のメンバーが何人かいて、すでにトランプをして寛いでいる状態だった。


「おかえりー。…あっ、楠原さん」


 トランプ中の一人が芽榴の顔を見て何かを思い出したかのようにふと目を大きく開いた。


「なにー?」

「松田センセが探してたよ」


 そう言われ、芽榴は即座に首を傾げる。松田先生に探される理由を考え、単独行動がバレたのではないかと頭を過るが、なんとなくそれではない気がして、芽榴はさらに思案顔になった。するとそんな芽榴の思考回路を知ってか知らずか、目の前のクラスメートは笑って芽榴の肩を叩いた。


「班割の名簿がバラバラになったみたいで、楠原さんに手伝ってもらいたいんだって」

「なぜ私……」


 それくらいのことなら、わざわざ芽榴に頼まずとも言伝を頼んだ目の前のクラスメートでもいいはずだ。芽榴が半目になると、目の前の女子は「楠原さんお気に入りだから!」と笑った。


「好かれるのも良し悪しねぇ、芽榴」


 舞子が「どんまい」と言いたげに芽榴の背中を叩き、芽榴は諦めるように息を吐く。

 とりあえず松田先生のところへ行く前に、聖夜からもらった私服をキャリーバッグの中に詰め込んだ。


「じゃあ、行ってくるー」

「行ってらっしゃーい」

「ファイトー」


 班員の謎の声援を受けつつ、芽榴は制服のまま部屋を後にした。






 廊下をしばらく歩くけれど、生徒の姿は見られない。まだ自由行動から帰ってきていない班も多いのだろう。そんなことを考えながら松田先生の部屋までの通路を歩く。


「あ、あの……楠原っ!」


 特に何も考えずに歩いていると、聞き慣れない声に背後から呼び止められた。

 首を傾げながら後ろを振り返ると、前に一度舞子との会話に出てきたC組の男子、山本が立っていた。


「今、大丈夫?」


 山本の身長は翔太郎と同じか、それよりも高いため、芽榴は山本の視線にこたえるため、少しだけ顔を上向かせた。


「少しならいい、けど……。何?」


 いきなり廊下で呼び止められる意味も分からず、芽榴は素朴な疑問を投げつける。すると山本は顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「いや、あの、特に用はないんだけどさ。その……俺ずっと楠原と喋ってみたくて……」

「は?」


 山本の答えに、芽榴は思わず頓狂な声を出してしまう。あまりにも気の抜けた声を出してしまい、芽榴は取り繕うように慌てて「そ、そーなんだ」と言葉を付け加えた。


「最近は植村がいないときも……その、柊さんとか役員がいたりして、なかなか喋りかけられなくてさ」


 山本の説明を聞きながら、芽榴は「そんなに自分と話したいことがあるのか」などと数々の疑問を頭に浮かべていた。


「でも来羅ちゃんならともかく、どーして私なんかと喋りたいなんて思……っ」


 そこまで言って、芽榴は冬休み前に舞子から言われた言葉を思い出した。




――山本くんが、芽榴のこと気になってるらしいよ――




 頭の中でその言葉が響くと同時に、山本と視線がぶつかる。すると、なんとなく気恥ずかしくなって、芽榴は頬を赤く染めて山本から顔を背けてしまった。


「え、楠原?」

「ち、違う! あの、気にしないで!」


 芽榴は山本の前に両手を突き出して、少し興奮気味に言葉を並べた。単なる噂だと自分に言い聞かせながら芽榴は熱くなる顔を冷たい手で覆う。


 しかし内心葛藤中の芽榴は、他人から見ると醸し出す雰囲気がやけに女の子らしくなっている。風雅が見たら即卒倒するであろう芽榴の姿に、もちろん目の前の山本もソワソワし始めていた。


「楠原、あのさ……もしかして俺の噂とか聞いた?」

「えっ!?」


 山本の問いかけに芽榴は大きく反応する。その反応からして、「聞きました」と答えているようなものだった。芽榴は「しまった」と自己嫌悪に陥りながら、改めてしっかりと首を縦に振った。


「うん。一応……。でも噂だし私は別に……」


 芽榴は視線をそらしながら頬をかく。ただの噂を鵜呑みにしているわけではないと伝えたかったのだが、それを封じて山本が言葉を重ねてきた。


「あれ、本当だから」


 山本は赤い顔を隠すことなく、芽榴に向き合ってその言葉を言ってのけた。けれどそれを肯定された瞬間、芽榴の頭は急激に冷えていった。

 さっきまで赤かった頬は元の肌の色に戻り、芽榴は喜ぶでもなく、照れるでもなく、ただ山本の顔を見つめ返す。


「俺、楠原のこと好……」

「待って」


 山本の告白を遮って、芽榴は冷静に彼の言葉を封じた。芽榴の制止の言葉を聞いた山本は意味が分からず、ただ首を傾げる。


「今、それ言ったら後悔するよ」


 芽榴はまるでそれを確信しているかのように、淡々と告げた。けれど、それだけ伝えたところで山本が納得するはずもない。


「ごめん、楠原。……どういう意味か、分かんないんだけど」


 恐る恐る山本が尋ね返し、芽榴は気まずそうに頬をかいた。


「山本くんが何を見て私のことをそういうふうに思ってくれたかは分からないけど、たぶん私は山本くんが思ってるような人間じゃないから」


 芽榴はそう言って苦い笑みをこぼす。

 芽榴の記憶によれば、芽榴が山本と話したことは一度もない。今回のこれが初めてのはずだ。加えて、山本が芽榴を好きと言い出したのはおそらくあの選挙以降のことで、一目惚れというのもありえない。

 成績トップだからとか、生徒会役員として頑張っているからとか、理由は多々あるのかもしれないが、どれもしっくりこない。


「結構冷めてるし、気配りとか人付き合いとか得意じゃないし、たぶん知れば知るほど山本くんが想像してる私とはかけ離れて……幻滅するんじゃないかな?」


 芽榴がそう言うと山本は「そんなことない」と困り顔でフォローしてくる。けれど、そのフォローさえ根拠も説得力もなく、ただ言葉だけが宙を舞っているような感覚だった。

 おそらく山本自身もそれを感じているのか、どんどん空気は重たくなって居心地の悪いものへと変わり始める。


「それじゃあ、私そろそろ行くね」


 しばらくの沈黙の後、芽榴は視線を一周ぐるりと巡らしてから、山本にそんな挨拶を残して松田先生の部屋に向かおうと再び足を踏み出した。


「えっ、あっ。楠原、待って!」

 

 芽榴から話を切り上げられ、山本は慌てた様子で芽榴の腕に手を伸ばす。しかし、山本の手が芽榴の腕に触れる前に、2人の背後から不機嫌な声がとんだ。


「……通行の邪魔だ。通路をあけろ」


 振り返った芽榴の視線の先には山本の後ろで眼鏡のブリッジをあげる翔太郎の姿があった。

 通路のど真ん中で繰り広げられている男女の会話に水をさせる翔太郎はさすがというところだ。とにもかくにも、ちょうどいいタイミングで妥当な人物が現れたことに芽榴は安堵する。


「か、葛城。おどかすなよ」

「別にそんなつもりはない。ただ邪魔だから邪魔と言っただけだ」


 焦る山本に、翔太郎は依然不機嫌な声音のまま言葉を返した。たいして翔太郎と親しいわけではない山本にとっては、翔太郎の率直な言葉が心に突き刺さるわけで、居た堪れなくなった山本は逃げるようにしてその場からいなくなってしまった。


「なんだ、あいつは」


 そんな山本の姿を一瞥し、翔太郎は芽榴に問いかける。すると、芽榴は肩を竦めながら「C組の山本くん」と答えた。


「そんなことは知っている。そうではなくて……まあ、いい」


 説明するのが面倒になったらしく、翔太郎はそんなふうに適当な様子で話をきる。


 ちょうど翔太郎の部屋は松田先生の部屋の近くということで、芽榴は翔太郎と並んで通路を歩くことになった。けれど隣を歩いていても、翔太郎が自ら口を開くことはなく、芽榴は彼らしい態度にクスリと笑って、髪を揺らした。


「葛城くん」

「なんだ」

「さっきね、あのタイミングで葛城くんが来てくれて助かった。ありがと」


 翔太郎が来なければ、山本に引きとめられて、さっきの会話が今もまだ続いていたことだろう。あの気まずさから切り離してくれたことに、芽榴は少し躊躇いがちに感謝の気持ちを告げた。


「……まったく、貴様も貴様だ。ああいう会話は人目につかないところでしろ」

「やっぱり聞いてたんだ?」


 芽榴がそう言うと、翔太郎の目が丸くなる。そしてすぐに今の自分の発言が、芽榴が告白されている現場の一部始終を見てたことを暴露しているのだと気づき、翔太郎はきまり悪そうに眉を寄せた。


「別に聞きたくて聞いていたわけではない。歩いていたら聞こえて」

「分かってるよ。だから怒らないで」


 翔太郎かものすごい剣幕で言い訳を並べ始めるため、芽榴はドードーと彼を宥めるようなしぐさをしてみせた。


「でも、あそこで乱入できるのは葛城くんくらいだよ」

「そうでもないだろう。あそこまで露骨に断られていたら、逆に哀れに思って介入したくなる」


 翔太郎がそう言うと、芽榴は焦り顔で翔太郎のことを見返した。


「なんだ」

「私、そんなにひどいこと言ってた?」


 芽榴はそう言ってゴクリと唾をのみこむ。

 いつも酷いフリ方をする翔太郎よりもさらに酷いフリ方だったのかと思い、芽榴の顔がどんどん青くなっていった。


「私、山本くんに謝ってくる」

「馬鹿か、貴様。謝ってどうする」


 踵を返そうとする芽榴の腕を翔太郎がやれやれといった様子で掴む。すでに告白を遮られているのに、謝罪をすれば山本の傷を抉るようなものだ。


「でも葛城くんより酷い断り方なんて、相当ヤバイでしょ」

「どういう意味だ、それは。それに露骨とは言ったが、誰も俺より酷いなどと言っていないだろう」


 さっきは芽榴が翔太郎を宥めていたが、今度は翔太郎が慌てる芽榴を宥める番になっていた。それから翔太郎が言葉を撤回し、芽榴は安堵するとともに頬を膨らませた。


「私はみんなと違って、告白なんて慣れてないし……どう返せばいいか分からないよ」

「別に慣れてなどいない」

「それでも私と比べたら、たくさん告白されてるでしょ?」


 その事実は変えられることもなく、翔太郎は口を噤む。役員の中で考えれば、翔太郎の告白された回数は少ない方になるが、それでも一般的に見れば多い方になる。


「好きで告白されてるわけではないが……」

「はい、そーいう言い方しない」


 芽榴はそう言ってパンッと手を叩く。そして大きなため息をつき、視線を床へと投げた。


「でもやっぱり、さっきの言い方はまずかったかな……」


 そんなふうに芽榴はまた山本のことを気にし始める。その様子を見て翔太郎も思うところがあったのか、軽く息を吐いた。


「まあ、貴様の言っていたことは間違っていないと思うが……」


 静かに翔太郎が言葉を切り出し、芽榴は翔太郎の横顔を見つめた。


「一つだけ間違っていた」

「え?」


 翔太郎の指摘に芽榴は首を傾げる。すると、翔太郎は芽榴のいない側の壁に視線を向けて、照れ隠しをするように眼鏡を押さえながら小さく口を開いた。


「貴様の性格を知って幻滅はありえない。……むしろその逆だろう」

「へ?」


 芽榴は聞き間違いかと目を丸くする。けれど赤くなる翔太郎の耳が、翔太郎の言葉を嘘じゃないと芽榴に伝えていた。


 ぶっきらぼうな翔太郎から、そんな嬉しい言葉をかけられて芽榴の頬は思わず緩む。


「葛城くんはそーだった?」

「……第一印象が最悪なら、それ以上悪くなることはないからな」


 結局翔太郎はそんなふうに捻くれた答えを出してしまうのだが、それでも芽榴はなんだか嬉しくてニヘラと表情を崩して笑っていた。

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