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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
修学旅行編
246/410

221 展望台と十年前

 タクシーを降りてたどり着いたのは、観光地としては街でも有名な展望台だ。


「あー……ここは確かに来なかったですけど」


 芽榴はそう言って慎を横目に見る。

 観光地として有名な展望台に、なぜ班メンバーが訪れなかったのか。その理由は至って簡単で、訪れる人の8割以上がカップルだからだ。


「ははっ、ま〜いいじゃん。あんたが一緒にいる相手は聖夜だぜ? 聖夜の彼女と思われるなんて光栄だろ?」


 慎はそう言って、芽榴を献上するかのごとくして聖夜の前に突き出す。はっきり言ってカップルと間違えられて喜ぶのは芽榴ではなく聖夜のほうだ。


「芽榴」

「……はい?」


 聖夜が芽榴の前に手を差し出す。芽榴はその聖夜の手を見て困り顔で首を傾げた。


「場所も場所やし、手繋いだほうがそれっぽいやろ?」

「別にそれっぽくする必要ないですよね」


 聖夜の手を見つめながら、芽榴は聖夜の意見を即否定する。すると、後ろで慎が口を抑えて笑いを堪え始めた。もちろんそれが聖夜の不機嫌に拍車をかける。


「あー、えっと……じゃあこうしましょー?」


 目の前でみるみる聖夜の視線が鋭くなっていくため、芽榴は人さし指をたてて提案するように口を開いた。


「ジャンケンで琴蔵さんが勝ったら手繋ぎます。負けたら繋ぎません。どーです?」


 それを聞いた聖夜は眉をあげ、芽榴の背後に立つ慎は反対に目を細めた。ジャンケンなら一か八か、聖夜が勝つ確率は5割ある。このまま問答を繰り広げたところで芽榴は絶対に繋がないと理解し、聖夜は芽榴の提案にのった。


「じゃあ、いきますよー?」


 はっきり言って天下のおぼっちゃまとジャンケンをしていいのかも悩みものだが、芽榴は苦笑しながら手を振りかざした。


「じゃーんけーんぽん!」


 芽榴はそう言ってグーを、聖夜はチョキを出した。それを確認し、芽榴はそれほど喜ぶこともなくニコリと笑う。


「ということで、このまま行きましょーか」


 芽榴がそう言ってさっさと展望台の中に足を進める。すると聖夜が芽榴の腕を掴んだ。


「琴蔵さん、二言はなしですよ?」

「分かっとる。でもお前、冷静すぎるやろ」


 聖夜が眉を寄せ、怪訝そうに言う。芽榴の反応はまるで勝つことが分かっていたかのようだった。

 聖夜に指摘され、芽榴は頬をかきながら申し訳なさそうな顔でジャンケンを提案した理由を語ることにした。


「ごめんなさい。私、ジャンケン強いんです。弟と10回やって10勝するくらい」


 唖然とする聖夜に向かって芽榴は言う。文化祭で役割分担ジャンケンをしたときは意味が分からず後だしで負けてしまったが、あのときも意味が分かっていたら芽榴は颯にも勝っていたかもしれない。


「お前、結果分かっとって提案したんか!?」

「でも何も聞かずに提案にのったのは琴蔵さんですよー?」


 芽榴は肩を竦めて戯けたようにペロッと舌を出す。確かに芽榴の意見は正しいため、聖夜は「迂闊やった」と、大きな溜息を吐いて頭をかいた。







 展望台の中は夕方ということもあって来場しているカップルの割合が高くなっていた。

 雪景色で夕日が沈む風景はとても綺麗で、ロマンチックなことだろう。そんなことをのんきに思いながら、芽榴は聖夜の隣を歩く。慎はというと、芽榴たちから一歩引いたところで女同士で来ている人たちに声をかけられたり声をかけたり、と彼らしい行動をとっていた。


「あの人はまた……」

「ほっとけ。いつものことや」


 後ろにいる慎に芽榴が目を向けると、聖夜がすぐさま芽榴の顔を前に向かせた。すると自然に芽榴の視線も前を向くことになるのだが、自分の前方を見た芽榴は咄嗟に聖夜の背中にしがみついた。


「芽榴? どないした」

「あれ、隣のクラスの人なんです」


 芽榴たちの前方には麗龍の制服を着たカップルがいる。芽榴はそれを聖夜に伝え、尚も聖夜の後ろにしがみついたまま隠れていた。

 いくら私服に着替えているとはいえ、顔は変装も何もしていないためすぐにバレてしまう。バレて変な噂が立つのも困るため、芽榴は伏せた顔をあげない。


「……芽榴」


 聖夜はそんな芽榴を横目に見て軽く息を吐くと、芽榴と向かい合うようにして立って、なおかつ芽榴の目線にあわせて腰を屈めた。


「琴蔵さん。あの……」

「これ、お前がかけとったほうがええやろ」


 聖夜はそう言って自分の黒縁眼鏡を芽榴の顔にかける。


「俺はこの格好だけで、だいたい欺けるさかいな」


 実際問題として、一般人もまさかあの琴蔵聖夜がこんなところにいるとは思いもしない。今は芽榴のほうが姿を隠さなければいけない状態だ。


「ありがとう、ございます……」


 芽榴は眼鏡の柄を両手で押さえながら顔をあげる。感謝するように芽榴が柔らかく笑むと、聖夜は優しい顔で芽榴の髪をクシャクシャと撫でた。



 それから芽榴は聖夜と2人で外を一望できる大きな窓ガラスの前に立って、綺麗な景色を眺めていた。


「琴蔵さん」

「……ん?」


 外の風景を見下ろしながら、芽榴は聖夜に声をかける。聖夜はそんな芽榴に視線を向けた。


「ずっと聞きたかったことがあるんですけど、いいですか?」


 芽榴の問いかけに聖夜が一言「ええよ」と返す。すると、芽榴は静かに、ずっと抱えていた疑問を口にした。


「どうして、十年も前のピアノの音色を覚えてたんですか?」


 芽榴と聖夜はあの夏、十年ぶりに麗龍で再会した。再会といっても十年前に会ったのは数えるほどしかないのだが、だからこそ聖夜がそんな些細な記憶を鮮明に覚えていたことが不思議だった。芽榴ならともかく聖夜はそんな記憶力を持ち合わせてはいないはずなのだ。


「ピアノの弾き癖なんて、音楽に通じてる人でも聴き分けるの難しいのに」


 芽榴が言葉を重ねると、聖夜の頬が薄く染まる。芽榴はその様子に首を傾げた。


「琴蔵さん?」

「……笑わんって約束せえよ」


 聖夜が一言そう告げる。芽榴は尚も頭上にはてなマークを浮かべなから了解の合図を送った。すると聖夜は芽榴からあからさまに顔を背けて、小さな声でブツブツと説明を始めた。


「……昔、お前が弾いとる曲を聴いた後に、他のやつが同じ曲を弾いとるのを何回も聴いたんや」

「へ?」

「昔の話やぞ」


 あくまで「昔の自分が」と付け加えるあたり、聖夜の照れ隠しが見え見えなのだが。その事実を耳にした芽榴は頓狂な声をあげた。


「でも誰が弾くんも物足りんくて……。十年ぶりに再会したお前だけが、唯一あのときと同じくらい満足のいく曲弾いてみせた」


 でもそれだけで芽榴を『東條芽榴』と結びつけるにはあまりにも不確かで、だからあのとき聖夜は芽榴に『なぜその曲を弾いたのか』と尋ねた。それがあのときの真相だった。


「でも、それで死んだ人間が生きてるなんて本当にすごい発想ですよ?」

「まあ、なんや。俺は東條芽榴が死んだことに関して、疑問しか感じてへんかったから……って、俺は何を言うとんのや……」


 聖夜は自分で説明して後悔し始める。今の発言は、幼い頃の聖夜が東條芽榴の死について調べていたことを暴露しているに等しいものだ。


「あれやぞ。あないな無愛想で可愛げない小娘が死んだら、もっとなんかある思うて……」


 幼い自分の気持ち悪い行動を聖夜は慌てた様子で弁解する。その様子を見て、芽榴はクスリと思わず笑みをこぼしていた。


「芽榴、お前笑わんって約束したやないか!」

「すみません。なんていうか……あの頃の私を気にかけてくれてた人がいたんだなーって思ったらつい……」


 芽榴はそう言って困ったように笑った。


「でも私も覚えてますよ。昔の琴蔵さんは、本当に純粋な目をしてましたから。とても優しい子なんだろうな、って。荒波にもまれて再会したときはやさぐれてましたけど」


 芽榴がそう指摘すると、聖夜は言葉に詰まる。芽榴と再会したときの聖夜は、聖夜自身認めざるを得ないほどに酷い有り様で、まさに極悪非道という言葉に尽きる人間だった。


 けれど幼い頃の聖夜は、ぎこちない標準語を一生懸命喋ってみたり自分の誕生石を調べたり、本当に純粋な子どもだった。


「思えば……あの頃から俺は、お前に憧れとったんやろうな」


 聖夜は小さな声でボソボソとそう呟く。すると聖夜の声がいまいち聞き取れなかった芽榴が首を傾げた。


「今は更生したんやから、昔の話すんな」

「ははっ、ですね」


 聖夜が不機嫌にそう言うと、芽榴が肩を竦めて笑う。その様子を見て、聖夜は彼らしく不敵に鼻で笑った。

次回で聖夜&慎くんのターンは終わりです!役員推しの読者様、次の次の回からは生徒会役員のターンですので、お待ちください!

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