220 連行と観光
聖夜にしなければならない話は終わった。
だから芽榴はこのまま帰って、班メンバーと合流しようと考えるのだが。
「せっかく来たんやから、しばらくここにおれよ」
聖夜がそう言って、帰ろうとする芽榴の腕を掴む。引き剥がそうにも剥がれてくれない聖夜の腕を芽榴は困った顔で見つめた。
「でも、あんまり単独行動は……」
「あーあ。俺たち、楠原ちゃん追っかけるのに精一杯でちっとも観光できてねぇんだけど、それに関してどうとも思わねぇの?」
断りの言葉をいれようとした芽榴に慎が告げる。聖夜と慎にとって、北海道だろうとどこだろうと行こうと思えばいつでも行けるはずだ。ゆえに彼らが本気で観光したいなどと思っているはずがなく、そのことは芽榴にも簡単に分かった。
「せやな。芽榴、お前もあんまり観光できてへんやろ。俺と街ぶらつくで」
「いえ、もうだいぶ見て回りましたし……それに他の人に見られたらまた面倒なことに……っ」
再び芽榴が聖夜に反論しようとするが、慎に今度は口を塞がれて止められた。
「まー、聖夜もそれなりに変装するし。楠原ちゃんにも制服はちゃんと着替えてもらうからさ、行こうぜ?」
言葉は提案しているように見せかけても、声音は完全に異論は認めないと伝えている。
「……分かりました」
慎の手が離れると、芽榴は肩を竦めながらそう答えた。
「んじゃ決まり」
「なんやお前も一緒に来るんか」
「当たり前だろ。俺いねぇと何かと不便だぜ?」
どこか楽しげに口論をする2人を見て、芽榴は微笑む。やむなく付き添うという形にはなったけれど、お世話になっている2人とも旅行気分を味わえることがなんとなく嬉しかった。
「さぁて、どこ行く〜?」
準備ができたところで、別荘の玄関口を出て行きながら慎が尋ねてくる。しかし、別荘を出て行く前に芽榴には言いたいことがあった。
「あの、琴蔵さん。前から思ってたんですけど……その格好、変装の意味あるんですか?」
芽榴は先に玄関から出て行った聖夜を見ながら呟く。
互いに素性がバレると面倒だからということで、芽榴も麗龍の制服から聖夜の用意した高級な洋服に着替えることになり、聖夜も同様に衣装チェンジをすることになったのだが。
「変か?」
「いえ、どっちかっていうと似合ってますけど……」
聖夜の問いかけに芽榴は困り顔で答える。
前にも聖夜は自称変装をして芽榴に会いに来てくれたことがあった。今回もあのときと同じで、単に黒縁眼鏡をかけていつもより少しラフな格好をしてみせているだけだ。おかげで聖夜本人と判別されることはないだろうが、やはりどこかの映画俳優のような出で立ちになっている。
「……目立ちそーですよね」
「そうか? それ言うたらこいつのほうが目立つやろ」
そう言って聖夜が自分の隣に立つ慎を親指で指し示す。慎は簑原家の次男としてそこまで顔が知れているわけでもないため、変装はしていない。しかし、彼に至っては変装しようがしまいが纏う雰囲気がすでに目立っているのだ。
「ははっ、褒めんなって〜」
「褒めてへんわ、アホ。さっさとタクシー呼べ」
「もう呼び終わってるぜ?」
相変わらず慎の行動には抜かりがない。しかしそれをしたり顔で言うから腹立たしいところだ。
聖夜が「調子に乗るな」と慎の頭を叩こうとするも、慎はそれを軽くかわしてしまい、芽榴はそれを見て苦笑した。
「それにしても珍しいですね。琴蔵さんがタクシーなんて」
「あ? ああ、車出させてもよかったんやけど、それやと北海道に私用で行くんが本家に筒抜けになるさかい」
聖夜はそう言って、薄く笑みを携えたまま芽榴の腕を引く。
「せっかくお前に会いに来てんのに、そないな余計なこと考えたないやろ?」
優しい声音で聖夜にそう言われると、さすがの芽榴でもドキッとしてしまう。
「こ、琴蔵さ……っ」
「は〜い、俺置いて2人の世界に入んな」
芽榴と聖夜のあいだに慎が腕を差し込み、パンッと手を鳴らす。それで我に返った芽榴はホッとしながら慎に視線をやった。
「つか、聖夜。俺に寒い台詞言うなとか言うけど、今の発言も大概だぜ?」
「お前と一緒にすんな」
「あー、もう喧嘩やめてください」
再び怒りそうな聖夜を芽榴が止める。それさえも慎は楽しいらしく、ケラケラと笑い始めた。おかげで聖夜はまたしても慎の頭を叩き、芽榴は大きな溜息を吐く。
そんなグダグダなやりとりをしていると、タクシーが別荘前に到着し、芽榴と聖夜と慎の札幌観光がスタートした。
助手席に慎、後部席に芽榴と聖夜という組み合わせでタクシーに乗り込む。行き先はまだ決めていなかったはずなのだが、さすがというべきか、慎がさっさと目的地を運転手に伝えていた。
「簑原さん、どこ行くんですか?」
「ん、あー……楠原ちゃんがまだ行ってないとこ」
慎が横目に芽榴のことを見ながらそう告げる。意味深発言に芽榴は首を傾げるが、すぐに合点がいった。
芽榴を別荘まで連れて行くために慎は芽榴を尾行していたのだから、芽榴が班メンバーと訪れた場所は把握済みなのだ。
芽榴がまだ班メンバーとも行っていない場所をさっさと選んでしまうあたり、本当に慎の手際のよさというか要領のよさには芽榴も感服してしまう。
「芽榴」
そんなことを思いながら慎のことをボーッと見つめていると、隣に座る聖夜が芽榴の名を呼んだ。
「はい?」
「あんま、慎のこと凝視すんな。調子乗ってウザくなる」
半目で慎のことを睨みながら聖夜が言う。それを聞いていたらしい慎は「ひっでぇ〜」とケラケラ笑った。
「別に楠原ちゃんから見つめられたくらいで浮かれねぇって」
「……ていうか、それくらいで誰も浮かれませんよ」
慎の意見に賛同するように芽榴が困り顔で呟く。
すると聖夜は少々不機嫌な様子で窓の外に視線を投げた。
世間では怜悧冷徹と謳われる聖夜が、そんなふうに子どもじみた反応を示すのを見ると、なんとなく面白くて芽榴は思わずクスリと笑っていた。
「なんや」
「あ、すみません」
聖夜が恨めしそうに横目で芽榴を睨む。だから芽榴は素直に謝るのだが、顔は笑ったまま、真顔には戻らなかった。
「別にバカにしてるとかじゃないですよ。ただ……」
「ただ?」
聖夜が聞き返してくる。芽榴は目を閉じ、昔を思い出すようにして口を開いた。
「こんな琴蔵さんを見られるのってすごく貴重なんだろうなー……ってしみじみと思いまして」
出会ったころの聖夜は、芽榴の前でもどこか空虚で纏う空気が殺伐としていた。それが今では、たまに笑いかけてくれたり芽榴のことを気遣うまでに至っている。
そんなことを、ふと芽榴は実感した。
「……当たり前やろ。お前以外のやつに、気許してへんのやから」
聖夜は再び視線を芽榴からそらして照れ臭そうにしながらも小さな声でそう告げる。
そんな幸せオーラがあふれる会話も、芽榴と聖夜にとってはよく交わされるもので違和感もないことだが、他人がいる空間でされると気まずいことこの上ない。
「気許してるやつに、俺はカウントしねぇの? 聖夜」
そんな後部席のいい雰囲気をぶち壊すかのようにして慎が口を挟む。
慎が聖夜のアプローチを邪魔するのは珍しいことだが、これも面識ない運転手の気まずさを軽減させようとした慎の配慮の結果だ。
「慎……」
「はいはい、もうしませーん」
聖夜の低い声を聞き、慎はヒラヒラと手を振る。そして後ろの様子が気にならないよう運転手にうるさいくらい話しかけ始めた。
「髪……」
「え?」
再び聖夜が口を開き、芽榴は聖夜のほうを振り向く。すると聖夜が芽榴の髪を一房すくいあげた。
「伸びたな」
「なかなか切る暇なくてですねー」
芽榴がそう言って苦笑すると、芽榴の髪がサラッと聖夜の手から滑り落ちた。
「切らんでええやん」
聖夜に言われ、芽榴はキョトンとする。
「伸ばせよ。お前、長いほうが似合うで」
「……でも長い髪は」
そこまで言って、芽榴は口を閉じる。
東條芽榴として生きていたとき以来、髪が鎖骨より下に降りてくることはほとんどなかった。そのことをふと頭の隅で感じ、芽榴は苦笑する。
「もう、こだわる必要もないですよね」
今の芽榴は、東條芽榴だった頃の自分も受け入れられるはずだ。無意識に東條芽榴と楠原芽榴とのあいだに引いていた境界線も違いも、もう無意味。
「気分転換に……伸ばしてみるのも悪くないかもですね」
自分の髪を一房すくって、芽榴が呟く。すると聖夜は嬉しそうに緩く口角をあげた。
ただただ、
出番の少ない聖夜くんとのリア充なシーンが書きたかっただけです。話が進んでいません、、申し訳ないです。泣
現在お察しのことと思いますが多忙期間のため、来週は更新できるか分かりません。
できるだけ頑張りますが、気長にお待ちください!
穂兎ここあ
 




