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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
修学旅行編
243/410

218 別行動と相乗り

 2日目は札幌の町を班単位で自由に観光するという日程になっていた。


 芽榴は舞子や委員長たちF組メンバーと一緒に街を歩き回ったり、家族や友人へのお土産を買ったり美味しいものを食べたりしてお昼までの時間を過ごしていた。


「ね、あそこで写真とろーっ!」


 班のメンバーの一人が近くにある景色のいい橋を指差して、みんなに呼びかける。綺麗な雪景色を見つめ、みんな「撮ろう撮ろう」と乗り気で橋のほうへと足を向けた。


「委員長、あそこの人に写真撮ってくれないかお願いしてきて!」

「なぜ私がその役回りなんでしょう」


 写真撮影提案者にほぼ強制的なお願いをされ、委員長は自らのデジカメを持ってそこにいる女性に写真を撮ってくれないかとお願いしに行った。


「舞子、楠原さんも早くこっち来て」

「はいはい」

「あ、うん!」


 同じ班の子に手招きをされ、別の方向を見ていた芽榴と舞子は急いでみんながポーズを決めている場所に紛れ込んだ。


「お願いしまーす!」

「はーい、じゃあ撮りますよー?」


 気作な女性はそれから念のために三回ほどシャッターを切り、笑顔で委員長にデジカメを返す。芽榴と委員長で「ありがとうございました」と丁寧にお礼を言っているあいだにも背後ではメンバーが少し興奮ぎみに今しがた撮った写真のチェックをしていた。


「えー! 舞子、何この写り方! 詐欺だ!」

「詐欺はあんたでしょうが。何よ、この角度」

「ちょっと、エミは目を見開きすぎ!」


 そんなふうに自分たちの写り具合について討論しあっている班メンバーを見て、芽榴と委員長は顔を見合わせて困ったように笑った。


「さてさて、次はどこに行きます?」


 写真撮影討論会がひと段落ついたところで委員長が観光マップを片手にそんなふうに尋ねる。

 行きたいところから順に向かったため、今はもう班メンバーが行きたがっていたところには一通り行った後だ。よって午後の行き先はまだ決まっていない。


「あの、ちょっといーかな」


 みんなが次の行き場所を決める中、芽榴はおずおずと右手をあげた。


「お! 楠原さんはどこに行きたいの?」

「あ、えっと、その……今から約束があってちょっと別行動してもいーかな?」


 芽榴のお願いをきいて、みんな少し驚いた顔をする。2日目の自由行動は形式的に班行動とされているものの、実際は途中で離脱してカップルでデートする人たちもたくさんいる。だから別行動すること自体なそれほど驚くべきことでもないのだが、それを言っているのが芽榴ということが問題なのだ。


「楠原さん! だ、誰と待ち合わせ!?」

「尾行しよう!」


 と、例のごとく芽榴をおいて班メンバーがさわぎはじめた。今から芽榴が役員の誰かとデートをするのだと予想しているらしく、それが分かった芽榴は困ったように肩を竦めた。


「で、誰と約束?」


 隣に立つ舞子が冷静に問いかけてくる。芽榴は舞子のことを見上げて薄く笑った。


「昨日、スキー場で神代くんと蓮月くんと戯れてた人たち」

「ああ、そっち」


 舞子はその選択肢も予想の範疇であったかのように、驚くことなく反応を示す。


「でも楠原さん、スマホ持ってないですよね。連絡どうしますか?」


 芽榴と舞子の会話を聞いていたらしい委員長が話に混ざってきた。特に何かを追求するでも反対するでもなく、根本的な質問をする委員長に安堵しながら、芽榴はニコリと笑顔を返す。


「あー、それはたぶん大丈夫。舞子ちゃんの電話番号は覚えてるから終わったら連絡するね。迷惑かけちゃうけど……」

「いいですよ、全然」

「そうそう。楽しんできな」


 舞子と委員長に優しい言葉をかけられ、芽榴はまだ少し申し訳なさそうにしながらも橋から少し先にある広場で班員と別れた。


「じゃー、またあとでね! 楠原さんっ!」

「うん、ありがとー。またあとでー」


 みんなの後ろ姿が見えなくなるまで手を振り続けた後、芽榴は振り向くことなく、すぐに口を開いた。


「……毎度お迎え大変ですね、簑原さん」


 芽榴がそう言うと、芽榴の少し後ろに建っている銅像の影から、茶色のマフラーを巻きつけた簑原慎がいつもの怪しげな笑みを携えて姿を見せた。


「なんならお迎え賃、払ってくれてもいいんだぜ?」

「仮にもお金持ちが言う台詞ですか? それ」


 横目で慎を視界にとらえ、芽榴は呆れ顔で眉を下げた。

 昨日、どこでいつ会うかを話し合っていなかった時点で、慎が芽榴の近くに待機していることは予想していたが、案の定そうだった。


「琴蔵さんは?」

「別荘で待ってる。だからさっさと行くぞ」


 芽榴の隣に並んだ慎は淡々とそう告げて、近くに止まっているタクシーを拾った。ここから琴蔵家別荘までは遠い(といっても車で10分くらい)らしく、芽榴は慎と2人でタクシーに乗り込んだ。


 相手が慎なだけに、他の人の倍以上警戒しながら芽榴は慎の隣に座る。まるでいつでも外に飛び出せますと言わんばかりにドアに体をくっつけている芽榴を見て、慎は楽しげにケラケラと笑った。


「さすがに一般のタクシーの中で変なことはしねぇよ」


 そう言って慎は膝の上で頬杖をつき、窓の外に視線を投げる。


「にしても、あんたがあっさり聖夜と会う約束したのは意外だったなぁ」


 慎はそう言って楽しげな声音で「なんで?」と理由を尋ねる。そして芽榴がそれに答えるよりも先に彼なりの答えを続けて言ってみせた。


「……とうとう聖夜のこと好きになった?」


 慎は芽榴のほうを見ない。楽しげな声音でもそれをどんな顔で言っているのかは分からない。けれど芽榴にはなんとなく慎はいつもと変わらない笑みを浮かべているような気がしていた。


「……琴蔵さんが、どうして私を追いかけて北海道まで来たのか分かってましたから……理由はそれだけです」


 聖夜に話さなければならないことがある。だから芽榴は今聖夜に会いに行こうとしているのだ。芽榴の返事を聞いた慎は「ふーん」と気のない返事を残した。

 慎から続きの言葉が出てくることはなく、妙な沈黙が車内に広がる。それがなんとなく嫌で、芽榴は自ら慎に話をふった。


「……ラ・ファウストは休みなんですか?」

「いいや、普通に登校日だと思うけど?」


 当然のことのようにして慎が答える。「じゃあなんでここにいるんだ」と芽榴が半目になると、慎はクスリと鼻で笑った。


「別に学園に行ったところで、図書室か特務室にしかいねぇんだから暇だろ?」

「……まだ図書室占領してるんですか」


 慎が図書室を利用する理由がたった一つ頭に浮かんで、芽榴の眉間に皺が寄る。余計なお節介とは分かっていても、芽榴にはやはり慎の習慣的な行動を肯定することができない。

 不満げな芽榴の顔を見て、慎は目を細めた。


「楠原ちゃんがそんな顔するんだったら、別に全員と切ってもいいけど」

「は?」


 芽榴と慎の視線がぶつかる。訝しげな芽榴の視線を受けても、慎が飄々とした態度を変えることはない。


「ただし、数十人でやってきた俺の相手を楠原ちゃん一人が受け入れること。できる? できるなら俺は別に他の女全員切っても構わねぇよ」


 慎は試すような視線を芽榴に返す。慎は本気でその答えを求めてなどいない。

 からかわれていると分かった途端に、芽榴はその慎の提案に賛成することも拒否することもできなくなる。答えを出したところで慎が面白がるだけだ。


「……そーですか」

「ははっ、素っ気ねぇの」


 慎はまた窓の外を見つめて笑った。


「でもさ、楠原ちゃん」


 けれど続けて聞こえた慎の声はさっきまでとは違い、少しだけ真剣味を感じる低い声。


「図書室占領するのもさ、悪くねぇって俺は心の底から思ってる」


 芽榴のほうを振り返った慎は車の窓から入ってくる日差しを浴びて、どこか寂しげな美しさを纏って見えた。


「だって、そうじゃなきゃ……」


 芽榴と慎の出会いは図書室。

 あのとき慎が図書室に来なかったら芽榴は颯たちに匿われたまま、聖夜とも、もちろん慎とも出会うことはなかったかもしれない。


「こんないじめがいのある女に出会えなかったってことだろ?」


 慎は芽榴を見てニヤリと笑う。ただ単純に「芽榴に出会えてよかった」と言えばいいだけの話。でもそれは他の男がいくらでも言ってくれる言葉で、慎が芽榴に与える特別にはならない。

 だから慎は皮肉たっぷりでも芽榴の心に残る言葉を選ぶ。


「あー……図書室に行くと、こんな大嫌いな人に出会うこともあるんですよね。以後図書室に行くの気をつけます」


 芽榴もニッコリ笑顔で嫌味を返す。


「大嫌いって、何? 俺のこと?」

「他に誰がいるんですか」

「へぇ、それは光栄だね」


 好きの反対は無関心。逆に言えば、嫌いな人は好きな人と同じくらい関心があるということだ。そう思って慎は茶色のマフラーを緩む口元に寄せる。


「俺も楠原ちゃん嫌いだし」


 慎のその思いはある種歪んでいて、けれど芽榴はそんなことも知らずに、ただ言葉のままに受け止めてしまう。

 それでも芽榴の心に慎は誰ともかぶらない「嫌いな人」として残るのだ。それでいいと思えるのもまた簑原慎という男だけだろう。


 ひねくれ者を乗せたタクシーはそうして琴蔵家の別荘へと到着するのだった。

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