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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
修学旅行編
240/410

215 仲良しと決別

「颯、それ食べるの?」


 大広間に集合して、夕食をとる来羅は目の前に座る颯に問いかけた。夕食は特に班行動を強制されていないため、来羅はちょうど見つけた颯と一緒に食しているのだが。


「え?」


 来羅の声に反応して颯がハッとした顔で自分のプレートを見る。颯の視線の先にある冷奴の器は醤油の海になっていた。颯は目を丸くし、すぐに手にしている醤油を台の上に置く。


「ああ……」


 そして次の瞬間には颯が額を押さえて溜息を吐き始め、来羅は目を細めた。

 颯がこうなる理由は来羅の知る限りでは一つしかない。


「今度はるーちゃんに何したの?」


 来羅が問いかけると、颯の眉が上がる。毎度のことだが、芽榴のことになると本当に颯は素直だ。

 珍しく気まずそうに視線を彷徨わせる颯に、来羅は肩を竦めた。


「なぁに? とうとう抜け駆けして好きって言っちゃったとか?」


 笑顔で来羅が人差し指を立てる。いつもならそこで「言えたら苦労しない」と告げる颯だが、今日は何も言わない。


「え」


 その颯の反応に、来羅は人差し指を立てたまま固まった。来羅の信じられないというような顔を見て、颯はまた大きな溜息を吐く。


「……芽榴が正確に意味を解釈できてたら、そういうことになるね」

「――うっそ!」

「……声が大きいよ」


 来羅は自分で自分の口を押さえる。颯は困ったような顔で水を飲み、来羅は視線を彷徨わせた。

 そして夕食をとる生徒たちの中から一人の女の子を探し出す。


「芽榴ー、ハンカチ忘れてるわよ」

「あ、ほんとだ。ありがとー」


 友人の植村舞子と夕食をとり終え、部屋に戻るところらしい芽榴の姿が来羅の目に映った。いつも通りのんびりした雰囲気の芽榴からは特に変わった雰囲気はない。


「……分かってない気もするわね」


 事実として、来羅が一度芽榴に「好き」と言った時、芽榴は友達としての「好き」と解釈した前例もある。


「でも、芽榴はあまり感情を表に出さないから」


 そういう颯の言葉も確かだ。以前、滝本から告白されたときも芽榴はうまく隠していた。あの件を知っているのは役員の中でも颯と来羅だけで、2人ともきっかけがなければおそらく今も知らないままだった。


 鈍感すぎて颯の言葉の意味を〝友達としての好きな子〟と解釈したか、それともちゃんと颯の言葉を理解して顔に出さないようにしているのか、颯にも来羅にも分からない。


「で、颯は言ったこと後悔してるの?」

「いいや。後悔はしていないけど……」


 颯は水の入ったコップをテーブルの上に置く。溶けて丸くなった氷を見つめながら颯は小さく口を開いた。


「……お前がさっき言ったみたいに、抜け駆けした気がして」


 そして颯は頬杖をつき、何度目かの溜息を吐く。醤油をかけすぎて食べれなくなった豆腐はそんなことに颯が思考を巡らせていた証拠品。その器を眺めて来羅は薄く笑った。


「いいんじゃない? 抜け駆けなんて今さらの話だし」


 来羅はそう言って、止めていた箸を再び動かす。


「今さらって……」

「颯も分かってるんでしょ。るーちゃんがどっか行っちゃうって」


 口にいれたご飯を飲み込んで来羅は静かに告げる。しかし、颯はそれに答えない。少し下を向いた颯の瞳は前髪に隠れてしまう。


「だったらボーッと譲ってる場合じゃないもの」


 背けられた颯の顔を来羅は見つめる。




――今はまだ仲良しのまま、変わらなくていいと思うわ――




 文化祭で颯と交わした言葉を来羅は思い出していた。あのときの言葉が懐かしく感じられるのは、それがもう過去の意味でしかないから。


「仲良しごっこも終わりにしなきゃ」


 いつか変わる日が来ると分かっていた。その〝いつか〟が今になっただけの話。

 そう言い聞かして来羅は笑う。


「来羅――」

「あらら、早く食べないと」


 割り切らなければいけないことと分かっていても、それでもやっぱり、変わり始める未来を少し寂しいと来羅は思った。








「あ、タオル忘れた」


 お風呂あがりの芽榴は手元にない私物を思い出し、そう呟いた。


「今日忘れ物多くない? 芽榴」


 隣を歩く舞子が芽榴の呟きに反応する。

 夕食の時間もハンカチを置き忘れたまま部屋に帰ろうとし、お風呂に行くときも肝心な着替えを持っていくのを忘れ、今回はタオルを忘れたと言う芽榴を、舞子は少し呆れ顔で見ていた。


「あー、なんかはしゃぎすぎて疲れてるのかも」

「あんた、はしゃいでた?」


 舞子の指摘に芽榴は苦笑する。一応修学旅行という空気だけで最初から芽榴の頭は浮かれモードなのだが、周りにはそう見えていない。


「先に行ってて、舞子ちゃん」


 芽榴はそう言って、元来た道へ戻る。

 芽榴たちは最後の組で入浴したため、もう大浴場に生徒は残っていない。閑散とした広い空間を進み、芽榴はそのまま自分の使っていた脱衣所の棚へと向かう。


 そこには自分が忘れていったタオルがちゃんと置いてあった。それを手に取り、芽榴はコツンと棚に頭をぶつける。


「……さすがにボーッとしすぎだよね」


 呟いて、芽榴は目を閉じた。そうすると自然にさっきの颯の言葉が頭に浮かぶ。





――だって、好きな子には僕だけを見てほしいって思うものだろう?――




 みんなの前では平然と振る舞ってみせても、一人になればそれは崩れる。芽榴は赤くなる顔を押さえた。

 さすがの芽榴でも、それがどういう意味なのかは分かっていた。


「……本気か冗談か分かんないよ」


 颯はよく冗談っぽく芽榴のことをからかうけれど「好き」という言葉を口にしたことはなかった。颯は大事な言葉を軽はずみに使うような人ではないし、さっきの颯の言葉が彼の本心だと思えば、彼の今までしてきた謎の行動も辻褄があう。

 でも本気にしては、あまりにも爽やかであっけない気もした。といっても芽榴が経験したのは滝本からの告白一回のみで、比べられるのはあのときの滝本だけなのだが、滝本はもっと真剣で切羽詰まっていたはずだ。

 颯の去り際の笑顔が引っかかってならない。


「……神代くんのバカ」


 芽榴はそう呟いて溜息を吐く。でも、もしそれが颯の本心だったなら、本当にバカなのは――。


「私だ……」


 颯の言葉が頭の中をグルグル回って、心は落ち着かない。芽榴は自分の気持ちを整理するどころかグチャグチャにしてしまっていた。


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