213 最強対決と終止符
スキー教室が始まってから約1時間。
「一滑りしたし、そろそろ本当に止めなきゃねー」
翔太郎とともに降りてきた芽榴は有利と来羅と合流してそんなふうに呟いた。もちろん芽榴の視線の先には雪戦争を観戦している生徒集団がいる。
「でも今ならあの4人が目立ってくれてるおかげで滑り放題よ?」
「確かにそうですね」
来羅と有利はそれぞれ肩を竦めた。2人の言うとおり、あの4人の乱闘を学年の大多数が観戦しているため、今は人も少なく滑りやすい。
「やらせておけ。いつかは勝手に収まるだろう」
「「「それはない」」ですね」
今まで数多の口論を繰り広げてきた4人だが、きっかけがない限り本当に収まりがつかない。芽榴と同じく有利と来羅も同時に翔太郎の発言を否定した。
「でも楠原さんが入ったところで争いが激化する可能性もありますけどね」
「……これ以上どう激化するのー」
芽榴はそう言って困ったように笑う。そしてスキー板を翔太郎に託し、そのまま集団の中に紛れ込んだ。
「あ、楠原」
集団をかき分けて進んでいくと、先頭のほうに滝本と舞子がいる。彼ら2人も野次馬になっていることに少々驚きながら芽榴は2人の元に歩み寄った。
「芽榴、なんかすごいことになってるわよ」
舞子が指し示すほうを見て、芽榴は一瞬目を見開く。しかしすぐにその目は線のように細くなった。
芽榴が確認していたときまでは颯と聖夜、そして風雅と慎がそれぞれ戦っていたはずなのだが、今はその光景が一変。
「へぇ……やっぱり君、なかなかやるね」
「ははっ、敏腕会長さんに褒められちゃって嬉しいね〜」
どういうわけか、颯と慎が向かい合っているのだ。
聖夜と風雅はどこへ行ったのかと少し視線をズラすと、2人とも雪の上に伏して倒れていた。
「……どーしてあの2人は転がってるの?」
芽榴が困り顔で尋ねると、舞子と滝本が自分たちの見たところでの解釈を芽榴に伝え始めた。
滝本いわく、颯の雰囲気が突然変わって聖夜を完膚なきまでに倒したとのこと。そして舞子の話によれば、聖夜が負けたのを確認した慎が風雅を笑顔で倒したらしい。
よって今、行われているのは最終決戦のようなものにあたるわけなのだが。
「この2人は決着つかないでしょ……」
芽榴は額を押さえて大きなため息を吐く。
今の話を聞く限り、慎が颯と対しているのは聖夜のためだ。その前提がある以上、慎は絶対に手を抜かない。本気の颯と本気の慎が戦ったとしても、はっきり言ってどちらも負ける姿が想像つかない。
「残念だけど、僕は芽榴以外には負ける気ないよ」
颯はそう言って、慎に雪を投げる。慎はそれを避けるが、颯がさらに2投目を投げていて、慎は雪の上に手をついてバク転をし、それさえもかわしてしまう。
風雅が倒れた今、女子の視線はそんな慎に釘付けだ。
「あ〜、それなら会長さんは俺には勝てないんじゃん?」
慎は着地場所に放置している大量の雪玉のうちの一つを掴み、バランスの悪い体勢から颯に雪を投げた。
「体力も加味する雪合戦なら、楠原ちゃんにも負けねぇよ。俺は」
その言葉に颯の瞳がギラリと光る。慎の投げた雪玉をしっかり目でとらえ、颯は手のひらで受け止めた。
「……そこまで言い切られたら、逆に潰しがいがあるね」
遠回しに颯よりも格上だと告げた慎に、颯は不敵な笑みを浮かべた。両者ともにニッコリ笑顔なのが不気味だ。
「神代たち笑ってるけど……楽しんでんのか?」
「バカ。どう見てもその逆でしょ」
滝本の言葉に舞子がすかさずツッコミをいれる。その隣で芽榴はもう一度大きな溜息を吐き、再び歩き始めた。
怖すぎて誰も近づけないでいる戦地へ、芽榴は軽々と足を踏み入れる。
投げては避けてを繰り返し、己の運動神経を披露する2人に呆れながら芽榴はそのあいだに立った。瞬間、互いに雪玉を投げようとしていた腕をピタリと止める。そのまま投げていたら確実に芽榴に向かって雪玉が飛んでいっていたはずだ。
「あっぶね〜」
「芽榴……」
両方向から、まるで赤信号で急に飛び出してきた困った子どもを咎めるような声があがる。芽榴はその反応に若干イラっとした顔で、まず颯に視線を向けた。
「神代くん」
少し低い芽榴の声に、颯はとりあえず雪玉を持った手をおろす。
芽榴は颯の視線を受け止めながら、颯のそばに歩み寄った。
「会長が暴れてどーするの。みんな見てるよ? 分かってる?」
芽榴が颯の前に立ち、そう言うと颯は困ったように肩を竦めた。
「分かってるよ。でも仕方ないだろう?」
「何が仕方ないの」
「……芽榴がかかってるから」
颯が何の躊躇いもなくそう言い、芽榴は目を丸くする。けれど次の瞬間には自分を落ち着かせるようにパンパンッと両頬を叩いた。
「勝手に人を商品みたいにしないで」
芽榴が少し不機嫌な顔で告げると、颯はキョトンとした顔で芽榴のことを見つめ返した。
「……芽榴」
芽榴からそんな顔を向けられるのは久しぶりのことで、颯の頭が一気に冷める。すると急激に颯の頭の中で自分の行動の幼稚さが浮き彫りになった。
「ごめん。……冷静さに欠けてた」
考えれば考えるほど恥ずかしくなるのか、颯は顔を押さえて盛大な溜息を吐く。
芽榴はそんな感じで颯の頭が落ち着いたのを確認し、少し離れた先で倒れている人物を指差した。
「それより、あのままじゃ蓮月くんが死んじゃう」
終わらない戦いは打ち切りにして、とりあえず慎に倒された風雅を暖かい場所に連れていくべきだと芽榴は的確な意見を述べる。
「……そうだね。風雅は僕が連れて行くよ」
もう芽榴の言葉に異論のない颯は雪玉を手からこぼし、風雅のもとに行った。
「……で、簑原さん」
颯が風雅を抱えるのを確認し、芽榴は背後で楽しそうに笑っている慎に声をかける。
「ちぇ〜、せっかく会長さんとどっちが上か勝負できると思ったのに」
あくまでそんなふうに言う慎に芽榴は冷たい視線を向けた。
「決着つかないの分かってて、喧嘩ふっかけて楽しんでるあなたは確信犯ですよ。もう問題外です」
芽榴はそう言って慎の横を通り過ぎ、倒れ伏している聖夜のもとに歩み寄った。
「琴蔵さん、起きてください」
芽榴がそう言って聖夜の頭をポンポンと叩く。たとえ倒れ伏していると言えど、聖夜にこんなことをできるのは芽榴しかいない。慎はしゃがみこむ芽榴の上から聖夜のことを覗き込む。
「ありゃあ、会長さん容赦ねぇな〜」
「あなたもですよ」
他人事のように言う慎に、芽榴はしっかり付け加える。聖夜をこんなふうにしたのは颯だが、風雅までこの状態に追いやったのは慎だ。
「どんな雪の当たり方したら、気を失うんですか」
「知りたい?」
「いいえ、結構です」
慎の言葉に芽榴は冷たく返す。慎はそれを分かっていてわざと「雪よりつめて〜」などと言って茶化してくるのだが。
「琴蔵さん」
何度目かの呼びかけで、聖夜の意識が戻った。
「芽、榴?」
「こんなところで寝てたら、死にますよ?」
芽榴が聖夜の目線に合わせてそう告げる。すると聖夜はハッとして雪の上にすぐさま座り直した。
「負けたんか……俺は」
状況を理解した聖夜が苦々しい様子で告げる。悔しそうな聖夜を見て、芽榴は膝の上に頬杖をついた。
「わざわざ北海道まで来て、何してるんですか」
困ったような芽榴の声音に、聖夜は少し眉を寄せる。芽榴からすれば滑稽な話ではあるが、聖夜にとってはすべてが真剣な話なのだ。
「何て……」
「琴蔵さんたちが雪合戦して勝とうが負けようが、私の行動は私が決めることですよ?」
4人で勝手に芽榴を争って雪合戦を始めてしまったが、はっきり言って誰といつどう行動するかは芽榴が決めることだ。たとえ聖夜が颯に勝ったとしても、芽榴が修学旅行を抜け出してまで聖夜に会おうと思わなければ、その勝ちに意味はない。
「せやけど……」
でもそれ以前に、聖夜は颯に惨敗したことが悔しいらしい。そこのところはどうしようもないため、芽榴にも口出しできない。
そういうわけで芽榴が苦笑していると、聖夜がマジマジと芽榴のことを見つめた。
「……芽榴」
聖夜が静かに芽榴の名を呼んだ。まっすぐな聖夜の視線を芽榴は受け止める。
「……俺がお前追いかけてきた理由、分かっとるんやろ?」
聖夜の問いかけに芽榴は小さく頷く。
「だから明日の自由行動時間でいいなら……その時間をあなたにあげます」
芽榴は柔らかい表情でそう言った。その反応は少し予想外だったのか、聖夜と慎は驚いた顔をしていた。
「……分かった」
けれどすぐに聖夜は芽榴の言葉を理解して、静かに返事をする。約束ができたなら聖夜がもうこれ以上ここに留まる理由はない。
そうして立ち上がった聖夜が慎とともに軽く麗龍の教師陣に謝罪し、颯が風雅をおぶってフロアまで連れて行くと、長かった一連の乱闘騒ぎはすべて終結した。
一時間近く野次馬となっていた生徒たちは、先ほどの雪戦争の余韻に浸りつつ、再びスキーを再開する。
「スキー教室、再開ー」
聖夜と慎を見送った芽榴も、再び来羅たちと合流してスキーを再開した。
その頃フロアでは、乱闘騒ぎを起こした颯と風雅が先生に注意を受けていて、颯が注意を受けるという珍しい光景は後に修学旅行生全員の思い出話の一つになるのだった。
更新が遅くなりました!(._.)
ギャグ・スキー教室の回はこれまでですね。
少々間延びしてしまいました。。
次はあの方とのターンですよ!
修学旅行一日目はまだ終わりません!笑




