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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
修学旅行編
233/410

209 雪の大地と嘆願派遣

 飛行機で約1時間半。

 麗龍学園高等部2年生御一行は無事、北海道へと辿り着いた。


「わあーっ、雪降ってるーっ!」


 空港から札幌の宿泊施設へ向かうバスへと乗り換えながら、生徒たちは雪降る北海道の街なみに目を輝かせる。それはF組生徒も同様で、みんな雪を見て楽しそうにしている。別に東京でも雪が降らないわけではないが、修学旅行という気分的にも雪がいつもの倍以上に綺麗に見えるのだろう。


「芽榴、どうしたの?」


 キョロキョロと辺りを見回している芽榴に舞子が問いかける。みんなが空を見上げている中、芽榴は一人だけ空も見上げず周囲の様子を気にしているのだ。


「あー、うん。何でもない」


 芽榴は舞子の顔を見てへラッと笑って答える。すると、芽榴と舞子の前を歩いていた委員長たちクラスメートが「写真撮るぞーっ」と盛り上がり始めたため、2人もすぐにその集団に混ざった。 






 宿泊施設についた生徒たちは、いったん荷物を降ろして一時間後の昼食時間まではフリータイム。昼食後はスキー教室という予定だ。

 

「きゃっはーっ! 広いやーっ!」


 芽榴たち宿泊班十人組も他の生徒たち同様、自分たちの泊まる部屋へとたどり着く。中に入ると、十人部屋なだけあって思っていたよりも大きな畳の部屋だった。


「うわぁ、ほんと広いねー」


 芽榴も周りと同じ反応をしながら、荷ほどきを開始する。舞子もその隣で荷ほどきをしていた。


「あちゃあ、私としたことがくし忘れてる」

「私のでよければ貸すよー?」

「ほんと? 助かる」


 芽榴と舞子が軽く荷物を広げながらそんな会話をしていると、突然ドスンッと誰かが大きな音をたてて芽榴の後ろに座り込んだ。


「楠原さん!」

「んー……って、え?」


 名前を呼ばれて振り返った芽榴は異様な光景に固まる。芽榴の目の前では同じ宿泊班メンバーの一人、宮田あかりが土下座しているのだ。「どしたの?」と芽榴が問いかけると、待ってましたと言わんばかりにその女子、宮田の目が光った。


「楠原さん、一生のお願い!!」

「い、一生……?」

「壮大なお願いね」


 困り顔の芽榴に対し、隣で聞いている舞子は半笑いを浮かべている。しかし芽榴たちの反応を気にすることなく、宮田は鼻息荒く事情を説明し始めた。


「D組女子が、同じクラスメートという特権を乱用して、藍堂くんと枕投げするって言ってたの!!」


 芽榴はそれだけでなんとなく彼女の言い出しそうなことが分かってしまった。ちなみに宮田あかりはクリスマス会で芽榴に有利の写真が欲しいとお願いした彼女だ。


「だから楠原さん! 役員という特権を利用してぜひあたしたちの班も藍堂くんと枕投げできるようにセッティングを!!」


 まるで合コンのセッティングをしてくれと頼むかのような勢いで言われ、芽榴は困り顔になる。だいたい枕投げをするということはどちらかの部屋に男女が集合するということだ。芽榴は修学旅行のしおりに書いてあった注意事項を思い出してそれは駄目だろうと判断する。


「宮田さん。それはちょっと……。修学旅行のしおりにも『男女間の部屋の行き来は禁止』って……」

「お願いお願いっ!」


 芽榴が丁寧に断りをいれるが、宮田は芽榴の前に額を擦り付けて懸命な様子でお願いする。それを見ていた舞子と他の女子は大きな溜息を吐いた。


「バカ、宮田。考えてみ? たとえそれに成功したとしても藍堂くんとあんたは喋れないんだよ?」

「そうそう。藍堂くんが楠原さんと楽しそうに喋ってるの見て、あんたが悲しくなるだけでしょ」

「いいの、それでも! 藍堂くんと同じ空間で同じ空気吸いたいの!」

「変態か、お前は」


 宮田と他数名の女子がそんな悲しい会話を繰り広げ始める。いろいろツッコミたいところ満載の会話だが、芽榴はいったいどうすればいいのかと舞子に視線を向けた。


「……舞子ちゃん」

「うーん、なんかそれ楽しそうよね。あんたが藍堂くんを誘ってる図が」


 意外にノリノリな舞子はそう言って芽榴が有利を誘っている状況を想像し始める。そんな舞子を見て芽榴は溜息を吐き、暴れる宮田へと視線を向けた。


「宮田、楠原さんが困ってんじゃん」

「だって藍堂くんとの思い出が欲しいのーっ」


 半泣き状態で叫ぶ宮田に、芽榴もクラスメートも全員いたたまれない気持ちになってくる。


「はぁぁ。楠原さん、宮田がかわいそうだから一応藍堂くんに声かけてみてくれない? そしたらこいつも満足だろうし」


 呆れた様子でクラスメートが芽榴にお願いする。さすがに芽榴もそれを断ることができず、軽くそれらしい話をしてみることを約束し、決着がついた。




 宮田と約束したはいいものの、いつどこでその話を有利にふるかを考えながら、芽榴は部屋を出ていく。宿泊施設についた際に、班の代表者一名が人数分のシーツを取りに行くよう言われていたのだ。いち早く荷ほどきを終え、スキー教室に備えて体育服のジャージに着替えた芽榴がその役目を追うことになり、芽榴はそこへ向かいながら宮田との約束を思い浮かべる。


「枕投げって……話には聞くけど楽しいのかな?」


 旅行の定番である枕投げを芽榴は一度もしたことがない。つまり芽榴には、単に枕を投げ合うという辞書通りの行為としか認識できていないのだ。


「ていうか、藍堂くんと会う機会あるのかな」

「どうかしました?」


 一人呟く芽榴の背後から、そんなふうに言って有利が現れた。まったく周囲のことを意識していなかった芽榴は突然現れた有利にビクーッと肩を揺らして反応する。


「びっくりしたー」

「みたいですね。すみません」


 芽榴と同じくジャージ姿の有利が申し訳なさそうに謝り、芽榴は両手を振って「こっちこそ」と苦笑を返した。


「藍堂くんもシーツ取りに行くところ?」

「はい。一応班長ですから。楠原さんもですか?」

「私は班長じゃないけど、準備早く終わったからー」


 というわけで、芽榴は有利と一緒にシーツを取りに行くことになった。通路を歩きながら、通り過ぎ様に出会う旅館の和服従業員に頭を下げる。それを幾度か繰り返していると、有利が「楠原さん」と芽榴の名を呼んだ。


「何か、思い出しません?」

「え?」


 そんなふうに問いかけられ、芽榴は首を傾げる。すると有利はどこか照れ臭そうな様子で、続きの言葉を口にした。


「お茶会のときもこんな感じで2人で歩いてました」


 そう言われて芽榴はポンと手を打つ。和風な造りの宿泊施設で、従業員も和服。有利とクリスマス明けに行ったお茶会のときと、なんとなく2人を取り囲む雰囲気が似ている気がした。


「確かに。あの時と一緒で雪も降ってる」


 芽榴はそう言って、硝子戸の外を見つめる。有利に言われたせいか、チラチラと降る雪がプレゼント交換をしたあの時と似ているようにさえ思えてきた。


「きっと雪が降るたび思い出すんだろーね」

「そうしてくれると嬉しいです」

「何それ」


 有利のおかしな発言に芽榴はカラカラと笑う。

 そうしてやっと寝具室にたどり着き、芽榴と有利は係りの人からそれぞれ班の人数分のシーツを受け取った。


「そういえば楠原さん、さっき僕がどうとか言ってませんでした?」


 2人で宿泊部屋に戻る途中、有利がふと思い出したかのように声を上げる。さっき呟いていた独り言について問いかけられ、芽榴は「あ」と口に手を当てた。


「うん。まあ……なんていうかその……」


 有利に聞かなければならないことを思いだしたのはいいが、なんと聞けばいいのか迷ってしまう。歯切れの悪い言葉をしばらく吐いた後、芽榴は盛大な溜息を吐いた。


「楠原さん?」

「えっとね、藍堂くんたちの班ってクラスの女子と枕投げするんだって?」


 芽榴がそう問いかけると、有利は少しだけ困ったような顔で頷いた。


「はい。しおりに禁止と書いてあるのは知ってますけど、同じ班の人も乗り気で、せっかくの機会ですから断るのも申し訳ない気がして……。それがどうかしました?」


 有利が不思議そうな顔で芽榴に聞き返す。正直に班の子が有利と枕投げをしたいと言っていると告げたいところなのだが、芽榴は舞子とその他数名のクラスメートに「宮田のことは言うな」と念押しされてしまっているのだ。だからといってうまい言い訳などなく――。


「あのさ、藍堂くんと班の人さえよければなんだけど……私たちの班ともしてくれない? 枕投げ」


 気づけば芽榴は腹を括ってストレートにお誘いの言葉を告げていた。聞いた有利はピタリと足を止め、目を大きく見開く。


「……いいんですか?」

「それを尋ねてるんだけど……」


 質問に質問で返されて芽榴は苦笑する。

 対する有利はかなり驚いているようで、芽榴を見つめながら何度も瞬きを繰り返していた。何回かの瞬きの後、やっと有利は口を開く。


「僕は全然構いません……っていうか逆にお願いしたいといいますか……」

「ほんと? じゃあ、班の人にも聞いてみてくれる?」


 有利の答えを聞いて、芽榴はホッとしたように笑う。すると真顔の有利が芽榴の顔を覗き込んできた。


「え、何?」

「あの……楠原さん、まさかとは思いますけど僕の班の誰かと話してみたいから、とかいう理由じゃないですよね?」


 いつにもまして真剣な顔で問われ、芽榴はキョトンとした顔で頷いた。


「藍堂くんの班のメンバー知らないし」


 芽榴が素直に答えると、有利の強張った顔が少し安堵で緩む。そして有利は再び芽榴の隣を歩き始めた。


「それなら全然問題ないです。じゃあ後で班の人に聞いておきますね。たぶん大丈夫だと思いますけど」

「ありがとー、助かる」


 なんとか宮田との約束を果たすことができ、芽榴は深く息を吐いて肩を撫でおろす。

 そのことで頭がいっぱいだった芽榴には、有利が芽榴からの枕投げ発言にどれほど喜んでいるかも分かりはしない。


 もちろん、数人のF組女子が自分たちの様子を廊下の影からチェックして微笑んでいたことにも気づくことはなかった。

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