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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
修学旅行編
231/410

207 理事長室と隠し事

怒涛(?)の修学旅行編スタート!

 雪のように白が際立つ制服の上から黒のコートを羽織り、お気に入りの水色のマフラーを巻く。

 鏡の前で、自分の姿をしっかり確認した芽榴は鏡に映る不安げな自分の顔に笑いかけた。


「最後まで……笑っていよう」


 芽榴は鏡の中の自分に向かって言い聞かせる。

 すると、部屋の扉の奥で「芽榴姉」と圭が呼ぶ声がし、芽榴は急いで鞄を持って部屋を出て行った。



 芽榴の決意を聞いても、やはり楠原家のみんなはそれを否定することなく受け入れてくれた。芽榴の決めたことなら全力で頑張ればいいと、自分たちも最大限力になると、その言葉だけで芽榴がどれほど救われたか分からない。

 旅立ちは2月の半ば。諸々の試験や手続きを考えて3月から通うとすると、そこが妥当の日程となった。



 芽榴がここで過ごす時間はあと1か月と少し。



「芽ー榴ーちゃんっ! おはよっ」


 いつもと何も変わらない風景の中、朝一番に芽榴が校門の前で出会ったのは風雅だ。

 芽榴の肩をトンと叩いて、風雅はニコリと笑う。芽榴は顔を上にあげてそんな風雅に笑いかけた。


「おはよー。元旦以来だね」

「そうなんだよっ。もう芽榴ちゃんに会いたくてしょうがなかった……」


 風雅が肩を竦めながらそんなふうに呟く。それを聞いていた芽榴はカラカラと笑って、風雅の持ってる参考書を指差した。


「テスト勉強ちゃんとしてるんだ?」

「うん。また成績悪くなったら今度こそ颯クンが……」


 風雅はそう言って顔を青くする。新学期は始業式の後すぐにテストが控えているのだ。といっても高校3年生になろうとしている芽榴たちはこれからずっとテストや模試に追われることにはなるのだが。


「じゃあ結果を楽しみにしてるねー」

「へへっ。来年の今頃は芽榴ちゃんに並んでみせるから、待っててね!」


 風雅は屈託ない笑顔を見せる。風雅らしい宣言を聞いて、芽榴は瞠目し、次の瞬間には困ったように笑っていた。


「うん」



 当たり前だった日常のすべてを、今の芽榴は目に焼き付けておかなければならない。



「るーちゃん、おはよう。やだ、風ちゃんも一緒なの?」


 靴箱で出会った来羅はいつもの女装姿で芽榴に挨拶をする。そして芽榴の隣にいる風雅を視界にいれてわざとからかうように来羅は目を眇めた。


「やだって何!?」

「おはよー、来羅ちゃん」


 そして両隣に風雅と来羅を携えて、芽榴は廊下を歩き始める。


「来羅、いつから男子の制服着てくんの?」

「うーん。一応、採寸はしたんだけど……この格好で通い慣れてると学園の生徒の視線も気になるところではあるのよねぇ」


 風雅の問いかけに、来羅は人差し指を顎に押し当てながら答えた。


「それに、こっちの格好のほうがるーちゃんの虫除けにもなるし」


 そう言って来羅は芽榴の手を握り、自分側に引き寄せる。そして「ねー」とよく分からない同意を芽榴に求め、芽榴は分からないまま「そう、だね?」と苦笑していた。


「来羅じゃなくても、オレが芽榴ちゃんを守……いっだ!!」


 来羅に対して敵意むき出しで反論し始める風雅だが、喋っている途中で誰かに頭を叩かれた。


「蓮月くん、危ないですよ。大丈夫ですか?」


 そんな風雅を心配するように芽榴と来羅の背後から、有利が顔を出す。驚いた拍子に芽榴と来羅の手が離れ、有利はそのあいだに割って入った。


「有利クン……もうちょっと早く忠告して」

「忠告も何もないだろう。朝っぱらから変態発言をする暇があるなら勉強をしろ。まったくまた目も当てられない点数を叩き出して神代の逆鱗に触れるぞ」


 眼鏡に触れながら風雅にお説教をするのはもちろん翔太郎だ。けれど今回ばかりは風雅にも言い分があるらしく、風雅は翔太郎に自分の持っている参考書を突きつけながら声を張り上げる。


「オレ頑張ってるもん! 見てよ、この参考書!」

「とりあえず蛍光ペンで線引いたのね、偉い偉い」

「それだけじゃないよ!!」



 そんなふうに廊下でたまたま会って交わした会話も今の芽榴にとっては貴重だった。

 一瞬一瞬がかけがえのない思い出。その言葉を噛みしめるように芽榴はずっと笑っていた。



「あーあ……明後日から修学旅行だってのに、進路調査とかありえねぇよ。気分最悪だぜ」


 F組では、滝本が彼らしく進路調査書をヒラヒラと振ってバタンと机の上に伏している。

 芽榴が自分の進路を決めるのと同時に、今年高校3年生となる周囲の友人たちも真剣に自分の将来と向かい合い始めていた。


「舞子ちゃんはもう書いたのー?」


 現在爪を手入れ中の舞子に芽榴はいつもの口調で尋ねる。すると舞子は芽榴のほうを向いて溜息まじりに頷いた。


「一応目標は高めに難関大学書いてるけど、私立も専願かなぁ」


 進路の話になると、どの生徒も憂鬱そうに眉を顰める。舞子もその一人であり、そんな舞子は学年首席の芽榴に羨ましそうな視線を向けた。


「芽榴はやっぱりT大?」


 模試の成績も颯と並んでトップにいる芽榴は、全国のトップ集団が集まるT大学も合格確定圏内だ。舞子にそんなふうに問われ、芽榴は苦笑しながら頬をかいた。


「まあ……そんなとこー」


 いつかは言わなければならないと分かっているけれど、芽榴はまだ誰にもその事実を言えずにいた。

 するとまさにそのタイミングで、学内に放送がかかった。


『高等部2年F組、楠原芽榴さん。至急理事長室まで来てください』


 ボーッとその放送を聞いていた芽榴は数秒立って、みんなの視線と舞子の声かけにより、今の放送で呼ばれた名前が自分のものであることに気がついた。


「楠原ー、新年早々何したんだよ?」


 放送を聞いていた滝本が楽しそうな笑顔で芽榴のほうを振り返る。そんな滝本の言葉に反応したのは芽榴ではなく舞子だった。


「芽榴をあんたと一緒にしないでよ。バカ猿」

「んあ!?」


 今年も変わらず仲良し喧嘩をする舞子と滝本に、クラスメートが「やれやれー」とはしゃぎ始める。目の前で繰り広げられるいつもの風景を見て、芽榴もカラカラと声をあげて笑った。


「至急ってことだから、さっさと行ってくるねー」

「いってらっしゃーい」


 芽榴はみんなに見送られて楽しい笑い声の響くF組を出て行った。






 理事長室に向かう芽榴は役員と会うのを避けるために、少し遠回りにはなるものの非常階段を使う。

 カタン、カタンと芽榴の足音だけが響く階段を降りていき、誰にも会うことのないまま芽榴は1階にたどり着いた。

 安堵するように軽く息を吐いて、芽榴は再び棟の中へ戻ろうとドアに手をかける。


「遠回りになるのに、非常階段を使うなんて」


 その声が背後から降ってきた。芽榴は目を大きく見開いて、ドアに手をかけたまま立ち止まる。


「面白いことをするね、芽榴」


 芽榴の背後には腕を組んで壁に背を預ける颯の姿があった。芽榴はそんな颯の姿を横目にいれて苦い笑みをこぼす。


「神代くんこそ、何もない非常階段にスタンバイしてるのは変だよ」

「そうだね。……君がここを通ると思わなければ、こんなところにいないよ」


 その言葉に芽榴は今度こそしっかり後ろを振り返った。


「新学期が始まってから、芽榴の様子がおかしいこと……あいつらも全員気づいてる」


 颯は厳しい視線で芽榴のことを見つめていた。

 今は新学期が始まって一週間近く経っている。特に何がおかしいというわけでもないのだが、普段それほど笑顔を見せない芽榴が終始意味もなくニコニコしていることに、役員は全員違和感を覚えているのだと颯は言う。


「僕に隠し事?」


 颯はそう口にして、芽榴に答えを迫った。隠しているつもりはなくても、まだ言わないと決めているなら隠しているのと同じ。


「神代くん」


 一瞬、芽榴は「別に何もない」と告げようとした。けれど、その言葉を告げてしまったら、また本当のことを告げられなくなって、みんなに罪悪感を覚えてしまう。同じことを繰り返すだけだと分かっていたから、芽榴は別の言葉を頭の中で組換えた。


「もう少しだけ待って。ちゃんと話すから」


 薄く笑みを浮かべる芽榴は颯からの追求を防ぐ一番の言葉を伝えていた。


「修学旅行、みんなで楽しもうね」


 芽榴はそう言って、手をかけたドアノブを回し、棟の中へと消えていった。






 理事長室の扉を開け、芽榴は静かに室内へと足を踏み入れた。中に入ると、そこには理事長と校長、そして松田先生の姿があった。


「楠原さん、来てくれましたか」

「すみません。遅くなりました」


 理事長に声をかけられ、芽榴はペコリと頭を下げる。促されるまま、芽榴は松田先生の隣、理事長と校長と向かい合うようにして座椅子に腰掛けた。


「急に呼び出してしまって、申し訳ありませんね」

「いえ、別に……」


 芽榴は呼び出されたことに対する不安や疑念を表情に出すことなく、理事長の言葉に静かに返事をする。


「その様子では、呼び出された理由が分かっているようですね」


 校長は芽榴の反応を見て、そう尋ねた。校長の問いかけに芽榴は頷く。この部屋の中で唯一状況を理解できていない松田先生だけが挙動不審になっていた。


「あ、あの……理事長、校長。私はまったく話が分からないのですが……」


 堪えきれなくなった松田先生が遠慮がちに声をあげる。普段生徒たちに見せる態度からは想像できないほどに腰が低い。そんな松田先生の様子を視界の端に収めながら、芽榴は理事長に視線を向けた。


「松田先生にはまだ伝えていませんでしたね。じゃあとりあえず、本題に入りましょう」


 理事長の声かけで、校長が松田先生に事の次第を簡潔的に報告する。


「楠原さんは……今年2月末日をもって、麗龍学園を中途退学することになりました」

「……はい?」


 校長先生の重要部分が省略されすぎた簡潔的な説明に、松田先生は目を丸くして、その驚いた顔を隣にいる芽榴へと向けた。


「な、なんで楠原が退学なんですか!」


 慌てたように松田先生がそう尋ねると、理事長が松田先生をなだめるようにして苦笑しながら「校長」と説明の続きを促した。


「松田先生、申し訳ない。いろいろと省略しすぎました。楠原さんはアメリカのH大学への飛び級留学のために中途退学することになったんです」

「え、H大学? 留学?」


 さっきより納得のいく説明にはなったものの、松田先生の思考は、さらにその事実の理解から遠ざかってしまう。いきなり告げられたお気に入り生徒の退学及び留学の話は松田先生にとって衝撃でしかないことだろう。


「ど、どういうことですか!」

「先ほど東條社長から連絡がありまして……体育祭・文化祭等の楠原さんの活躍を見て、自らの後継に楠原さんを推薦し、楠原さんと直々に話をしたとのことで……。その結果、楠原さんにはH大学で早急に経営学を学んでもらう必要があると……」


 校長が東條賢一郎から受けた連絡の内容をツラツラと松田先生に向かって語る。もはや松田先生には校長が告げる話の内容の1/3も理解できていない。


「手続きなど、ご迷惑をかけると思いますがよろしくお願いします」


 芽榴はそんな松田先生の様子に苦笑しながら、理事長と校長に向かって淡々と挨拶をする。


「そこのところは別に問題はないのですが……今日呼び出したのはその先の話に関して、楠原さんと話をしておきたいと思ったからです」

「その先、ですか?」


 理事長の言葉に芽榴は顔を顰める。どの時点から見ての先の話なのか、芽榴には見当もつかない。そんな芽榴の疑問を読み取ったのか、理事長はすぐに話を進めてくれた。


「飛び級留学に際し、楠原さんにはこの学園から退学……除籍という形になることは、楠原さんも理解していることだと思います」


 つまりは、せっかく手に入れた生徒会役員の座をも手放すということ。あそこまでみんなを巻き込んで生徒会役員になったのに、と改めて芽榴は自分の身勝手さを実感していた。


「ですが、楠原さんの我が校での成果と、向かう先がH大学ということ、すべてを鑑みて、進学校として麗龍学園は別の待遇を考えようと思っているのです」


 そう言って、理事長は続きの話を校長先生へと引き渡す。校長は芽榴のことを見て理事長のいう〝別の待遇〟について話を始めた。


「H大学の最短留学期間は1年。もし楠原さんが1年で修学できたならば、ちょうど麗龍の卒業式に間に合います。H大学史上でも稀有な1年修学を成し遂げることができたなら、その功績に敬意を示し、麗龍の生徒として卒業式への参加、及び退学ではなく卒業として学歴を残すことにします」


 その言葉を聞いて、芽榴は顔をあげる。


「……本当ですか?」


 芽榴の問いかけに、理事長も校長も苦笑する。あくまでH大学での1年修学ができたらの話だ。それ以上時間がかかれば、話は白紙に戻る。


「本当ですよ。でも、楠原さん。H大学での修学自体が、そのような措置をしてもお釣りがくるほどに我が校が欲しい業績であり、難しいということを……」

「やります」


 理事長の諭すような言葉を制して、芽榴ははっきりとした口調で自分の意思を告げる。迷いのない瞳で、迷いのない言葉を口にした。


「やってみせます」


 辛く厳しい選択だとしても、その先に明確な幸せと喜びがあるのなら――芽榴は暗闇の中に光がある気がした。


 暗い気持ちが一変。芽榴の思いは希望とやる気に満ちる。


 そうして、芽榴はみんなと過ごす最高の修学旅行を迎えようとしていた。


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