15 推薦と談話
期末テストが終わると、安堵とは別の空気が見られ始めた。生徒たち、特に体育会系の生徒たちがソワソワしている。その理由は一つ。一学期の最終行事にして体育会系生徒の活躍行事、体育祭の時期に差し掛かっているからだ。
役員獲得に続いて期末テストのクラス平均No.1をとったF組の担任、松田先生が次に目指すは体育祭優勝。
「今年、我がF組は紅組だー!」
松田先生が黒板に《紅》と意味不明に殴り書き、芽榴は目を細め、舞子はため息をつくといういつもの光景が生まれた。松田先生の隣に立つ委員長が冷静に「チョークの無駄遣いはやめてください」と言うと、滝本を筆頭に生徒はゲラゲラと大爆笑していた。
黒板を綺麗に消す委員長の姿を背景にテンションの高い松田先生は教卓にのしかかって話を続ける。
「紅組は高等部2年全員だ!」
すでに皆が知っている事実を改めて丁寧に説明する松田先生。委員長も流石に疲れてきたようで、教卓から松田先生を引き剥がして本題に入ると告げた。
追いやられた松田先生はというと、委員長の座席に座って組めない足を一生懸命に組んでいた。
「それでは分かっていると思いますが、種目を説明します」
委員長がプリントを見ながら静かに口を開く。
「まず全体競技は男子の騎馬戦と女子の綱引きを各クラス十名ずつ。それから応援団を男女それぞれ五名ずつ。それから男子は百メートル走、二千メートル走、六名ずつ、女子は百メートル走と千メートル走、六名ずつ。それから代表リレーに男女一名ずつです。重複は認めますが、確実に少なくとも一つは選んでください」
委員長が眈々と言うと、立候補と推薦の時間が始まった。もちろん、こういう時に一番先に手をあげる人物は自称ムードメーカーの滝本なのだ。
「俺、百メートルとリレー!」
百メートルと代表リレーを掛持ちで真っ先に選ぶとは余程足に自信があるのだろう。そんなことを芽榴が思っていると、舞子が後ろを振り返った。
「芽榴、どれにする?」
「うーん。生徒会の仕事ありそうだしなぁ…。とりあえず応援団はめんどくさいからパス」
「私も応援団はねぇ。綱引きあたりにしようかしら」
「あ、それ賛成ー」
芽榴は舞子との話し合いの結果、綱引きにすることを決めたのだが――。
「推薦なんだけど! 楠原も百メートルとリレー!」
芽榴が綱引きに手をあげようとした瞬間の滝本の発言。芽榴の右手は完全に行き場をなくしてしまう。
「え、あの、私は綱ひ」
「それは私も賛成です」
委員長が名案と言わんばかりに頷いている。見れば、クラスの生徒が皆頷いていた。
「前に風雅くんに追いかけられてたとき、楠原さんってかなり足早かったもんねぇ」
確かにこのあいだまで芽榴は廊下を猛ダッシュするということがしばしばあり、それこそ何度か陸上部の人にも声をかけられたが測定タイムが九秒台だという事実を伝えて逃れていた。
「いや、だからー」
「じゃあ、楠原さんは百メートルと代表リレーで」
クラスで拍手が沸き起こり、芽榴の種目は勝手に決まる。
「こういうの多いわね、最近」
舞子が笑いを堪えながら呟くと、芽榴は机に頭をゴーンと打ち付けた。
放課後の生徒会室。定着したいつもの席に座り、期末テストの活動停止中に溜まった仕事を全員死に物狂いでこなしていた。
ちなみに芽榴が生徒会に入って学んだことの一つが鬼畜な仕事量だ。生徒会は初等部から高等部までの会計から行事予定に、学園のすべての仕事をこなしているらしく、その量は凄まじい。
「芽榴ちゃんは競技何に出るの?」
やけに長い学校名をサインし、ノイローゼになり始める中、風雅が呑気にそんなことを聞いた。
「あー、ピーマンとキャベツの炒め物」
「……え? ごめん、芽榴ちゃん。あの……何の話?」
芽榴は書類にスラスラと必要事項を書き加えながら、隣に座る風雅の質問に適当に答える。ちなみにそれは芽榴の昼の弁当に入っていたおかずだ。
「風雅。喋る暇を与えてしまって悪いね。追加」
颯が会長席から芽榴たちのいる長机にやって来て、ドスンと書類の山を置く。余りの重さに風雅の髪が巻き起こった風でなびいた。
「え、ウソ! ごめん、颯クン! 許して!」
「何? もっと増やしてほしいのか?」
芽榴がチラッと見た颯の眼光は鋭く、その視線を受けて縮こまる風雅はまさに蛇に睨まれた蛙だ。
「でも、確かに気になるね。芽榴は何に出るんだい?」
颯は目にも留まらぬ速さで書類にペンを走らせながら芽榴に問いかける。先ほど注意をした張本人が尋ねることに対し、文句の一つでも言うべきなのだが、役員随一の処理スピードを保っているために誰も文句は言えない。
「あー……。百メートルと代表リレー」
「えー! ……オレもリレー出ればよかった。芽榴ちゃんとの愛のバトンパスを逃すなんて!」
「逃すも何もそんなのないからねー」
芽榴が否定するが、風雅の頭の中では芽榴とのバトンパスの瞬間の妄想が構築されている最中のようで耳に入っていない。
「僕もリレーに出ますよ。騎馬戦に出たかったのですが、クラスの皆に拒否されてしまって……」
有利が困り顔で言う。騎馬戦中に武道スイッチが入ってしまえば殺傷事件になりかねないのだからD組の生徒の賢明な判断と言えるだろう。
「へぇ。葛城くんは?」
「何も出場しないに決まっているだろう」
「え」
翔太郎は当然のように語るが、何も出場しないということは全員参加型の体育祭のルール的に不可能なはずだ。しかし、翔太郎がそういうのだから思い当たる理由はたった一つ。
「もしかしてクラス全員に催眠術かけたの?」
「使えるものは使うべきだろう」
今までに翔太郎はどれだけの悪事を働いているのかと芽榴は途方も無く考えた。当日、生徒会の仕事をこなすということで不問にすると颯はため息をつく。
「来羅ちゃんは?」
「応援団。一番妥当でしょ?」
来羅が苦笑する。確かに男子の種目に出るのは抵抗があるだろう。
「よかったー。来羅いるなら今年も楽だ」
やっと芽榴との妄想から帰ってきた風雅が応援団という言葉に反応してそう言う。そういえば風雅は去年も応援団で、しかも団長だった。どうやら今年もその引継ぎらしい。
「楽?」
「来羅がいると女の子に囲まれずに済むから練習がうまくいくんだ」
「あー……」
風雅が団長になるとすれば、応援団の女子はおのずと風雅ファンになるだろう。となれば、女子より綺麗な男の子である来羅はファン避けにはぴったりの人物だ、と芽榴は納得した。
「神代くんは今年も騎馬戦ですか?」
有利が尋ねると、颯は頷いた。確か去年は颯がすべてのハチマキを奪ってニコリと笑い、その笑顔に失神した女生徒が大勢いて保健室が大変だったという噂だ。
「神代くんって騎馬戦得意なんだ?」
「やっぱり頂点に立つのは僕の性に合ってるみたいでね。それに僕に平伏していく人間を見るのはとても楽しいよ」
室内にいる全員が颯をエンペラーだと思ったことは間違いない。
これまた一波乱ありそうな体育祭は一ヶ月後に迫っていた。




