201 大当たりと取り合い
「見つけたぞっ!!」
風雅と圭が芽榴たちを探し始めたのと同じ頃、芽榴と翔太郎はとうとう聖夜たちの用心棒に追い詰められていた。
末社裏から場所を移そうとした際に、再びこちらに戻ってきた黒服と鉢合わせてしまったのだ。
「楠原」
「わ、っとと」
翔太郎に手を引かれ、芽榴は翔太郎の背後に隠される。翔太郎が自ら用心棒に相対するように立ったため、芽榴は後ろを木の幹、前を翔太郎の背中に挟まれて守られている状態だ。
「君、その女性は聖夜様の元に連れて行くことになっていますので、早く引き渡していただきたいのですが」
「俺の知ったことではないな」
翔太郎はそう言って背後にいる芽榴を自分のほうへとさらに引き寄せる。芽榴のことを簡単には引き渡そうとしない翔太郎に、黒服は苛立った。
「学生相手に手荒な真似はしたくないのだが……」
黒服はそう言ってスーツの袖をたくしあげる。実力行使に出ようとする用心棒たちに、翔太郎も芽榴も身構えた。
「葛城くん。琴蔵さんのところに行くだけなんだし、私は別にもういいから……」
「貴様は黙っていろ。……貴様を渡したとなれば、俺が神代に殺される」
ゾッとした顔で言う翔太郎に芽榴は苦笑した。
けれど2人の意思とは無関係に事はしっかり進んでいく。翔太郎は自分のほうへ詰め寄ってくる黒服を溜息まじりに一瞥し、眼鏡を外した。
「おとなしく聞いていれば早いものを……っ」
「それはこちらのセリフだ。貴様はしばらくそこで眠っていろ」
翔太郎が目の前の黒服の目を見てそう告げる。今にも翔太郎に危害を加えようとしていた黒服は翔太郎の目を見た瞬間に、彼の言葉通り倒れるようにしてその場で眠り始めた。
「おぉー」
久々に見た翔太郎の催眠誘導に、芽榴は少しばかりの感動を示す。後ろでのんきな芽榴の声が聞こえ、翔太郎はさらに大きな溜息をついた。
「な、どういうことだ!?」
「お前、何をした!?」
突然起きた奇異な光景に十人近い黒服が一気に翔太郎への警戒を固める。
翔太郎は眉間にしわを寄せ、周囲の黒服をまとめて視界に入れ催眠術をかけようとするが――。
ドスッ、ガッ、ダンッ
重たい音が辺りに木霊する。それとともに芽榴と翔太郎を囲んでいた黒服が全員その場に倒れた。まだ翔太郎は催眠術をかけていない。となれば黒服が突然地面に伏す理由が気になり、芽榴は翔太郎の後ろから顔を出す。そして自分たちを助けに現れた人物を見て、その顔を明るくした。
「藍堂くんだー」
「怪我、してないですか?」
そこに立っている有利が薄い笑みで芽榴に問いかけ、芽榴は「全然」と両手を振る。一方、目の前にいる翔太郎は自分への心配はないのかと少しばかり不満げに目を細めた。
「葛城くんは大当たりを引いたんですから少々怪我しても罰当たりませんよ」
「大当たり?」
「なんだ、それは」
有利の台詞に芽榴も翔太郎もはてなマークを頭にかかげて首を傾げる。するとただでさえ薄い有利の笑みがどんどん薄くなって、ついには完全に消えてしまった。
「え」
有利の謎すぎる反応に芽榴はさらに困り顔になるが、翔太郎は何かに気づいたらしく慌て始める。握っていた芽榴の手を離し両手をあげ、翔太郎はまるで無実をアピールするかのごとき格好になった。
「誤解するな、藍堂。これは楠原を奴らに引き渡さないためにだな……」
「誤解してるって思ってるんでしたら…………確信犯なんじゃねェのかよ葛城ィ」
とうとう有利のスイッチが入った。聖夜たちの用心棒を倒す時には現れなかったブラック有利モードが、今この展開で現れることに芽榴の理解は追いつかない。
「あ、藍堂!」
「こっちが走り回ってるあいだこいつの手握ってたとか自慢か? あぁ?」
「人の話を聞け! それから落ち着け!」
いつもの優しい顔とは一変し、鋭い目つきでもって有利は翔太郎に詰め寄る。
「藍堂くん。ま、まぁとりあえず落ち着こー」
まるで別人のような言動をする有利に苦笑しつつ、芽榴は2人のあいだに入って、暴走しかけの有利をなだめようとするのだが――。
「てめぇ……葛城の味方すんのか?」
と、有利に睨まれてしまう。有利から見れば、芽榴の行動は翔太郎をかばっているように見えなくもない。少なくとも冷静な頭で考えればそんなふうには見えないのだが、スイッチが入っているところからして有利の頭は爆発中で「冷静」の対極状態にある。
「味方というか、このままだと藍堂くんが葛城くんボコボコにしちゃいそうな雰囲気だし」
今現在、有利は翔太郎の胸ぐらを掴んでいる。普通に考えた場合、次の瞬間には有利が翔太郎に右ストレートをお見舞いするのだろうと予測できる。
「ボコボコとは失礼だろう」
「じゃあ藍堂くんに勝つ気なのー?」
芽榴が的確なツッコミをいれると、ムッとしていた翔太郎は「う……っ」と言葉を詰まらせる。それを見て芽榴がクスリと笑うと、有利はすぐさま翔太郎の胸ぐらから手を離し、無表情のまま芽榴の腕を引っ張った。
「うぉっ、と、藍堂くん?」
勢いよく引っ張られたため、有利に倒れこみそうになる芽榴だが、左足を軸にして踏ん張り、なんとか倒れこむのは防いだ。
「葛城の心配ばっかしてんじゃねェぞ」
「いや、心配っていうかね……あ」
困り顔で芽榴が有利に向かい合うが、芽榴はそこで有利のスイッチが入った理由に思い至った。
「藍堂くん」
「んだよ?」
明らかに不機嫌な有利に、それでも芽榴は笑いかけた。
「助けてくれてありがとー。探すの疲れたでしょ。私たちばっかりノンビリしててごめんね」
苦笑しながら芽榴はそんなふうにお礼と謝罪を有利に伝える。有利は一人で芽榴たちを探しまわって、でも芽榴たちはこんなところで仲良く休憩して、有利が理不尽に思うのも仕方ないと芽榴は一人納得する。
「私のせいでこんなことなってるのに、のんきに休憩してたし」
「楠原……」
シュンとなって有利に謝る芽榴を見て、翔太郎の目が細くなる。半目の視線で「その考えは、ズレているぞ」と訴えかけるが、芽榴には伝わらない。
「藍堂くん」
「……」
「だから機嫌直してよ?」
芽榴はそんなふうに言って俯く有利の顔を覗き込んだ。見えた有利の瞳は鋭く光っていて、芽榴は一歩後ろに下がろうとするが、それを分かっていたかのようにブラック有利が芽榴の手を引っ張った。
「んなこと言うんだったら、てめぇが機嫌直してみろよ」
「あ、藍堂っ!」
翔太郎が芽榴を有利から引き剥がそうとするが、ものすごい形相で有利に睨まれてしまい、体を固まらせる。有利に掴まれている芽榴は困り顔で頬をかいた。
「機嫌を直せと言われましても……」
どうすればいいのか分からない。芽榴が「うーん」と眉根を寄せると、ブラック有利は不敵に笑って一つ提案する。
「てめぇの何かくれればいいんだよ」
そう言って有利は芽榴の口元に視線を向けた。その意図を分かった翔太郎は今度こそ黙っていられないと判断したらしく、有利が掴んでないほうの腕を引っ張る。
両方向から手を引かれ、芽榴は「私は人形じゃないんですが」と半目で笑った。
でもそこでいいものを思い出した芽榴は「あ」と声をあげて翔太郎の手を振り払う。
「楠原!」
「えっと、藍堂くん。何でもいいんだよね?」
芽榴はそう尋ねてスカートのポケットから取り出した飴を有利にあげる。確かに有利は「何かくれればいい」と言ったのだから、それで有利の難題はクリアだ。けれど、それでいいわけがない。
「……そんなので機嫌が直るわけないだろうが、馬鹿」
翔太郎は眼鏡の蝶番を押さえながら、同時に頭も抱える。芽榴も「やっぱりそうだよねー」と苦笑した。
絶対に怒鳴られると思ったのだが、2人の予想とは反対に、芽榴の前に立つ有利は深くため息を吐くだけ。
同時に有利の殺伐とした雰囲気が穏やかなものへと変わっていった。
「……僕は蓮月くんじゃないです」
拗ねたようにしてそう告げる有利は、もういつもの有利だ。丁寧な言葉を喋る有利に、芽榴と翔太郎は驚きながらもホッと肩を撫で下ろす。
「あはは。でも機嫌直ったよー?」
「直ってませんよ」
あの飴で機嫌を直すのは風雅くらいだ。有利のスイッチが切れたのは、あまりにも芽榴が的外れなものを差し出してきて驚き呆れたからにすぎない。
「じゃあまだ怒ってる?」
「はい。……でも」
芽榴の腕を軽く引き、翔太郎に聞かれないように小さな声で有利は芽榴に告げる。
「楠原さんがその飴を食べさせてくれるなら機嫌直してあげてもいいですよ」
今年はライバルたちより一歩前を行くことを願掛けしているため、まさに有言実行で有利は積極的な行動に出たのだ。
「あ、藍堂くんっ」
芽榴は不意打ちで言われた台詞に顔を赤くするが、有利は表情が変わらず、翔太郎にはワケが分からない。
「どうします?」
「……もう機嫌直ってるじゃん」
芽榴は頬を薄く染めたまま、恨めしそうに有利を見つめる。受け取ってもらえない飴玉を握りしめ、芽榴が視線を彷徨わせると、屋台通りから「おぉーーーっ!」という大歓声が響いてきた。
「……嫌な予感しかしないな」
その歓声に眉を寄せながら翔太郎が言う。それに同感した芽榴は有利の提案をなかったことにするかのように、意識をそちらへと移行した。
「喧嘩とかだったら大変だし、行ってみよー!」
芽榴にしては珍しくノリノリで人混みの中へと向かっていく。その様子が不審でしかないため、翔太郎は有利のことを横目で睨んだ。
「貴様……何をした?」
「秘密です」
有利はそう言って、無表情で翔太郎を見返す。互いに少しバチバチッとした視線を送り合いながら2人は先を行く芽榴の後ろを競り合いながら追いかけていった。
初詣話も次回が最後です!
お待ちかねのあの2人のターン!笑
お楽しみに!




