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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
霜花編
221/410

199 おみくじと屋台通り

「どこへ行った!?」


 神社の風景に似つかわしくない全身黒づくめ黒サングラスの男たちは、そう言って人混みの中心で苛立つように辺りを見渡す。


「……私たちがたかが高校生に遅れをとるなんて」


 彼らが立っているのは、末社周辺。本殿からこちらにも賽銭を入れにくる人はいるが、屋台通りよりは人も少ない。

 彼らがここにいる理由は簡単で、屋台に並ぶ人に紛れてしまった目標を見失ってしまったからだ。しかし屋台通りを途中で抜け出すことも引き返すことも難しい。彼らはそのまま走って屋台通りを突き抜け、ここに来たのだがそれでも目標の姿はなかった。


「これでは聖夜様に顔向けができない」


 特に聖夜の護衛役として雇われている黒服は訓練もされていて体力にも自信がある方だ。だから容易に聖夜の欲しがる人物を捕獲できると思っていたのだが、彼らの方が一枚上手だった。


「見失った地点からもう一度探すぞっ!」


 そう言って十人ほどの黒服が人の目を引きながらものすごい勢いで走り始めた。


 黒服のこの場から去る足音とともに、末社の裏から安堵のため息が聞こえる。


「……セーフ、だねー」


 末社の裏に座る芽榴が小声でそう言った。走り疲れたからか、息は荒く声も少し途切れてしまう。

 芽榴を囲うようにして立て膝で座る翔太郎は用心深く、最後まで去っていく黒服の姿を追っていた。


「これで、しばらくは休める」


 末社の影に無理やり収まる理由がなくなり、翔太郎はすぐに芽榴から離れた。

 黒服の人たちが自負している通り、彼らの能力は高い。芽榴も翔太郎も足は速いが持久力には劣る。それでも並の人よりは優るのだが、長時間走るのには向いていない。

 というわけで最初に全力疾走して逃げ切る作戦に入り、今に至る。


「ごめんね、疲れたでしょー?」


 芽榴が苦笑しながら言うと、翔太郎は「まったくだ」と隠すことなく声を漏らした。

 芽榴を途中で見捨てて自分だけ消える選択肢もあったのに、それを選ばなかったのは翔太郎なのだが。


「新年早々災難続きだ。……神代の言うとおり、罰当たりだったか」


 ポケットの中からおみくじを取り出し、翔太郎はそれを引いたときの自分の発言を素直に後悔する。

 一方、翔太郎の持つおみくじを見た芽榴は瞠目して思わず口を開いていた。


「葛城くん、大吉だ」

「……楠原?」


 目を輝かせながら呟く芽榴を、翔太郎は不審げな面持ちで見つめる。けれど芽榴は依然として翔太郎の手元を羨ましそうに眺めていた。


「大吉だよ? すごいじゃん」

「すごい……と言われても、神代は毎年大吉だぞ」

「え」


 それを聞いた芽榴はもっと驚いた顔をする。


「……てっきり貴様もそういうタイプの人間だと思っていたが」


 芽榴のことだから颯同様に毎年大吉を引き当てていることだろうと勝手に決めつけていた。


「今年の御籤が悪かったのか?」


 だとしてもあまりに大吉に対する感動が大きいため、翔太郎は困り顔で眼鏡のブリッジを押し上げる。すると芽榴は肯定も否定もせず、ただ苦笑いをこぼした。


「今年は引いてないよ。ていうか、去年も一昨年も引いてないし」

「……引かなければ大吉も出てこないだろう」


 翔太郎が呆れるようにそう言うと、芽榴は首を横に振った。


「引いても出てこないよー、大吉は」


 なぜか自信満々に芽榴は答える。でも翔太郎にはどうしてもそうは思えなかった。


「貴様はいつも馬鹿みたいに強運だが……」


 トランプでも何でも芽榴はとにかく運を引き寄せることが多い。だからこそおみくじも例外ではないと思っていたのだ。


「そういうので運使い果たしちゃってるからかなー。一番良かったときが末吉で、基本は凶だもん」


 芽榴はそう言って肩を竦める。ずっとそんな調子で、中2のときのおみくじでは大凶を引き当てた。さすがに麗龍の受験前に引いて気を落としたくなくて、中3で引かなくなってからは麗龍に入学した後もおみくじを引かなくなってしまったのだ。


「去年は嬉しいことがたくさんあったから、もしかしたら大吉だったのかもしれないけどね」


 手を夜空に伸ばして「もったいないことしたなー」と芽榴は残念そうに呟く。


「……そうでもない」

「え?」


 空に向けていた視線を翔太郎へと向け、芽榴の髪がサラリと揺れる。すると翔太郎は自分に向いた芽榴の顔に自分のおみくじを貼り付けるようにして押し付けた。


「大吉がいいなら、もらっておけ。喜ぶ奴が持つ方が効果もある」


 芽榴は驚いたように目を丸くして、おみくじを翔太郎に返そうとする。


「葛城くんの大吉でしょ、ダメだよ」


 昔も凶を引く芽榴に圭が大吉をあげようとしたことがあった。けれど人の幸福を横取りするみたいでどうしてもそれを受け取ることはできなかった。


「言っておくが、その大吉は名ばかりでまったく効果はないぞ。俺を見れば分かるだろう」


 まるで大吉を大凶のおみくじの如くして扱う翔太郎に、芽榴は苦笑する。でも、だからこそ芽榴は翔太郎のおみくじを快く受け取ることができた。


「じゃあ、ありがたくもらっておくねー」

「ああ」


 カラカラと笑う芽榴の隣で、翔太郎は無愛想な返事だけを残す。そうしてしばらく芽榴と翔太郎は息を整えるために末社の裏で休憩をとっていた。






「はぁ……っ、あの2人はどこにいるんですかね」


 同じ頃、芽榴たちを探す有利は黒服たちと同様2人の居場所が分からないまま人混みに紛れていた。

 時折道行く女子に声をかけられては愛想笑いでやり過ごすことを繰り返し、有利は屋台通りを一人歩く。


「まだ捕まってないのは確かみたいですが……」


 すれ違う人の中には明らかに異質な黒ずくめの人間たちも数名いる。彼らが焦った様子で走り回っているところからして、まだ2人が捕まっていないことは明白だった。


「でも、おじいさんと功利が来ていないことだけは幸いですね」


 有利は辺りを見回しながらそんな独り言を呟く。功利ならまだしも、ここに有利の祖父までいたなら彼までもが芽榴を困らせること間違いなしだった。

 功利の受験祈願も兼ねて今日の朝に行くと言っていたが、それでよかったと有利は心からそう思うのだ。


「……はぁ」

「ねぇ、あなた……」


 芽榴たちの行方を考え、頭を抱える有利の耳に背後から女の人の声が聞こえた。

 また声をかけられてしまったか、と思いつつ有利は少し表情を柔らかくして振り返る。


「すみません。今は人を探してい……て」


 丁寧に断りをいれようとした有利だが、後ろにいた女性、詳しくは夫婦を見て言葉を詰まらせた。


「やっぱり! 有利くんだわ!」

「本当だ。久しぶりだなぁ、藍堂くん」


 そこにいたのは芽榴の両親、重治と真理子だ。重治がたこ焼きのケースを持ち、真理子がつまようじを持っているところからして仲良く2人でたこ焼きを食べ歩いているところだったのだろう。


「あけましておめでとう」


 2人に先に新年の挨拶をされてしまい、有利は申し訳なさそうな顔をした。


「おめでとうございます。……すみません、まさかお2人だとは思わず挨拶が遅れてしまって」


 深々と頭を下げる有利は初めて会った時と変わらず礼儀正しい。この有利のイメージを脳内に焼き付けてしまうと、どうしてもブラック有利モードが嘘のように感じてしまう。


「あはは、顔をあげてくれ。それより……探しているのはうちの娘かな?」


 重治の問いかけに、有利は驚きつつ(といっても表情にはそれほど表れないのだが)頷いて肯定を示す。すると真理子がパアッと顔を明るくして両手を合わせた。


「じゃあ、 翔太郎くんが芽榴ちゃんをかっさらったってとこかしら!?」

「違います」


 有利は真理子の推測を即答で否定する。たとえ事実だったとしてもすぐに言葉自体を訂正してふさわしい言葉に置き換えたことだろう。


「でも、葛城くんの名前が出たってことは……もしかして、くす……芽榴さんのこと見かけましたか?」


 少し恥ずかしさを感じながら、有利は芽榴の名を言い直す。有利の微妙な表情の変化が見て取れたため、重治と真理子はクスリと笑っていた。


「ああ、見たよ。うちの娘が葛城くんと末社の方に向かうのと、うちの息子が蓮月くんと宝庫のほうに向かうのと両方」


 重治はそれぞれの方向を指し示しながら有利に教えてあげる。圭と風雅の居場所まで教えたのは念のためだ。


「ありがとうございます」


 お礼を告げて再び有利が頭を下げると、今度は真理子が有利に迫って事情を追求し始めた。

 あまりにもキラキラした顔で見つめられたため、有利は芽榴たちを追いかけることを先送りにして真理子に事情を説明し始めた。


「というわけで、芽榴さんと葛城くんが琴蔵聖夜さんの用心棒に追いかけられていて……蓮月くんはよく分からないですけど圭くんを連れて行ったんです」


 ザッとまとめた話を教えると真理子はニヤニヤと楽しそうに笑みを浮かべる。


「芽榴ちゃん、人気者ね」

「琴蔵財閥の次期会長は気難しい青年と聞いていたんだがな……」


 重治はラ・ファウスト編入事件の際に東條と連絡をとって得た琴蔵聖夜の情報を思い浮かべながら困ったように笑っていた。


 東條曰く聖夜は「怜悧冷徹で、喜楽が欠けている」とのことだったが、最近では新薬を送りつけてきたり東條の参加するパーティーに招待したりと、芽榴のために動きすぎなくらい動いている。そこからして、かなり芽榴に執心していることは重治にも分かっていた。


「あ、琴蔵財閥で思い出したわ」


 ふと手をポンッと叩いて真理子は有利に笑いかけた。


「有利くん、イブのパーティーで芽榴ちゃんのこと引き留めて励ましてくれたんでしょう? ありがとうね」


 一瞬、真理子の感謝の意味が分からず、有利はキョトンとしていた。そして芽榴ほど正確にはいかないもののイブの記憶を掘り起こす。


「……えっと、余興の前に芽榴さんが脱走したときのことですか?」

「たぶん、それかな。芽榴ちゃんが嬉しそうに話してたの」


 真理子がそう教えてあげると、有利の頬がほんのり赤に染まる。


「僕はただ追いかけて、芽榴さんの話を聞いてただけで……本当に何も……」

「だけど、藍堂くんが単純なその行動を起こしてくれなかったら、俺の親友も娘も両方、すれ違ったままだったんだ。だからありがとう。この感謝は芽榴の親として受け取ってほしいんだが」


 誰が聞いているか分からない場だからこそ、重治は東條の名を出すのを避けた。そのことを察しつつ有利は「はい」と静かに返事をする。


「今年も芽榴ちゃんをよろしくね、有利くん」

「こちらこそよろしくお願いします」


 有利はそう言って丁寧な挨拶を残し、重治と真理子と別れた。


 重治に教えてもらった通りに芽榴と翔太郎の向かった方向へと有利は歩みを進める。


「芽榴さん……ですか」


 そういえば初めて芽榴のことを名前で呼んだな、などと思い返し、有利は歩きながら顔を押さえつけた。一人で歩いているのに、顔がだらしなく緩んでしまうのだ。


「……僕の話もちゃんとしてくれてるんですね」


 そう言って有利は安堵するように息を吐く。他の役員に遅れをとっているわけではないと分かり、有利の心は晴れやかだった。


「とりあえず、葛城くんに先越される前に見つけないと」


 大きく息を吸って、有利は芽榴を探すために人混みの中を走り始めた。

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