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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
体育祭編
22/410

14 テストと本気

 波乱を巻き起こしたトランプ大会も無事終わり、芽榴も役員になった今日この頃。緊急で執り行われたトランプ大会により、すっかり忘れ去られていた重大行事が目前に迫っていた。


「失礼しまーす」


 芽榴は生徒会室の扉を開けた。いまだ非難の目はあるものの、芽榴は着実に役員としての自覚を持ちつつあった。


「芽榴ちゃん、夏服だーっ!」


 芽榴が生徒会室に入るや否や、風雅が抱きつこうとする。しかし、芽榴は風雅の顔面を鷲摑むことでそれを防いだ。


「夏服にした意味を考えて行動してね」


 芽榴の格好は指定の黒い半袖ワイシャツに赤いリボンとプリーツスカートで、冬服のブレザーを脱いだ格好と大差ない。今日から移行期間に入ったわけだが、夏服の人は少なく、ブレザーを脱いだだけの格好の人が多い。現に今、生徒会メンバーはみんなそのスタイルで仕事をしている。そして芽榴がいち早く夏服に変えた理由こそ、風雅が暑苦しいからなのだ。


「あらら……おかしいなぁ」


 部屋の端にある機械類がごった返したデスクの前に座る来羅が呟くと、中央の長机に隣同士で仕事をしている翔太郎と有利が反応した。


「どうしたんですか?」

「トランプ大会のときに風ちゃんとるーちゃんがなかなかいい感じに見えたんだけど」


 トランプ大会の日、なかなか体育館に現れない風雅を探し回った来羅が彼を見つけたとき、風雅は芽榴を抱きしめ、芽榴は珍しくも笑っていたのだ。


「あの様子では気のせいということだな」


 3人は芽榴と風雅に目を向けるが、芽榴は風雅を適当にあしらって荷物を扉近くのロッカーに置いている。


「あれ? 神代くんはまだ来てないの?」


 芽榴が有利の目の前に腰掛けると風雅はその隣に座った。


「そうみたいですね」

「時期が時期だからな」

「あ……」


 ひたすら芽榴に抱きつこうとする風雅が、有利と翔太郎の会話を耳にした瞬間、急におとなしくなった。


「……? 蓮月くん?」

「放っておけ」


 机に突っ伏す風雅に芽榴が首を傾げると、翔太郎が呆れたような顔でそう告げる。放っておけと言われても先ほどまでキャンキャンと騒いでた犬がいきなり床に伏したならば気になる、というのが芽榴の心情だった。


「でも神代くんも遅刻とかするんだー」

「遅刻とは心外だね」


 背後で声がし、芽榴は驚いて振り返った。


「わ、神代くん。いつ来たの?」

「さっきね。でも、一応役員の誰よりも早くここには来ていたんだよ。今は最後の仕事をしに行ってたんだ」


 正面の会長席に向かいながら颯は言う。最後の仕事、というのが芽榴には引っかかった。


「あぁ、芽榴は知らないのか。生徒会も部活動と同じでテスト一週間前から活動停止なんだよ」


 そう。重大行事、期末テストは一週間後に控えているのだ。


「あー、ね」

「で、風雅」

「ははははは、はい!」


 風雅は背筋をピンっと伸ばして颯に向き直った。


「お前に関して順位の強制はしないけど、寝る間も惜しんで勉強しなよ。女子に囲まれていたなんて言い訳は通用しないからね。僕が見たときに勉強してなかったら……分かってるよね?」


 組んだ両手に顎をのせる颯は満面の笑みで風雅に言う。風雅は顔をサーッと青くして「ももも、もちろんです!」と応えていた。


「そこまで勉強して順位がとれないっていうのもある意味天才よね」

「来羅、うるさい」


 来羅が笑うと、風雅は拗ねたように唇を尖らせた。


「それから、風雅以外は五位以内必須だから。いい? 芽榴」


 芽榴は颯の指令に目をパチクリさせた。聞き間違いかと思い、もう一度確認のために聞き返す。


「五位以内?」

「うん。頂点に立つものは何事も常に頂点に立つべきだからね。外したら……」


 颯はどこから取り出したのかデスクの上にズラリと書類の山を並べ「これ全部仕上げてね」と笑った。そこで芽榴は風雅の顔が青ざめた理由を察するのだった。


「いや……でも、私ってばいつも100番あたりだし……」

「もう手は抜かないんでしょ?」


 颯がニコリと笑えば、風雅と同様に無理やり頷くしかなかった。








 そういうわけで、始まったテスト期間。芽榴が役員になったことで鼻が高くなった松田先生は平均160番のF組全員が100番以内をとれという傍若無人な命令を出した。


「松田のヤツ、調子乗り過ぎじゃない?」


 自習時間、舞子は後ろを向いて、芽榴の机で数学の問題を解いていた。


「でも、舞子ちゃんはいつも50番台だし余裕でしょー?」

「補習になったら部活行けないから」


 舞子が言うと、芽榴はなるほどそういうものか、と手を打った。


「なに?」

「いえいえ、別に」


 芽榴の反応を訝しみつつ、舞子は文字を書くのをやめてシャーペンをクルクル回しながらふと思いついたように口を開いた。


「ていうか、役員って常にトップ5の中にいるわよね。蓮月風雅を除いて。皇帝様に至っては満点主席だし」

「あー、そのようだね」


 芽榴は呑気に答えるが、役員が全員トップ5なら芽榴も近い順位をとらなければならないだろうと舞子も察しているのだ。


「大丈夫なの? 芽榴」

「あははははは」


 舞子は心配そうに尋ねるが、対する芽榴は半目で笑って誤魔化した。


「楠原! 勉強教えてくれ!」


 芽榴と舞子が呑気に自習時間を過ごしていると、滝本が猪のごとき勢いで机に突っ込んできた。


「えー。私より舞子ちゃんのほうが成績いー……すいません」


 芽榴は舞子に投げようとするが、舞子の鋭い視線に気圧されてしまう。


「頼む! 楠原! お前のノートとか分かりやすいし! お前実は頭いいだろ!? ほら、トランプ大会も優勝したくらいだし!」

「えー……」

「あ、私も教えてー。楠原さん」

「俺もー!」


 滝本の声が大きすぎたためにクラスメイトが芽榴の周りに参考書を持って集まってくる。


「芽榴、ガンバー」

「うー……」


 芽榴は大きなため息をついた。







「あれ? 藍堂くんも帰りー?」


 放課後、芽榴が靴箱にいると、有利が通りかかった。


「あ、楠原さん。生徒会室で勉強しようと思っているんですが……楠原さんもどうですか?」

「あー、うん。じゃあ、ちょっとだけ」


 家に帰って夕飯を作るまでにはまだ時間があり、どうせだからと芽榴は有利についていくことにした。


「それにしても楠原さん、まだ残ってたんですね?」

「うん。クラスの人に勉強教えてって言われて」


 有利はそれを聞いて「僕も混ざりたいです」と苦笑した。


「藍堂くんは必要ないでしょー」

「そんなことないですよ。僕の場合は、神代くんたちと違ってかなり勉強しないとあの成績は維持できません。まぁ、その点では蓮月くんよりマシかもしれませんが」


 風雅は勉強しても成績があがらないのだから確かに有利は恵まれているほうだと芽榴は思った。


「楠原さんは大丈夫そうですか?」

「んー。授業で聞いたことと黒板はここに全部入ってるからねー」


 芽榴が頭を指差すと有利は納得がいったように頷いた。しかし、すぐに不思議そうな顔になって芽榴に尋ねた。


「でも、なら……どうして成績が上位ではないんですか?」


 二学年の棟と本棟を繋ぐ廊下は放課後ということもあって静かだ。有利の声がいつもより鮮明に響き、芽榴は苦笑した。


「全部一度で正確に覚えられるって、反則だからねー。それで上位とられるといい気はしないでしょ?」

「それ……誰かに言われたんですか?」


 有利が心配そうに尋ねると、芽榴は答えなかった。つまり、それは肯定の意。


「適当な点数とってれば、誰も文句言わないし、この記憶力もばれないから都合がよかったんだー。でも、もうバレちゃったし意味ないんだけどね」


 芽榴は呑気に言って、廊下を歩く。しかし、二つあった足音が一つになっていたため、立ち止まり後ろを振り返る。


「藍堂くん?」

「ずるくないですよ、別に」

「え」


 芽榴は何のことか分からず、聞き返す。しかし、有利はもう一度「ずるくないです」と芽榴に言った。


「……?」

「蓮月くんはいつも授業中に読心術を使ってます。だから蓮月くんはテストにどの問題の類題が出るかがある程度分かってるんです」

「へ、へー」


 それでも風雅は上位がとれないのか、と芽榴は半分呆れてしまった。そこで、芽榴はハッとして有利のことを見た。


「全部記憶できるのは確かに羨ましいですけど、僕はそれだけで点数がとれるとは思いません。理解してなければ類題は解けないじゃないですか。理解するのはこれも努力の問題で……だから、楠原さんはずるくないです」


 有利は大真面目な顔でそう言った。有利が珍しく饒舌なことにも驚いたが、何よりそんなふうに言ってくれたのは彼が初めてだったのだ。


「……ほら、行きましょう?」


 有利が芽榴の横を通り過ぎて目の前に立つ。有利の耳が少し赤くなっていて芽榴はクスッと笑った。


「楠原さん?」

「ううん。行こー」


 芽榴は有利の横に並んだ。


「目指せ、五位以内ー」

「負けませんよ」


 芽榴と有利は小さく笑いあった。生徒会室まで距離はあるけれど、なぜかいつもより短く感じたのだった。








 テスト期間はあっという間に過ぎ、廊下にその結果がズラリと貼り出された。


「おっしゃあああああ!」


 廊下の中央部で叫ぶのはやはり滝本だ。どうやらギリギリ100番以内に入れたらしい。

 舞子はいつも通りの順位をキープし、F組は平均70番台という快挙を成し遂げた。この様子では松田先生の鼻はしばらく長いままだろう。


 そして芽榴は舞子とともに廊下の端へと向かう。

 役員がすでに訪れているためか、やはり人集りが出来ていてそこは騒がしい。風雅がいなければ少しは少なくなるのではないかと思いながら芽榴は舞子とともに人集りをかき分けた。


 しかし、かき分けてみると予想していたより通りやすい。というよりも、芽榴の姿を見た瞬間、コソコソと耳打ちしあって道を開けてくれるのだ。役員になった特権かと芽榴が感心しているあいだにトップ5が書かれた広幅用紙の前にたどり着く。


「あんたって、本当何者なわけ?」


 舞子が目を細めながら芽榴を見ると、芽榴は少し焦り気味に頬をかいた。


「うん、確かに手応えはあったんだけど…」

「なん、だと……?」


 芽榴が呟く隣では翔太郎が肩を震わせていた。芽榴は殺気を感じて人ごみの中に隠れようとするのだが、翔太郎に後ろから襟を捕まえられ、「ぐえっ」と女とも思えない声を出してしまう。


「俺が三位など、ありえん。貴様……っ!」

「翔ちゃん、見苦しいわよ。私も順位下がって悔しいけど」


 来羅が翔太郎の頭をコツンと叩き、風雅が芽榴を心配して駆け寄った。さすがに主だった風雅ファンが背後にいるため、風雅も芽榴に抱きつくことはしない。


「でも、芽榴ちゃんすごいよ。トランプ大会より驚いたかも。翔太郎クンが負けるのもだけど、颯クンと……」

「蓮月……。236位は口を閉じてこの場から去れ……」


 どんよりとした翔太郎が低い声でつぶやくと、風雅は涙目で来羅にしがみついた。背後ではそんな風雅の姿にも女生徒がうっとりしている。芽榴が彼女らのことを呆れるように見ていると、有利がそばに来た。


「ずるくないとは言いましたけど……」

「うん。私もちょっとビックリしてる」

「僕も驚いているよ」


 先ほどまで怖いくらいに順位表を凝視していた颯が芽榴と有利のもとに歩み寄った。


「芽榴には日々驚かされる」


 颯は困ったように笑った。


 その順位表は驚くべきものだった。端に書かれた満点トップ恒例の神代颯の隣にもう一人、満点トップで名前を刻んだ者がいたのだから――。

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