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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
霜花編
218/410

196 初詣と縁結び

 神社についた芽榴と圭は行列に並ぶ。もう年明けから時間が経っているため、行列の進みがスムーズになっていた。


「芽榴姉、何お願いすんの?」

「言ったら叶えてもらえないよー」


 圭の問いかけに芽榴は笑う。といっても、毎年誰に言わずとも芽榴の願いが叶うことはなかった。それこそ、芽榴が神様に嫌われてると思うようになった所以だ。


「でも昨年は叶いすぎってくらい願いが叶っちゃったから……またしばらく叶えてもらえないかも」


 その言葉の通り、昨年1年は芽榴にとって幸せな思い出がたくさん集まっていた。確かに辛い時もあったけれど、それでも辛さ以上に幸せのほうが芽榴の心の中に残っている。だから今年はその反動がある気がしてしまうのだ。


「大丈夫、きっと今年もいい1年になるよ」


 悲観的な芽榴を励ますように圭はそう言って笑う。そして「さみー」と体を震わせながら、ショート丈のコートのポケットに両手を突っ込んだ。


「だといーな」


 対する芽榴も笑って、薄い水色のマフラーで緩んだ唇を隠した。


 そんなことを話しながら前に進んで行き、十分くらい経ってやっと芽榴と圭は先頭に立つ。賽銭箱にお金をいれて、パンパンッと2人同時に2拍手を送った。


「……」


 目を閉じてしっかりと昨年のお礼と今年の願いを頭の中で再生する。そして一礼のあと、石段をおりて芽榴と圭は伸びをした。


「さて、次はー……やっぱりおみくじだよね?」


 芽榴が苦笑しながら問いかけると、圭は肩をすくめた。


「別に俺はいつでも引けるし、それよりお守りとか買いに行こう」


 さすがに十年も芽榴と神社参りに来ていれば、芽榴がおみくじをしたがらない理由も圭には分かる。圭の優しさに甘えてお守りを買いにそちらへ向かおうとした2人だが、そこで前方がやけに騒がしいことに気づいた。


「盛り上がってるな……。どうしたんだろ」

「うーん……この騒がしさは親しみ深い気がするー」


 新年の喜びからくる騒がしさではない。どこか黄色い声で溢れる騒がしさに、芽榴はハハハと笑う。

 芽榴の隣で背伸びをし、騒がしさの原因となっている人物たちを見つけた圭は芽榴の言葉に納得していた。



「うーん……こっちのほうが、いやでも、なんかこっちのほうが本格的っぽいし……」

「風雅。……早く選んでくれないか? 後ろの方に迷惑だ」


 社務所で人一倍お守りを前に悩んでいるイケメンくんに冷静な皇帝様がそんなことを告げている。

 ちなみに縁結びのお守りの前で唸っているイケメンこと蓮月風雅は背後に彼狙いの女子が構えていることも、そのせいで社務所に参拝並みの大行列ができそうになっていることにも気づいていない始末だ。


「ごめん、あと3分待って!」

「あはは、カップラーメンができちゃうわよ」

「来羅は邪魔しないで!」


 イケメンくんの隣で、金髪美少女が彼女みたいに可愛らしく笑う。どうやら来羅は今日も一応女装のようだ。


「蓮月、縁結びなど見てないで貴様はこれを真剣に選ぶべきだろう」


 お守り選びに相当な時間を費やしている風雅に、少し離れたところにいる翔太郎が声をかける。彼も別の効果のあるお守りが並べられているところにいるのだが、彼が風雅に見せたのは学業成就のお守りなのだ。


「イヤだよ!!」

「あぁ、翔太郎。それはいい考えだね」


 反対する風雅に対し、颯は満面の笑みで翔太郎の意見に賛成する。


 そんな会話を繰り広げている3人から少し外れて、来羅は巫女様から袋をもらっている有利のもとに歩み寄った。今回も彼だけはしっかり着物を纏っている。


「有ちゃんも縁結び?」


 お守りを購入したらしい有利に、来羅が問いかける。すると有利は小さな紙袋から藍色のお守りを取り出した。


「心願成就です」

「なるほど。有ちゃんらしいわ」

「おじいさんに剣で勝てるようになりたいとか心からの願いはたくさんあるので、その中の一つが叶えばいいかな、と」


 今一番叶えたい願いを口にしなかった有利に、来羅はクスリと笑った。


「ま、私たちみんなが縁結び買っちゃったら神様も困っちゃうものね」


 と、そんな感じで楽しげに麗龍学園の生徒会役員がお守りを選んでいるのだ。元々人で混雑する場所に、人を寄せ付ける彼らがいるため、もう言葉に表すのも億劫になるくらいすごい状況になっている。


 芽榴が化粧をしていれば、芽榴も囲まれる側の人間に変わるのだろうが、今はノーメイクのため連日感じていた男子集団からの視線も感じない。それが狙いで圭が「初詣でには化粧しないで」と芽榴にお願いしたのだが。


「お守りはまだしばらく買えないだろーね」


 芽榴はその光景を見ながら隣の圭に告げる。すると圭がキョトンとした顔で芽榴のことを見た。


「芽榴姉、挨拶しなくていいの?」

「どーやってみんなのとこに行くのー?」


 圭の気遣いは素直に嬉しいと思うけれど、芽榴がみんなに挨拶をしに行くためには人の壁を乗り越えなければならない。芽榴が笑いながら返すと、圭も「そうだよな」と困り顔で笑った。


「屋台でも見る? 座るところもあるし」


 芽榴が食べ歩きを苦手としているため、圭は先手を打ってそう提案する。芽榴は「うーん」と考えるように唇の前で拳を作った。


「りんご飴くらいだったら食べながら歩けそうな気もするかなー」

「じゃあ、そうしよう」


 そう言って圭が芽榴の手を引く。その動きに身を任せようとした芽榴だが、さっきまで意識を飛ばしていた方角から大きな声が聞こえた。


「……っ、芽榴ちゃんっ!」

「え?」


 芽榴は驚いて腕を引き、圭の動きを止める。振り返ると、社務所の方からさっきまでお守りを悩み通していた男子がこちらに向かってこようとしていた。


「え、ちょ…っ、すみませんっ!」


 ぎゅうぎゅう詰めの人混みを掻き分けて一足先に芽榴の元へやってきたのは、やはり風雅だった。


「やっぱり、芽榴ちゃんだ!」

「よく、分かったね……?」


 目の前で笑顔をこぼす風雅を見て、芽榴はものすごく驚いた顔をしていた。風雅たち役員の前には大量の人混みがあったわけで、芽榴のことを見つけるのはかなり難しいことのはずだ。


「それ、オレの特技だから!」


 周囲からの大注目をまったく気にしていない風雅は屈託ない笑みをこぼして、芽榴に笑いかける。そうして風雅は隣に圭がいることにも気づいたらしく、浮かれた頭を落ち着かせるために深呼吸をした。


「芽榴ちゃん、圭クン、あけおめっ!」

「あけましておめでとー」

「おめでとう、ございます」


 まさか自分にまで挨拶してもらえるとは思ってなかった圭は顔いっぱいに驚きを表して挨拶を返していた。


 風雅が去ったおかげで社務所の混雑が落ち着いたため役員も芽榴たちのところへやってくる。というわけで、今度は逆に芽榴の周囲に人集りができ始めていた。


「風ちゃんったら、私たち置き去りにするなんてありえない! ……って、るーちゃん!」


 風雅への愚痴を言いながら登場した来羅は、芽榴の姿を見て目を輝かせた。


「あけましておめでと」

「おめでとー、来羅ちゃん」


 女装中の来羅は風雅を押しのけて、芽榴の両手を握る。そして風雅の文句を無視して芽榴に笑いかけた。清々しい来羅の笑顔に、芽榴も笑顔を見せる。そして来羅は視線を芽榴の隣へと移した。


「圭くんも、あけましておめでとっ」

「え、あ……あけましておめでとうございます」


 来羅が美しすぎる笑顔とともにウインクまでつけて圭に新年の挨拶を残した。その悩殺アタックに圭の顔は赤くなり、圭はしどろもどろに挨拶を返す。その様子からして圭もちゃんと男子だった、というところか。


「楠原さん、あけましておめでとうございます」

「わ、藍堂くん。ははっ、あけましておめでとー」


 有利が後ろからヒョコッと姿を現し、芽榴はビクッと肩を揺らす。でも次の瞬間には楽しげに笑って彼に新年の挨拶を返していた。


「圭くん、あけましておめでとうございます」


 それから有利もしっかり圭に新年の挨拶を告げ、頭を下げる。圭の憧れである藍堂流筆頭門弟の有利に礼儀正しく挨拶をされ、圭は嬉しさのあまり深々とお辞儀をして挨拶を返す。その後も何度も「ありがとうございます」と意味不明な感謝を告げていた。


「来羅、いい加減芽榴ちゃんから離れてよっ」

「えぇ、なんで?」

「お前がもうちゃんと男だからだよ」


 そう言って芽榴から引き剥がすように来羅の腕を引っ張ったのは、我らが皇帝・颯だ。


「神代くん。あけましておめでとー」


 社務所を占領していたことを謝罪しながら人混みを掻き分けてきた颯は新年早々少し疲れた顔をしている。けれど他でもない芽榴に笑顔で挨拶されてしまえば、その疲れも吹き飛ぶというものだ。


「おめでとう。今年もよろしく頼むよ」

「こちらこそー」


 芽榴との挨拶を終え、颯もみんなと同じように芽榴の隣へと視線を向ける。その視線に気づいた圭は、今度は自分から挨拶をした。


「あ、えっと……神代先輩、あけましておめでとうございます」

「おめでとう。悪いね、姉弟水入らずの参拝なのに」

「い、いえ……そんなことは……」


 颯の言葉が図星すぎて、圭は反応に困る。自然な切り方だったが、はっきり「そんなことはない」と言いきらなかった圭を見て、風雅は少しだけ不思議そうな顔をしていた。


「風ちゃん?」

「え、あ……いや……。それより翔太郎クンは?」


 一瞬見えた圭の心を頭の奥にしまいこみ、風雅はキョロキョロと辺りを見渡していまだ現れない翔太郎のことを探し始めた。


「葛城くんならそこにいますよ」


 左右を確認する風雅を指差して、有利が教えてあげる。なぜ自分が指をさされているのか分からない風雅は「え?」と眉を上げた。


「……貴様ら」


 その声が降ってきて、風雅が慌てて後ろを振り返る。が、すぐに風雅は振り向いたことを後悔することになった。


「翔太郎ク……って、いだだだだだだっ!!」


 背後にゲッソリした様子で現れた翔太郎に、風雅は頬をつままれる。


「翔太郎、遅かったね。巻き込まれたのかい?」


 グリグリと頬を抓られている風雅のことには触れず、颯は困り顔で翔太郎のことを見ていた。

 来羅と有利はうまく人混みをかわし、颯は社交的な笑みで謝罪し歩いたため、単独で囲まれるという事態にはならなかったが、よりにもよって翔太郎だけは周囲を女子に囲まれてしまったらしい。


「どんまい、翔ちゃん」

「どんまいというレベルの話じゃない。地獄を見たぞ。新年早々、貴様らの薄情さには言葉もない」


 相当辛かったらしく、翔太郎が文句の言葉を連ねる。聞いていた芽榴は苦笑し、痛がる風雅は泣いていた。


「葛城くん。置いて行ったのは謝りますけど、新年早々楠原さんたちに会って挨拶なしっていうのも罰当たりですよ」

「何を……く、楠原いたのか!?」

「いましたよー」


 どうやら翔太郎は芽榴がいることに気づいていなかったようだ。芽榴は苦笑しつつも翔太郎らしいということで、怒ることはしない。


「あけましておめでとー」

「おめでとうございます」


 姉弟そろって、翔太郎に挨拶をする。気恥ずかしくなったのか、翔太郎は眼鏡のブリッジを押さえながら小さな声で同じ新年の挨拶を返した。


「今年もよろしく……してやってもいい」


 間をあけたのだからそこで途切ればいいものを、翔太郎はいらない言葉を付け加えた。そしてその返しを待っていたかのように、芽榴と風雅以外の役員が怪しい笑みを浮かべる。


「……というわけだから、芽榴」

「は?」


 まず颯がニッコリ笑顔で芽榴の肩に手を置く。意味が分からないと首をかしげる芽榴に、今度は有利が表情一つ変えずに説明を加えた。


「してやってもいい、ですからしなくてもいいんですよ?」

「な……っ!」


 その発言に反応したのは翔太郎だ。けれど翔太郎が文句を言う前に来羅が笑いながら圭の腕を引っ張った。


「圭くんも、お姉ちゃんへの挨拶がなってないって文句言ってあげて!」

「いや、俺は別に……」

「圭くんも、ありえないってよ! 翔ちゃん!」


 来羅はニンマリと笑って翔太郎を追い詰める。圭は「え!」と焦り顔で弁解しようとするが、圭にまで言われたとなるとさすがの翔太郎も考えてしまうようだ。


「……楠原」

「うん、今年もよろしくねー」


 みんなが新年早々翔太郎をいじっているのが分かったため、芽榴はカラカラと笑って翔太郎の代わりにそれを言ってあげる。


「……よろしく」


 恥ずかしげに視線を投げつつ、翔太郎は今度はちゃんとそう言った。

 翔太郎がしっかり「よろしく」の言葉を紡いだのを聞いて、みんなの頬が少しだけ緩む。もちろんたった一人、頬を抓られている人物は泣き叫んでいるのだが。


「翔太郎クン! なんでオレだけっ!!」


 喚き倒した末にやっと翔太郎から解放され、風雅は有利に泣きつき、有利は毎度のことながら優しく彼のことを慰めていた。


「えっと……じゃあ、みんなまた今度……」

「みなさんも一緒に屋台巡り行きます?」


 みんなと別れようとした芽榴の言葉を遮るように、圭がそんな提案をする。

 家での発言もあるため、芽榴はそんな圭に驚いた顔をし、その顔を見た圭は苦笑した。


「芽榴姉も役員さんといたいっしょ? まぁ……俺も一緒に行動することにはなるんだけど。さすがに芽榴姉渡しちゃったら俺一人になっちゃうし」


 圭の言葉が聞こえて、圭のすぐ近くにいる来羅が不安げに眉を寄せた。


「こっちこそ……本当にいいの?」


 芽榴が役員との初参りを断った理由は「圭と参拝したいから」という理由だった。それを邪魔していいのか、来羅だけでなく役員全員がその考えにぶち当たった。


「全然構わないっすよ」


 圭がそう言って笑う。圭さえ「いい」と言うなら、もうこの中で合流案に反論する人はいない。


「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」


 颯がそう言い、各々圭にお礼を言う。


 というわけで、結局合流することになった芽榴たちの夜更かしがスタートした。

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