187 クラス会とクリスマス
最新話で載せていた登場人物設定資料は各章の幕間に挿入することにしました。
設定資料を参考にキャラを想像してみてください。イラスト等大歓迎です。
作者もイラスト描いてみました。鉛筆書きでサーっとですが。詳しくは活動報告にてお知らせしているので……。
それでは今回のお話をどうぞ。
今日はクリスマス。
街を歩けば、あちらこちらから鈴の音の心地よいクリスマスソングが聴こえる。街の中心に立っているクリスマスツリーの下は愛しい人を待ち焦がれる姿で溢れかえっているくらいだ。
そのクリスマスツリーから少し離れた雑貨屋さんの前にて、F組女子は待ち合わせ中なのである。
「あー、とうとう来たよ。この日が……」
「毎年この時期だけは何か予定入れないと精神的に耐えられないよね」
クリスマスツリーを憂鬱そうに眺め、集団でそんなことをボヤいている。
「お待たせ」
そこに、ちょうどよく現れたのは舞子だ。相変わらずのオシャレな格好で登場し、舞子はF組女子の群れに混ざった。
「本当に舞子にはなぜ彼氏がいないのかね?」
「いないんだからいないのよ」
クラスメートの発言に即答し、舞子は顔を背ける。舞子は顔立ちも綺麗な方で、作ろうと思えばすぐに彼氏くらいできそうだ。それでも舞子が彼氏を作らないのは、好きな人がいるからなのだが。言えばネタにされるだろうから、舞子は芽榴以外にはそのことを絶対に言わない。
「あれ? 芽榴はまだ来てないの?」
集まっているメンバーを確認して、舞子が首を傾げる。今は待ち合わせ時刻10分前。別に来ていなくてもおかしくはないのだが、芽榴にしては遅い。
「うん。まだ来てないね。あと楠原さんと、アカネとユリコと……」
そんなふうにしてクリスマス会の主催者女子がまだ集合していないメンバーを確認し始めると、後ろのほうが何やら騒がしくなった。
「なになに? なんか事件? って……嘘!」
F組女子が野次馬根性で後ろを振り返る。そして、騒ぎの中心にいる人物を確認し、全員一斉に目を丸くした。
騒がしさの中心にいるのは、歩道を駆け抜ける少女。それもかなりの美少女だ。ものすごい勢いで駆けてくる美少女に、みんなの目が釘付けになっていた。
「みんな、ごめんなさい! 遅れ、ました!」
F組女子の元に走ってやってきた芽榴は息切れをしながら頭を下げる。
「いや……まだ10分前だから、いいけど」
みんなが見つめる中、芽榴は申し訳なさそうな顔をしたまま顔をあげた。ポカンとするF組女子の目に映るのは文化祭以来となる、美少女芽榴の姿だ。服装はいつもの芽榴らしく、そこまで可愛らしいわけでもない普通のものなのだが、それをカバーしてしまうくらいに顔が可愛い。
みんなの芽榴に対する反応がぎこちないため、芽榴の不安が一層増す。それに気づいた舞子が芽榴のそばに歩み寄った。
「あ、舞子ちゃん」
「芽榴。化粧したの?」
舞子の問いかけに対し、芽榴は恥ずかしそうに笑いながら軽く頷いた。
「えっと……うん。初めてだから……難しくて、時間かかっちゃって」
聖夜からクリスマスプレゼントでもらったコスメ道具を使って、今日はちゃんと芽榴が自分で化粧をしてみたのだ。
せっかく慎に化粧の仕方も教えてもらったのだから、練習しなければ意味がない。というわけでさっそく化粧をしてみたのだが、これが案外難しくて予想より時間がかかり、家を出るのが遅れてしまったのだ。
「やっぱり……下手、かな?」
「何言ってんの。バッチリよ」
芽榴の質問に舞子がそう返すと、周囲の女子も「うんうん」と何度も頷いて、芽榴の化粧を褒めた。
「それどうやって化粧してるの!?」
「何使ってる!? 私にも教えて!!」
芽榴は到着から1分かからずして、クラスメートに囲まれる。
「楠原さん、いいなぁ。私なんか、ちょっと化粧したくらいじゃ全然可愛くなれないもん!」
その言葉自体、芽榴にとって嬉しい褒め言葉ではあるのだが、何より芽榴を嬉しくさせたのは、クラスの女子の会話の中心に自分がいるということ。
「なんか、ここにピンク系の色をいれると可愛くなるんだって……」
芽榴は嬉しそうにしながら、覚えたてのメイク知識をクラスメートに教えていた。
しばらくして女子が全員集合し、みんなで移動を開始する。目的の大きなお家についてインターホンを鳴らすと、中からおさげ姿の委員長が出てきた。
「いいんちょー、お邪魔しまぁす!」
「ちょうど片付けが終わったところです。どうぞ、入って」
F組のクリスマス会が催されるのは委員長の家だ。委員長宅は広く、現在両親が旅行中で快く場所を提供してくれたらしい。
委員長が家のドアを押さえて、みんなを家の中へ誘導する。
「委員長、お邪魔するねー」
一番最後に入ってきた芽榴が委員長にそう声をかけると、委員長は驚いたように目を丸くしていた。
「わ、楠原さん、ビックリ。今日はお化粧してきたんですね」
普段スッピンの芽榴が化粧をするのは、やはり衝撃があるようだ。といっても芽榴の場合は化粧をしたときのビフォーアフターが激しいのも衝撃の理由の一つなのだが。
「あはは、まぁ……」
芽榴が苦笑で返すと、委員長は「相変わらず化粧が似合いますね」と笑った。
「それより、楠原さん」
「んー?」
扉が閉まり、芽榴が靴を揃えて立ち上がると、委員長が改めて芽榴に声をかけた。芽榴が首を傾げて話の続きを促すと、委員長がそのまま芽榴の手を引いて、リビングへと連行する。
キッチンと対面したリビングには、先に中へ入ったクラスメート全員がエプロンを着用して芽榴のことを待っていた。
「えっとー……どーいうこと?」
芽榴が半目で隣の委員長に問いかけると、みんなが芽榴の前に手を突き合わせた。
「クラス会のために料理買ってもアレだから……どうせなら楠原さんに作ってもらおうと思って!!」
主催女子がそんなふうに言って、芽榴にエプロンを渡す。渡すというより、ほぼ強制的に持たせたというほうが近い。
「楠原さんに作ってもらいたい料理をピックアップしておきました!」
そう言って今度は委員長が芽榴の目の前に料理名がずらりと書いてある紙を渡した。
クリスマスケーキやらタンドリーチキンに、ローストビーフなど、とにかくフルコースの料理名が書かれている。材料はすでに用意してあるとか。
「いいけど……事前に言ってくれれば作ってきたのに」
芽榴が肩を竦めながらそう言うと、舞子が「だから黙ってたの」と指摘した。
「結局芽榴頼みにはなるんだけど、それでも一応みんなで手伝いたいっていうことで直前まで黙ってることにしたのよ」
舞子の言葉に女子が全員頷く。
「一応、盛り付けとかは私たちにもできるから、肝心な味のほうを楠原さんにお願いしたいの!!」
主催女子が芽榴にもう一度お願いし、芽榴はクスリと笑った。
「全然いーよ。みんなで美味しいの作ろー」
芽榴はエプロンをつけて、委員長からもらった料理表に目を通し始めた。
クラスメートが「やったー!」とバンザイで喜び、賑やかな女子だけのクッキングタイムが始まった。
「楠原さん、ここはどうすればいいかな?」
料理が始まると、芽榴がさっさと下ごしらえや味付けを済ませ、盛り付けやデコレーションといったクラスメートにできる作業段階まで持っていく。しかし、盛り付けもそれなりに難しいわけで芽榴にヘルプを求める声は尽きない。
「そこはもうちょっとクリーム多めに塗って……あ、原田さん。それもうちょっと重ねて盛り付けたほうがボリューム出るよー」
料理をしながら、芽榴はそんなふうにしてクラスメートの盛り付けやデコレーションの指導もぬかりなく行う。
文化祭のときも頼りになったが、今日も変わらず頼りがいのある芽榴の姿を、委員長は惚れ惚れするような目で見ていた。
「よしっ、できあがりー」
芽榴が最後にチョコで「Merry Christmas」とケーキにデコレーションを残し、料理がすべて完成した。
「さすが楠原さん」
「本当手際がいいよね」
2時間で予定していた料理15品をすべて作り上げることができ、クラスメートはみんな感嘆の溜息をもらす。普通はもっと時間を要するところなのだが「18時までに作り終えたい」というクラスメートの意見を聞いて、ちょうど18時前に芽榴が料理を完成させた。
「みんなが手伝ってくれたからだよー。ありがとねー」
芽榴は笑って、エプロンを取り外す。
確かに料理時間が短縮されたのは、この人数で手伝って同時並行して作っているから、というのも要因の一つではあるが、芽榴の料理手順が的確だったというのが一番大きな要素だろう。
「ああ……一人暮らしとか始めたら、本当に楠原さん欲しいわ」
一人のクラスメートの呟きにみんなが頷いて、それを聞いた芽榴は苦笑し、舞子は楽しげに笑っていた。
それから30分くらい経って、委員長の家のインターホンが鳴る。F組男子が到着したようだ。
「いいんちょー、お邪魔するぜー」
「うーわ、でっけぇな。委員長の家」
女子と似たような反応をしながら、男子が入ってくる。そんな男子をリビングでくつろいでいる女子があちこちで迎え入れた。
「男子、ようこそー。メリクリー」
「メリクリー。……って、すごっ! なんだ、この料理」
リビングにやってきた男子は目に入った豪華な料理を見て唖然とする。
その顔を見た女子はニヤリと笑って「手作りよ!」と自慢げに言ってみせるが、誰が主として作ったかは男子にもすぐ分かった。
「相変わらず、すっげぇな。楠原」
「ちっ、ばれたか」
女子はそんなふうに冗談っぽく舌打ちをして笑った。どう見てもただの高校生が作る料理のレベルではないのだから、迷いなく芽榴が作ったと言い当てるのは当然だ。
「で、その楠原はどこだよ」
荷物を置いて落ち着き始めると、滝本を筆頭に男子がリビングにいない芽榴のことを探し始めた。
「楠原さんなら、植村さんと一緒にキッチンで洗い物中ですよ」
そう教えてあげる委員長はニンマリ笑顔を浮かべている。どうしてそんなに笑顔なのか分からず、男子が首を傾げるが、それと同時にキッチンのほうからパタパタとスリッパが床に擦れる音が響き渡った。
「誰か呼んだー?」
男子の「楠原」と呼ぶ声が聞こえて、洗い物を終えた芽榴がリビングにやってきた。
しかし芽榴が現れた瞬間、男子の思考回路は停止する。オーバーヒートでフリーズした男子数名は、いじっていたスマホをガチャンと音を立てて落とした。
「……えっと、大丈夫? スマホ壊れてない?」
芽榴が目の前の滝本にスマホを拾って渡すが、滝本は顔を真っ赤にしたまま口を開かない。
「滝本く」
「楠原ーーっ! ありがとう! メリークリスマス! サンキュー!!」
不審そうに目を細める芽榴に、今度はF組男子が拝み始めた。その意味不明な行動に芽榴の目はまた一段と細くなる。
「この楠原にもう一度会いたかったんだ!」
「楠原は楠原なんですが……」
「今のお前と過ごせるなら独り身も辛くない!!」
独り身にして、2人きりではないにせよ、来羅並の美少女と過ごせるなら結果オーライだ。
「褒められてるのに、悲しくなるのはなんでだろーね」
「殴っても罰当たらないわよ、芽榴」
芽榴は「今の」とか「この」という限定ワードを連呼する男子を遠い目で見つめ、舞子も呆れるように溜息を吐いた。
「楠原! サンタコスプレしてみよーぜ?」
「……っ、うわーーーーっ!! お前ら、いい加減にしろよ!!」
ヒートアップする男子どもの発言に、とうとう堪えきれず声をあげたのは滝本だった。
「なんだよ、滝本。お前も見たいだろ。楠原のサンタコス」
「ふざけんなっ! お前らの妄想に楠原巻き込むなよ!」
「はい、そこのアホ男子うっさい! 楠原さん、こっちおいでー」
おバカな会話を繰り広げる男子たちに軽蔑の視線を送りながら、女子が芽榴を安全な場所へと誘導する。その後、舞子が「滝本、うるさい」と冷静に頭を叩いて事態は収集した。
そんなわけで始まったクリスマス会。
といっても特別に何かをするというわけでもなく、みんなで芽榴の作ったご馳走を食べてワイワイと会話を弾ませた。
「へぇ、楠原って弟いるんだ?」
「うん。今、高1だよー」
「ねぇ、楠原さん! 藍堂くんの写真とか持ってたりしない? あったら私に売って!!」
「う、売る……?」
舞子と滝本以外のクラスメートに囲まれて、芽榴は日常会話に参加している。それが新鮮で、ただのおしゃべりなのに楽しくてしょうがなかった。
楽しい時間はどんどん過ぎていく。窓の外はもう真っ暗で、芽榴は委員長が飾り付けたクリスマスツリーのそばで外を眺めていた。
「楠原、何してんだ?」
芽榴のそばに滝本がやってくる。芽榴が振り返って笑いかけると、やはり滝本は頬を赤く染めた。
「もうクリスマス会終わるのかーって思ったら、なんか寂しくて」
そんなことを言って、芽榴は照れくさそうに笑った。
「確かに、2時間って早いよな。授業はすっげぇ長く感じるのに」
滝本が芽榴の隣に立って、芽榴と同じように窓の外を眺めた。
「その感覚ね、最近分かるようになったんだー」
「え?」
滝本は芽榴のほうを向いて首を傾げる。芽榴は窓の外を眺めたまま、薄く笑みを浮かべ、綺麗に潤う唇を開いた。
「楽しいときは時間が経つのが早く感じて、つまらないときは時間が経つのが遅く感じるって言うでしょ? 昔はそーいうこと思ったことなかったんだけどね」
芽榴の中で、時間の流れはずっと同じだった。本当に何も変わらない日常には「楽しい」という感覚がなく、その比較から生まれる「つまらない」という感覚さえ芽榴には与えてくれなかった。
「それって、今が楽しいってことだろ?」
「うん、そーいうこと」
芽榴がヘラッと笑うと、滝本は「ならいいんじゃん」と言って少し真剣な顔になった。
「楠原」
「んー?」
「……俺、お前のこと諦めるよ」
滝本の唐突な発言に、芽榴は少しだけ眉を上げた。そんな芽榴の反応に滝本は苦笑する。
「俺が好きになった楠原はさ、まだ俺でも手が届きそうなヤツだったんだ」
滝本が好きになった芽榴は、確かに能力的なものはズバ抜けていたけれど、容姿も纏う雰囲気も性格も、滝本に見せるのはどれも少しやる気に欠けた女子高校生の姿だった。
「でもお前、どんどんすごくなっていくしさ……。今日なんか、すっげぇカワイイし、俺なんかじゃ隣に並べねぇやって」
滝本は頬を染めながら芽榴に告げる。対する芽榴は少しだけ表情を曇らせた。
「滝本くんは……昔の私のほうがよかった?」
それは芽榴の心を不安にさせる。確かに今の芽榴は昔の芽榴とは違う。感受性が豊かになった分、表情の変化も少し大きくなって、発言も仕草も女の子らしい丸みのある穏やかなものになった。
そんな微かな違いが滝本との壁を作ってしまったのかと眉を顰め、不安がる芽榴に、滝本は大きな溜息を吐く。
「ちげーよ」
「……?」
「あー……今のお前も俺は好きだ。ゴメンとか言うなよ! 分かってんだから!」
言うつもりのなかった3度目の告白に、滝本は返事を求めない。けれど何度目であろうと「好き」という発言には抵抗があるようで、滝本の薄く赤みを帯びていた頬はどんどんその色を濃くしていく。
「ただ、今のお前への好きはなんっつーか、憧れに近いんだよ。今のお前と釣り合うのなんて、本当役員くらいだ」
だから滝本は芽榴を諦めることにした。芽榴と付き合うという想像は日を増すごとにどんどん現実からかけ離れていって、今日美少女芽榴を見てその心にケリがついた。
「だからお前はさ、これからも俺の自慢の女友達でいてくれよ」
滝本にそう言われ、芽榴は少し驚いた顔をし、次の瞬間には嬉しそうにフワリと笑った。
「うん、これからもよろしくね。滝本くん」
芽榴はそう言って、軽い足取りでクラスメートの輪に戻っていく。前は入り込みにくかったクラスの輪にも今は自然と溶け込めるようになった。
そんな芽榴をジッと見つめる滝本のそばに、舞子がゆっくりと歩み寄る。
「いいの? 頑張れば、意外とうまくいったかもよ?」
滝本は舞子のほうを振り返り、盛大な溜息を吐いた。
「無理に決まってんだろ。あいつ、絶対好きなヤツいんじゃん。自分でも全然気づいてねーだろうけど」
滝本が困り顔で言うと、舞子は「そうねぇ」と言いながら向こうで楽しそうに笑っている芽榴のことを見た。
恋をしたら可愛くなるというが、最近の芽榴は化粧をしていない状態でも少しだけ可愛くなっていた。それが誰によるものなのか――。
「あの子はいったい誰が好きなのかしらねぇ?」
「さぁな。でもあの感じは、大きなきっかけでもない限り気づきそうにねーよ」
初恋もまだな芽榴にとって、すべてを分かち合える仲間への〝好き〟とたった一人にのみ与えられる特別な〝好き〟という感情の境はとても曖昧なのだ。
「まぁ、私たちは陰ながら見守るだけよね」
舞子と滝本は楽しげに笑う芽榴のことをジッと見つめる。
楽しいクリスマス会はそうして終わりを告げるのだった。




