186 お守りと枕元
夜の0時。日付が25日に変わって、芽榴は心の中でもう一度聖夜に「誕生日おめでとう」と告げていた。
ベッドから起き上がり、可愛くラッピングされた中くらいの袋を2つと小さな袋を1つ抱えて、芽榴は自分の部屋から出て行った。
電気で明るく照らされた階段を降りると、重治と真理子の寝室にたどり着く。もちろん2人の部屋の明かりは落ちていて、芽榴は申し訳なさを感じつつも扉を開けたままその中に入り込んだ。廊下の明かりで室内に少し光が差し込む。
芽榴はササッと2人の枕元に移動して、中くらいの袋をそれぞれ2人の枕のそばに置いた。芽榴から2人へのプレゼントはペアのニット帽。毎年芽榴の手編みを喜んでくれるため、今年もそうしたのだ。
「メリークリスマス」
小さな声でそう言って、芽榴は重治と真理子の寝顔を見つめた。
聖夜に送られて家に帰ると、芽榴は家族全員に「おめでとう」と言われた。最初は全然意味が分からず、首を傾げていた芽榴だがその後に続いた「ありがとう」という言葉で、全部分かってしまった。
東條と仲直りできたことを喜んで、芽榴が楠原芽榴でいることに感謝してくれる。そんな人たちだから、芽榴はこの家族を好きになって、これからもずっとそばにいさせてほしいと思った。
本当は和解した時点で、重治たちは芽榴を追い出すことだってできる。彼らが芽榴を引き受ける理由は今まで以上になくなったのだ。けれど、重治たちは芽榴のことを再び受け入れて、芽榴の選択を喜んでくれた。
感謝するのは芽榴の方なのに、重治たちは芽榴に感謝の言葉を言わせない。きっと芽榴が「ありがとう」と言えば、重治たちは「家族が一緒にいることは当然だ」と返すのだ。血の繋がりはなくとも、芽榴たちは家族。心はちゃんと繋がっていた。
だから「ありがとう」は言わない。
「これからも、よろしくね……お父さん、お母さん」
芽榴は静かにそう言って、寝室を出て行った。
そのまま芽榴は圭の部屋へとやって来る。カチャッとできるだけ小さい音を立てて、芽榴はこっそり圭の部屋に入った。
ベッドに寝ている圭は芽榴に背を向けるような形で横になっていた。
そんな圭の枕元に芽榴は小さな袋を置く。
「メリークリスマス、圭」
その言葉を告げた芽榴は、圭の頭を優しく撫でて、音を立てないように気をつけながら自分の部屋へと帰って行った。
部屋の中が真っ暗になって芽榴が完全に出て行ったのを確認し、圭は目を開けた。
イブの夜は早く床に就いて、日付が変わるまで眠らない。それが6年前からの圭の習慣だ。
ゆっくりと体を起こし、枕元に置かれたプレゼントに手を伸ばす。
中身を開けると、圭の予想していたものがそこには入っていた。
圭へのクリスマスプレゼントは毎年同じ、芽榴の手作りのお守りだ。それは7年前のイブの日から変わらない。
『ね、圭……欲しいものある?』
7年前のクリスマスシーズン。リビングでサッカーの試合を見ている圭に芽榴が突然そんなことを尋ねた。
『え? なんで?』
圭がキョトンとした顔で芽榴のことを見ると、芽榴はぎこちなく視線を彷徨わせた。
『え、あの……なんとなく……』
芽榴がそう答えると、圭はそれ以上追求はしなかった。代わりに『うーん』と頭を捻って欲しいものを思い浮かべ、思いついた順にそれを口にしていた。
『そうだなぁ。今欲しいのは、サッカーボール。でも父さんにクリスマスで頼んだんだ! あ! 俺あれ憧れてるんだよっ。高校サッカーとかで選手がエナメルバッグにつけてるお守り!』
そのときまでクリスマスプレゼントを芽榴からもらったことはなく、圭は適当に欲しいものを言っただけだったのだが、芽榴は圭の言葉を真剣に受け取って、クリスマスプレゼントとしてお守りを作ってくれた。
それが嬉しくて、次の年もその次の年もお願いして今となってはそれが当たり前のプレゼントになった。
「よいしょ……っと」
ベッドから出て、圭は部活用のエナメルバッグを抱える。
バッグについている去年のお守りを外し、そこに新しい今年のお守りをつけた。
取り外したお守りを持って、圭は机の引き出しを開ける。引き出しの奥に押し込まれているお菓子の缶の箱を取り出してその蓋を取ると、中には芽榴にもらった歴代のお守りが全部入っていた。
「集めてどうすんだって感じもするけど……」
圭は自嘲気味に言いつつも、手に持っているお守りを缶の中に丁寧に直す。増えたお守りを少し眺めた後、缶の蓋を閉じて再び引き出しの中に押し込めた。
初めは尊敬する姉からの貰い物が嬉しくてとっておいただけだった。それなのに、今は――。
「つか、芽榴姉……可愛すぎだろ。なんだあのドレス姿」
家に帰ってきたときの芽榴の姿を思い出し、圭は頬を赤く染める。芽榴が化粧をするのは今日が初めてではない。けれどいつも家にたどり着く前には化粧を落としているため、圭がその姿を目にするのは今日が初めてだった。
「あれは誰も放っておかないだろ……」
芽榴のことを焦がれるようにして見つめる男どもの姿を想像し、圭は深く溜息を吐く。あの芽榴が帰ってきたときは、圭も精神を落ち着かせるのに必死だったくらいだ。
「本当、どんどん手が届かなくなる」
たとえ芽榴が誰かのものになっても、それでも圭は一生芽榴と繋がっていられる。他の人とは違って、圭はこれからもずっと芽榴の特別な存在だ。ただそれが恋人の対象ではないというだけの話。
「メリークリスマス。芽榴姉……」
隣の部屋に向かって、圭は静かに告げる。
聖なる夜はそうして更けていった。
次話はF組クリスマス会です。
執筆が間に合わず、次の更新は21日頃になるかと思われます。
いつも目を通していただき、ありがとうございます。




