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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
霜花編
206/410

184 ラピスラズリと聖なる夜

 芽榴は上から紺色のコートを羽織り、エントランスを抜けて外へ出た。


「……琴蔵さん」


 ホテルの前に止まる高級車。その後部席に通じるドアに寄りかかって、聖夜が立っていた。


「なんで車内で待ってないんですか」


 芽榴は困ったように言いながら、聖夜の元に小走りで向かった。


「中で待っとったら、お前一人でさっさと歩いて帰るかもしれへんやろ」


 聖夜はコンコンッと車の窓をノックしてドアから体を離す。すると、自然にドアが開いて聖夜が芽榴を中へと導いた。


 聖夜の車で送迎されるのは、もう何度目か分からない。


 芽榴は聖夜の向かい側に座る。ソファーでの件もあり、さすがに聖夜の隣に座ることはできなかった。聖夜は不服そうな顔をしつつも、なんとなく予想していたらしく、文句を言うこともない。


「琴蔵さん」

「慎の話やったら……何も聞かんで」


 聖夜は頬杖をついて移り変わる窓の外の風景を見ながら、静かに告げる。先手を打った聖夜に、芽榴は苦笑しつつ「違いますよ」と答えた。


「簑原さんのことを琴蔵さんにどうこうしろってお願いするのは……違いますから。何より簑原さんはそれを望んでない、ですよね」


 慎が聖夜を頼るなら、もうすでに何かしら助けを願ったはずだ。それをしないのが慎で、だからこそ聖夜はそんな慎を認めて離さずにいるのだ。


「今の発言は無しや。お前のことを軽んじとった」

「別に気にしてませんけどね」


 芽榴はそう言って、咳払いを挟む。


「琴蔵さん」


 気を取り直してもう一度聖夜に声をかけた。


「メリークリスマス」


 予想外の台詞に、聖夜の投げられた視線が芽榴の元へと向かう。そして次に聖夜の視界に飛び込んだのは小さな黒い小箱。赤いリボンがついたそれは、芽榴から聖夜へのクリスマスプレゼントだった。


「琴蔵さんって何でも持ってそうだから選ぶの結構大変だったんですよ」


 芽榴の言葉を聞きながら、聖夜は箱の中身を確認する。中から出てきたのは深い青色の石――ラピスラズリのストラップだった。


「あんまり派手でもないし、それだったらつけてくれるかなーと思いまして」


 綺麗な石をマジマジと見つめる聖夜に、芽榴は付け加えるようにして言う。芽榴の予想以上に聖夜は驚いた顔をしていた。


「琴蔵さん?」

「これ選んだ理由、なんや?」


 少し掠れた声で聖夜が問いかけ、芽榴は「えっと……」と視線を彷徨わせた。


「ラピスラズリは『聖なる石』って言うじゃないですか。だからなんとなく……琴蔵さんっぽいなーって」

「は?」


 マヌケな声を出す聖夜の顔には「ワケ分からん」と書いてある。芽榴はそんな聖夜の顔を見てクスリと笑った。


「……聖夜」


 芽榴がそう呼ぶ。その瞬間、聖夜の目は見開いた。

 けれど芽榴が口にしたのは〝名前〟ではなく〝単語〟であることを聖夜はすぐに察した。


「琴蔵さんの名前〝聖なる〟夜ですから。……って、よく考えてみれば今ですね」


 イブの夜は一般に「聖夜」と呼ばれる。言ってる途中で気づいた芽榴はそんなふうに呟いた。

 一人納得している芽榴のことを見つめ、聖夜は本当にふと思い出したことのようにして口を開いた。


「せやな。俺が25日の0時ちょうどに生まれたからセーフとか言うて阿呆な母親がこの名前つけたって……昔、本家で聞いたことあるわ」


 聖夜はラピスラズリを見つめながら、補足程度にそう告げるが、目の前の芽榴は目を丸くして固まっていた。


「どないした?」

「……えっと、もしかして……琴蔵さんって明日が誕生日なんですか」


 今の聖夜の話からして、それは確定事項。


「せやけど、なんや?」


 聖夜は首を傾げる。それを聞いて、芽榴は「はあ……」と深くため息を吐いた。


 聖夜の誕生日は公に知られていない。誕生日を隠すのが琴蔵家のしきたりだと来羅の情報ファイルで見たことがある。


「私には誕生日プレゼント渡しておいて、自分のときはどうでもいいみたいな態度、おかしくありません?」


 芽榴が頭を押さえながら聖夜に言うと、聖夜は視線を斜めに落とした。


「その感覚分からんのや。この立場やし、他人の誕生日パーティーとかに行かされて祝うんは慣れた話やけど、俺の誕生日は大々的に祝われたこととかあらへんし」


 だから他人の誕生日は気にしても、自分の誕生日は気にならない、と聖夜は言う。

 そもそも最上級の立場で誕生日パーティーをしないということ自体、琴蔵家特有なのだ。

 芽榴でさえ十年間一応しっかり誕生日パーティーを催された。といっても東條の配慮で、かなり上位の人間しか参加を許されなかったというのが事実ではあるが。


「誕生日に似たような祝い品がどっさりきてもしゃあないから、そういう風習になったって聞いたことある」


 聖夜は息を吐いて、座席のシートに深く体を沈める。


「だいたいこの時期はパーティーがぎょうさんあってそれやなくても大変やろ? そしたらいつのまにか誕生日に拘りもなくなってもうた」


 明日琴蔵本家で行われるパーティーも決して聖夜の誕生日パーティーなどではい。ただの・・・クリスマスパーティーだ。


「百歩譲って、俺の誕生日も考慮して25日にパーティーを催しとるんやとしても……楽しくはあらへんからな」


 誕生日に聖夜が送られるのは媚売りの言葉ばかり。


 実際問題、聖夜はクリスマスプレゼントをもらったことなどなかった。つまりは誕生日プレゼントもそう。わざわざ特別な日にプレゼントしなくても欲しい物は言えばすぐ手に入ってしまうからだ。


「しかし、案外嬉しいもんやなぁ……プレゼントいうんは。このミサンガっちゅうのも然りや」


 聖夜は掲げたラピスラズリのストラップと、ジャケットの袖から垣間見えるミサンガを交互に見つめた。


「喜んでもらえたら、プレゼント考えた甲斐があります」


 芽榴はそう言って、優しく笑う。


 芽榴の笑顔を視界の端に捉え、聖夜はラピスラズリをギュッと握りしめた。


 クリスマスプレゼントは、聖夜にとって誕生日プレゼントと同じ。そして偶然にもラピスラズリは12月の誕生石だった。

 それは、まだ誕生日に興味のあった幼い聖夜が調べたこと。健気な少年時代の記憶を思い出して、聖夜はフッと笑った。


「琴蔵さん」


 そして徐に、芽榴は聖夜に頭を下げる。聖夜にプレゼントをあげた芽榴はまだ告げていない残り一つのプレゼントのお礼を口にしなければならなかった。


「あの人と話をさせてくれて……ありがとうございました」


 東條との和解――それは何よりも嬉しいプレゼントだった。

 芽榴の声音は穏やかで明るい。しかし、その言葉を耳にした聖夜の表情は少しだけ曇る。


「お前は東條のとこには戻らんのやな……」


 芽榴と東條の仲は戻った。けれど、芽榴はそのまま楠原芽榴でいる道を選んだのだ。


「はい。……今ある幸せは絶対に手放したくないですから」


 今の芽榴には、大切な家族もいて大切な仲間も友人もいる。楠原芽榴でなければ、得ることのできなかった大切なものをその手にたくさん掴んでいる。けれど片方の幸せをとるということは、もう片方の幸せを捨てるということ。


「せやったら……いずれ俺とは道を違えることになるんやな」


 聖夜は悲しげに言葉を吐く。

 庶民の楠原芽榴は役員側、最上位の東條芽榴は聖夜側。そう、聖夜は颯に告げた。

 結果として切り捨てられたのは聖夜のほう。


「何言ってるんですか」


 でもそんな聖夜の考えを芽榴は丸ごと全部否定した。


「私の幸せには、琴蔵さんと仲良くなれたことも含まれてるんですよ」


 芽榴はそう言って自分の腕に巻きついた綺麗なブレスレットを優しく掴む。芽榴の掴んだ幸せには誰一人欠けてはならない。


「だから私は楠原芽榴として上がっていきます。東條芽榴のいた場所に、実力でたどり着いて……琴蔵さんとも並べるような人間になってみせますよ」


 それを言うのが芽榴でなければ、聖夜は「無理やろ」と見下してその考えを否定しただろう。でも芽榴が言うなら否定などできない。きっと芽榴はそれを現実にしてしまう。してほしいとも聖夜は思った。


「……待っとるで」

「はい」


 再び聖夜と対等の地位に立つことを芽榴は誓う。その誓約こそ聖夜にとっての最高のプレゼントだった。


 芽榴と聖夜を乗せた車は徐々に2人の空間を終わりへと導く。もうすぐ芽榴の家に着いてしまうのだ。

 溜息を吐く聖夜に芽榴はもう一度声をかけた。


「琴蔵さん。まだ時間早いですけど……」


 芽榴は腕時計で時間を確認する。指し示す時刻はまだ22時半。


「お誕生日、おめでとうございます」


 日付が変わる頃には聖夜のそばにいない。でもさすがにその時間まで一緒にいるわけにもいかないため、芽榴はフライングで聖夜を祝福した。


 そこで車はちょうど停止する。

 自動でドアが開き、芽榴は「ありがとうございました」と一礼して車の外に出た。


「芽榴!」


 楠原家の小さな門に手をかけたところで、後ろの方から聖夜の声がした。


「おおきにな」


 車の窓を開け、聖夜は芽榴に告げる。言われ慣れず実感のわかない「誕生日おめでとう」に、それでも聖夜はちゃんと感謝の気持ちを返した。


「こちらこそ、ありがとうございました」


 微笑んだ芽榴はそのまま家の中に消えていく。

 それを確認して、聖夜は運転席に「行け」と連絡を繋いだ。




 窓の外はクリスマス色に染まる。静かな車内は少し寂しげだが、その空気は暖かい。


「……おめでとう、か」


 そう呟く聖夜は、ラピスラズリを見つめて優しく笑っていた。

というわけで、イブパーティー編は終わりですね。次話は少し幕間的な話になる予定です。

最初はキャラの個性出したりとか書きたい話を詰め込みすぎて、役員の誕生日話書くのを忘れていました、不覚!いつか……エピソード挿入したいですね、完結した後にでも。とりあえず今は書き進めます!!


私事ではありますが、20日までこちらに戻ってこられないので感想の返信はその後になります。でも帰ってきたときの喜びになりますのでぜひ感想お願いします。小説の投稿は予約していますのでご安心を!!


というプチ後書きでした。


穂兎ここあ

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