表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
霜花編
202/410

180 勇気と開扉

 余興が終わり、役員はシャンパンを会場席に配っていく。


「素晴らしいパフォーマンスだったよ」

「楽しませてもらいましたわ」


 男性陣へシャンパンを配るのは翔太郎と来羅、そして芽榴。残りの3人が女性陣へシャンパンを配った。



 すべてが終わり、待ち受けるのは役員と東條の挨拶――。


 聖夜は余興の主催者として様々なお偉い方に囲まれている。慎もそのサポートで忙しそうだ。

 役員はすでに全員、聖夜の指定した主賓ルームに向かった。今頃5人のうちの誰かが東條と挨拶を交わしている。


 芽榴は最後に一人で落ち着くため、誰もいない舞台裏へと姿を隠した。

 会場の賑わいは芽榴の耳に届くけれど、それがまるで自分とは別世界の音に聞こえる。


 自らの心臓の音が芽榴の聴覚を支配していた。ドクン、ドクンと激しい脈が頭に響いて、どんどん怖くなっていく。


「……芽榴」


 耳を塞ごうとした芽榴は、動きを止めた。


「神代くん……」


 芽榴が振り返った先には、東條との挨拶を一足先に済ませた颯の姿があった。

 泣きそうな顔で芽榴は颯を見つめる。その姿は普段の芽榴から想像することなどできない。


「もう……主賓ルームに向かったほうがいい」

「……うん、分かった」


 芽榴は小さな声で返事をする。そのままゆっくりと足を動かし、颯の前にやってきて再び立ち止まった。


「……芽榴? どうしたの?」


 颯が少しだけ腰を屈めて、芽榴の目線に合わせる。颯の手が芽榴の頭に乗り、その温もりを感じて芽榴の表情が和らいだ。


「神代くん、もし私が選択を間違えても……怒らないでくれる?」


 芽榴の声は微かに震えていた。

 今から芽榴が選びに行く答えは、一瞬にしてすべてを覆すことができる。感情に任せて投げやったなら、正解にはたどり着けない。不安は芽榴の中に根強く残る。


 それでも前を向くことを決めた芽榴は、颯に最後の後押しを願った。


「……怒らないよ」


 だから颯は芽榴の願いを受け止め、芽榴の欲しい言葉を選び抜いた。


「僕は君のすべてを肯定する。それが芽榴と僕の最初の約束だ。だから君の選んだ答えを僕は絶対に否定しない。……それでも芽榴が選択を間違えたと思ったなら、そのときは僕が芽榴の間違いごと全部肯定してみせる。だから君は絶対に間違わない」


 芽榴と颯の視線が交差する。それは始まりの約束と同じ――。


「君の選ぶ道は僕が全力で肯定する」


 言い切った颯は、芽榴の頭から手を離す。サラリと芽榴の髪が揺れ、颯は屈めた腰を上げた。


「……神代くんが味方なら、何も怖くないね」

「当然だよ」


 芽榴は顔を上げない。でも芽榴が今どんな顔をしているか、颯はちゃんと分かっていた。


「行ってきます」

「……行ってらっしゃい」


 芽榴と颯はすれ違いざまに手を重ねる。触れ合った瞬間に、2人は互いの顔を見ることなく微笑んだ。


 そして颯の手から芽榴の手が滑り去り、そのまま芽榴は颯の横を通り過ぎた。






「芽榴ちゃん」


 主賓ルームの前には風雅と来羅、そして有利が立っていた。シンとしていた廊下は芽榴が現れた瞬間、少しだけ明るくなった。

 

「……みんな、もしかして待っててくれたの?」


 芽榴が苦笑しながら尋ねると、風雅が芽榴の手を取った。風雅の手から芽榴の手へ何かが移り、同時に風雅は芽榴から手を離す。手に残る感触が気になって芽榴は風雅が触れた手を開き、そして眉を上げた。


「……飴?」


 芽榴の手の中にあるのは、芽榴がよく風雅にあげている飴玉。

 芽榴は目を見開いたまま風雅の顔を見た。


「芽榴ちゃん、笑顔」


 そう言って風雅がニッと芽榴に笑いかける。今の芽榴は昔の風雅と同じくらいぎこちない笑みを浮かべていた。

 いつも芽榴が風雅にしてくれていたことを、風雅は芽榴に返す。それだけでなんとなく強張った芽榴の心は緩んでしまった。


「るーちゃん、挨拶が済んだら乾杯しましょ」


 風雅の隣で来羅が微笑む。今の来羅はいつもの姿ではないけれど、芽榴にとってはいつもと何一つ変わらない優しい来羅の姿。挨拶が終わった後、芽榴が笑顔で戻ってくることを来羅は信じている。だから「頑張ったね」という乾杯は絶対不可欠だ。


「うん。最高級のアップルジュースで乾杯ね」


 芽榴の迷いない返事を聞いて、来羅はやはり満足げに笑った。

 

「楠原さん」


 有利は視線を芽榴へと移す。有利が言うことはもうない。だから芽榴と有利は笑顔で拳をコツンと突き合わせるだけ。


 すると、主賓ルームの扉が開いた。中から出てきたのは翔太郎だ。


「……楠原」


 そこで待ち構えている芽榴を見て、翔太郎は心配そうに眉を寄せた。だから芽榴は少しだけいつもの自分に戻る。「皺が深くなるよー」と翔太郎の眉間を指差して笑えば、翔太郎の緊張も解れた。


「もう、入っていいって?」


 言いにくいであろう台詞を、芽榴は先に言ってあげる。翔太郎は「ああ……」と返事をして、芽榴の肩に手を置いた。


「……しっかり挨拶してこい」


 ぶっきらぼうにそう言って、翔太郎は風雅たちの輪に戻る。芽榴は顔だけ、そっちを振り返った。


 みんな、笑顔だった。

 誰か一人でも悲しそうな顔をしていたら、芽榴はまた逃げ出していたかもしれない。けれど誰もこの状況を憂うことなく、芽榴の背中を押してくれた。


 だから、芽榴は汗ばむ手を棒状のドアノブに添える。


「行ってきます」


 そう芽榴が言うと、さっきの颯と同じようにそれぞれ「行ってらっしゃい」と返してくれた。――それが答え。


 芽榴は扉をゆっくりと開けた。

扉の向こう側で芽榴ちゃんが得るものは――!?

という予告をもちまして、22時の更新をお待ちくださいませ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ