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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
霜花編
201/410

179 余興とワルツ

 パーティー会場の舞台には、琴蔵聖夜の姿があった。その後ろには簑原慎が忠実なる補佐として控えている。


 会場の注目は舞台に集まっていた。


『みなさん、盛り上がっているところ申し訳ありません。どうか、こちらに耳を傾けてくれますでしょうか』


 聖夜の声がマイク越しに響く。そんなことを言わずとも、聖夜が舞台に立てばそれだけで彼に注目は集まっているのだ。


『今日はクリスマス・イブ。まだ少しばかり時間が早いですが、私から主賓の東條社長へプレゼントを。皆様に、今日のパーティーの余興を』


 そう言って聖夜は紳士のような所作で頭を下げる。


『それでは僕の招待客、麗龍学園生徒会役員の皆様……盛大な余興をお願いします』


 聖夜は社交的な笑みを残し、舞台裏へと消える。慎もそれに倣った。

 2人と入れ替わるように舞台に現れたのは6人の生徒会役員。


 みんなで舞台に立って一礼をした。


 主賓の東條は招待客の中でも最前列。

 彼の目には確かに6人の役員の姿が映っていた。けれど意識せずとも彼の視線はその中のたった1人の少女へと向かってしまう。


「……」


 東條の視線がこちらに向いているのは、芽榴にも分かった。


 芽榴の手がまた震え始める。でも、そんなのもお見通しで来羅が芽榴の手を握ってくれた。東條が挨拶をしたときと同じように、来羅は芽榴の手に優しく触れる。


 芽榴は心の中で「ありがとう」と言った。

 そうすれば芽榴の不安も薄れていく。


『この度は我々麗龍学園の生徒会役員一同、このようなパーティーに参加させていただき、心よりお礼申し上げます。その感謝の気持ちを込めて、僕たちから精一杯の興を……瞬きを忘れるほどの素晴らしい一時をお楽しみください』


 颯が最初の挨拶をする。

 その堂々とした態度には、一般人とは思わせない風格が漂っていた。老若男女問わず「おぉ……」と感嘆の声をもらす。


 颯はそんな会場席を見つめつつ、持っていたマイクを風雅に渡した。

 それぞれが自分の配置へと向かう。


 颯と来羅は一旦舞台裏へ。

 有利は舞台を降りて、会場の中心に。

 舞台に残ったのは、風雅と翔太郎。

 そして芽榴は舞台の端、大きなグランドピアノの前へ腰掛けた。


 始まりの合図は芽榴と風雅のアイコンタクト――。


『それではボク、蓮月風雅がみなさんを素晴らしい余興の旅へご案内しましょー! まずはこちらをご覧あれっ!』


 風雅の声かけと共に、芽榴がピアノの鍵盤を弾く。最初の音楽はとても愉快な飛び跳ねるような曲。


『麗龍学園の生徒会役員、No.1の照れ屋……』


 風雅が続きの言葉を発する前に、翔太郎がギロリと睨む。風雅はサーッと顔を青くして「台詞ミスったー」と心の中で涙を流した。

 その姿も会場側の女性陣には可愛らしく映る。風雅が喋り始めた瞬間、目がハートマークになった。


『じゃなくて、冷静沈着副会長、葛城翔太郎によるマジックターイム!!』


 セレブのパーティーをライブ会場に変えてしまえる人間は風雅くらいだろう。

 しかし、お金持ちと言えど楽しいことが好きなのは皆同じ。普段は気取った態度のセレブたちも今は役員のパフォーマンスに興味津々だ。


 会場の客を惹き込む言葉選択は風雅の特技。


 翔太郎はフッと一息つき、舞台に飾られたクリスマスツリーから手頃な装飾を一つ選び取った。宝石が散りばめられたりんごの形の綺麗な飾り。


『さてさて、彼が手にとったのは……綺麗なりんご型の装飾品!』


 翔太郎の一挙一動を風雅が解説する。

 風雅の声と芽榴のピアノ伴奏に合わせて翔太郎はその装飾品を会場の客に見えるように手のひらに乗せた。


 翔太郎は空いているほうの手で自分の胸ポケットに触れる。そして白い布――ポケットチーフを抜き取り、バサッと音を立てて広げた。綺麗な布が舞い、りんごの装飾を覆うように被さった。


『そのりんごをー……ポンッ!』


 風雅のかけ声と共に、翔太郎が指をパチッと鳴らすと布の中から現れたのは――真っ赤な一輪の薔薇。


 ピアノを弾きながらそれを見ていた芽榴も目を丸くする。翔太郎は占いだけじゃなく手品もできるのかと少し驚いた。


 風雅は翔太郎から一輪の薔薇を受け取り、会場席に見せびらかす。


『なんと綺麗な薔薇でしょう! 見てください! この薔薇の花。綺麗だなぁ……みなさん、欲しくないですか!?』


 風雅はそう言って会場席に笑いかける。

 セレブが薔薇の花など欲しがるわけがない。しかし、それは相手が風雅でなければの話だ。


 女性陣が首を大きく縦に振って「あなたから受け取りたいわぁ」などと呟いている。


 男性陣はあの薔薇がどこから出て来たか興味津々で、その薔薇を見てみたそうにしているのだ。


『あらら……予想外にたくさん。うーん、でも一輪じゃ、取り合いになっちゃいますね。翔太郎クン、この薔薇をみなさんに配れるものに変えてくれないかな?』


 そう言って風雅が翔太郎に一輪の薔薇を投げ渡す。

 フワリと薔薇が舞う中、翔太郎は着ていたタキシードの上着を脱いだ。これまたバサッと音を立てて、舞っている一輪の薔薇を会場から隠す。


 何が起きるのか、会場がゴクリと唾をのんだ。次の瞬間、翔太郎がタキシードを翻す。


 約1秒前、そこにあったのは一輪の薔薇。けれど翔太郎のタキシードが翻った先にあるのは――シャンパンの入ったワインボトル。


『うわ、薔薇の花がシャンパンに!』


 風雅がキャッチしたシャンパンボトルを見て、会場がざわつく。種も仕掛けも全く分からない。


 そして伴奏がちょうどいいタイミングで次の曲に切り替わる。さっきとはうってかわって、とても落ち着いた曲。バーで流れていそうな耳心地のいい音色。


 そこで現れたのは颯と来羅。

 白いテーブルクロスのかかった円卓と共に、たくさんのグラスを持ってくる。

 そしてテーブルの上に来羅がカクテルグラスをどんどん重ねていった。微妙なズレで一気に崩れてしまう。手先の狂いは許されない。


 慎重かつ素早く重ね、7段のグラスタワーが完成した。


『手先の器用さは役員随一、柊来羅によるグラスタワー。そこにこのシャンパンを……』


 シャンパンの栓を抜き、用意された台に乗った風雅は来羅の作ったグラスタワーにシャンパンを注ぐ。


 もちろん1本のボトルでは足りない。必要な分だけ翔太郎が手品でポンポンと出していった。


 シャンパンを注ぐ風雅の顔は真剣。体育祭の演舞並に集中している。

 この作業もかなりの慎重さを要するのだ。微妙な重さの違いでグラスが傾いてしまう。

 

『よしっ! できたぁ』


 相当気を張っていたのだろう。風雅はシャンパンを綺麗にタワーに注ぎ終えると、マイクにもれていることも気づかずホッと声をもらす。

 会場のほうもそんな風雅の初々しい反応にクスクスと笑っていた。


『っと、このシャンパンをみなさんにお配りする前に……麗龍学園の皇帝生徒会長、神代颯のテーブルクロス引きをご覧あれっ』


 風雅はそう言って、台の下にいる颯を指し示す。

 会場席は再びざわついた。

 140個のグラスが乗ったテーブル。しかもその中にはすでにシャンパンが注がれているのだ。


 成功したならば、盛り上がりは最高潮。

 失敗したならば、大惨事。


 芽榴のピアノが一番の盛り上がりを見せる。瞬間、颯はテーブルクロスの裾をギュッと握り、その反動に任せて、引いた。


 皆、息を呑む。

 けれどシャンパンは零れることなく、タワーも乱れない。


 一気に会場が沸いた。

 芽榴のピアノの音色をかき消すくらいの歓声と拍手――しかし、感動するのはまだ早い。


『すご……さすが、颯クン』


 驚きすぎて風雅はまたマイク越しに感情漏洩をしている。困り顔の颯が「風雅」と小さな声で呼びかけると、風雅は「あ!」と声を出して笑顔に戻った。


 引いたテーブルクロスを颯が会場に投げる。

 うるさい会場がその瞬間、また静かになった。


 白くて大きい布が、会場を舞う。

 颯の投げたテーブルクロスが向かう先は、会場中心の有利のところ。


 彼の周囲半径5メートル以内に人はいない。

 予め誘導されている、そこは有利の一人舞台。


『みなさま、中央にご注目。……藍堂流免許皆伝、筆頭門弟、藍堂有利の剣舞いざここにっ!』


 風雅の合図とともに有利は腰を低くし、携えた日本刀に触れる。


「あ、あれはもしや……藍堂家が管理している名刀朱里丸姫綱しゅりまるひめつな! ここで見られるとは……っ!」


 おじさま方が有利の持っている刀に目を輝かせた。会場客に紛れ込んでいる有利の祖父はその様子を楽しげに見ている。


「ふぉっふぉっ、家宝じゃが、有利の頼みなら貸さぬわけにはいかんからのぉ。持って来とって正解じゃったわ。斬れ味抜群じゃぞ〜」


 そんな会場客の呟きは有利の耳には入らない。

 芽榴の奏でる曲はもう終盤。


「はぁーーーーーっ!!」


 有利は抜刀し、降ってきたテーブルクロスを居合で切り裂いた。

 2つになったクロスを、有利は素早い動きでまた切り裂いて、それを粉々になるまで繰り返す。


 そして、最後に有利の刀が一振り空を切れば、その風圧でクロスが宙に舞い、会場客の頭上に散らばった。


「さっすが、有ちゃん。完璧」


 来羅は塵と化したクロスが天井を舞うのを見て、隠し持ったリモコンのスイッチをポチッと押す。


 すると、パーティー会場に設置されたスポットライトが光った。


「う、そ――雪」


 パーティー会場を舞っていた塵はスポットライトの光を浴びて輝く。その様はまるで舞い降る雪。

 あのテーブルクロスは光を反射する特別な布。そしてある一定の熱を加えると、昇華する来羅特製の品。材料を掻き集めて即席で創り上げたものとは到底思えない。


 時間が経ってライトの熱が溜まれば気化してしまう、その布は会場を汚さない。


 本当の雪のようにして会場を美しく舞った。


 そして同時に、ピアノの演奏は最後の曲に移り変わる。



 役員は全員、芽榴に視線を向ける。舞台裏にいる聖夜と慎も影から芽榴のことを見つめた。



 芽榴は息を吸い込む。

 鍵盤に触れるだけで、指は勝手に動き出した。



 もう手は震えない。芽榴は最後の曲――別れのワルツを弾き始めた。


「……この、曲は……」


 その曲を耳にした東條は瞠目していた。

 昔、芽榴を連れて行ったパーティー会場で必ず流れていた愛しい曲――。


『麗龍学園生徒会の姫君、楠原芽榴のピアノのを……どうか最後までお楽しみください』


 風雅は静かに言い放ち、マイクの電源を落とす。


「素晴らしい音色だ……」

「……耳に心地いいですわ」


 雪舞う会場に響き渡る綺麗なピアノの音色。

 静まり返る会場。

 その感動は人々から言葉を奪い、瞬きの時をも忘れさせた。


 その曲が弾き終わるまで誰一人として口を開くものはいなかった。


 弾き終えた後の拍手はパーティー会場に木霊する。

 庶民もセレブも関係ない。生徒会役員の残した余興はそこにいる全ての人を魅了した。


「最高やな」

「こればかりは認めざるをえないっしょ」


 舞台裏の聖夜と慎も満足げに拍手を送る。


「大成功っ!!」


 芽榴の元に役員が全員集まった。風雅は芽榴に両手を突き出す。


「大成功ーっ!」


 芽榴は風雅の両手に自分の両手を突き合わせた。

 周りの役員は微笑む。


 笑顔と感動の真ん中に、芽榴はいた。




「……本当に、素晴らしい……余興だった」


 拍手の音に掻き消される東條の声は、とてつもない幸せに溢れていた。

次回更新のお知らせです。

明日(3/14)の更新は20時と22時の2回です!

動乱編並の緊張話なので、奮発の2回更新です!お楽しみに!!

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