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13.5 楠原と東條

 シンとした真っ暗な部屋の中、男は自分専用のデスクでパソコンと向かい合っていた。


 彼の名は東條とうじょう賢一郎けんいちろう。齢は先月45となった。年の割に若々しい容姿の彼だが、昔より皺の増えた顔は彼の老いを露わにし、深く刻まれた隈からは彼の疲労が見てとれた。


 彼はここ二日余り、まともな睡眠時間を確保していない。まだ仕事は残っていたが、眠気に誘われるがまま、彼は瞼を閉じた。


 コンコンッ


 扉を叩く音で男はハッと目を覚ました。結構な時間を睡眠に割いてしまったのではないかと腕時計で時間を確認するが、まだ五分も経っていない。そんな微かな時間で懐かしい夢を見ていた自分は余程疲れているのだろうと彼は苦笑した。


 深夜というにはまだ早いが夜も遅い時間だ。秘書もとうに帰宅し、特に面会の予定もない。とすれば、彼の頭に浮かぶ顔は一つだった。


「入るぞ」


 低いが柔らかい、特徴的な声でそれは確信に変わる。ガチャリとやけに大きな音をたて、扉が開く。


「久しぶりだな、楠原」


 東條は暗闇の向こうにいる友人に挨拶をする。彼、楠原重治とは中学時代からの仲だ。


「あぁ、電気つけるぞ?」


 遠慮なく重治が問う。楠原家では家の中が真っ暗になることはありえないのだから、この暗闇は重治にとって少し違和感があるのだろう。


 暗闇になれた目にはいきなり与えられる光は刺激が強く、東條は目を細めた。


「仕事が大変そうだな?」

「当たり前だ。私を誰だと思っている?」


 東條が不敵に笑うと、重治は「相変わらずだな」とため息をついた。


「それで、お前がここに来るということは…あの子に何かあったのか?」


 東條は真剣な顔になる。それは本題に入るということを示唆しているのだ。重治は一息ついて口を開いた。


「あの子が生徒会に入った」

「……麗龍の、か?」


 東條が問うと、重治は頷いた。《あの子》が麗龍学園に入学したことは重治から聞いた。麗龍学園といえば生徒会が全国トップのエリート集団だ。驚くところなのだろうが、なぜか納得してしまう。《あの子》はそれだけの、いやそれ以上の力量を持っているのだから。


「生徒会に入るということ一つで随分と悩んでいた。あの子は小中学校でもいろいろあったし、俺たち家族の立場も考えると、な……。それに何よりお前のことを気にかけていたんだろうさ」


 重治は部屋の中央にある黒いレザーのソファーに座った。


「あの子の好きにすればいいんだ。私に気を遣うことはない。そのためにあの子をお前のところに……」

「分かってるさ。でも、あの子はお前の口からちゃんと聞きたいんだろうな」


 しばらく二人とも口を開かなかった。沈黙に気まずさがなかったのは二人が気の置けない仲だったからだろう。


「さて、報告も済んだし、帰るとするか」

「楠原」


 扉に向かった重治を東條は呼び止めた。久々に会った友人と話したいことはたくさんあった。しかし、整理した頭の中で、東條がそれでも重治に伝えたいことは一つだった。


「……芽榴を頼んだ」

「……おう」


 重治は二カッと笑って扉の向こうに消えていった。



 重治がいなくなり、再び東條は一人になる。ただ先程と違うとすれば明かりがついているということだ。


「すまないな……」


 東條は誰に届くわけでもないのに呟いていた。さっき見た夢の中の無表情な少女はどんな風に笑うようになったのだろうか。


 彼女が幸せであること、唯一それが彼の願いだった。

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