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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
プロローグ
2/410

※Episode1 体力測定と役員衆

 平凡な毎日、それはとても穏やかで、ある意味の非日常。



 天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず。

 かの偉人は素晴らしいことを言ったものだ。



 がしかし、世の中には確固として『才能』というものがある。それによって判断される優劣からは絶対に逃れられない。




「芽榴、次あんたの走る番よ」

「ほいほーい」


 麗龍学園高等部2年F組に在籍する少女、楠原芽榴は名前を呼ばれてグラウンドの所定の位置に足を進める。


 現在2年生は学年最初の体育の授業の最中。内容は体力測定だ。

 50m走のスタートラインに立って、芽榴は一緒に走るクラスメートに目を向けた。

 

「一緒に走るの楠原さんかぁ」

「うん、張り合いなくてごめんねー」

「ははっ、あたしもそんなに速くないから大丈夫だよっ」


 そんなふうに励まされ、芽榴は苦笑する。芽榴と競争するのはテニス部の女の子。バリバリの体育会系女子だ。ちなみに芽榴は中学高校ベテランの帰宅部生。結果は見えたものだ。


「川野、楠原、位置につけ」


 体育教師に言われ、芽榴はクラウチングスタートの体勢に入る。隣の女子も準備万端。


「よーい、ピーッ」


 勢いよく笛を吹き、ゴール地点でもう一人の教師がストップウォッチのボタンを押す。


 出だしから遅れた芽榴は、川野という女子とスタート地点ですでに差がつく。そのままその差が少しずつ開いて、ゴールは完全に別々だった。


「楠原、タイム9.02」


 それを聞くなり、F組の女生徒たちは「おぉー」と感嘆する。ちなみにこのタイム自体は良くも悪くもない。完全に普通のタイムなのだが、そのタイムをとったのが芽榴であることが大事なのだ。


「さっすが、ミス平均」


 舞子の言葉にクラスの人たちが頷く。芽榴はそれを聞いてハハハと笑った。


「ね、次の測定まで時間あるよね? 役員が測定始めたらしいから見に行こうよ!」


 しかし、次の瞬間には芽榴のタイムなど生徒の記憶からは消えていく。みんなの関心は男子の体力測定に向けられていた。


 どうやら各クラスにいる役員がそれぞれ同時に測定を始めたらしく、グラウンドの騒がしさは半端ない。


「芽榴、私たちも見に行こう」

「うん、行くー」


 友人の舞子に連れられ、芽榴は女子の集まっている方へと足を進めた。

 すでに役員のファンがいいポジションに陣を張っているため、芽榴たちの場所からは役員の姿は見えにくい。かといって見えないわけでもないのだが。


「神代くん、すごいわ……。もう一人でずっと跳んでる」


 高跳びのほうを見ている女生徒が、うっとりした様子で呟く。現在、生徒会長の神代颯は一人で記録と戦っている。他の男子生徒はすでにアウトになり、もはや測定場は颯の一人舞台と化していた。

 精神を集中させる項目であるため、騒げばもちろん颯の測定の邪魔になる。だから、颯のファンたちは静かに観賞し、感動を口にしている。


「いつまで跳ぶんだろーね」


 芽榴は遠くから颯を見つめ、そう口にする。

 今もかなり高いところに設置されている棒を軽々と跳んでいる。はっきり言って終わりがない。確実に先生が途中で中断するしか終わる術がない。


「あ、葛城くんが反復横跳びするみたいだよ」


 その声に導かれ、芽榴は視線を少しだけずらす。視線の先で、眼鏡の副会長こと葛城翔太郎が反復横跳びの列に並んでいた。眼鏡がズレないようにしっかり鼻にかけながら、頗る面倒そうにしている。それでも、他の役員同様すべての項目において優秀な結果を出しているところは流石役員様というところである。


「翔ちゃーん、ファイト!」


 そんなお疲れモードの翔太郎に、まるで彼女のようにして声援を送る人物がいる。長い髪を風に靡かせ、日陰に座る可愛らしい姿。同じ生徒会役員の柊来羅だ。

 相変わらず違和感のない女装姿である。彼は見学兼応援らしく、制服のまま楽しげに他の役員へビデオカメラを向けている。まるで子どもの運動会を観戦する親の図だ。


「柊さん、可愛すぎだろ」

「俺も応援されてぇ……」


 翔太郎の前後の男子は心の声を表に出す。来羅が男であろうとも、その可愛さは否定できないらしい。


 そんな微笑ましい空気漂うグラウンドの片隅に、突然体育教師が集まり始める。


「あれ、どーしたんだろ」


 芽榴は首を傾げながらその様子をボーッと眺めていた。しかし教師陣がグラウンドの片隅に集まった理由はすぐに分かる。


「藍堂くんだーっ。頑張れーっ」


 ファンの子たちがそんなふうに声を出す。

 教師陣とは反対側の隅で華奢な体つきの藍堂有利がハンドボールを片手に持って立っていた。

 そのまま教師の合図により、有利がそれを思いきり投げると教師陣の頭上を通過し、フェンスに直撃してしまった。完全に距離が測定不能だ。


「……なんかコツあるのかな」


 芽榴は呟く。藍堂家は有名な武道家と聞くが、有利自体はどう見ても、グラウンドの隅から隅に投げるくらいの豪肩の持ち主だとは思えない。


 そんなことを芽榴が考えていると、次は前の方にいる女生徒たちが悲鳴のような叫びをあげ始めた。その声は他の役員への応援とは人数も迫力も桁違い。


「風雅くーーーんっ!!! 頑張ってーーっ!」


 そう言って、女生徒が手を振る先には学園一のイケメン。本当にテレビの向こう側にいそうな人物、蓮月風雅が中距離走を開始するところだ。スタートの位置についた風雅はイケメンスマイルで「ありがとう」と手を振り返す。すると、女子の喚き声はもちろんヒートアップ。


「……すごいね」

「芽榴、顔から感情ダダ漏れよ」


 隣にいる舞子が芽榴の顔を見て一言そう指摘する。ちなみに今の芽榴は、少し先にいる女生徒たちを見て顔を引き攣らせてしまっているのだ。しかし、そんな芽榴の気持ちも分からなくないほどに女生徒たちの風雅に対する声援は凄まじい。


 グラウンド5周目に入る頃、汗をかいた風雅は体育服の裾で顔の汗を拭う。それにより、必然的に起こった腹チラにファンの女子が数名気絶した。


「相変わらず凄いね、役員さん」


 芽榴は呟く。芽榴の属するF組に役員はいない。だからこういう学年合同で行われる授業くらいでしか、その実力とお目にかかる機会がないのだ。


 役員が凄いことに今更もう驚くことはない。それでも何度見ても凄いとは思うのだ。入学仕立ての頃は、中学時代噂で聞いた「天才」を目の当たりにして、感動したくらいだ。


「F組女子は握力測定に入るぞ! 集まれー」


 そんな号令がかかり、芽榴と舞子はその場から離れる。

 最後に芽榴はもう一度振り返って、役員の姿をジッと見つめた。



 事実として「天才」である彼らは常に周囲の注目の的であり、別格の存在。


 ほぼすべてのことにおいて秀でている彼らは確かに異質な存在ではある。


 けれど、世の中の人はみな何かしら「優」に値する才能と「劣」に値する苦手を持っているものだ。そうして優劣の均衡が保たれる。


 しかし、芽榴に関しては全てが普通。彼女に優劣はない。可もなく不可もない、優等生でも劣等生でもない。


 麗龍学園、その高等部に属する生徒は初等部、中等部からのエスカレート式で進学した内部生が9割5分をしめている。ゆえに、外進生の存在は珍しい。定員も極少数で入試は超難関とされる狭き門。ゆえに外進生は、それなりに優秀な生徒が多い。


 しかしながら、少数外進生の一人である芽榴に関してはまさに中等生。そんなわけで、入学して1年のあいだに芽榴についたあだ名が「ミス平均」なのだ。


 特にそのあだ名を気に入っているわけではないが、嫌ってもいない。それは芽榴が背負うにはちょうどいい二つ名だった。



 そんな芽榴は麗しの役員たちを見て、ポツリと呟いた。


「私には雲の上……だね」


 そしてそのまま踵を返し、芽榴は握力測定に向かう。


 そこでもまた芽榴は女子高生の平均握力値を叩き出し、クラスメートに感動されるのだった。

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