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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
霜花編
196/410

174 挨拶と祖父孫喧嘩

 パーティーがスタートして約30分。

 場の空気もちょうどよく収まってきたところで、舞台のほうが少々騒がしくなる。


 扉付近で、芽榴はその様子をなんとなく眺めていた。


「芽榴」

「わ、神代くん。どこ行ってたのー?」


 今まで会場のどこにもいなかった颯が突如芽榴の隣に現れた。


「ちょっと、ね。外の空気を吸いに」

「……気分悪い?」


 颯の曖昧な答えに、芽榴は颯の顔を覗き込んで颯の人酔いを心配し始める。そんな芽榴が愛おしくて颯はクスリと笑い、芽榴の頭にポンッといつものように手をのせた。


「大丈夫だよ。少し気分転換にそうしただけだから。心配してくれてありがとう、芽榴」


 優しくそう言って芽榴のサラサラな綺麗な髪を梳いた。


「お前たちも無事に抜けられたようだね」


 颯は芽榴へ向けていた視線をそのまま横へずらし、令嬢たちの魔の手から解放された来羅と有利に向ける。

 今は周囲の騒ぎも収まって風雅以外の役員は全員芽榴の元にいるのだ。風雅だけはマダムたちに連れていかれてしまい、お話に付き合わされている。相手の位が高いだけに強くも断れまい。


「こういうときは蓮月くんじゃなくてよかったと心からそう思います」

「同感だな」


 どうしても女性には気に入られてしまう風雅に、有利は同情の視線を送る。翔太郎に至っては風雅の周囲を見るだけで顔が青ざめていってしまうのだ。


「私が助けに行こーかな」

「風ちゃんは心配しなくても、どっかの誰かと違ってウンザリしても暴言吐いたりしないから大丈夫」


 助けに行こうとする芽榴の腕を来羅が掴んでそんなふうに言う。瞬間、近くにいた翔太郎がクシャミをした。


「あははっ」


 楽しそうに笑う芽榴を見て、颯はやはり複雑な表情を浮かべていた。


『ご来場の皆様。本日はお忙しい中お集まりいただき誠にありがとうございます』


 そんな中、スピーカーからは男の人の声が響く。

 前を見れば司会者が舞台の上に立っていた。


『それでは本日の主賓、琴蔵聖夜様と東條賢一郎様、どうぞこちらへ』


 その言葉と共に舞台に現れるのは、芽榴も見慣れた聖夜の姿と――焦がれてやまない憧れの人の姿。


 楽しげな穏やかな空気は一変して、芽榴の手に力が入る。芽榴の腕を掴んだままだった来羅にはそれが直接伝わった。


「るーちゃん……」


 目を見開いたまま舞台から視線を逸らさない芽榴を見て、来羅は切なげな表情を浮かべる。

 その芽榴の姿は見ているだけで辛くて、来羅は芽榴の腕から手を滑らせて、その手を握りしめた。その感触が分かって、芽榴はやっと舞台から目を逸らし、視線を来羅へと向けた。


「来羅ちゃ、ん」

「あんまり強く握っちゃうと、手に傷がついちゃうわ。私の手ならギュッと握っていいから」


 来羅はそう言って芽榴に優しく笑いかける。そんな来羅の優しさが芽榴の心にしみた。


『琴蔵聖夜です。今回も主賓という位置づけでこの場に立たせていただき、皆様には感謝の言葉を申し上げます。世間はクリスマス・イブということで、上下関係はあまり気にせず、パーティーが充実した社交の場になることを願っております』


 財閥子息として、凛とした姿の聖夜が挨拶を述べる。いつもの俺様な態度はどこにもない。今の彼はただの好青年でしかない。聖夜が会釈をすると、会場にいる人々は皆会釈で返す。芽榴も役員もそれに倣った。


 そしてマイクはその隣、東條賢一郎へと移る。マイクを手にし、前を見た東條は一瞬その動きを止めた。

 気のせいではない。その瞬間、とても遠い距離にいる芽榴と東條の視線は間違いなく絡み合った。


「ごめん……来羅ちゃん」


 来羅の手を強く握るわけにはいかない。そう分かっていても、芽榴の手には力が入ってしまう。


「いいえ」


 先に謝った芽榴に、来羅はそう言葉を返す。


『皆様、ご無沙汰しております。今年のパーティーは前年よりも規模が大きいと耳にし、ここにいる琴蔵くんからのお誘いもあって私、東條賢一郎も参加させていただくこととなりました。常はビジネスの話をする機会しかございませんので、この場にて親睦を深められることを願っております』


 そんな挨拶をして、東條は聖夜と同じく頭を下げる。皆も同時に彼に一礼を返した。


 主賓の挨拶が終わり、パーティー会場にはまた賑わいが戻ってくる。けれど芽榴の体はいまだ強張ったまま。

 颯も来羅も、翔太郎も有利もみんな芽榴にかける言葉を探す。さっきもそう、こういうとき能天気に声をかけられるのは風雅しかいない。


「楠原さ……」

「ふぉっふぉっふぉっ」


 頑張って有利が芽榴に声をかけようとしたのだが、次の瞬間、その笑い声が辺りに響いた。


「藍堂の、じいさん……」


 翔太郎が驚きを声に表す。役員たちの元から少しの距離を持って現れたのは有利と同じく着物に羽織姿の有利の祖父だ。


「有利の予想が当たったようだね」


 颯はそう言って肩を竦めた。このあいだ有利は祖父なら自分をからかうためにサプライズで現れるだろうと言っていたのだ。さすがは孫。祖父の考えを把握済みだ、と感心する。がしかし、重要な問題を忘れてはいけない。


「確かに藍堂くんの予想は当たってるけど……。でも……ってことは」


 いち早くそのことに気づいた芽榴は思考を別のところへと向ける。そして同時に来羅が「きゃあ!」と叫んだ。


「予想はしてたが、やっぱ黙ってたか……くそジジイ」


 芽榴の予想も的中。木刀を構えてスイッチオンの有利がそこにいる。祖父は楽しげに笑って木刀を構えた。藍堂流の流儀によれば、2人が会った瞬間に手合わせが始まる。つまりは有利がブラック有利モードになるわけで――。


「本気でぶっ飛ばしてやる」


 そう言って、有利が木刀を引きずりながら歩みを進める。そんな有利を見て「か、かっこいい」などと言っている令嬢が数名いるのは芽榴の気のせいということにした。


 おそらく有利の祖父は主賓の挨拶が終わるまで待っていたのだろう。パーティーの重要な挨拶が終われば、一旦は自由時間のようなもの。みんな暇を持て余し始めるのだ。そして彼は真っ先に暇になって孫と遊ぼうと考えたのだろう。


 有利の祖父は「ふぉっふぉっふぉっ」と笑いながらダンススペースへと飛び去る。


「藍堂のじいさんっ! ここは……っ」


 とりあえず翔太郎は有利の祖父を収めようとする。賢明な判断だが、もはや手遅れだ。翔太郎は自分の背中に悪寒を感じて言葉を止めた。


「黙ってろ、葛城。流儀はぜってぇなんだよ、すっこんでろ」


 清楚な着物に身を包む有利の口からは似つかわしくない言葉が紡がれていく。今の有利に目をつけられるのは恐ろしいため、翔太郎はゴクリと唾を飲んだ。


 翔太郎が黙ったのを確認し、有利は祖父を追いかけてダンススペースへと飛び去る。


「あの2人は忍者ですか……」


 芽榴は目を細めながら呟いた。有利も有利の祖父も数メートル先のダンススペースに、まさにひとっ飛びで向かったのだ。


 何事かと会場も騒がしくなる。幸い、ダンススペースには誰もいないしテーブル等もない。

 確かに挨拶代わりのお手合わせにはもってこいのスペースだが。


「いいの? あれ」

「「「全然よくない」」」


 颯と翔太郎と来羅は同時に返事する。


「ジジイィィッ!!」

「有利、そんな振りじゃ、わしにはまだまだ勝てんぞぉ」


 みんなの注目を浴びながらまるで舞うように剣技を振るう藍堂祖父孫。


「止めに行くよ」

「まったく、手が焼ける」

「るーちゃんはここにいて」


 そんなふうに言い残し、男3人はダンススペースへと駆けた。もちろん、3人とも美男子ゆえになぜか会場には「おおっ」という感嘆の声がもれる。


 芽榴たち役員は有利の暴走を問題と認識したが、藍堂流を初めて目にするセレブ達にとってはある意味でサプライズ企画と捉えられているらしい。


「あれが藍堂流か」

「確かに、剣技が美しい」


 ダンススペースでの暴れ様を見て、セレブ達の口からもれる感嘆に、芽榴は苦笑した。


 そこで芽榴は気づく。いつの間にか強張っていた芽榴の顔に自然と笑みが戻っていた。


 芽榴はクスリと笑って「藍堂くんのおじいさんにお礼言わなきゃ」と心の中で思った。

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