173 シャンデリアと舞台裏
パーティーが始まり、芽榴たちは待合室を出て行く。
さまざまな催しがあるパーティー会場の扉を開け、役員一同感嘆の溜息をもらした。
天井から吊るされるシャンデリアはまるで無数の蝋燭が立っているかのようにして、会場を明るく煌びやかに照らす。前のほうはダンスを踊れるためのスペースが確保しており、扉に近い場所には豪華な料理がたくさん準備されていた。白い服に身を包むボーイが気品溢れるセレブにシャンパンやワインを配っている。
「うっわー。本格的」
「綺麗ねぇ」
風雅と来羅はシャンデリアを見上げながら呟く。翔太郎も「そうだな」と珍しく風雅の意見に賛同していた。
前で3人が初々しい反応を示す中、颯と有利はそれほど感心している様子がない。
「神代くんと藍堂くんは反応薄いねー」
芽榴がそう言ってまず隣の颯に目を向ける。
「僕の場合は、学園の式典にたくさん出席させてもらっているからね」
先日の慰霊祭もこの会場には及ばずとも豪華な造りではあった。そういう式典事には会長ゆえに確実に呼び出されているのだから颯が動じないのも頷ける。
「さすがにこの規模は初めてだから、少しは緊張するけど」
「全然そんなふうには見えないよ」
芽榴が指摘すると颯は肩を竦め、先に中へと入った3人を追いかけた。
「藍堂くんも、お家的に慣れてるのー?」
颯がいなくなって芽榴の隣に歩み寄った有利に、芽榴はそんなふうに問いかける。
「そう、ですね。ただ、僕の場合出席するのはパーティーというより宴会のほうが多いですが」
家柄的に和風ベースの式典へのお呼ばれが多いのは当然だ。
「なるほどねー」
芽榴が笑い、有利はやはり困ったような笑みを浮かべる。芽榴が首を傾げると、有利は「何でもありません」と言うがその顔にはしっかり「何かあります」と書いてあるのだ。顔に素直に出てしまった自分を恥ずかしく思いながら有利は溜息を吐く。
「今日1日、僕は楠原さんのボディーガードをさせてもらいます」
有利がそんなふうに言って、芽榴はカラカラと笑う。そして「ぜひお願いします」と頭を下げた。
役員が会場に入ると、やはりその注目は一気に彼らに注がれる。麗龍学園の生徒会役員――彼らのご容姿はそこらへんの子息では到底及ばない麗しさだ。
「麗龍学園――最近よくテレビや雑誌で取り上げられていますわよね」
「一度お目にかかって見たかったんですのよ。みなさん本当にお美しい姿だわ」
マダムの目は完全にハートマークだ。同じ年頃の令嬢はもはや言うまでもない。
「東條様と琴蔵様が目をかけていらっしゃるとか」
「ああ……後継候補の話もあがっておりましたなあ」
マダムの視線が彼らの容姿に向かう一方で、おじ様方の視線は彼らの優秀さに向かう。文化祭明けのニュースや先日売り出された独占インタビュー雑誌の件もあり、生徒会の面々の注目は高い。
それぞれが辺りのセレブに囲まれ始める。
「あなた、お名前は?」
「ああ、この後のダンスのパートナーになっていただけません?」
「え、えっと……オレ、パーティーとか初めてなんでよく分から」
「「「「「じゃあ、教えて差し上げますわ!!!!!」」」」」
風雅に至っては学園でよく目にしていた光景を作り上げてしまっていた。学園ではファンクラブの女子だったが今回はそのマダム&令嬢バージョン。
そんな風雅を見て、芽榴は苦笑する。
そんな中、有利とともに料理を選んでいる芽榴のところへ軽い足取りで来羅がやってきた。
「るーちゃん」
「あ、来羅ちゃん。どーしたの?」
芽榴が首を傾げると来羅は苦笑しながらある人物を指さした。
「あれ助けてあげて」
来羅が指さす場所に立っているのは翔太郎だ。彼はいち早くおじ様方の輪に逃げているのを芽榴も確認していたのだが、いつのまにかおば様&令嬢の魔の手が迫っている状況に置かれていた。
「いつもの格好なら私が助けるんだけど、これじゃあ悪化しちゃうから」
「そーだね。うん、わかった」
来羅のお願いを聞き入れ、芽榴は現在お困り中の眼鏡男子のもとへ歩み寄った。
「……柊さん」
「あ、有ちゃん。やっぱり有ちゃんのタキシード、私にもピッタリ。貸してくれてありがと」
来羅は芽榴のいた場所に立ってボーイからジュースを受け取る。来羅は衣装を貸してもらうついでに有利の家で支度を整えたのだ。
「それはいいですけど……」
「ごめんね、有ちゃん。るーちゃんを翔ちゃんのほうに行かせちゃって」
来羅はベッと下を少し出して悪戯に笑う。本来の姿でいる時の来羅はいつもの来羅より少しだけ楽しげだ。どこがどう違うのかと聞かれれば分からないと答えるしかない。でも、やはり有利はこっちの来羅が好きだと思うのだ。
「クリスマス終わったら1日楠原さんを貸切ですから」
「あら、私のほうがるーちゃん楽しませるわよ?」
「じゃあ、勝負ですね」
そう言って有利と来羅はハハハッと楽しそうに笑った。
「葛城くん」
今にも高貴な女性たちに暴言を吐いてしまいそうな男子――葛城翔太郎のもとに芽榴は現れた。
「楠原」
芽榴の登場に強張っていた翔太郎の表情が少し緩む。翔太郎に自分たちが選んだ料理を渡してあげようとしていた女性たちは芽榴をキッと睨んだ。
「どちらのご令嬢かしら?」
一人のマダムが芽榴に向かって告げる。家柄がなければ、どんなに美少女であっても虐げられてしまう。それが分かっているため、芽榴は首を竦めた。
「そこにいる男子と同じ、麗龍学園の生徒会役員です」
芽榴はニコリと笑って告げた。麗龍学園の生徒会役員――その肩書は家柄を示すわけではない。けれど今このパーティーにおいてその肩書は下手な家柄よりも力を持つ。なぜなら――。
「琴蔵様の招待を受けているお方ですわよ」
「も、申し訳ありませんん!」
芽榴への失礼は聖夜に直結するということ。マダムも令嬢も一気に翔太郎と芽榴の前から退いていった。
「すまん。助かった」
女性の波が消え、翔太郎は安堵の溜息を吐きつつ芽榴の隣に並んだ。
「お礼なら来羅ちゃんに言って」
「……アイツは本当に周りをよく見ているな」
来羅のしそうなことだ、と翔太郎は眼鏡を押し上げる。来羅が女装姿なら翔太郎のそばにずっといたのだろう。今の来羅は男バージョン。けれど、その代わりに芽榴が来羅に引けを取らない美少女になっている。何よりも心強い女避けだ。
翔太郎の隣にいることになった芽榴はいつもの芽榴とは所作が違う。いつもの芽榴はどこかフワリとした空気を纏っているが、今の芽榴は纏う空気が洗練されたお嬢様のそれだ。芽榴は翔太郎の分の飲み物をボーイから受け取り、適当な料理を選んで取り皿に乗せる。その料理の選び方一つとっても、立食の条件を分かった上での完璧な選択だ。
「楠原」
「んー?」
芽榴は翔太郎のほうを振り返る。翔太郎に皿とグラスを渡しながら首を傾げた。その様は、このパーティーに参加しているどのご令嬢にも勝る。
「……貴様はやはりこういう場に慣れているな」
受け取りながら翔太郎はまるで呟くように無意識に芽榴に伝えていた。翔太郎の言葉を耳にした芽榴は少しだけ寂しそうに笑った。
「うん。――――すっごく昔の記憶でも私の頭にはこういう場での振る舞い方がちゃんと残ってるみたい」
美男美女が並んでいる。他人から見れば芽榴と翔太郎はそんなふうに映るのだ。だから自然と2人の周りに人は寄り付かなくなる。注がれる熱視線は変わらずとも、少し孤立した空間は2人には心地よかった。
「すまない。そういうつもりで言ったわけじゃ……ないんだが」
芽榴の反応に、翔太郎が謝ってしまう。無意識に発した翔太郎の言葉は芽榴が元令嬢であることを指している。それは少なからず芽榴とのあいだに距離を生み出してしまう発言だった。何も考えずに言葉を発した自分を翔太郎は後悔する。一方、芽榴はそんな翔太郎を見て柔らかい表情を見せた。
「葛城くん」
「……なんだ?」
「どんなに場慣れしていても、過去の私が誰でも……葛城くんの知ってる私は私でしょ?」
そう言った芽榴は曇りない瞳で翔太郎のことを見つめた。一瞬生まれた距離を芽榴はそうやって一気につめてくる。翔太郎はそんな芽榴に「参った」と言わんばかりに笑って、芽榴が好きだと言ってくれた瞳で芽榴に視線を返した。
「ああ……そうだな」
翔太郎は眼鏡のブリッジを押し上げる。その隣で芽榴は嬉しそうに笑みを浮かべた。
そんな芽榴と翔太郎のことを優しく見守りつつ、颯はパーティー会場を出て行く。
「なんや? 性格悪すぎて愛想つかされ一人あぶれて出てきたんか?」
会場の扉を開け、エントランスに出てきた颯の耳にそんな声が届く。颯はそれを予想していたかのように冷静な目つきで後ろを振り返った。
不敵な笑みを浮かべる聖夜に、相対する颯も笑みを浮かべていた。
「君こそ、主賓は挨拶があるから舞台裏で待機と聞いていたけれど……生意気すぎていじめられたのかい?」
「相変わらず天下の琴蔵聖夜相手に、舐めた口きくやっちゃなぁ。ほんまムカつく男やで」
「それは光栄な話だね」
颯が本当に嬉しそうに告げると、聖夜はスッと笑みを消して目を細めた。
「聞いたんやろ? 芽榴から、あいつのほんまの出生」
聖夜がその話を始めて、颯も浮かべた笑みを即座に消し去った。「聞いたよ」とただ一言そう告げて、颯は複雑そうな顔をした。
「せやったら話早いわ」
「どういう意味だい?」
颯が聖夜に視線を返す。聖夜は再び笑みを浮かべた。今度の笑みは何かを企むような笑み。
「お前ら役員衆を呼び出した理由は別にあんねん」
颯と聖夜の交わされた視線には変わらず火花が飛ぶ。けれど、今回その火花を早々に消し去ったのは聖夜のほう。
「――――ちょっと、手組まへんか?」
目を見張る颯を見て、聖夜がその笑みを絶やすことはなかった。




