172 パーティーと美男美女
午後6時半――。
イブに行われる格式あるパーティー会場の受付では美男子たちが1人の美少女を挟んで口論を繰り広げていた。
「なんで簑原クンが芽榴ちゃんと一緒にいるの!?」
「久々だな~。馬鹿男くん」
慎に突っかかる風雅を見て、芽榴は大きな溜息を吐いた。
慎と一緒に会場へやってきた芽榴は運がいいのか悪いのか、全員集合を果たした役員と受付にて遭遇したのだ。
「芽榴……」
いち早く芽榴の存在に気付いた颯は芽榴の姿を見て、目を見張る。しかし、芽榴の隣にいる人物を見た瞬間に大きく見開かれた瞳がどんどん細められていった。そんな颯は本物の英国執事のごときタキシード姿だ。
「え、るーちゃん?」
「く、すはらさ……ん」
来羅は久々に見た芽榴の美少女姿に驚いていて、有利に至っては喉が詰まってうまく発声できていなかった。どこかで衣装チェンジをすることにしたのだろう。来羅も颯同様タキシードを着ていて、少し伸びた地毛とマッチしていた。有利は和装で、藍色の着物と羽織でこれまた目を引きそうな格好だ。
「楠原、貴様……」
翔太郎はマジマジと芽榴の姿を見つめて眼鏡を押し上げる。今日の眼鏡はフレームのないタイプらしい。
「め、芽榴ちゃん? どこのお嬢様かと思……ああーーーっ!」
そしてマダムの視線を1番浴びている風雅は芽榴の隣を指さして泣き叫ぶ。ここがパーティー会場であるということは頭から抜け落ちてしまったらしい。そんな彼もタキシードを着ている。そういえば去年の文化祭のコスプレは執事と言っていたからそのときのものなのだろう。来羅は有利のを借りたのかもしれない。とにかく有利以外の4人は完全に「執事集結」と背後に書かれていても驚かない。
「蓮月くん、落ち着いて」
元々注目を浴びているのに、芽榴と慎の登場で注目の熱が増し、さらにその中の1番のイケメンが騒ぎ始めれば視線は芽榴たちのもとに集中する。
「落ち着かないよ! 芽榴ちゃん、こっち!」
風雅は芽榴と慎のあいだに入り、芽榴の腕を引いた。そして役員側へと芽榴を連れていく。
「ははっ。ひっで~の。楠原ちゃんを美少女にしてやったの俺なのに」
「頼んでないよ!!」
芽榴の代わりに風雅が答えていた。
「楠原さん、大丈夫ですか?」
「あはは、うん。どっちかっていうと蓮月くんを心配してあげて」
風雅は芽榴を有利のところへ放ち、慎に喧嘩腰で食いかかっている。
「無理だな。簑原慎と蓮月の遭遇は避けたかったが、さっそく遭遇してしまったからな」
芽榴の元へと歩み寄りながら、翔太郎が告げた。芽榴は「えー……」と困り顔になる。どうにかしてこの場を収めなければならない。そんな芽榴の気持ちを察して、来羅が風雅と慎の仲裁に向かう。
「はいはい、風ちゃん。みんな見てるから。落ち着いて」
「止めないでよ、来羅! この人どういう人か知ってるっしょ!?」
「へー、あんたそっちが本当なんだ。女装楽しみにしてたんだけど~」
慎が来羅を見て楽しげに言う。もちろん慎に悪気はないのだが、来羅はニコリと慎に笑いかけた。
「やっちまえ、風ちゃん!」
「来羅ちゃーん」
止めに入ったはずの来羅が風雅を応援し始めてしまった。芽榴は頭を押さえるが、芽榴はもちろん有利も翔太郎も「あれは簑原慎が悪い」という意見で一致した。
「風雅、来羅。公の場でみっともないよ」
やはりそれを収められるのは我らが皇帝様、颯である。風雅と来羅の首根っこを掴んで慎から引きはがした。
「さすが会長さん。躾が行き渡ってんね~」
慎が挑発的に笑うが、対する颯は目を細めて薄く笑う。
「残念だったよ。ここが会場じゃなければ、止めには入らなかったのに」
そんなふうに言って風雅と来羅を押さえた颯は、次に自分の目に映った人物を見て眉を顰めた。
「慎。お前は何やっとんのや。客人はさっさ待合室に連れて行け言うたやろ」
これまた目を引く正装で現れた聖夜が慎の背後に立ち、そんなふうに言った。聖夜の登場に会場はざわつき、周囲の人々はみな軽く一礼している。
「久々ですね。麗龍学園の役員の皆さん」
そんな周囲の反応には目もくれず、聖夜は胡散臭い標準語で役員に話しかける。聖夜の態度に役員は眉を顰め、芽榴は半目になった。
聖夜はそのまま颯の前に歩み寄り、不敵に口角をあげた。
「今回は急な招待で申し訳ありませんでした。神代会長」
「いえ。こちらこそ、招待いただき誠にありがとうございます。琴蔵様」
見るからに火花が飛び散っている。どちらも笑みは絶やさない。平然とした笑みで握手を交わしているが、並の人間が相手ならおそらく手がつぶれているはずだ。
「神代くん」
呆れたように芽榴は肩を竦め、颯の肩に手をのせた。颯の隣に並ぶ芽榴を見て聖夜は初めて表情を歪ませる。聖夜の目に映る芽榴は綺麗だが、だからこそ自分の隣に並んでほしいという思いが募るのだ。
「琴蔵さん、いろいろありがとうございました」
「……別に、たいしたことやない。慎、客人を連れてけ。俺は挨拶回りに行く」
「はいはい」
聖夜は芽榴のお礼にそっけなく返して会場の奥へと足を進める。そんな聖夜を見て、芽榴は困ったように笑った。
「じゃあ、パーティーが始まるまであんたたちに待機してもらう部屋へ案内してやるよ。一応聖夜の招待、扱いはVIPだからな」
慎は笑みを浮かべ、役員たちを待合室へと案内する。しかし――。
「東條様だ……」
周囲のセレブの呟きに、芽榴が反応する。立ち止った芽榴を心配そうに風雅が見つめた。とても小さな呟きは芽榴以外誰の耳にも入らなかった。
「芽榴ちゃん?」
けれど、すぐにその呟きは広範囲に伝染する。芽榴たちがさっきまでいたエントランスには確かにその人物が立っているのだ。
後ろに秘書と同行者を従える東條賢一郎。その姿は文化祭で目にした時より微かに疲れを見せていた。
「琴蔵様も参加なさっているのに、東條様まで参加なされるの?」
「今回のパーティー、主賓が最高位じゃないか」
役員も芽榴のことを心配そうに見つめていた。
「……芽榴」
颯が芽榴の頭に触れる。芽榴はハッとして颯を見上げた。
「あ……ごめん」
芽榴は笑うが、その顔は動揺が隠しきれていない。そんな頼りない芽榴の姿に、役員の心配は募る。
役員が全員立ち止まり、慎は横目に後ろを見た。その瞳には思案顔の芽榴も映っている。
「早く来いよ。ここは邪魔だ」
慎は役員に早く来るように促す。
催促された芽榴と役員は慎に言われるまま、その足を進めた。
慎に連れられて役員がやってきたのは広い部屋。まさにVIPのための待合室だ。
「んじゃあ、俺も主人のサポートがあるから。時間になったら来いよ」
そう言って慎がバタリと部屋の扉を閉める。
部屋の中はシンとしていた。芽榴の顔がどうしようもないくらい不安で溢れていて、それが役員にも伝わって誰も口を開けずにいた。しかし、このままではせっかくのイブのパーティーがお葬式になってしまう。
「芽榴ちゃん」
そこで声をあげたのは風雅だ。
「え……あ、蓮月くん?」
「ドレスもお化粧もすっごく似合ってるよ。簑原クンが隣にいることに焦っちゃって言い忘れてたけど」
風雅は話を切り替えてそんなふうに言う。
フカフカなソファーの上、芽榴の隣に座って風雅は笑った。
風雅が笑うと、役員の緊張も解けていく。有利と来羅は芽榴たちの目の前のソファーに座り、翔太郎は少し離れた丸椅子に腰かけた。颯は外を眺められる窓の近くに立って、その桟に体重をのせる。
「ほんと、すっごく可愛いわ。るーちゃん」
「一瞬、誰か分かりませんでしたよ」
来羅と有利はそう言って優しく笑いかける。翔太郎も眼鏡のレンズを磨きながら照れ臭そうに芽榴の姿を見つめて言った。
「相変わらず、化粧をすると別人だな」
「本当に、妬けるくらい綺麗だ」
颯が目を瞑り、芽榴に向かって本心からの言葉を告げた。
いつもなら「お世辞」とか「目がおかしい」などといった思い込みで切り捨ててきた彼らの言葉を今の芽榴はちゃんと受け止める。かみしめるようにその言葉を感じていた。
それが出来るようになったのは他ならぬ慎の言葉があったから――。
「ありがとう」
心からの笑顔で芽榴は感謝の気持ちを伝えた。
素顔でも綺麗な芽榴の笑顔が、磨かれた美しい顔にのる。誰にも負けない綺麗な少女を目にして、みんな困ったように笑った。
出会ったときは予想もしていない。
化粧をしても容姿は平凡なまま――たとえそうだったとしても彼らはみんな芽榴にひかれた。出会った時の芽榴は本当に平凡な姿。それでもここにいる美男子たちは芽榴に惹かれていった。
そして、その平凡な姿さえ芽榴は非凡に変えた。
「芽榴の隣に並んでいいのか、こっちが困ってしまうよ」
颯の言葉は真実。みんなの隣に立ちたくて、芽榴は変わり始めた。
でも今は、逆にそんな芽榴の隣に立っていいものか当の本人たちが悩んでしまうほど。
芽榴はもう十年前の芽榴ではない。
成長した芽榴は確実に、心の奥に閉じ込めた約束の人間に姿を変え始めていた。




