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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
霜花編
192/410

170 連帯責任と地雷

 2学期も終わりを迎えようとしていた。

 今年最後の登校日――。そう考えると、どこか感慨深いものなのだがF組の空気はやはり他クラスと少し違っている。


「あー……本当最悪」


 クラスメートの口から漏れるのは何とも憂鬱な呟きだ。今日はイブの前日。というわけで、学園の中は少し浮かれモード。クリスマスのお誘いでにぎやかなのだ。おかげさまで恋人いない率80%のF組の精神はズタズタだ。


「まあまあ、クリスマスはみんなで集まるんだから」

「いちいちガックリしてたらキリねぇよ」

「でもさー……」


 そんなクラスメートの嘆きを聞きつつ、クラスの後ろのほうの席で芽榴と舞子は2人楽しげな話を繰り広げていた。


「年明けは修学旅行かぁ」

「楽しみだねー」


 クリスマスやお正月を通り越して来月に迫る修学旅行に思考が向かっている。芽榴にとっては生まれて初めての修学旅行。しかも長さは1週間。楽しみなのは当然である。


「でも寒そうだよねー。1月の北海道って」

「そうねぇ。防寒着持っていかないと」

「スキーとか超楽しみだよな」


 芽榴と舞子の会話にやはり滝本が入ってきた。確かしおりに記載された日程にはスキー教室の時間が計画されていた。


「滝本くん、好きそうだよねー。スキー」

「あぁ! 自慢じゃねぇけど、俺スキーは上手いぜ?」

「あんた、運動神経はいいからねぇ。顔はともかく」


 滝本がヘヘンと自慢げな態度をとると、舞子がすかさずツッコミをいれる。すると滝本が例のごとく「はあ!?」と怒鳴って2人の仲良し喧嘩勃発。2人のあいだに挟まれている芽榴は苦笑しながらも仲介に入るのだった。






「今年、最後の仕事だよ」


 ドスン、と音を立てて書類の山がそれぞれの目の前に置かれる。もちろん翔太郎と風雅のところにできている山だけは桁違いなのだが。


「また、一段と多いわねぇ」


 仕事を始める前に紅茶を口にしていた来羅は書類の山を見て肩を竦める。


 明日からは冬休み。

 ということで一旦生徒会活動は終了。

 冬休み期間は短いため、夏休みのように合宿をすることもないらしい。よって終業式の今日と来月の始業式は殺人的仕事量になるのだ。


 事前に報告があったため、今日は帰宅時間が遅れることを楠原家には報告済み。もちろん真理子が台所に立たずに済むように夕飯は朝作って冷蔵庫の中にある。


 というわけで芽榴はお仕事に真剣に取り組むことができる。

 けれど、無言で仕事をするのは息が詰まるわけで――。


「明日はパーティーですか。日が経つのが早いですね」


 有利がペンを走らせながら目の前の芽榴に言う。芽榴もその手を止めることなく「ねー」と返した。


「でもどういうパーティーなのかしらね」

「詳細は招待状にも記載されていなかったから分からないけど……あのお坊ちゃまが参加するくらいだ。格式は高いんじゃないかな」


 芽榴と有利の会話を聞いていたらしい颯と来羅も反応してパーティーの話を始めた。


「格式ねー……。藍堂くんのおじいさんも呼ばれてそうだけど」


 芽榴はふと思ったことを口にする。藍堂家も家柄はよい。その当主である有利の祖父は他の経由で招待されていそうな気がした。


「ああ、その可能性はありますね」

「聞いてないのー?」

「僕が先に招待されたことを言ってしまっているので、もし招待されていたとしてもサプライズで黙っている可能性が高いです」


 有利が困ったように言い、芽榴は納得する。有利の祖父はとにかく有利をからかって遊ぶのが好きだ。有利の意見はあり得る。


「パーティーかぁ。オレ、そういうのに呼ばれるの初めてだから緊張するなー」


 風雅が手を止め、そんなふうに呟く。初めてのパーティーであれば緊張するのは当然のこと。そんなふうに緊張して1人悩んでいる風雅の目の前で翔太郎の顔が青ざめる。


「蓮月、貴様手を止めるなっ!」

「え?」

「手を休める暇を与えてすまないね、風雅。……追加」


 翔太郎が叫ぶが、時すでに遅し。翔太郎と風雅のあいだには新たな書類が颯によって追加される。その風圧で翔太郎と風雅の髪が揺れた。


「えっ! 嘘!?」

「貴様はもう何も喋るな!」


 風雅は喋りだすとどうしても手が止まってしまうらしい。というわけで風雅が喋りだすと仕事が追加されるのだが、同時に翔太郎の仕事まで追加されてしまうのだ。


 仕事を追加置きした颯は楽しそうに笑っていて、それを目にした芽榴たち安全組3人は「エンペラー……」と心の中で呟いた。


 芽榴は颯のお怒りが飛んでこないように着実に仕事をこなしていく。けれども次に手にした書類を見て首を傾げた。


「神代くん、これ混ざってたよー」


 芽榴は会長席まで行って、自分のところに混ざっていた《修学旅行の計画表》という用紙を颯に差し出す。受け取った颯はそれを見て苦笑した。


「中井先生が間違って挟んでいたんだろうね。後で返しておくよ。ありがとう」

「いえいえー」


 芽榴はそう言って自分の席に戻る。すると紛れ込んでいた資料の内容が目についたのか、来羅が口を開いた。


「修学旅行ねぇ。るーちゃんはF組の子と一緒の班なのよね?」


 来羅がパソコンに文書を入力しながら芽榴に問いかける。キーボードの早打ちは相変わらず感嘆するレベルだ。


「うん。舞子ちゃんとは全部同じ班だよー」


 芽榴は嬉しそうに告げる。やはり女友達は別格なのだろう。

 楽しげな笑みが芽榴の顔から零れると、生徒会室には穏やかな空気が漂い始めるのだ。


「どこかで合流できたら、僕も楠原さんと回りたいです」

「有利クン!?」

「蓮月! 黙れ!」


 有利の大胆発言にいち早く反応する風雅だが、これ以上仕事が増えてもらっては困るため翔太郎が風雅の頭を叩いて止めた。


 そんな様子を眺めて来羅はクスクスと笑い、颯は溜息を吐く。でも颯は何かを思い出したようにハッと目を見開いた。


「そういえば、芽榴」

「何ー?」

「植村さんに宿泊の件は話せたのかい?」


 芽榴が修学旅行に参加するということはつまり話せたということなのだが、颯は一応確認のためにそれを問いかけた。あのとき一緒にいた翔太郎もそれは気になっていたらしく顔をあげた。

 有利と来羅は不思議そうな顔をする。風雅も話が気になるのだが、手を止めることができないため何も反応はできない。


 それぞれが反応を示す中、芽榴は颯の問いかけに笑顔を見せた。


「うん。みんなで夜まで眠らずにおしゃべりするから気にするなって。あのときは相談にのってくれてありがと」


 芽榴の返事を聞いて、颯は「よかった」と微笑む。翔太郎は何も言わずに、視線を書類へと戻した。


「よかったですね、楠原さん」


 颯の質問の意図が分かった有利はそんなふうに言って、表情は薄いものの喜んでくれた。


「芽榴」

「はいー?」

「仕事、キリがよさそうかい?」


 修学旅行の話にひと段落つくと颯がそんなふうに尋ねる。芽榴は首を傾げながらも「うん、まー」と曖昧に返した。


「なら、悪いけど……さっきの資料を代わりに中井先生に持って行ってくれないかい? まだ少し僕の仕事は時間がかかりそうだから」

「いーけど……」


 颯の指令に疑問を感じつつも、芽榴は自分の仕事を切り上げる。颯から一枚の紙を受け取って芽榴は生徒会室の扉に手をかけた。いつもならついていくところなのだが、さすがにそれにまで同行するわけにはいかず、来羅も芽榴を見送る方に回った。


「じゃあ、行ってきまーす」

「行ってらっしゃい」


 颯に笑顔で送られ、芽榴は不思議そうな顔をしたまま扉を開けてバタリと閉めた。


 扉が完全に閉まったのを確認して、颯はデスクに肘をつき、あわせた手の上に顎をのせた。それは緊急会議の合図だ。


「で、僕はずっと聞きたかったことがあるんだよね。……翔太郎」


 その名を呼ぶ颯の声はとても低い。まさか自分の名前が呼ばれるとは思っていなかったらしく翔太郎はひどく驚いた顔をしていた。


「な、なんだ……」


 そう返事するあいだも翔太郎は手を止めない。そこはさすが副会長。


「お前はどうして芽榴が閉暗所恐怖症だって知っていたんだい?」


 芽榴が倉庫に閉じ込められたとき、翔太郎がそれを知っていたおかげで芽榴の発見は早くなった。けれど颯はもちろん、他の役員の誰も知りえない情報を翔太郎が知っていたことが疑問でならなかったのだ。


「それ、私も気になってたのよねぇ」


 来羅がカタカタとキーボードを叩きながら話に混ざった。有利も興味津々に顔をあげ、風雅も手を動かしながら「うんうん」と頷いている。

 翔太郎はすでに嫌な予感を抱いているが、颯を相手に誤魔化せるほど嘘が上手な人間ではない。


「……偶然、その現場に居合わせて知った。別に楠原が自ら教えてきたわけではない」


 最後の言葉が重要だ。芽榴が翔太郎にだけ教えたのか、翔太郎にバレてしまったのかでは話が全然違う。それを分かっているから翔太郎も苦し紛れにそこを強調した。


「へぇ……それはいつ?」


 完全に尋問だ。翔太郎はゴクリと唾を飲みつつ、口を開く。


「……体育祭前。停電で生徒会室の明かりが落ちたときだ」


 バキッ


 すると、翔太郎も予想外な方向から破壊音が聞こえた。翔太郎の隣――有利が使っていたペンを折ってしまったらしい。


「ああ……すみません。思い出してつい」


 有利は無表情に告げる。まだスイッチは入ってないようで、ひとまず役員のあいだに走った緊張は解けた。


 あの停電の時、心配で戻ってきた有利が目にしたのはしゃがみこんだ芽榴と翔太郎の姿だ。それも今にもキスをしてしまいそうな距離で向かい合っていた。

 そして有利はちゃんとそれを覚えていたらしい。というより、翔太郎の発言ですぐにペンを折ってしまうくらいだ。よほど有利の中で印象深かったのだろう。


「藍堂。もう一度言っておくが、俺は楠原が不安定だったから支えようとしただけだ」

「そうですか」


 役員は全員、暗室の中で不安定になった芽榴を目にしている。だから翔太郎の意見に文句はないし、逆にその時芽榴のそばにいてくれたことに感謝するくらいだ。

 がしかし、自分が翔太郎の立場になれていたら……と思う気持ちは隠しきれない。


「だから芽榴はあのとき『葛城くんがいてくれたから大丈夫だった』って言ったんだね……なるほど」


 そう言う颯の笑みは真っ黒だ。それを見て来羅はクスクスと笑う。

 もちろん、そのあとの颯の行動は言うまでもない。


 ドスンッ


「な……っ」

「嘘!? 颯クン! なんでオレまで!」


 再び翔太郎と風雅の目の前には塔が立つ。大人しくしていたのに自分まで仕事を追加されてしまい、風雅は嘆く。2人は完全に連帯責任制で罰が下っているのだ。


「翔太郎クンのバカーーー!」

「何度言えば分かる! 死んでも貴様より馬鹿になることはない!」


 風雅と翔太郎の口論がギャーギャーと始まり、有利は頭を押さえる。やはり来羅は楽しそうに笑っていて、颯は冷静に自分の仕事を再開した。


「……なんか、また増えてる?」


 中井先生に書類を返して帰ってきた芽榴は風雅と翔太郎の前に並ぶ仕事の塔を見てそう呟いた。



 とにもかくにも長かった2学期は今日で終わり。

 明日からは冬休みだ。来たるイブのパーティーを前に、生徒会室はにぎやかだった。

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