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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
霜花編
190/410

168 招待状と百人力

 聖夜と会った次の日。

 テスト明け、久々の生徒会活動――と思いきや。


「この招待状は……どういうことかな? 芽榴」


 ――生徒会の議題はそれだった。


 高級紙で作られた招待状を片手に、満面の笑みを浮かべる颯は真っ黒なオーラをバックに飾っている。それも当然で、その招待状は颯の大嫌いな、かの御曹司からのものなのだ。


 昨日、聖夜が「今回は麗龍の役員衆にも招待状を送っている」と言っていた。つまり颯が手にしているのはイブのパーティーの招待状。


 いつもは風雅が立っているはずの会長席手前。今回立っているのはもちろん芽榴だ。芽榴はハハハと半笑いを浮かべる。


「えっとー……なんかセレブのトップ校と庶民のトップ校の友好関係を示したいらしく、みんなを呼ぶと言っていマシタ」


 語尾が片言になる。その理由は一つ。


「会って聞いたの? それ」


 颯の声音はいつもと変わらない。けれど目が完全に笑っていないのだ。

 芽榴はヒーッと心の中で泣き叫びつつ、笑顔を真っ青にしていく。


 そんな尋問が行われる会長席を見て、近くの専用席に座る来羅は肩を竦めた。


「颯。あんまりるーちゃんをいじめないで。風ちゃんなら全然構わないけど」

「来羅、それどういう意味」


 颯に怒られないように大人しくしていた風雅は来羅をジト目で見つめる。


「でも今朝その招待状を目にしたときは驚きましたよ」


 殺伐とした空気を来羅が切り裂いてくれたことにより、有利もやっと口を開くことができた。

 今朝、招待状は1通1通それぞれ役員の自宅に届いた。何も知らずにそれを手にした時の驚きは半端なかったことだろう。何せ差出人の名前が『琴蔵聖夜』なのだから。


「相手が相手だけに、楠原一人で行かせるよりマシだろう。何かあったら俺たちにも分かる」


 一人黙々と書類にペンを走らせながら翔太郎は言う。久々の生徒会活動であるため仕事倍増なのは分かるが、どういうわけか翔太郎の前には異常なほど書類が並べられている。


「確かに、翔太郎の言うことも一理あるね。……分かった。じゃあ僕たちもパーティーに出席させてもらうよ」


 颯が会長席に招待状を置き直し、この議題は終了。


 というわけで、芽榴は風雅の隣の席に座った。自分の席に置いてあるのは経理書類。確認のために計算機を置いて、計算をしようと思った芽榴だが、やはり斜め前のバベルの塔が気になって仕方がない。


「芽榴ちゃん、どうかした?」

「え、あー……葛城くんの前にできてる書類の山は、何かの罰?」


 芽榴がそう言うと、役員全員ピクリと反応する。その反応を見て芽榴は「え」と声を上げた。


「それは翔太郎の自業自得だから、芽榴が気にすることはないよ」


 颯が優しい笑みで芽榴に告げる。颯の〝自業自得による罰〟に関して納得できたことはない。毎度、理由が完全に理解不能なのだ。


「本当だよ! 翔太郎クンのバカ!」

「貴様に馬鹿と言われる覚えはない! 本物の馬鹿め!」


 風雅が翔太郎に怒ると、逆に翔太郎が風雅にキレた。困り果てる芽榴の目の前で今度は有利が目を細めて翔太郎を睨んでいる。

 そんな光景を見て来羅がクスクスと笑う。困り顔の芽榴に来羅が説明してあげることにした。


「るーちゃんがテスト1日目に高熱出したでしょ?」

「うん。それが?」

「翔ちゃんが報告したのは2日目の朝だったの」


 それを聞いて芽榴は納得した。1日目、真理子が迎えに来た時、芽榴のそばにいたのは翔太郎一人だけだった。そしてなぜか2日目の朝、熱が引いて普通に登校してきた芽榴の元に、役員が代わる代わる登場したのだ。おかげでF組の浮かれモードに拍車がかかったことは言うまでもない。


「あの日は楠原も安静が第一だったから黙っていたと、何度もそう説明しているだろう」

「自分が付き添っていたのはいいんですか」


 翔太郎が自論を述べるが、間髪入れずに有利が痛いところをつく。有利の冷ややかな視線に翔太郎は「う……っ」と声をもらした。


「というわけで、翔太郎の1週間仕事3倍の刑は別に気にしなくていい」


 颯はそんなふうに言うが、芽榴は悩む。けれど風雅も有利も来羅も「うんうん」と頷いているため、芽榴はもう何も言わない。周囲の反応を見て翔太郎は恨めしそうに眼鏡のブリッジを押し上げた。







「じゃあ、これ私持っていくねー」


 出来上がった書類が溜まってきたころ、自分の分の仕事がちょうどよくなった芽榴はそう言って立ち上がる。


「るーちゃん、待って。私も行くわ」


 芽榴が職員室に持っていく書類を整理すると、来羅が立ち上がってそう言った。ちょうど来羅も仕事にひと段落ついたらしく、芽榴も手伝ってもらうことにした。というより、最近は芽榴が書類を持っていくときは必ず来羅が隣にいるのだ。


「じゃあ、持っていくねー」

「すぐ戻るわ」


 生徒会室に残る4人に断り、芽榴と来羅は2人仲良く生徒会室を出て行った。







「ねぇ、るーちゃん」


 生徒会室を出ると、来羅が芽榴の名を呼ぶ。来羅の隣に並んだ芽榴は「んー?」と言って来羅を見上げた。


「琴蔵さんに会ったの?」


 さっき颯が問いかけた疑問。来羅がその質問を切り上げさせたが、彼も気にはなっていたらしい。

 芽榴は困ったように笑う。


「うん。昨日、パーティーの件を話したかったらしくて……簑原さんに連れてかれたんだー」


 文化祭のとき、来羅は微かにラ・ファウストの2人のことを認めている節があった。だから他の人が相手なら芽榴も誤魔化すところだが、来羅には本当のことを告げることにしたのだ。


「そっか」


 それを聞いて来羅は微笑を浮かべる。けれどそれは一瞬のことで、すぐに芽榴のほうを向いてニコリと笑った。


「るーちゃん、モテモテねぇ。妬けちゃうわ」

「……何をおっしゃいますか」


 楽しげに言う来羅に芽榴は半目で答える。どう考えても来羅のほうが人気が高い。男子からの人気は圧倒的だ。本来の姿になれば女子の人気も並々ならないもののはずだ。

 それは来羅に限った話ではなく、他の役員も同じこと。


 そんな美少年たちがそばにいるせいで、芽榴の「モテる」という感覚は確実に鈍っている。


「それより、来羅ちゃん」

「なぁに?」

「何か考え事してるー?」


 芽榴の指摘に、来羅は眉を上げる。すぐには言葉が出てこなかった。


「そんなふうに、見えた?」


 やっと出てきた来羅の声は驚きを隠しきれていない。そんなに思い悩んでるつもりはなかったのに、ズバリ当てられた来羅は面食らったままだ。


「うーん、なんとなく。違ったらごめん、気にしないで」


 芽榴は少し考えるようにして告げる。来羅が特に悩んでる仕草を見せていたわけではない。行動も発言もいつもと変わらないのに、なぜか芽榴はそんなふうに思った。


「あたり。ちょっと考え事してた」


 来羅は肩を竦め、自白する。別にわざわざ相談するほどのことでもないのだが、言い当てられたからには隠そうと思わない。来羅は「さすが、るーちゃん」と言って笑った。


「パーティーのことで……ちょっとね」

「あ、やっぱり予定入ってたー?」


 イブなのだから予定が入っていておかしくない。お誘いもたくさんあるはずだ。来羅の場合は家族とクリスマスパーティーをしそうな気もする。


 芽榴がそんなふうに考えていると、来羅は首を横に振った。


「それは問題ないの。予定なければパパとママと過ごそうとは思ってたけど、せっかくお誘いをもらったんだから行かせてもらうわ。ただ……」


 来羅は苦笑いを浮かべる。


「パーティーに女装するかどうか迷って……」


 それを聞いて芽榴の表情も少し硬くなった。来羅の身体はちゃんと年頃の男子と同様に成長していて、本来は今も完璧な女装ができていること自体すごい。パーティードレスを着るとなると女装もかなり難しくなるのだ。

 だからと言って女装をしないで家の中を歩き回るわけにもいかない。本来の姿でパーティーに行くなら、別の場所で支度をしなければならなくなる。


「ごめんね。せっかく楽しい話なのに、暗くしちゃって」


 何も解決していないのに、来羅はそうやって話を切り上げる。いつもの可愛らしい笑みを浮かべようとする来羅に、芽榴の心はキュッと締め付けられた。


「来羅ちゃん」


 立ち止まり、芽榴は来羅の名を呼ぶ。来羅は「なぁに」とやはりさっきと同じような女の子らしい返事で芽榴を振り返った。


「もし……女装をやめたくなったら、来羅ちゃんはどうするの?」


 ずっと聞こうと思っていたことだ。来羅の女装には限界がある。来羅の心がちゃんと男のものである以上それは必然のことだ。


 芽榴の言葉に、来羅は悲しげに笑った。


「ママのこと、壊す覚悟でやめるよ。だから、私が女装をやめるのは本気の覚悟ができたとき」


 来羅はそれを決めていた。そしてその覚悟はほとんどできている。来羅をその姿から解放するために必要なことはあと2つ。そのきっかけと――。


「想いが抑えきれなくなったら、私は私と決別するよ」


 来羅の顔は切なさで曇る。決してその表情が晴れることはない。けれど、彼の瞳はちゃんとその意志を宿していた。


 だから芽榴がそれ以上不安がるわけにはいかない。芽榴にできることは来羅の味方でいること。そして、来羅のそばで笑ってあげることだけだ。


「私にできることがあったら言ってね。絶対、来羅ちゃんの力になるから」


 芽榴はそう言って再び足を動かす。隣に並んだ芽榴を見て、来羅は嬉しそうに笑った。


「るーちゃんがそばにいてくれたら、それだけで百人力よ」

「何それ……」

「ふふっ、るーちゃん」


 来羅は芽榴を見下ろし、芽榴は来羅を見上げる。


「ありがとう」


 たくさんの思いが詰まった感謝の言葉。芽榴はそれを聞いて、優しく笑みを返した。


 そうすれば自然と暗い空気は掻き消えて、いつもの穏やかな空気が2人の元に戻ってくる。


 職員室にたどり着くまではまだ少し時間がかかりそうだ。

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