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麗龍学園生徒会  作者: 穂兎ここあ
霜花編
184/410

162 提案と先約

 期末テストが近づくにつれ、生徒たちから放たれるのは憂鬱な空気ばかり。だがしかし、F組には少しだけ他のクラスとは違う雰囲気が漂っていた。


「ね、芽榴。ここの答えってこれであってる?」

「どれー? あー……うん、答えはそう。でも、ここに説明ちゃんと書かないと点数ひかれちゃうかも」

「あ、そっか。ありがとう」


 数学の授業はテスト前ということで自習になった。というわけで、舞子は先生よりも頼りがいのある芽榴に、演習問題の解答をチェックしてもらっている。

 1年前まではありえなかった光景だ。


「楠原ーーっ! やべーよ、マジやべー!」

「どしたのー?」


 前から勢いよく芽榴の机に飛び込んできた滝本に、芽榴は苦笑しながら尋ねる。彼の手には舞子が解いているのと同じ数学の問題集があった。


「ここ、さっぱり分かんねー。その前まで順調だったのに、いきなり難易度高すぎだろ、これ」


 そう言って滝本が芽榴に聞いてくる問題は確かに難しい。と言っても舞子がさっき解いていた問題よりは簡単だ。

 風雅よりはまともな頭を持っている滝本だが、それでも毎回200番前後。1学期の期末が100位ギリギリラインで彼史上最高の順位だったらしい。


「ここはまずsinθをxとおいて、これをxの二次方程式にするんだけど……」


 芽榴たちはそんな感じでテスト勉強に取り組んでいる。けれども少し離れた席にいるクラスメートたちはテスト勉強中とは思えないくらい楽しそうにしているのだ。


「よしっ、こんなもんじゃないかな? じゃあ出席とろう!」


 その楽しげな輪の中にいる女子の1人がそう言って立ち上がり、教卓の前に立った。手をパンパンと鳴らして「注目ー」とクラス中の視線を集める。芽榴たちもその意図をくんでそちらに目を向けた。


「えっと、期末前でブルーだから士気高揚を兼ねて提案なんだけど。冬休み、クラスのみんなでクリスマス会しない? 日程は25日!」

「それ悲しい独り身の奴しか、集まんねーだろ」

「黙れ、彼女いない歴=年齢のくせに!」


 クラスの子たちが騒ぎ始める。ちなみにF組で恋人がいるのは50人中10人程度だ。よって、実際問題このクリスマス会は残り40人にとって嬉しい企画だ。


「参加してくれる人は挙手してー。ていうか、その日に予定ない人は手をあげろー!」


 今が自習中であることはもはやF組の生徒の意識からは消えている。

 クリスマスは基本家で過ごしているが、圭も今年は部活の誘いがあると言っていた。おそらく芽榴もクリスマスはフリーだ。ということで、舞子と滝本に混じって芽榴も手を挙げた。


「はーい」

「「「「「「「「え」」」」」」」」


 芽榴が挙手した途端、クラス中の視線が芽榴に集中してしまった。舞子と滝本まで信じられないという顔で芽榴を見ていた。その理由が分からず、芽榴は少々焦りつつ首を傾げた。


「え、何……?」

「いや、えっと……楠原さん、予定ないの? 本当に? ド忘れとかじゃなく?」


 話し合いを取り仕切っている女子が目をパチクリさせながら芽榴に聞き返す。芽榴に限ってド忘れはありえない。


「ないけど、なんで?」

「なんで、じゃないわよ。あんた、役員の誰にもクリスマス誘われてないわけ?」


 隣の舞子が死活問題を語るかのような面持ちで芽榴を問いただす。クラスメート達も興味津々らしく、みんな目を輝かせて芽榴のことを見ていた。

 それもこれも収まりがついたとはいえ、過激な役員信者がいないF組だからこそ許される話題なのだが。


「誘われてないけど」


 芽榴が平然とした顔で答えると、女子が次々に声をあげ始めた。


「楠原さん、ありえない!」

「そもそも誘われるとか違うでしょ!? なぜ誘わない!?」

「え……」


 女子からのよく分からない非難に芽榴は目を細めた。


「うちだったら絶対、役員の肩書き乱用して神代くんに『クリスマス、一緒に過ごせないかな……?』ってお願いする! OKもらえるまでトライする!」

「いやいや、それを言うなら風雅くんに『一緒にツリーを見に行こうよ』って誘って、当日はツリーの下で……、あーっ! 想像しただけで鼻血出ちゃいそう!」


 そんな女子たちの妄想は芽榴をおいて、どんどん過激化していく。


「でも、まだお誘いはこれからかもしれないじゃん! 葛城くんが実はツンデレキャラで『貴様とクリスマスを過ごしてやってもいい』とか言ってくれたら……きゃーっ、あたし死んじゃう! 葛城くんにデレてほしいーっ!」

「ツンデレキャラ……」


 実はというか、実際に翔太郎はツンデレだ。しかし、そんなことを知り得るのは芽榴くらいだろう。何せ、翔太郎の隣にいることを許される女子は芽榴が唯一なのだ。

 他の女子の認識では翔太郎にデレはない。あくまで妄想の中でしかありえないのだ。


「でもでも、藍堂くんに少し恥ずかしそうな顔で『クリスマスは僕と一緒にいてくれませんか?』って言われたら……ダメだ、もたない。心臓壊れる!」


 想像して勝手に倒れていく女子多数。そんな女子共に冷ややかな視線を送りつつ、男子は男子で卑猥な妄想を繰り広げ始めた。


「でも柊さんが頬っぺた赤くしてさ……こう躊躇いがちに『クリスマス一緒にいてくれない?』って、上目遣いで言ってくれたら……あー……やべぇな、この妄想」

「やめろやめろ! 今、本気で浮気しそうになった」


 彼女持ちの男子まで来羅とのクリスマス妄想をしてしまう。確かに来羅に上目遣いをされて正気を保てる男など男ではない。


「柊さんとクリスマス過ごせたら、人生に悔いねーよな」

「ふーん……そう」


 滝本まで同感すると、舞子が和かな笑顔を向ける。怖いくらいにニコリと浮かべられた笑みに、滝本の顔が一気に青ざめた。


「なんか、私を放ってすごい話になってるんだけど……」


 そんなクラスメート達を見て、芽榴は苦笑する。舞子は問題集をパタンと閉じて、芽榴の机に頬杖をついた。


「要は、あんなイケメンがそばにいるのに、何が楽しくて私たちとクリスマス過ごすの、って話よ」

「あはは、あの人たちもたくさんお誘い受けてるだろうし……私に割く時間なんてないと思うよ? それに」


 芽榴は舞子のことを見つめ、そしてはにかんで笑った。


「クラス会って、一度行ってみたかったから。……みんなが嫌じゃなければ、参加させてほしいんだけど……ダメ、かな?」


 そう言う芽榴の顔は特に美少女というわけでもないのだが、なぜか男女問わずクラス全員の心を鷲掴みにしてしまう。


「楠原さん! 毎日でもクラス会してあげる!」


 そう言って近くにいた女子クラスメートが目にハンカチをあてる。


「やぁー……なんか、役員の気持ち分かった気するわ……」


 男子はそんなふうに呟き始めた。

 その後は、男子の呟きを耳にした滝本が騒ぎだして、F組全員がE組担任の三浦先生にお説教を受けることとなった。






「ふふんふーんふふーん」


 その日は期末前最後の生徒会活動。

 颯が最後の仕事を提出しに行っている今、することはない。つまりは空き時間であるため、それぞれテスト勉強などをする時間。ちなみに今日の風雅とのお勉強会担当は有利だ。


 例によって芽榴もテスト勉強を始めるが、テキストを開きながら楽しげな鼻歌が自然ともれてしまうのだ。そんな芽榴を不気味なものを見るような目で翔太郎は見ていた。


「なんだ、貴様は。仕事がなくなるのがそんなに嬉しいのか」

「別にそんなことはないけど。どーして?」


 芽榴は心底不思議そうに尋ねる。が、普段からあまり感情を表に出さない芽榴が鼻歌を歌っていればそういう疑問が生じるのは当然である。


「るーちゃん、楽しそうだもの。何かいいことあった?」


 今度は来羅が笑顔で問いかけてきた。来羅は風雅の席で勉強しているため、今は芽榴の隣に座っている。聞いてほしいことを聞かれ、芽榴は嬉しそうに笑った。


「クラスの人にクリスマス会に誘われたのー」


 芽榴がそう言うと、来羅と翔太郎の眉が同時にピクリと反応した。


「……行くのか」

「うん。クリスマスは基本予定ないし」


 翔太郎の問いに、芽榴は笑顔で答える。しかし、翔太郎と来羅がどちらも苦笑いを浮かべるため、芽榴はすぐに笑みを消した。明るかった表情は一変して、自分がまずいことをしてしまったのではないかという不安で曇っていく。


「るーちゃん?」

「ごめん。もしかして……生徒会で集まる予定、あった?」


 芽榴は自習時間にクラスメートが話していたことを思い出し、そんなふうに尋ねた。


「ううん、そんな予定はないわよ」

「クリスマスに何が楽しくて男だらけで集まらなきゃならないんだ」


 翔太郎の意見は最もであるが、ならば余計に2人の苦笑の意味が芽榴には分からなくなるのだ。


「ていうか、逆にクリスマスを潰してくれたほうが揉めなくて済むんだけどね」

「へ?」


 芽榴が首を傾げると、翔太郎はあからさまに目を逸らした。その顔は少しだけ赤みがかっていて、横目に翔太郎の顔を見た来羅はクスリと笑った。


「もうちょっと後でお願いする予定だったんだけど……。クリスマス終わった後、るーちゃんの時間を一日ずつ私たちにちょうだい」

「え……、一日ずつ?」

「そう。クリスマスは終わっちゃうけど、とにかくるーちゃんと2人で過ごしたいから」


 来羅はサラッと芽榴に告げてしまう。来羅が女装をしてくれているため、その台詞にドキッとすることはない。けれど、もし本来の来羅の姿で言われたなら確実に芽榴の顔はトマトになっていただろう。

 今さらクラスメートが繰り広げていた妄想の意味が分かってしまう。


 それでもこんな美形が自分に恋愛感情を抱くことはないという固定概念から芽榴は心を落ち着かせる。芽榴の認識では、風雅だけが例外なのだ。


「でも、みんな予定は?」

「予定が入っているなら、わざわざ誘わん」


 相変わらず、他所を見ながら翔太郎はぶっきらぼうに告げる。芽榴の予想通り、彼らにもクリスマスのお誘いはたくさんあるが、全部断っているらしいのだ。


「誰がどの日っていうのは、私たちで話し合って決めるから、後はるーちゃん次第なんだけど、どう?」


 来羅に聞かれ、芽榴はキョトンとする。役員と2人きりで休日に会うのは夏休みに風雅の宿題を手伝った一回きりだ。

 少し緊張するものの、断る理由はない。芽榴が頷くと、2人とも安心したように強張った肩を撫で下ろした。


「クリスマスかぁ……あ」

「なんだ、今度は」


 続いて芽榴が何かを思いついたような声をあげると、翔太郎が眉間に皺を寄せた。探るような視線を向けられ、芽榴は両手を振って「なんでもない」と笑った。


 クリスマスはまだ先の話だ。


「とりあえず、期末だねー」

「今回こそは翔ちゃんに勝つんだから」

「ふんっ。貴様には負けん」


 3人で勉強会をする。しばらくして、仕事を提出し終えた颯が帰ってきて、4人での勉強会となった。

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