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158.5 イライラ王子とヘラヘラ王子

 さて、ここは全国1のセレブ校――――ラ・ファウスト学園。

 全国から集まった令息令嬢が日夜社交界に必要な教養を学んでいる。というのは、あくまで建前上の話である。


 実際に学園の中の生徒たちはというと、優雅に庭でお茶会をしている者から、自分のお気に入りの講義室でチェスをしている者、ダンスホールで来たる舞踏会のダンスを練習する者まで、やることは好き放題さまさまだ。


 そして、この学園の王座に君臨する男と、不誠実かつ忠実な軟派男は特務室にてのんびりと時を過ごして――。


「お前はほんま1回ぶっ飛ばされな気がすまんのか!!!!」

「ハハ~。そうカリカリすんなよ。コーヒーに角砂糖あと3つ追加したほうがいいんじゃね?」


 ――否、いつものように荒々しい時を過ごしているのだった。


「こんなもん誰が見たい言うた? 燃やせ」


 現在、聖夜と慎の口論(聖夜の一方通行の激昂)の原因は慎が買ってきた「麗龍学園生徒会の美形役員――その素顔に迫る!」という、聖夜にとって忌々しいことこの上ない題名が飾られた雑誌にある。


「ちぇー、興味ねぇの? んじゃあ、俺だけ見るから返せよ」


 慎がワザと口を尖らせてそう言うと、聖夜は慎にその雑誌を投げ渡す。その記事の中に芽榴の内容が一切ないことは分かっている。それはまったく問題ないが、逆に芽榴の内容が書いていないなら聖夜にとってその記事を読む必要性はまったくない。その聖夜の振る舞いは、芽榴に関する情報以外はすべてカスとでも言ってしまいそうなほどにあからさまだ。まさに脳内芽榴だらけ。


「あぁー、どないして俺のそばにおるんは芽榴やのうて、こないなアホなんや」


 そんな恋する乙男モード全開の聖夜を、慎はニヤニヤしながら見つめる。


「ちなみに、可愛い聖夜ちゃんに朗報~」

「気持ち悪い呼び方すんな。死ね」


 本気の顔で言う聖夜に、慎は肩を竦める。しかし、その顔は依然楽しそうなままだ。


「楠原ちゃん、万事解決だってさ。生徒会復帰して、選挙も成功して晴れて正式な役員になったみてーよ?」


 慎は自分のスマホを弄り、画面の中の文章を要約して聖夜に伝える。ちなみに今日は麗龍学園で選挙が行われた3日後。


「んなこと知っとる……って、どこ情報やねん、それ」


 聖夜は慎のことを恨めしそうに見つめる。ちなみにその情報は聖夜もすでに入手済みだ。けれど最新の情報を慎まで手に入れていることが聖夜は不服でならない。悔しそうな顔をする聖夜を見て、慎はこれまた楽しそうにケラケラと笑った。


「簡単に言うと、麗龍には役員ファンだけじゃなくて俺のファンもいるって話」


 慎がそう言い、聖夜は限りなく目を細める。


「芽榴が動きやすくなるように、そいつら使って手回したんか?」

「まっさか~。俺は楠原ちゃんがどうなろうと知らねぇし。それに手を回すっていったら聖夜のほうがヤバイだろ。権威の乱用、バレたらまた強制送還だぜ?」

「……」


 慎の発言を聖夜は都合よく無視して返事しない。反応が異常に分かりやすい聖夜は慎にとってやはり「可愛い聖夜ちゃん」なのだ。


「麗龍の理事長にわざわざ連絡して、聖夜はあの子の保護者かよ」


 的確な指摘をして慎は笑う。

 聖夜は芽榴が選挙の結果正式に役員になったという情報を掴んだ瞬間に、麗龍の理事長とコンタクトを取った。以前芽榴を学園に勧誘していることもあり、聖夜が芽榴を気にかけることは必然のこと。聖夜が「楠原芽榴さんに関する嫌な情報を耳にしまして」と一言いえば学園はすぐに動いた。その結果、教職員に今回の事件について詳細を確認し、今後二度と同じことが起きないように呼びかけることで、芽榴の保護と麗龍学園のいじめ対策は完璧なものとなったらしい。


 本当は芽榴に嫌がらせをした人物全員暴き出してあらゆる手段を駆使して血祭りにあげてやろうと計画していた聖夜だが、さすがにそんなことをすればもう二度と芽榴が会ってくれないのではないかと考え、思い止まった。もちろんその考えは聖夜の頭の中だけの秘密だ。


 ちなみに芽榴が次に何をしてくれるか楽しみにしていた理事長は、言ったそばから「また楠原さんですか」と涙を流していたそうだ。


「しかも楠原ちゃんの傷が絶対に残らないように、専門家集めてクスリを開発させたって話も聞いたけど、あれマジ?」

「……知らん」


 聖夜はそう言うが、突如聖夜が企業を動かして「至急、体のシミを消す薬を創れ」と命令したことは業界で噂の話だ。その薬が開発された後の女性からの圧倒的需要も計算されていたため、それほど本家から問題視されている様子もないらしい。


「愛だね〜」

「口開くたびにぶっ殺したくなるんは、お前の才能か?」


 聖夜の発言に慎は「褒めんなって〜」と戯けて返す。ちなみに聖夜を怒らせるのは慎の趣味特技だ。


「ま、そんなことより、なんか面白い記事書いてるっかなぁ~」


 ウザイくらいノリノリで鼻歌を歌う慎を聖夜は害虫を見るような目で睨む。慎が楽しそうにパラパラと捲って読んでいるのは先ほど聖夜が投げ返した麗龍学園の生徒会役員に関する記事だ。


「えっと……『麗龍学園史上、最も優秀な5人の役員が』」

「読み上げんな。あと優秀なんはそいつらやのうて芽榴1人や」


 読み上げるなと言いつつ、ちゃっかり聖夜は記事の内容に文句をつける。それが楽しい慎はもちろん読み上げることをやめない。


「うへぇ、会長さんが一面に載ってるぜ? 聖夜も見……っておいおい、物投げんなって」


 慎が颯の写真が載っている一面を聖夜に向けようとするが、すぐさま聖夜が目の前のよく分からない骨董品を投げつけてきた。この調子だと雑誌を読み終わる頃には特務室がすごい惨状になること間違いなしだ。


「『頭脳明晰、容姿端麗、文句なしの学園生徒会長。学内の成績、模試の成績いずれもすべて1位』……へぇ、すっげ」

「俺が模試受ければあんなやつに負けへん」


 もちろんラ・ファウスト学園に模試はない。よって聖夜はそんなふうに口を挟む。


「『生徒からの信頼も厚く、教師陣のサポートも迅速かつ正確に行う、まさに理想的な生徒。完璧な生徒会長である』……すっごい腹黒そうだったけどなぁ、あの会長」

「腹黒いんやのうて、性格自体最悪や。あの鉄面皮男」


 聖夜はそう言って目を細める。ラ・ファウストで対峙したときのことを思い出し、どんどんその顔は不機嫌になっていく。けれど、芽榴を彼の牛耳る麗龍学園に託している時点でそれなりに認めているのは確かなのだ。


「『次世代の担い手に相応しい人物である』ってさ」

「その記事書いたんどこの編集や? 今すぐ潰したる」


 もちろんそれは聖夜の冗談だが、次世代の担い手の座は譲れないらしい。そんな子どもっぽい聖夜の反応に、これまた慎は腹を抱えて笑う。


「次はー…あぁ、副会長さんね。葛城翔太郎。名前書くの大変そうだよなぁ、こいつ」

「それ言うたら俺の名前のが画数多いわ」


 そう言われて慎は宙で漢字を書いてみる。確かに2画、聖夜の方が画数が多いのだ。


「あ、マジだ。へぇ、意外。あー、でも画数といえば麗龍って漢字も書くの大変そうだよな? 楠原ちゃんって役員だし、嫌になるくらい書類とかに書かされてんじゃん?」

「……。そないなことしたら、腱鞘炎になるんちゃうか……? 今度その薬も送るか……。でも今後も書くんやったら、指が痛くならんペンを……」


 根本的な問題を語り合う。ラ・ファウストの王子たちが画数について真剣に論議しているところが何とも言えない。聖夜に至っては話の論点が完全にずれている。


「んで、葛城翔太郎については何々ー……『眼鏡の奥にある彼の瞳はまさに心眼』……何だよ、この漫画みたいな設定」

「あいつ、催眠術使えるんやろ? 案外その記述も間違いやないて」


 聖夜はそう言ってティーカップを手に取り、ブラックコーヒーを口にする。


「ま、役員と芽榴には効かんらしいで」

「へぇ、何か条件あんのかな? 俺には効いちまうのかねぇ」

「お前に催眠術が効くんやったら、今すぐに葛城翔太郎をここに呼び出してお前を黙らせるように誘導させたる」


 真顔で告げる聖夜に慎は「こえーなぁ」と呟く。言うまでもなく、慎はまったく怖がっていない。


「『厳しい一面もあり、生徒会一真面目な生徒。しかし、おまじないが得意という意外な一面も。生活習慣は常に一定であり、現代人には珍しい健康志向の男子である』……うまくまとめたなぁ」

「葛城翔太郎……堅物そうな奴やったからな。取材にイェスかノーしか答えてへんのやろ。それくらい記事書ければ上等や」


 聖夜は素直に編集の力量を褒める。そういう観点で記事を読むところからしても、聖夜が業界慣れしていることがうかがえる。


「次はー……あぁ、何度見てもタイプなんだよなぁ、この顔。男ってのがマジで残念」


 慎は来羅のページを開いて、苦い顔をする。発言通り、女装姿の来羅は慎のドストライクだ。芽榴の化粧姿も素直に認めるが、それでも顔だけで言えば慎は来羅の方が好みだった。


「『美人に性別なし。その美しさは常識を覆す』……この可愛さだったら常識も覆しちまうよなぁ。女だったら意地でも落とすんだけど」

「お前の女好きにはほんま呆れる」

「うっわ〜、それ半年前の聖夜に聞かせてやりてぇよ」


 慎は聖夜を見て挑発的に笑う。その話はするなと聖夜は毎回言っているのだが、事あるごとに慎は口にするのだ。


「あいつに言うたらほんま殺す」

「いや、楠原ちゃんも知ってるっしょ。聖夜が昔は女泣かせまくって……はいはい、もう言いませーん」


 聖夜がまた何か投げるものを探し始めたため、慎は大袈裟な手振りでそれを制した。


「『メカに関しては、右に並ぶものがいないと言われており、会長の神代くんに機械関係のすべてを任されている。将来的にそちらの方面での活躍に期待』……ふーん、可愛いだけじゃないってことか」

「そいつの腕は確かやな……。柊来羅の創ったコンタクトで、芽榴は学園から抜け出すための証拠写真撮っててん。今思えばそいつがおらんかったら、芽榴はここに残ってたかもしれへんな」


 聖夜は再び芽榴奪還のときのことを思い出し、ソファーに寝転がって呻いていた。

 そんな聖夜を楽しげに横目で見ながら、慎は次のページへと移る。


「『藍堂有利。武芸の名門、藍堂家の長男にして藍堂流免許皆伝の筆頭門弟。その腕前は現当主・藍堂勝斬しょうざんのお墨付きである』……ハハッ! 確かにこいつ一人相手に、俺と聖夜んとこの警護人が全然使い物にならなかったくらいだもんなぁ」

「その男、人良さそうな顔しとる割に……やること大胆すぎんねん。俺と芽榴のあいだに木刀叩き込んできてん。あれが芽榴に当たらんと確信して投げとんのやから、敵に回したら怖い奴やと思うわ、ほんま」


 有利の強さは聖夜も素直に認めるらしい。

 というより、聖夜が用意した腕の立つ警護人を片っ端から蹴散らした有利の実力は、認めざるを得ないのだ。


「『礼儀正しく、常に冷静』……ねぇ」


 慎はニコニコしながら読み上げる。初めて麗龍に赴いたとき、芽榴を連れて応接室に行った慎を有利は木刀を構えて迎えた。有利が雑誌に書いてあるキャッチフレーズ通りの人物ならまずしない行動だ。

 だからといって慎は別にそのことを責めるつもりはないのだ。それくらいの裏がなければ、楽しくない。それが慎の意見だ。


「んで、最後はー……出た出た、営業スマイルくん。ほんっと、下手くそだなぁ」


 風雅の写真を見た瞬間、慎は他の役員のときとは違い、記事も読まずに次々と風雅の顔写真に向かって罵る。


「こいつの顔載せるより、俺の顔載せたほうが需要あんじゃねぇの? 別に大したことねぇだろ、こいつの顔なんて」

「……お前も単純な奴やなぁ」


 珍しく、慎が思いのままに言葉を吐いているため、聖夜はここぞとばかりにその姿を目に焼き付ける。

 聖夜の颯への対抗心が大きいように、慎の風雅への対抗心もかなりのものだ。


「『学園一のイケメン。女生徒からの人気は桁違い。他校にも彼のファンがいるほど』……別にそんなの普通だし、騒ぐことじゃねぇよ」

「今回の芽榴の件は、蓮月風雅のファンによるって話やし、原因も少なからずそいつにあるやろな」


 聖夜はそう言って目を細める。風雅のことを責めてやりたいが、芽榴はきっと彼を庇うはず。そんな姿は絶対に見たくないから、聖夜はその口をそこで閉じた。


 しかし、慎は違う。


「本当にろくでもねぇよな。えー……っと、何……『人付き合いが上手。会話のテンポがよく、インタビュー中、こちらが助けられてしまう場面が多々ありました。イケメンなのは容姿だけではありません』……だぁ? 顔だけだろ。あー、つっまんねぇの!」


 そう言って、慎は最終的にその雑誌をパタリと閉じてしまう。

 聖夜はそんな慎を見て、さらに目を細める。「ろくでもない」「顔だけ」という言葉は確かに風雅にも当てはまるが、誰よりもその言葉が当てはまるのは聖夜の目の前にいる発言者本人だ。


「でも……改めてみると、ほんま……あなどれんメンツやな」


 颯を筆頭に芽榴を囲む生徒会役員は各々凄い。こうやって、雑誌で見ると特にそれが分かってしまう。


「ハハッ。だからどうしたんだよ。負ける気ねぇくせに」


 そんな聖夜を見て、慎は笑う。誰が相手であろうと、聖夜は負けるつもりなどない。そして慎はそれを忠実に補佐するのが仕事だ。


「天下はここにあり、だろ?」

「当たり前や」


 聖夜と慎はニヤリと怪しい笑みを浮かべる。それは2人の仲直りの合図。

 すぐに口論は始まるけれど、2人にもしっかりと居心地のよい場所はあるのだ。










「あ、圭。ちょっと待って」


 芽榴は学校帰り、そのまま寄り道して夕飯の買い出しに出ていた。ちょうど学校帰りの圭と出くわし、現在2人で夜道を歩いている。


 芽榴がそんなふうに言って圭の学ランの袖を引っ張ったのは、本屋の前だった。


「どーした? 芽榴姉」

「そこの本屋寄っていいー?」

「いいけど……何か欲しい本あんの?」

「本っていうかね、約束してるから」


 芽榴はそう言って、圭と一緒に本屋に行く。もちろん手に取ったのは発売されたばかりの生徒会役員が載っている雑誌。


「すっげぇー。役員さん、やっぱりこういうので見ると迫力あるな」

「だよね。遠い人みたい」


 芽榴が雑誌を見ながらそう呟く。少し寂しそうに芽榴が言ったため、圭はフッと軽く息を吐いて芽榴の頭をポンポンッと叩いた。


「んー、何?」

「そんな役員さんの一番近くにいるのは芽榴姉っしょ? もうそれ自信持っていいんだろ?」


 圭がそう言ってニッと笑いかける。

 圭の言うとおり、芽榴は今や正式な生徒会役員の一人。


「うん。そーだった」


 そう言って芽榴は照れ臭そうに、カラカラと笑った。


 家に帰ったらすぐにその雑誌を読む予定だったが、玄関の戸を開けた瞬間に芽榴も圭も唖然とする。


 先日大量の新薬品が送られてきたばかりの楠原家に、再びラ・ファウストの御曹司から芽榴名義で腱鞘炎用の薬が大量に送られてきていたのだった。

今回の幕間はキャラクター投票・アンケート結果で人気の高いラ・ファウストコンビに登場してもらいました!


久々にシリアスじゃない話を書いたのでまだ物足りないところもありますが、読者様が思わずクスッと笑ってしまう場面を一つでも書けていたらいいなと思います!


事件後談もチラッと出てきていますが、これで生徒会動乱編の騒動は終結とさせていただきます。


次章はこんな感じの話が多くなると思いますが、今後もよろしくお願いします。

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